60 / 101
1964.10.1 遠野邸 2
しおりを挟む
と、意気込んでいたのが一週間ほど前のことだった。けれど具体的に犯人を捕まえる案も思いつかず、この間にあった大きなニュースはメグが彼氏と別れたという話ぐらいだった。なんでも順次郎がメグにくれたオリンピックのチケットを、彼氏が盗んで失踪してしまったのだという。
「ジュン君があんな人間だなんて思ってませんでした。せっかく順次郎様が用意してくださったのに。しかも三枚全部ですよ」
「まあ、お父様ったら、三枚もチケットを?」
ただでさえ入手しにくい開会式のチケットだ。それを三枚も気前よくあげるだなんて、もしかしたらお父様はメグさんに気でもあるのかしら。確かに彼女は美人だけれど、などと余計なことを真理亜が考えていると、
「せっかくだから家族で行ってきなさいって、父と母と私の分を用意してくださったのに。両親たらそれはそれを楽しみにしてたのよ。だというのに、あの男!ずっと私、ジュン君に騙されてたのよ」
とメグはいよいよ泣き出してしまった。そんなメグの姿はひどく珍しくて、普段は慰めてもらってばかりの真理亜はどうしたらいいのかわからずオロオロするばかりだ。
けれど許せないのはその彼氏だわ。真理亜はメグの話を聞いて、ひどく腹が立ってしまった。こんな素敵な人とお付き合い出来たのに、その恩を仇で返すような真似をするだなんて。
傷心のメグを慰めつつ、ただ過ぎていく日々を見送るしかできなかった真理亜だったが、この日の夕食でとんでもないニュースと出くわした。
『臨時ニュースです。本日正午頃、原宿警察署に『草加次郎』を名乗る人物から爆弾と思われるものが送られてきました』
「臨時ニュース?」
何かしら、といった顔でテレビからメグが離れた。夕飯の準備をしてくれた彼女が、一家団らん恒例のテレビ鑑賞のために電源をつけた時だった。
あまり食事中にテレビを見るのは真理亜の同級生たちからするとあまりよろしくないようだけれど、なにしろ真理亜の父親はテレビを作っている会社の社長だ。遠野家においては食事中のテレビはむしろ推奨されていた。といっても見るのは歌謡ショーでもドラマでもなく、お堅い教育番組だったが。
けれどこの時ばかりは教育番組でお馴染みの東京12チャンネルはいつもと違かった。あまり見慣れぬ若い男のキャスターが、慌てたように原稿を読み始める。しかも、草加次郎ときたものだ。
「草加次郎だと?」
このニュースに、茶碗を落とさんばかりの勢いで立ち上がったのは順次郎だった。彼は真理亜の身が危険にさらされてからというもの、仕事もそっちのけで早く家に帰ってくる。
オリンピック特需でテレビが売れて忙しい、と言っていた口はどこへやら。この今世紀最大の大売出しの時期であっても、かけがえのない娘の安否が何よりも気になるらしい。
『詳しい詳細は不明ですが、警察の見解では、草加次郎の名を騙る第三者のイタズラではないか、とのことでした。この爆破による被害状況は現在確認中です』
食い入るような三人の目線にいたたまれなくなったわけでもなかろうが、それだけを告げて画面は再び白い白衣を着た、眠たげなおじさんの映像へと切り替わってしまった。彼は先のニュースなどなかったかのように、原子構造について一生懸命説明している。
「今のはなんだったんだ?」
「結局、まだ誰の仕業かわかっていないみたいですね」
先ほどのキャスターのセリフを真理亜も反芻する。草加次郎の名で警察所に爆弾が送られてきた。けれど、詳しい状況はまだよくわからない。
「本当にイタズラなのかしら」
警察は偽物がいたずらで仕掛けたと考えているようだけれど、このタイミングで草加次郎だなんて、偶然にしてはあんまりだ。そう思ったのは他の二人も同じなようで、
「いや、あれも草加の仕業に違いない」
「けれどあれだけ警察に言うなって言っていたのに、いきなり警察署なんて爆発させますかね」と二人は推理に余念がない。
「本当に草加の仕業なら、きっと何か要求をしてくるはずだ。まだ具体的な受け渡し方法も連絡して来やしないじゃないか」
「それを、警察署宛に爆弾と一緒に送ったとでも?」
「ああ。あるいは、私が警察に垂れこんだとでも疑ってのことなのか……」
「まあ、普通は言いますよね、警察に」
げんなりした表情でメグが言った。「だっていくらなんでも、そもそもそんな大金用意できないって思うじゃないですか」
「私が一億用意できないと草加は思っているのかね?ならなぜあんな脅迫状を私に送ったんだ!」
と語尾も荒くテーブルを叩いた。「天下の遠野電機の社長だぞ、私は!愛娘の為なら、一億や二億くらい!」
「わかりません。でも、一億って相当な額ですよ」
メグがため息まじりに言った。なにせ大卒の初任給だって二万ちょっとだ。一億なんて、その何倍、いや何千倍だろう。
「順次郎様はそうおっしゃいますけれど、私からしたらもうどう使ったらいいのかわからなくなるくらいの額です。きっと一生遊んで暮らせるんでしょうね、いいなぁ」
どうやら使い道を想像してしまったのか、メグが思わずにやけてしまった顔を真面目な顔に戻して続けた。
「こほん。で、要求してみたものの、普通、いくら社長だからってそんな額持ってるとは限らないと、庶民の犯人は思ったわけです」
「犯人は急に弱気になったってことかね」
「おそらく。ならばいっそ警察も巻き込んで金を用意させた方がいいと。きっと草加はお金の感覚が鈍いんだわ。生活に喘いでいるような人間なのかもしれない。とにかくたくさんお金が欲しくて、一億なんて馬鹿げた金額を要求してきたのかも」
「草加が?けれど爆弾なんて作るやつだぞ。頭がいいんじゃないのか?それに警察まで巻き込んで、困るのは自分じゃないか」
「別に頭が良くてもお金がない人はいますし、頭が悪くても図面と材料があれば爆弾くらい作れるでしょう」
「うーむ。賢いんだか、馬鹿なのか……」
順次郎が頭を抱えて唸った。「とりあえず、ろくでもないのに狙われたのは確かだな」
「ジュン君があんな人間だなんて思ってませんでした。せっかく順次郎様が用意してくださったのに。しかも三枚全部ですよ」
「まあ、お父様ったら、三枚もチケットを?」
ただでさえ入手しにくい開会式のチケットだ。それを三枚も気前よくあげるだなんて、もしかしたらお父様はメグさんに気でもあるのかしら。確かに彼女は美人だけれど、などと余計なことを真理亜が考えていると、
「せっかくだから家族で行ってきなさいって、父と母と私の分を用意してくださったのに。両親たらそれはそれを楽しみにしてたのよ。だというのに、あの男!ずっと私、ジュン君に騙されてたのよ」
とメグはいよいよ泣き出してしまった。そんなメグの姿はひどく珍しくて、普段は慰めてもらってばかりの真理亜はどうしたらいいのかわからずオロオロするばかりだ。
けれど許せないのはその彼氏だわ。真理亜はメグの話を聞いて、ひどく腹が立ってしまった。こんな素敵な人とお付き合い出来たのに、その恩を仇で返すような真似をするだなんて。
傷心のメグを慰めつつ、ただ過ぎていく日々を見送るしかできなかった真理亜だったが、この日の夕食でとんでもないニュースと出くわした。
『臨時ニュースです。本日正午頃、原宿警察署に『草加次郎』を名乗る人物から爆弾と思われるものが送られてきました』
「臨時ニュース?」
何かしら、といった顔でテレビからメグが離れた。夕飯の準備をしてくれた彼女が、一家団らん恒例のテレビ鑑賞のために電源をつけた時だった。
あまり食事中にテレビを見るのは真理亜の同級生たちからするとあまりよろしくないようだけれど、なにしろ真理亜の父親はテレビを作っている会社の社長だ。遠野家においては食事中のテレビはむしろ推奨されていた。といっても見るのは歌謡ショーでもドラマでもなく、お堅い教育番組だったが。
けれどこの時ばかりは教育番組でお馴染みの東京12チャンネルはいつもと違かった。あまり見慣れぬ若い男のキャスターが、慌てたように原稿を読み始める。しかも、草加次郎ときたものだ。
「草加次郎だと?」
このニュースに、茶碗を落とさんばかりの勢いで立ち上がったのは順次郎だった。彼は真理亜の身が危険にさらされてからというもの、仕事もそっちのけで早く家に帰ってくる。
オリンピック特需でテレビが売れて忙しい、と言っていた口はどこへやら。この今世紀最大の大売出しの時期であっても、かけがえのない娘の安否が何よりも気になるらしい。
『詳しい詳細は不明ですが、警察の見解では、草加次郎の名を騙る第三者のイタズラではないか、とのことでした。この爆破による被害状況は現在確認中です』
食い入るような三人の目線にいたたまれなくなったわけでもなかろうが、それだけを告げて画面は再び白い白衣を着た、眠たげなおじさんの映像へと切り替わってしまった。彼は先のニュースなどなかったかのように、原子構造について一生懸命説明している。
「今のはなんだったんだ?」
「結局、まだ誰の仕業かわかっていないみたいですね」
先ほどのキャスターのセリフを真理亜も反芻する。草加次郎の名で警察所に爆弾が送られてきた。けれど、詳しい状況はまだよくわからない。
「本当にイタズラなのかしら」
警察は偽物がいたずらで仕掛けたと考えているようだけれど、このタイミングで草加次郎だなんて、偶然にしてはあんまりだ。そう思ったのは他の二人も同じなようで、
「いや、あれも草加の仕業に違いない」
「けれどあれだけ警察に言うなって言っていたのに、いきなり警察署なんて爆発させますかね」と二人は推理に余念がない。
「本当に草加の仕業なら、きっと何か要求をしてくるはずだ。まだ具体的な受け渡し方法も連絡して来やしないじゃないか」
「それを、警察署宛に爆弾と一緒に送ったとでも?」
「ああ。あるいは、私が警察に垂れこんだとでも疑ってのことなのか……」
「まあ、普通は言いますよね、警察に」
げんなりした表情でメグが言った。「だっていくらなんでも、そもそもそんな大金用意できないって思うじゃないですか」
「私が一億用意できないと草加は思っているのかね?ならなぜあんな脅迫状を私に送ったんだ!」
と語尾も荒くテーブルを叩いた。「天下の遠野電機の社長だぞ、私は!愛娘の為なら、一億や二億くらい!」
「わかりません。でも、一億って相当な額ですよ」
メグがため息まじりに言った。なにせ大卒の初任給だって二万ちょっとだ。一億なんて、その何倍、いや何千倍だろう。
「順次郎様はそうおっしゃいますけれど、私からしたらもうどう使ったらいいのかわからなくなるくらいの額です。きっと一生遊んで暮らせるんでしょうね、いいなぁ」
どうやら使い道を想像してしまったのか、メグが思わずにやけてしまった顔を真面目な顔に戻して続けた。
「こほん。で、要求してみたものの、普通、いくら社長だからってそんな額持ってるとは限らないと、庶民の犯人は思ったわけです」
「犯人は急に弱気になったってことかね」
「おそらく。ならばいっそ警察も巻き込んで金を用意させた方がいいと。きっと草加はお金の感覚が鈍いんだわ。生活に喘いでいるような人間なのかもしれない。とにかくたくさんお金が欲しくて、一億なんて馬鹿げた金額を要求してきたのかも」
「草加が?けれど爆弾なんて作るやつだぞ。頭がいいんじゃないのか?それに警察まで巻き込んで、困るのは自分じゃないか」
「別に頭が良くてもお金がない人はいますし、頭が悪くても図面と材料があれば爆弾くらい作れるでしょう」
「うーむ。賢いんだか、馬鹿なのか……」
順次郎が頭を抱えて唸った。「とりあえず、ろくでもないのに狙われたのは確かだな」
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
【完結】転生少女は異世界でお店を始めたい
梅丸
ファンタジー
せっかく40代目前にして夢だった喫茶店オープンに漕ぎ着けたと言うのに事故に遭い呆気なく命を落としてしまった私。女神様が管理する異世界に転生させてもらい夢を実現するために奮闘するのだが、この世界には無いものが多すぎる! 創造魔法と言う女神様から授かった恩寵と前世の料理レシピを駆使して色々作りながら頑張る私だった。
所詮は他人事と言われたので他人になります!婚約者も親友も見捨てることにした私は好きに生きます!
ユウ
恋愛
辺境伯爵令嬢のリーゼロッテは幼馴染と婚約者に悩まされてきた。
幼馴染で親友であるアグネスは侯爵令嬢であり王太子殿下の婚約者ということもあり幼少期から王命によりサポートを頼まれていた。
婚約者である伯爵家の令息は従妹であるアグネスを大事にするあまり、婚約者であるサリオンも優先するのはアグネスだった。
王太子妃になるアグネスを優先することを了承ていたし、大事な友人と婚約者を愛していたし、尊敬もしていた。
しかしその関係に亀裂が生じたのは一人の女子生徒によるものだった。
貴族でもない平民の少女が特待生としてに入り王太子殿下と懇意だったことでアグネスはきつく当たり、婚約者も同調したのだが、相手は平民の少女。
遠回しに二人を注意するも‥
「所詮あなたは他人だもの!」
「部外者がしゃしゃりでるな!」
十年以上も尽くしてきた二人の心のない言葉に愛想を尽かしたのだ。
「所詮私は他人でしかないので本当の赤の他人になりましょう」
関係を断ったリーゼロッテは国を出て隣国で生きていくことを決めたのだが…
一方リーゼロッテが学園から姿を消したことで二人は王家からも責められ、孤立してしまうのだった。
なんとか学園に連れ戻そうと試みるのだが…
婚約者様、王女様を優先するならお好きにどうぞ
曽根原ツタ
恋愛
オーガスタの婚約者が王女のことを優先するようになったのは――彼女の近衛騎士になってからだった。
婚約者はオーガスタとの約束を、王女の護衛を口実に何度も破った。
美しい王女に付きっきりな彼への不信感が募っていく中、とある夜会で逢瀬を交わすふたりを目撃したことで、遂に婚約解消を決意する。
そして、その夜会でたまたま王子に会った瞬間、前世の記憶を思い出し……?
――病弱な王女を優先したいなら、好きにすればいいですよ。私も好きにしますので。
モブ令嬢ですが、悪役令嬢の妹です。
霜月零
恋愛
私は、ある日思い出した。
ヒロインに、悪役令嬢たるお姉様が言った一言で。
「どうして、このお茶会に平民がまぎれているのかしら」
その瞬間、私はこの世界が、前世やってた乙女ゲームに酷似した世界だと気が付いた。
思い出した私がとった行動は、ヒロインをこの場から逃がさない事。
だってここで走り出されたら、婚約者のいる攻略対象とヒロインのフラグが立っちゃうんだもの!!!
略奪愛ダメ絶対。
そんなことをしたら国が滅ぶのよ。
バッドエンド回避の為に、クリスティーナ=ローエンガルデ。
悪役令嬢の妹だけど、前世の知識総動員で、破滅の運命回避して見せます。
※他サイト様にも掲載中です。
人生負け組のスローライフ
雪那 由多
青春
バアちゃんが体調を悪くした!
俺は長男だからバアちゃんの面倒みなくては!!
ある日オヤジの叫びと共に突如引越しが決まって隣の家まで車で十分以上、ライフラインはあれどメインは湧水、ぼっとん便所に鍵のない家。
じゃあバアちゃんを頼むなと言って一人単身赴任で東京に帰るオヤジと新しいパート見つけたから実家から通うけど高校受験をすててまで来た俺に高校生なら一人でも大丈夫よね?と言って育児拒否をするオフクロ。
ほぼ病院生活となったバアちゃんが他界してから築百年以上の古民家で一人引きこもる俺の日常。
――――――――――――――――――――――
第12回ドリーム小説大賞 読者賞を頂きました!
皆様の応援ありがとうございます!
――――――――――――――――――――――
王太子様に婚約破棄されましたので、辺境の地でモフモフな動物達と幸せなスローライフをいたします。
なつめ猫
ファンタジー
公爵令嬢のエリーゼは、婚約者であるレオン王太子に婚約破棄を言い渡されてしまう。
二人は、一年後に、国を挙げての結婚を控えていたが、それが全て無駄に終わってしまう。
失意の内にエリーゼは、公爵家が管理している辺境の地へ引き篭もるようにして王都を去ってしまうのであった。
――そう、引き篭もるようにして……。
表向きは失意の内に辺境の地へ篭ったエリーゼは、多くの貴族から同情されていたが……。
じつは公爵令嬢のエリーゼは、本当は、貴族には向かない性格だった。
ギスギスしている貴族の社交の場が苦手だったエリーゼは、辺境の地で、モフモフな動物とスローライフを楽しむことにしたのだった。
ただ一つ、エリーゼには稀有な才能があり、それは王国で随一の回復魔法の使い手であり、唯一精霊に愛される存在であった。
月(ルナ)は笑う――幻想怪奇蒐集譚
浦出卓郎
ファンタジー
戦後――
人種根絶を目指した独裁政党スワスティカが崩壊、三つの国へと分かれた。
オルランド公国、ヒルデガルト共和国、カザック自治領。
ある者は敗戦で苦汁をなめ、ある者は戦勝気分で沸き立つ世間を、綺譚蒐集者《アンソロジスト》ルナ・ペルッツは、メイド兼従者兼馭者の吸血鬼ズデンカと時代遅れの馬車に乗って今日も征く。
綺譚――
面白い話、奇妙な話を彼女に提供した者は願いが一つ叶う、という噂があった。
カクヨム、なろうでも連載中!
自由都市のダンジョン探索者 ~精霊集めてダンジョン攻略~【第一部:初級探索者編完結】
高田 祐一
ファンタジー
祖父の死をきっかけに村を出て、自由都市のダンジョンで探索者を目指すユーリの成長の物語。最初はウサギ相手にも苦戦しますが、徐々に召喚精霊達を仲間に加え、人々に支えられながら、やがてダンジョンの危機に立ち向かう探索者に成長する物語です。
【第一部:初級探索者編】完結しました。
同時投稿中:魔族に荒らされた異世界をスキルの力でゲーム世界に改編する物語
【転生したのはAIでした ~精霊として転生した私は《特殊スキル》システム管理AIで村の復興から始めます~】
あわせて宜しくお願い致します。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる