1964年の魔法使い

鷲野ユキ

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1964.10.1 遠野邸 2

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 と、意気込んでいたのが一週間ほど前のことだった。けれど具体的に犯人を捕まえる案も思いつかず、この間にあった大きなニュースはメグが彼氏と別れたという話ぐらいだった。なんでも順次郎がメグにくれたオリンピックのチケットを、彼氏が盗んで失踪してしまったのだという。
「ジュン君があんな人間だなんて思ってませんでした。せっかく順次郎様が用意してくださったのに。しかも三枚全部ですよ」
「まあ、お父様ったら、三枚もチケットを?」
 ただでさえ入手しにくい開会式のチケットだ。それを三枚も気前よくあげるだなんて、もしかしたらお父様はメグさんに気でもあるのかしら。確かに彼女は美人だけれど、などと余計なことを真理亜が考えていると、
「せっかくだから家族で行ってきなさいって、父と母と私の分を用意してくださったのに。両親たらそれはそれを楽しみにしてたのよ。だというのに、あの男!ずっと私、ジュン君に騙されてたのよ」
 とメグはいよいよ泣き出してしまった。そんなメグの姿はひどく珍しくて、普段は慰めてもらってばかりの真理亜はどうしたらいいのかわからずオロオロするばかりだ。
 けれど許せないのはその彼氏だわ。真理亜はメグの話を聞いて、ひどく腹が立ってしまった。こんな素敵な人とお付き合い出来たのに、その恩を仇で返すような真似をするだなんて。
 傷心のメグを慰めつつ、ただ過ぎていく日々を見送るしかできなかった真理亜だったが、この日の夕食でとんでもないニュースと出くわした。
『臨時ニュースです。本日正午頃、原宿警察署に『草加次郎』を名乗る人物から爆弾と思われるものが送られてきました』
「臨時ニュース?」
 何かしら、といった顔でテレビからメグが離れた。夕飯の準備をしてくれた彼女が、一家団らん恒例のテレビ鑑賞のために電源をつけた時だった。
 あまり食事中にテレビを見るのは真理亜の同級生たちからするとあまりよろしくないようだけれど、なにしろ真理亜の父親はテレビを作っている会社の社長だ。遠野家においては食事中のテレビはむしろ推奨されていた。といっても見るのは歌謡ショーでもドラマでもなく、お堅い教育番組だったが。
 けれどこの時ばかりは教育番組でお馴染みの東京12チャンネルはいつもと違かった。あまり見慣れぬ若い男のキャスターが、慌てたように原稿を読み始める。しかも、草加次郎ときたものだ。
「草加次郎だと?」
 このニュースに、茶碗を落とさんばかりの勢いで立ち上がったのは順次郎だった。彼は真理亜の身が危険にさらされてからというもの、仕事もそっちのけで早く家に帰ってくる。
 オリンピック特需でテレビが売れて忙しい、と言っていた口はどこへやら。この今世紀最大の大売出しの時期であっても、かけがえのない娘の安否が何よりも気になるらしい。
『詳しい詳細は不明ですが、警察の見解では、草加次郎の名を騙る第三者のイタズラではないか、とのことでした。この爆破による被害状況は現在確認中です』
 食い入るような三人の目線にいたたまれなくなったわけでもなかろうが、それだけを告げて画面は再び白い白衣を着た、眠たげなおじさんの映像へと切り替わってしまった。彼は先のニュースなどなかったかのように、原子構造について一生懸命説明している。
「今のはなんだったんだ?」
「結局、まだ誰の仕業かわかっていないみたいですね」
 先ほどのキャスターのセリフを真理亜も反芻する。草加次郎の名で警察所に爆弾が送られてきた。けれど、詳しい状況はまだよくわからない。
「本当にイタズラなのかしら」
 警察は偽物がいたずらで仕掛けたと考えているようだけれど、このタイミングで草加次郎だなんて、偶然にしてはあんまりだ。そう思ったのは他の二人も同じなようで、
「いや、あれも草加の仕業に違いない」
「けれどあれだけ警察に言うなって言っていたのに、いきなり警察署なんて爆発させますかね」と二人は推理に余念がない。
「本当に草加の仕業なら、きっと何か要求をしてくるはずだ。まだ具体的な受け渡し方法も連絡して来やしないじゃないか」
「それを、警察署宛に爆弾と一緒に送ったとでも?」
「ああ。あるいは、私が警察に垂れこんだとでも疑ってのことなのか……」
「まあ、普通は言いますよね、警察に」
 げんなりした表情でメグが言った。「だっていくらなんでも、そもそもそんな大金用意できないって思うじゃないですか」
「私が一億用意できないと草加は思っているのかね?ならなぜあんな脅迫状を私に送ったんだ!」
 と語尾も荒くテーブルを叩いた。「天下の遠野電機の社長だぞ、私は!愛娘の為なら、一億や二億くらい!」
「わかりません。でも、一億って相当な額ですよ」
 メグがため息まじりに言った。なにせ大卒の初任給だって二万ちょっとだ。一億なんて、その何倍、いや何千倍だろう。
「順次郎様はそうおっしゃいますけれど、私からしたらもうどう使ったらいいのかわからなくなるくらいの額です。きっと一生遊んで暮らせるんでしょうね、いいなぁ」
 どうやら使い道を想像してしまったのか、メグが思わずにやけてしまった顔を真面目な顔に戻して続けた。
「こほん。で、要求してみたものの、普通、いくら社長だからってそんな額持ってるとは限らないと、庶民の犯人は思ったわけです」
「犯人は急に弱気になったってことかね」
「おそらく。ならばいっそ警察も巻き込んで金を用意させた方がいいと。きっと草加はお金の感覚が鈍いんだわ。生活に喘いでいるような人間なのかもしれない。とにかくたくさんお金が欲しくて、一億なんて馬鹿げた金額を要求してきたのかも」
「草加が?けれど爆弾なんて作るやつだぞ。頭がいいんじゃないのか?それに警察まで巻き込んで、困るのは自分じゃないか」
「別に頭が良くてもお金がない人はいますし、頭が悪くても図面と材料があれば爆弾くらい作れるでしょう」
「うーむ。賢いんだか、馬鹿なのか……」
 順次郎が頭を抱えて唸った。「とりあえず、ろくでもないのに狙われたのは確かだな」

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