1964年の魔法使い

鷲野ユキ

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1964.9.5 八丁堀 5

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「それより、また助けていただいてしまって……。けれどなぜ突然木が燃えたんでしょうか。しかも上の方から」
 話題を変えたいとばかりに、真理亜はベンチから上を仰ぎ見た。そこにはすっかり元通りになって、燃えた痕跡すら残らない桜の姿があった。焦げ臭いにおいが残っていなければ、これが急に燃えただなんて信じられなかった。
「おそらくですが、煙草の燃えカスが強風に巻き上げられて、木の上の方に飛んだんでしょう。そしてそのまま消えることなく、木の葉に燃え移った」
「煙草の火が?」
「ええ、そこに落ちているでしょう、吸い殻が」
 そう言う菅野の声は、なんだか硬いような気がした。地面をよく見れば、オレンジ色っぽい紙屑のようなものが落ちている。これが煙草の吸い口だろう。
「じゃあ誰かがポイ捨てしたのが原因なのね?まったくもう、危ないじゃないの!」
 原因が分かったことに真理亜は安堵して、思わず大きな声で言ってしまった。先ほど、菅野が危険な目に巻き込みたくない、と言ったのが引っ掛かっていたのだ。けれどこれはただの事故の様だ、菅野さんは私と一緒にいると事故に巻き込まれることが多いから、だからそんなことを言ったんだわ。原因は菅野さんにはないのに――。
 だが、いつ歩き煙草をしている人間がこの近くを通ったのだろう。真理亜は煙草の煙が嫌いで、匂いがすればすぐ気が付く。けれど気が付かなかった。本当に、煙草のポイ捨てが原因なのかしら――。
「真理亜さん、なぜ僕が火を消したか気になりますか?」
 思わず思考の波に漂い始めた真理亜に、菅野がそう話しかけた。
「それは、もちろん気になりますわ。でも、前にうかがったときは、私に話してもわからないと……」
「あの時は、もう力を見せるつもりはなかった。けれどもうこれで三度目です、もう、いいのかなって。それにまるっきり変な力って言うわけでもない、自分が何をしているのはわかっているんです。どうしているのかはわからないだけで。だから余計気味がわるいんですが」
「それなら……けれど私が理解できるでしょうか」
「なに、中学校で習うような、簡単なものです」
 そう前置きして、菅野は語りだした。
「ものが燃えるには酸素が必要なんです。例えばアルコールランプに火を灯したとき、ふたを被せて消火しますね?あれは酸素が遮断されて、燃焼が終了するんです。それと同じで、燃えている物体の周りから酸素を取り除いてしまえばいい。空気中の酸素を変換して、二酸化炭素に変えたんです」
「はあ」真理亜は必死に頭の中の中学理科の教科書を引っ張り出した。酸化と還元。そんなタイトルのページがあったような気もする。
「酸素を吸って二酸化炭素に変えるのは、僕たちの身体でも出来ることです。けれどなぜ僕が、身体を介さずにそんなことを出来るのかはわかりません」
「じゃあ、木を元に戻したのは?」
「燃焼は酸化と同じです。酸素と木が激しく酸化して、燃える。だから焦げた木から酸素を取り除いてやればいい。還元というやつです」
「確かに、その通りに習ったわ。けれど実際、どうやってやるの?」
「それは、わからないんです。恐らく、僕は電子や原子を動かすことによって、こうした力が使えるのだろう、というのはなんとなく予測がつくんです。その仮説をもとに、僕は大学で物理学を専攻しました。おかげで仕組みは分かったけれど方法が説明つかない。本来それを実際に行うには、かなり大がかりの粒子加速器が必要になるはずなんです」
「加速器?」また真理亜の知らない言葉が出てきた。
「電子や陽子、粒子などに運動エネルギーを与えて、速度を上げるための装置です。粒子を光の速度近くまで加速すると、高いエネルギー状態になる。その状態まで持って行かないと、原子や分子を分解するまでには至らない」
「ええとじゃあ、仕組みは分からないけれど、菅野さんの持つものすごいエネルギーを使って、化学反応を起こしている、ということになるのかしら」
「その通りです」
 大量のエネルギーを消化するから、あんなにお腹が空いてしまうのだろう。
「じゃあ、菅野さんは魔法使いでも、超能力者でもなくて……」
「強いて言うなら、歩く加速器ですかね」
 そう菅野が言ったところで、彼の腹がぐうと鳴いた。
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