1964年の魔法使い

鷲野ユキ

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1964.10.10 国立競技場 2

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「私、菅野さんの力のことや、真理亜様がすごいお金持ちのお嬢様だってことを、話してしまったんです」
 突然の告白に、真理亜は目を白黒させる。メグさんが、菅野さんのことを話した? 
「一体、誰に?」
 それに、なぜこのタイミングでそんなことを?緊張と不安もあいまって、真理亜は混乱してきてしまった。
「私の彼氏……だった、ジュン君です。私が順次郎様に頂いた開会式のチケットを盗んで行ってしまったのもジュン君です」
 確かに、メグは信じていた彼氏に裏切られたと泣いていた。父が彼女とその両親に与えたチケットを盗んで行ってしまったのだ、と。
「そして、菅野さんの姿が消えた。もしかしたら、菅野さんの力のことを知ったジュン君が何か企てているのかもしれない」
 例えば、菅野さんの力を利用しようだなんて、犯人が考えなければいいんですけれど。
 そう言っていたのはメグだ。彼女は、もしかしなくても薄々と気づいていたのではないか。自分の恋人の凶行を。
「……それに、彼が草加次郎なのかもしれないわ」
「なんですって?」
「彼は、遠野電機の社員でもあるんです。確か、カメラの開発の方に携わっているって」
 なるほど、それで妙にカメラ中継のことについて詳しかったのか。真理亜は納得した。
だからメグさんは、お金の受け渡しを自分がやるとお父様に言ったんだわ。思い当たるところがあったから――。
「菅野さんは爆弾の材料を集めることが可能だって、順次郎様は仰っておりました。そう言うのなら、ジュン君にだって可能だもの」
「もしかして、菅野さんの研究所までの行き方の地図を書いてくださった方?」
「ええ」
 真理亜は思い出していた。あの、ミミズののた打ち回ったような汚い字。ああ、なんで気が付かなかったのだろう!草加次郎からの脅迫状と一緒じゃない!
「すみません、お嬢様。黙っていて。草加からの脅迫状を見た時に、まさかと思ったんです。けれど信じられなかった。でも、チケットまで奪われて、それから行方不明だなんて、きっとジュン君が菅野さんを誘拐して、お金を奪おうとしているんだわ」
「そんな、まさか……でもまだわからないわ、その、ジュン君という方が現れるとも限らないじゃない」
 そう口では言いながらも、そうであって欲しいと思う真理亜がいた。メグには悪いが犯人がその人であったなら、菅野はまったくの無実だ。
 けれど、それでは真理亜が上野公園で見た菅野と大月はなんだったのだろう。爆弾がどうとか、金がどうとかと言っていた。
 あるいは彼らは誘拐されたふりをして、協力しているのとでも?
 君が代の演奏が始まった。天皇両陛下もいらっしゃり、国旗も掲揚された。いよいよ選手たちが入場する。開会式が始まってしまった。

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