1964年の魔法使い

鷲野ユキ

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1964.8.17 北千住 4

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「だから、その卑屈な性格をなんとかしろよ。嫌味にしか聞こえないぜ」
 吸い殻を携帯灰皿の中にねじりこんで大月がため息を吐いた。
「認めろよ、お前は天から愛されてるんだ」
「まさか」
「その力を使えよ英紀。初対面のお嬢様には使ったんだ。なら長年慣れ親しんだ白百合の家を救うのに使ったって構わないだろう?」
「あの家を守りたいのは僕だって同じだ、あの家の、小百合さんのおかげで今の僕があるんだ。けれど力なんか使うもんか。金を作り出すなんてことはさすがに出来ないよ。それにあれは疲れて仕方がない」
「作れないならどこかから持って来ればいい」
「だからそれは、今度社長に」
「今度っていつなんだよ。のんびりしてる時間はないんだ。小百合さんの財産が没収されちまう以上、あの家だけじゃなくて維持費だって用意してやらなきゃならない。そうだな、最低一千万」
「一千万?そんなにか?」
「そりゃそうさ、あの建物に土地、子供たちに食わせる飯だって三井家が持っててくれたんだ。その財産を没収されちまったら、建物だけ取り返したってどうにもならないだろう」
 とても自分の給料を寄付したぐらいではどうにもならない額だ。英紀は、改めて小百合のありがたさを感じた。あの人は本当にお金持ちだったんだな。
「それに社長とやらは知ってるのか?お前が孤児だってことを。自分の育った孤児院が潰れそうだから何とかしてくれって、泣いて縋りつくことが出来るのか?」
「それは」
 痛いところをつかれて、英紀は口をつぐんでしまった。職場の人間には、自分の過去は話したことはない。幸せしか知らないだろう周りの人間に、話したくもなかった。
「出来ないだろ?俺だってあの家のことは本当の家みたいに思っちゃいるが、世間様はそうは思ってくれないからな」
「そんな、人のことばかり急かしてないで、自分は何かしたのか?」
 一方的に責められて、英紀はなんだか腹が立ってきた。それは大月に対してなのか、孤児院育ちをみっともないと思ってしまった自分自身にだったのか。
「そうだな……」
「そこまで言うなら、大月にはなにか策があるんだろ」
 英紀はスカした態度の大月を睨んだ。その視線に気づいていないわけもないだろうが、大月は呑気に二本目の煙草を取り出し火をつけて言った。
「社長にうまくおねだり出来ないって言うなら、お嬢様を誘拐して身代金でも要求してみたらどうだ?」
「まさか、そんなことするわけないだろう!」
 この発言に英紀が血相を変えて抗議の声を上げると、「冗談だよ、冗談」と軽く返される。
「真に受けるなよ。ただ、大金をうまく手に入れるだなんて、それこそ誘拐か銀行強盗かになるだろう?」
「馬鹿言え。犯罪者になんてなってたまるか」
「じゃあ、あとは宝くじでもうまく当たるように祈っておくか?」
「祈るくらいで当たるなら苦労しないさ。ああ、なにかうまい策がないだろうか」
 とてもじゃないが、自分の給料だけではあの家を救うには至らない。英紀だってこの力を活用できないか考えなかったわけではない。けれどどれもあまり現実的ではなかった。それに、昔のように人から金を盗むようなことはもうしたくなかった。
「やっぱり、寄付を頼んでみるぐらいしか……」
「ああ、そうだな。そうしてくれ。なにしろ金持ちの知り合いなんて、そうそう居ないからな」
 大きく吸った煙を吐き出し、大月がぽつりとつぶやいた。「ほんと、お前は神から愛されてるよな」
    そう言って、片唇だけ上げて器用に笑った。それは、彼が何か悪巧みをしている時の笑顔だった。
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