1964年の魔法使い

鷲野ユキ

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1964.9.20 浜松町 1

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 浅草から新橋に出て、そこから山の手線で一駅。東京タワーが近くに見える浜松町から、真理亜たちは羽田空港と都心を結ぶこの新しい乗り物に乗り込んだ。
 開業したのが三日前。新しいものや乗り物好きでさぞかし混雑しているかと思いきや、思いのほかホームは閑散としていた。次にモノレールが来るまで十分ほど。真理亜たちはぼんやりとベンチに腰掛けて待つことにした。
「なんだか拍子抜けしちゃうわね。もっと賑わってると思ったのに」
「飛行機に乗るでもないのに、羽田までわざわざ行く人もいないでしょう」
 有無を言わさず、半ば真理亜に引っ張られるような形で連れてこられた菅野は困ったように言った。
「それに、二百五十円もするんじゃあ、バスやタクシーを使ったほうが安い」
「でも、乗ってみたいでしょう?」
「それはまあ、せっかくですし」
 文句を言いながらも、彼は存外に楽しそうだった。電車好きというのは本当らしい。まるで子供のように、目を輝かせて滑り込んできたモノレールに視線を向けていた。
 ピカピカのクリーム色と水色とを基調とした車両がやってきた。いったいどこにいたのだろう、あっという間に乗車口付近に人々が集まった。モノレールをカメラに収めようとするものや、ペタペタと車体を触るもの。乗車口が開くや否や、人々が雪崩のように乗り込んでいく。慌てて真理亜たちもそれに続いた。
 車内は乗り込んだ乗客らであっという間にいっぱいになってしまった。構造上仕方がないのだろうが、どうにもモノレールは普通の電車と比べて狭い。それに飛行機客の荷物を置くためのスペースが幅を利かせているものだから、なおさら狭く感じた。
「結構中は狭いんですね。二百五十円払ってまで、こんな狭いところに閉じ込められるだなんて……」
 まだ価格に納得がいかないのか、菅野がぐちぐちと言っている。
「でもすごいじゃない。飛行機で羽田に来たお客さんたちを、たった十五分で都心へと運んでくれるんだもの。しかもオリンピックに向けて、一年ちょっとでこんなものまで作ってしまうんだから」
「それはまあ、そうですけど」
 そう言っている間に、滑らかにモノレールは発進した。乗り物好きの男の子たちがちゃっかりと先頭部分を占拠していて、感嘆の声を上げている。電車とも違う走り心地と、高い位置を走っていることもあいまって、まるで空を飛んでいるかのように真理亜は感じた。
「ああ、ほら。すごいわ。海の上を走ってる」
 眼下に広がる海面を見て、真理亜ははしゃいだ声を上げた。さっきまでいた隅田川とはまた違う、海のきらめき。ウミネコがギャアギャアと鳴き声を上げて、モノレールを不思議そうに眺め並走している。
「さっきは川で、今度は海。こないだは電車で、今度はモノレール。……さっきみたいなことが起きなければいいんですけれど」
 はしゃぐ真理亜と対照的に、菅野が大仰にため息をついた。急に菅野が不安なことを言い出すので、真理亜は口を尖らせて言った。
「人が多いところの方が安全だからデートを楽しみましょう、って言ったのは菅野さんじゃないですの」
「そうなんですけど」
「大丈夫よ、いくらなんでも、海の上を走ってるものをどうこう出来やしないわよ」
「そうだといいんですけれど」
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