1964年の魔法使い

鷲野ユキ

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1964.10.9 上野 2

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 真理亜は例の二人組に見つからぬよう、得意の俊足で一度公園の外に出、そこから道路沿いを駆け抜けた。きっとあの二人は公園を出て、不忍通りに出るところなんだわ。
 真理亜の読みは当たった。不忍通りへの出口付近で、信号待ちをしている人々に紛れる。しばらくしてやってきた二人連れは、信じたくなかったがあの二人だった。幸か不幸か、小百合の家で着替えさせてもらったから、二人は私には気付かないだろう。髪形も動きやすいようにポニーテールだ。いつものお嬢様然した真理亜とはかけ離れている。
「それで、あの爆弾はどうするんだ」
 聞こえたのは、穏やかな声に似つかわないセリフだった。ああ、あの声!聞き間違えるはずがない、菅野さんだわ!
 真理亜は膝から崩れ落ちそうな衝撃を受け、なんとか踏ん張った。ここで倒れるわけにはいかない。けれど彼は何と言った?爆弾ですって?
「目には目をだ、お前んとこの会社から材料を盗んで――」
「馬鹿言え。しかしまさか、そんなことになってるだなんて知らなかった」
「まあそれは他のやつに任せておけばいいだろ。それより金だ、どうにかできないのか?」
「僕にもうそんな力は残ってないよ。それに大月だって、怪我をしてるじゃないか」
「ボロボロなのはお互い様さ、菅野。だがまだ二日ある、はやくアイツを捕まえないと、金が――」
 そこで信号が青に変わってしまった。ゆっくりと二人は向こう側へと渡っていく。人々のざわめきで、二人の会話は聞き取れなくなってしまった。
 呆然と、真理亜はその姿を見送るしかできなかった。信号が赤に変わり、車が流れ出す。
 真理亜は、駅の方へと向かう二人をぼんやり眺めていた。重く立ち込めていた雲から、しとしとと雫が垂れてきて、あっという間にざあざあと降り始めた。
 慌てて周りの人々が雨から逃げようとする中、真理亜はそれでも立ち尽くしていた。信号が三度ほど青と赤に変わって、真理亜はようやく歩き出した。
 これから私はどうしたら良いのだろう。いざとなったら開会式に乗り込んで犯人を捕まえてやろうと思っていたのに、その犯人が英紀さんと大月さんだっただなんて。じゃなけりゃ、爆弾の話なんてするはずがないじゃない!
 家に帰ろう。そして、お父様にお話ししよう。真理亜はずぶぬれのまま、地下鉄へと乗り込んだ。
 どうやら、お父様の想像した通りみたいだったの。だから私、ちゃんと家で大人しくしているわ。私の大切な人の命が危ないなんてまったくの嘘。だから、お金なんて用意しなくてもいいのよ、お父様。
 びしょぬれで帰ってきて、そう言った時の順次郎の顔を真理亜は思い出していた。
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