68 / 101
1964.10.5 北の丸公園 1
しおりを挟む
「ちゃんとテレビは見てくれたかい?神崎さん」
茶化すような声で言われ、正志は声の主を睨んだ。
「不満そうだな。計画通りにうまくいったじゃないか」
「あいにくテレビなんて見れる場所は飯場の近くにはないもんでね。新聞なら見たが、結局草加の名を騙るイタズラだと警察はみてるようじゃないか」
「そりゃそうメディアには言うしかないだろう。まさか本物の草加次郎が、このオリンピックに賑わう世間様を脅かしてるだなんて警察が言うわけないじゃないか」
得意げに返すのは青野だった。オリンピックまであと五日。いよいよ大詰めとあって、正志は青野と計画について相談すべく彼を呼び出したのだが、この期に及んで青野は手を引きたいと言い出した。
「しかし、なぜ今さら協力をやめるだなんて言うんだ。警察署を爆破させて怖じ気ついたのか」
いくら警察が世間にだんまりを決め込んだところで、彼らの元にはちゃんと草加次郎からの脅迫状が届いているはずだ。それに対して反応がわからない今、不安がないと言えば嘘になる。あの爆弾と自分を繋ぐ手がかりはなにも残していないはずだけれど、やたらと嗅覚の鋭い犬みたいなやつらだ。いつ自分に捜査の手が伸びるのか。
煙草に火を点ける手は震えていた。ちきしょう、怖気づいているのは自分じゃないか。大丈夫だ、うまくいく。捜査の手が俺に伸びる前に、金を奪ってやらなければ。
「まさか。俺だってこう見えて忙しいんでね」
震える正志の手から煙草と安物のライターを奪うと、我が物顔でそれに火を点け、そのままそれを咥えながら青野が続けた。
「これでもしがない会社員だ、たとえ開会式があろうがなかろうと、仕事に来いと言われたら行かなきゃならなくてね」
ふうと煙を吐いて、青野がライターを正志に返す。
「会社員?お前、学生じゃなかったのか?」
「だったら良かったんだがね。それより、アンタが狙ってる十月十日は仕事が入ったんだ。アンタと一緒に開会式には行けない」
「そうか……」
まさか青野がまっとうな会社員だとは思っても見なかった。正志はまじまじと青野を見つめてしまった。
「アンタとは違って、これでも大したもんなんだぜ、俺は。開会式の様子が、全世界に配信されるって知っているか?」
「さあ、知らないな」
「まったく、これだからアンタはダメなんだ。もっと世の中に興味を持たないと。いいか、開会式だけじゃない、オリンピックの様子はすべて衛星を使って、アメリカやロシアやドイツやら、テレビがある国にはすべて届けられるんだ。すごいだろう?」
「そいつはすごいな、どうやってやるんだ?」
「アンタに説明したところでわからないだろうよ。とにかく世界に様子を送ることで、日本はすごいって外国に知らしめたいんだ。その実、アメリカの協力がなけりゃ何もできないくせにな」
ケラケラと笑って、青野が大きく煙を吐いた。その煙をもろに顔に浴びてしまい、不快な顔もちで正志は聞いた。
「アメリカだと?」
「そうさ。使用する衛星はアメリカのもんだからな。虎の威を借りて、自分はすごいって見せる狐でしかないんだよ、この国は。とはいえそれを応用する技術はこっちが作ったんだ、その点は褒めてやってもいいが」
先から聞いていると、どうにも青野は世界中継に関わる仕事をしているようだ。その割には自分の仕事を軽んじているようだが、その仕事のせいで、正志にはもう協力が出来ないのだという。
「なら、俺が開会式を台無しにしたら困るんじゃないのか、お前は」
「別に。世界中継がうまく行こうが失敗しようが、もらえる金は同じだからな」
とつまらなさそうな顔で、吸い殻を踏みつぶした。
「なに、ちゃんと爆弾の作り方と扱い方は教えてやるさ。設計図と材料だってくれてやる。そもそも俺は爆弾の威力を確認したかっただけなんだ。どうだったかい?原宿署は」
「爆破の影響で、建物の一部が少し燃えたらしい。ニュースを見る限り死者は出ていないようだが、怪我人は何人かいるようだ」
「それだけわかれば充分さ。届けてる途中で爆発したらどうしようかと内心ヒヤヒヤしてたんだが、ちゃんと開封と同時に爆破したようで何よりだ」
そう言うと青野は、満足そうにうなずいた。秋夜の北の丸公園は時おりジョギングをする人々が行き交うぐらいで、二人は闇にまぎれてベンチに座っていた。
茶化すような声で言われ、正志は声の主を睨んだ。
「不満そうだな。計画通りにうまくいったじゃないか」
「あいにくテレビなんて見れる場所は飯場の近くにはないもんでね。新聞なら見たが、結局草加の名を騙るイタズラだと警察はみてるようじゃないか」
「そりゃそうメディアには言うしかないだろう。まさか本物の草加次郎が、このオリンピックに賑わう世間様を脅かしてるだなんて警察が言うわけないじゃないか」
得意げに返すのは青野だった。オリンピックまであと五日。いよいよ大詰めとあって、正志は青野と計画について相談すべく彼を呼び出したのだが、この期に及んで青野は手を引きたいと言い出した。
「しかし、なぜ今さら協力をやめるだなんて言うんだ。警察署を爆破させて怖じ気ついたのか」
いくら警察が世間にだんまりを決め込んだところで、彼らの元にはちゃんと草加次郎からの脅迫状が届いているはずだ。それに対して反応がわからない今、不安がないと言えば嘘になる。あの爆弾と自分を繋ぐ手がかりはなにも残していないはずだけれど、やたらと嗅覚の鋭い犬みたいなやつらだ。いつ自分に捜査の手が伸びるのか。
煙草に火を点ける手は震えていた。ちきしょう、怖気づいているのは自分じゃないか。大丈夫だ、うまくいく。捜査の手が俺に伸びる前に、金を奪ってやらなければ。
「まさか。俺だってこう見えて忙しいんでね」
震える正志の手から煙草と安物のライターを奪うと、我が物顔でそれに火を点け、そのままそれを咥えながら青野が続けた。
「これでもしがない会社員だ、たとえ開会式があろうがなかろうと、仕事に来いと言われたら行かなきゃならなくてね」
ふうと煙を吐いて、青野がライターを正志に返す。
「会社員?お前、学生じゃなかったのか?」
「だったら良かったんだがね。それより、アンタが狙ってる十月十日は仕事が入ったんだ。アンタと一緒に開会式には行けない」
「そうか……」
まさか青野がまっとうな会社員だとは思っても見なかった。正志はまじまじと青野を見つめてしまった。
「アンタとは違って、これでも大したもんなんだぜ、俺は。開会式の様子が、全世界に配信されるって知っているか?」
「さあ、知らないな」
「まったく、これだからアンタはダメなんだ。もっと世の中に興味を持たないと。いいか、開会式だけじゃない、オリンピックの様子はすべて衛星を使って、アメリカやロシアやドイツやら、テレビがある国にはすべて届けられるんだ。すごいだろう?」
「そいつはすごいな、どうやってやるんだ?」
「アンタに説明したところでわからないだろうよ。とにかく世界に様子を送ることで、日本はすごいって外国に知らしめたいんだ。その実、アメリカの協力がなけりゃ何もできないくせにな」
ケラケラと笑って、青野が大きく煙を吐いた。その煙をもろに顔に浴びてしまい、不快な顔もちで正志は聞いた。
「アメリカだと?」
「そうさ。使用する衛星はアメリカのもんだからな。虎の威を借りて、自分はすごいって見せる狐でしかないんだよ、この国は。とはいえそれを応用する技術はこっちが作ったんだ、その点は褒めてやってもいいが」
先から聞いていると、どうにも青野は世界中継に関わる仕事をしているようだ。その割には自分の仕事を軽んじているようだが、その仕事のせいで、正志にはもう協力が出来ないのだという。
「なら、俺が開会式を台無しにしたら困るんじゃないのか、お前は」
「別に。世界中継がうまく行こうが失敗しようが、もらえる金は同じだからな」
とつまらなさそうな顔で、吸い殻を踏みつぶした。
「なに、ちゃんと爆弾の作り方と扱い方は教えてやるさ。設計図と材料だってくれてやる。そもそも俺は爆弾の威力を確認したかっただけなんだ。どうだったかい?原宿署は」
「爆破の影響で、建物の一部が少し燃えたらしい。ニュースを見る限り死者は出ていないようだが、怪我人は何人かいるようだ」
「それだけわかれば充分さ。届けてる途中で爆発したらどうしようかと内心ヒヤヒヤしてたんだが、ちゃんと開封と同時に爆破したようで何よりだ」
そう言うと青野は、満足そうにうなずいた。秋夜の北の丸公園は時おりジョギングをする人々が行き交うぐらいで、二人は闇にまぎれてベンチに座っていた。
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
俺は彼女に養われたい
のあはむら
恋愛
働かずに楽して生きる――それが主人公・桐崎霧の昔からの夢。幼い頃から貧しい家庭で育った霧は、「将来はお金持ちの女性と結婚してヒモになる」という不純極まりない目標を胸に抱いていた。だが、その夢を実現するためには、まず金持ちの女性と出会わなければならない。
そこで霧が目をつけたのは、大金持ちしか通えない超名門校「桜華院学園」。家庭の経済状況では到底通えないはずだったが、死に物狂いで勉強を重ね、特待生として入学を勝ち取った。
ところが、いざ入学してみるとそこはセレブだらけの異世界。性格のクセが強く一筋縄ではいかない相手ばかりだ。おまけに霧を敵視する女子も出現し、霧の前途は波乱だらけ!
「ヒモになるのも楽じゃない……!」
果たして桐崎はお金持ち女子と付き合い、夢のヒモライフを手に入れられるのか?
※他のサイトでも掲載しています。

ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません
ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは
私に似た待望の男児だった。
なのに認められず、
不貞の濡れ衣を着せられ、
追い出されてしまった。
実家からも勘当され
息子と2人で生きていくことにした。
* 作り話です
* 暇つぶしにどうぞ
* 4万文字未満
* 完結保証付き
* 少し大人表現あり
僕は君を思うと吐き気がする
月山 歩
恋愛
貧乏侯爵家だった私は、お金持ちの夫が亡くなると、次はその弟をあてがわれた。私は、母の生活の支援もしてもらいたいから、拒否できない。今度こそ、新しい夫に愛されてみたいけど、彼は、私を思うと吐き気がするそうです。再び白い結婚が始まった。
【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる
三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。
こんなはずじゃなかった!
異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。
珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に!
やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活!
右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり!
アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる