1964年の魔法使い

鷲野ユキ

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1964.8.15 ニューオータニ 6

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「それはそうなんだが……」
 真理亜と菅野の二人をちらと見て、順次郎がうなだれた。
「そうなんだが、二人はピッタリだと思ったんだがなぁ。それに菅野君が遠野家に婿に入ってくれれば、他の会社にとられることもないだろう?」
 どうやらそれが本音だったらしい。
「そんな、別に僕は他に行けるような、器量の良い人間でもありませんし……」
「君にそのつもりがなくても、優れた研究員の確保にどこも躍起になってるんだ。これからの経済を支える人材をな。今はまだいい、すべてが右肩上がりだ。けれどこのままひたすらに好景気が続くものか。やがて失速する。それはわが社も同じだろう。そのとき踏ん張るためには、見せかけじゃなくて本物の技術力、世界中が認めるような力が必要になるんだ。そのための出資は惜しまん、だから研究室も作った。そこに来たのがキミだ、未来有望な若者のキミだ!」
「そんな、別に僕はそんなすごい人間では……」
「だから、謙遜も過ぎると嫌味に聞こえるぞ。この私が言っているんだ、素直に喜ばんか」
「けれど、それとお嬢さんとデートに行けと言うのは別なのでは」
「ええい、しつこいな、くどくどと同じ話を掘り返すのは男らしくなくていかん」
「ええ、そうです、僕なんてダメな人間なんです、お嬢様のお相手が務まるような男じゃありません」
「だが、なにごともやってみなければわかるまい。君の研究だってそうだろう?似たようなことを何度も何度も繰り返して、ようやくたどり着く成功だ。というわけで物は試しだ、ほら真理亜、菅野君をランチに連れて行ってあげなさい」
「お父様!」
 とんとん拍子に展開されていく父の話に付いていけず、真理亜は思わず叫んでしまった。
    そんな、初対面の方とデートなんて出来るわけないじゃない!
 けれど順次郎の決意は固いらしく、「いいかね菅野君、これは業務命令だ」とまるで聞く耳を持たない。
「業務命令と言われましても」 
    そう言われて菅野も辟易しているようだった。だがそんなものなどどこ吹く風で、頑なに順次郎は決意を翻そうとはしなかった。さすが一代で財を成し遂げただけあるのか、順次郎はとんでもない頑固者だった。
「いいじゃないか、業務命令で遊べるんだ。なに、費用は心配しなくていい。オリンピック需要のおかげで、菅野君の作ったカラーテレビが飛ぶように売れるんだからな」
「でも、お父様」
 こうなってしまったら、自分の言う事など聞いてはもらえないだろう。父の突拍子もないわがままに慣れてしまった真理亜が諦めの境地でたしなめるも、
「菅野君も働き詰めの様だし、好きなように遊んできなさい」と満面の笑みで返されてしまった。
「しかし、社長……」
 それでも食い下がろうとする菅野に目配せして、真理亜は唇を開いた。
「わかりましたわ、お父様。そうさせていただきます」
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