1964年の魔法使い

鷲野ユキ

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1964.10.5 北の丸公園 1

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「ちゃんとテレビは見てくれたかい?神崎さん」
 茶化すような声で言われ、正志は声の主を睨んだ。
「不満そうだな。計画通りにうまくいったじゃないか」
「あいにくテレビなんて見れる場所は飯場の近くにはないもんでね。新聞なら見たが、結局草加の名を騙るイタズラだと警察はみてるようじゃないか」
「そりゃそうメディアには言うしかないだろう。まさか本物の草加次郎が、このオリンピックに賑わう世間様を脅かしてるだなんて警察が言うわけないじゃないか」
 得意げに返すのは青野だった。オリンピックまであと五日。いよいよ大詰めとあって、正志は青野と計画について相談すべく彼を呼び出したのだが、この期に及んで青野は手を引きたいと言い出した。
「しかし、なぜ今さら協力をやめるだなんて言うんだ。警察署を爆破させて怖じ気ついたのか」
 いくら警察が世間にだんまりを決め込んだところで、彼らの元にはちゃんと草加次郎からの脅迫状が届いているはずだ。それに対して反応がわからない今、不安がないと言えば嘘になる。あの爆弾と自分を繋ぐ手がかりはなにも残していないはずだけれど、やたらと嗅覚の鋭い犬みたいなやつらだ。いつ自分に捜査の手が伸びるのか。
煙草に火を点ける手は震えていた。ちきしょう、怖気づいているのは自分じゃないか。大丈夫だ、うまくいく。捜査の手が俺に伸びる前に、金を奪ってやらなければ。
「まさか。俺だってこう見えて忙しいんでね」
 震える正志の手から煙草と安物のライターを奪うと、我が物顔でそれに火を点け、そのままそれを咥えながら青野が続けた。
「これでもしがない会社員だ、たとえ開会式があろうがなかろうと、仕事に来いと言われたら行かなきゃならなくてね」
 ふうと煙を吐いて、青野がライターを正志に返す。
「会社員?お前、学生じゃなかったのか?」
「だったら良かったんだがね。それより、アンタが狙ってる十月十日は仕事が入ったんだ。アンタと一緒に開会式には行けない」
「そうか……」
 まさか青野がまっとうな会社員だとは思っても見なかった。正志はまじまじと青野を見つめてしまった。
「アンタとは違って、これでも大したもんなんだぜ、俺は。開会式の様子が、全世界に配信されるって知っているか?」
「さあ、知らないな」
「まったく、これだからアンタはダメなんだ。もっと世の中に興味を持たないと。いいか、開会式だけじゃない、オリンピックの様子はすべて衛星を使って、アメリカやロシアやドイツやら、テレビがある国にはすべて届けられるんだ。すごいだろう?」
「そいつはすごいな、どうやってやるんだ?」
「アンタに説明したところでわからないだろうよ。とにかく世界に様子を送ることで、日本はすごいって外国に知らしめたいんだ。その実、アメリカの協力がなけりゃ何もできないくせにな」
 ケラケラと笑って、青野が大きく煙を吐いた。その煙をもろに顔に浴びてしまい、不快な顔もちで正志は聞いた。
「アメリカだと?」
「そうさ。使用する衛星はアメリカのもんだからな。虎の威を借りて、自分はすごいって見せる狐でしかないんだよ、この国は。とはいえそれを応用する技術はこっちが作ったんだ、その点は褒めてやってもいいが」
 先から聞いていると、どうにも青野は世界中継に関わる仕事をしているようだ。その割には自分の仕事を軽んじているようだが、その仕事のせいで、正志にはもう協力が出来ないのだという。
「なら、俺が開会式を台無しにしたら困るんじゃないのか、お前は」
「別に。世界中継がうまく行こうが失敗しようが、もらえる金は同じだからな」
 とつまらなさそうな顔で、吸い殻を踏みつぶした。
「なに、ちゃんと爆弾の作り方と扱い方は教えてやるさ。設計図と材料だってくれてやる。そもそも俺は爆弾の威力を確認したかっただけなんだ。どうだったかい?原宿署は」
「爆破の影響で、建物の一部が少し燃えたらしい。ニュースを見る限り死者は出ていないようだが、怪我人は何人かいるようだ」
「それだけわかれば充分さ。届けてる途中で爆発したらどうしようかと内心ヒヤヒヤしてたんだが、ちゃんと開封と同時に爆破したようで何よりだ」
 そう言うと青野は、満足そうにうなずいた。秋夜の北の丸公園は時おりジョギングをする人々が行き交うぐらいで、二人は闇にまぎれてベンチに座っていた。
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