1964年の魔法使い

鷲野ユキ

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1964.10.5 北の丸公園 2

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 ここもあと数日で気軽に出入りできなくなる。正志が身を粉にして働いていた現場も片が付き、無事武道館は完成と相成った。それと同時に正志は職を失ったわけであるが、けれどそのほうが身軽に動ける。
正志は死んだ同業者のように、自分の仕事に誇りを持つことはできなかった。金さえ手に入れば、あんな過酷な場所で働く必要もない。
 そうだな、無事白百合の家を再建できたら、俺もそこで働いて、子供たちの相手をしてやろうか。
 そう想像して思わず緩みかけた正志の頬は、青野の発言で硬いものへと変わった。
「それに、こちとら善意の協力者なのに、アンタがヘマでもして一緒に御用になるのはごめんなんだ」
「俺が失敗すると思ってるのか?」
「人生に絶対なんてものはないんだよ、神崎さん。アンタが何を考えてるかは知らないが、どんなに完璧に計画したって、考えたとおりに万事がうまくいくとは限らないのが世の常だ。こちらとしても、危うい賭けにこれ以上乗れるほど気楽な身分じゃあないんでね」
 そう言われてしまうと、正志は渋々頷かざるを得なかった。渡りに船で声を掛けてくれたのが青野だった。少々、いやかなりいけ好かないやつではあるけれど、彼の力なくして計画は実行できなかった。
 こんな得体のしれない爆弾マニアにだって生活があるのだろう。天涯孤独の自分とは違うのだ。声を掛けてきたのは向こうだけれど、これ以上危険な目に巻き込むわけにもいかない。それに、自分が必要なのはあくまでも爆弾だ。それさえ自分で用意できれば、正直青野と行動を共にする必要もなかった。
「本当に、爆弾の作り方を教えてくれるのか?」
「ああ、もちろん。俺が嘘をついたことがあったか?」
 青野はどんと自分の胸を叩いて言った。「本物の草加次郎が尻尾を巻いて逃げるくらいの、飛び切り威力のあるやつの作り方を教えてやる」
「焼夷弾でも作るのか?戦争じゃあるまいし」
「まさか。さすがに草加とて楽しいオリンピック会場を戦場にしたいとは思わないさ。そうだな、それでもダイナマイトくらいには威力がある。重い鉄の扉だって木っ端微塵さ」
「そんな大量の火薬、どこから仕入れてくるんだ?」
 それが栄二には不思議でならなかった。いざ爆弾を用意しようと考えた時に、まず躓いたのが火薬の調達だ。おいそれとどこかで売っているようなものでもない。
「爆弾がすべて火薬から出来てるわけじゃない。なに、ちと職権を乱用しただけさ」
「職場から?おい、足がつくんじゃないのか」
「大丈夫さ。そんなヘマはしない。それより、金の受け渡しはどうするんだ?」
 ニタニタと笑いながら青野が問う。その視線を払うかのように正志は言った。
「なんだ、手を引くんじゃなかったのか?」
「もちろんそのつもりだ。けれど俺としてはやっぱり、アンタにはうまくいってもらいたいんだよ」
 けれど思いのほか優しい言葉を返されて、正志は言葉に詰まる。
「いや、具体的にはまだだ」
「そうか。それじゃあ、いいものをくれてやる。そうだな、ブツは空席に置けとでも書いたらどうだ?」
 そう言って青野が手にした紙袋を栄二に差し出した。なぜだかハンカチで取っ手の部分を包んで、丁重に差し出してきた。
「おい、造り方を教えてくれるんじゃなかったのか?」
「馬鹿言え。こんなところで、いくら人目が少ないからって、声に出して爆弾の作り方なんて説明出来るもんか。いいか、この中には設計図と説明書が入っている。その他にも役立ちそうな物も詰め込んでやったぜ。なに、そう難しいもんじゃないんだ。大量生産できる気軽な兵器だからな、爆弾は。最悪空のビール瓶に油でも入れて火を入れれば立派な凶器さ」
 そううそぶいて、青野は煙草の残りかすを地面に捨てるとそれを踏みつけた。
「とまあ、これで俺はアンタとはお別れだ。なに、いい暇つぶしにはなったよ。うまくいくことを祈ってるぜ。じゃあな」
 そう言い残し、青野は暗闇の中へと消えて行ってしまった。止める手を伸ばすことも出来ず、正志はそれを見送るしかできなかった。やがて彼の青いポロシャツが見えなくなって、正志は渡された紙袋の口を開けた。
 まさかとは思うが、すべて彼の嘘な可能性だってある。ここまでしてくれた人間を疑う自分もどうかと思ったが、最後の最後まで青野は食えない男だった。
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