1964年の魔法使い

鷲野ユキ

文字の大きさ
上 下
61 / 101

1964.10.1 遠野邸 3

しおりを挟む
「なぜ草加が警察署を狙ったかはわかりませんが、とりあえず連絡を待つしかないかと思います。原宿署に送られたメッセージが真理亜お嬢様に関連のある物なら、警察がこちらにくるでしょうし」
 そう言って、メグがため息をついた。「なんだかややこしいことになってきたわ」
「旦那様、失礼いたします」
そこへおずおずと叩かれたノックの音が響いた。扉の間から聞こえるのは、まだ若い女中の声だった。
「なんだ、入りなさい」
「お食事中申し訳ございません。旦那様、赤崎様からお電話ですが……」
 そう言って、彼女は順次郎を電話口へ案内しようとしたが、
「なんだこの忙しいときに!赤崎がどうしたって言うんだ」
 と普段は穏やかな順次郎に噛みつかれて、顔を強張らせてしまった。
「それがどうにも、職場の部下の方が出社してこないのだとかで……」
「大方サボってるだけだろう、まったくそんなやつ、さっさとクビにしてやればいいものを!」
 普段とは違う剣幕の順次郎に怯んだのか、従順な彼女はかしこまりましたと早口で言うと、逃げるようにこの場を去っていってしまった。
「お父様、いくら不安だからって八つ当たりはよくないわ」
 夕飯どころではなくなってしまった。真理亜は箸を置くと、父親をたしなめた。
「今騒いだってどうしようもないもの。メグさんの言うとおり、とにかく犯人からの連絡を待つしかないじゃない。ここで慌てたら犯人の思うつぼだわ」
「それはそうだがね、真理亜……」
 娘に注意されて、父親がうなだれる。「しかし草加のやつ、どうするつもりなんだ」
 一体、どんな知らせが遠野家にもたらされるのか。口では父親を注意したものの、真理亜も気持ちばかりがそわそわと焦るのを感じていた。結局犯人は誰なのかしら。草加次郎?それとも、他にいるのとでも?
 結局その後、夕食の団らんは何とはなしに解散となってしまった。皆食事をする気分でもなかった。順次郎が気まずそうに仕事を思い出したからと席を離れ、メグが皿を片付け始める。テレビを見る気も起きず、真理亜は自室へと戻ることにした。
 その晩、真理亜はなかなか寝付くことが出来なかった。目が醒めてしまって、窓から夜空を見上げる。カトリックの洗礼を受けて、けれどさほど神様に興味がないのは事実だけれど、それでも不安なときは神を頼りたくなるものだ。
 聖書には別にイエス様が夜空にいるだなんて謳ってはいないけれど、それでも神様は空の上にいるのでしょうからと真理亜は黒い頭上を見上げた。いつもは星のまたたく夜空には、不穏な黒い雲がうごめいていた。神様は、信心深くない真理亜の前には姿を現してはくれないようだった。
 深く息を吐くと、真理亜は窓を閉めてすごすごとベッドへと戻り瞳を閉じた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

俺は彼女に養われたい

のあはむら
恋愛
働かずに楽して生きる――それが主人公・桐崎霧の昔からの夢。幼い頃から貧しい家庭で育った霧は、「将来はお金持ちの女性と結婚してヒモになる」という不純極まりない目標を胸に抱いていた。だが、その夢を実現するためには、まず金持ちの女性と出会わなければならない。 そこで霧が目をつけたのは、大金持ちしか通えない超名門校「桜華院学園」。家庭の経済状況では到底通えないはずだったが、死に物狂いで勉強を重ね、特待生として入学を勝ち取った。 ところが、いざ入学してみるとそこはセレブだらけの異世界。性格のクセが強く一筋縄ではいかない相手ばかりだ。おまけに霧を敵視する女子も出現し、霧の前途は波乱だらけ! 「ヒモになるのも楽じゃない……!」 果たして桐崎はお金持ち女子と付き合い、夢のヒモライフを手に入れられるのか? ※他のサイトでも掲載しています。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

【完結】あなたに知られたくなかった

ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。 5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。 そんなセレナに起きた奇跡とは?

命を狙われたお飾り妃の最後の願い

幌あきら
恋愛
【異世界恋愛・ざまぁ系・ハピエン】 重要な式典の真っ最中、いきなりシャンデリアが落ちた――。狙われたのは王妃イベリナ。 イベリナ妃の命を狙ったのは、国王の愛人ジャスミンだった。 短め連載・完結まで予約済みです。設定ゆるいです。 『ベビ待ち』の女性の心情がでてきます。『逆マタハラ』などの表現もあります。苦手な方はお控えください、すみません。

人生初めての旅先が異世界でした!? ~ 元の世界へ帰る方法探して異世界めぐり、家に帰るまでが旅行です。~(仮)

葵セナ
ファンタジー
 主人公 39歳フリーターが、初めての旅行に行こうと家を出たら何故か森の中?  管理神(神様)のミスで、異世界転移し見知らぬ森の中に…  不思議と持っていた一枚の紙を読み、元の世界に帰る方法を探して、異世界での冒険の始まり。   曖昧で、都合の良い魔法とスキルでを使い、異世界での冒険旅行? いったいどうなる!  ありがちな異世界物語と思いますが、暖かい目で見てやってください。  初めての作品なので誤字 脱字などおかしな所が出て来るかと思いますが、御容赦ください。(気が付けば修正していきます。)  ステータスも何処かで見たことあるような、似たり寄ったりの表示になっているかと思いますがどうか御容赦ください。よろしくお願いします。

成長率マシマシスキルを選んだら無職判定されて追放されました。~スキルマニアに助けられましたが染まらないようにしたいと思います~

m-kawa
ファンタジー
第5回集英社Web小説大賞、奨励賞受賞。書籍化します。 書籍化に伴い、この作品はアルファポリスから削除予定となりますので、あしからずご承知おきください。 【第七部開始】 召喚魔法陣から逃げようとした主人公は、逃げ遅れたせいで召喚に遅刻してしまう。だが他のクラスメイトと違って任意のスキルを選べるようになっていた。しかし選んだ成長率マシマシスキルは自分の得意なものが現れないスキルだったのか、召喚先の国で無職判定をされて追い出されてしまう。 一方で微妙な職業が出てしまい、肩身の狭い思いをしていたヒロインも追い出される主人公の後を追って飛び出してしまった。 だがしかし、追い出された先は平民が住まう街などではなく、危険な魔物が住まう森の中だった! 突如始まったサバイバルに、成長率マシマシスキルは果たして役に立つのか! 魔物に襲われた主人公の運命やいかに! ※小説家になろう様とカクヨム様にも投稿しています。 ※カクヨムにて先行公開中

ヘンテコ魔法使いの非日常

KEFY
ライト文芸
 全身を化け物のような姿に変える「魔法」に目覚めた少年、ゲツ。  自身の生活が次第に非日常に染まっていくなか、彼の住む街では彼と同じような「魔法使い」たちが、何ともおかしな事件を起こしたり、何か良からぬ事をしようとしていた。  その魔法使い達を止めるため、ゲツを含む「作戦本部」に集う者達は、魔法に染まった更なる非日常へと足を踏み込んでいく。

処理中です...