1964年の魔法使い

鷲野ユキ

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1964.9.5 八丁堀 6

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「けれどあまり便利な力ではありません。あまりに、対価が大きすぎる。こんなにすぐ腹が減ってフラフラになってしまうようじゃあ、機械の力を頼ったほうがいい」
「それはそうかもしれませんけれど、でも素晴らしい力じゃありませんか」
「そうですかね……。まあ例えば、そこらじゅうの黒鉛やら石炭やらを集めてダイヤモンドにでもすれば大金持ちになれたのかもしれないんですが」
「ダイヤモンドを作ることが出来るの?」
「ええ、鉛筆の芯も炭も、元素はすべてC、カーボンです。ダイヤモンドと違うのはその構造だけ。それを組み直してやれば、ダイヤを作り出せる」
「なら、それで必要なお金を稼げばよいのではなくって?」
 真理亜は目を輝かせて言った。そんなことが出来るなら、あっという間に大金持ちじゃない!
「ですが、僕が大量のダイヤをどこに売るって言うんですか。明らかに怪しいでしょう、宝石商でも鉱夫でもない男が、ダイヤを誰に買ってもらうっていうんです。偽物だとか、盗んできたんじゃないかとか思われるのがいいところですよ」
「そうね……残念だわ」
 もしかしたら彼は試したことがあるのかもしれない。話しぶりを聞いて、真理亜は思った。せっかく便利な力があったところで、それをお金に変えることが出来ない。この世の中で必要なのは、効率の悪い「力」よりお金だ。
「すみませんが、そろそろ仕事に戻ってもいいでしょうか。あんまり長い間席を外していると、同僚がうるさいんです。仕事をサボって逢引きしてるんじゃない、とでも言いかねない」
「そんな、逢引きだなんて」
 その言葉に真理亜は頬を赤らめた。彼が、自分のことを嫌っていないことは分かった。それで十分だ、そう思おうとはしたけれど、けれどその先は?真理亜の心がざわめく。そわそわとし始めた真理亜の横で、菅野が立ち上がった。ああ、これでもうお別れなのかしら。そう思ったら、勝手に口が開いていた。
「あの、菅野さん。よろしかったら今度、私とデートしてくださいませんか?」
「デート?」
 うっかり口にしてから、真理亜は顔が火を噴くほど熱くなるのを感じていた。やだ私ったら、嫌われてないと分かった途端にこれだなんて。
自分でも現金だとは思ったけれど、けれどこうしてようやく彼の本意を確認できたのだ。菅野さんは私のことを嫌ってなんていない。それに、前はあれだけ聞いても教えてくれなかった力のことを教えてくれたじゃない。
「その……もしご都合が良ければ、なんですけれど」
 そう続ける声は、またもや弱くなっていく。勢いよく言ってはみたけれど、図々しいお願いをしてしまったかもしれない。心の中の弱気な真理亜がささやく。きっと無理よ、菅野さんみたいな大人の男の人が、社長命令でもない限り、私なんかとデートなんて行くわけないじゃない!
 そう思った矢先、菅野が柔らかく口を開いた。
「そうですね、なら、浅草にでも行きませんか?僕は都会には疎いけれど、下町には詳しいんです。お嬢様にはつまらないかもしれないけれど……」
「え?それって……」
 それって、オーケーってこと?真理亜はさらに熱を帯びてしまった頬を両手で包んだ。
「もちろん、お嫌でしたら無理にとは言いませんが……」
「い、行きます!ぜひともご一緒させてください!」
 真理亜は思わず立ち上がった。
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