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1964.8.15 ニューオータニ 5
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「しかし菅野君には申し訳ないことをした。まさかあんなことが起こるとは……」
ごった返すホテルから外堀の方へ逃げ、順次郎が呻く。「まったく、とんだ欠陥工事じゃないか」
「いえ、あんな場所から素晴らしい景色を眺められただけでも、僕は満足ですよ」
ひたすら詫びる順次郎に、菅野はいえいえ大丈夫ですからと低姿勢だ。けれどご馳走を目の前に食べられなかったのもあったのか、ぐうと腹の虫が鳴いている。
「……すみません、ホテルのレストランに呼んでもらったものですから、うれしくて朝から何も食べてないんです」
気まずそうに菅野が腹をさすったのを見て、思わず真理亜はクスリと笑ってしまった。
「お父様、せめて菅野さんになにか御馳走してさしあげたら?」
「それもそうだな、だが私はこの後外せない仕事が入っていてね。ああそうだ、真理亜。お前が菅野君を連れてデートでもしてきなさい」
「デート?」「お父様!?」
娘に彼氏でもできようものなら、悪い虫はわが社の掃除機で吸い取ってくれるわ!くらいのことを言いそうな父だ。その父に、こんなことを言われるだなんて、夢にも見ていなかった。
「社長、なにをご冗談を……」
「冗談じゃないぞ。身を挺して娘のことを庇ってくれた君を見て、私は確信したよ。やはり君はうちの娘にぴったりだ!」
先ほどあんな目に遭ったというにもかかわらず、順次郎はご機嫌なのか自慢の髭を撫でまわしている。
「真理亜ももう十八だ、女子大とはいえ誘惑も多い年ごろだろう。最近の若者はチャラチャラしおって私は好まん。そんな変な輩なんかより、君みたいな誠実で真面目な青年のほうがよほど真理亜にはふさわしいだろう。どうだ、結婚を前提に付き合ってくれては」
「ふさわしいだなんて、お父様。このご時世に、なんで結婚相手までお父様に決められなくっちゃならないんですの!」
真理亜は力の限り抗議した。菅野のことはまだよくわからないが、少なくとも真理亜を助けてくれたし、悪い人ではなさそうだ。しかしそれとこれとは話が別だ。同級生だって、遠野家で働いているメグさんだって、好きなように恋愛しているっているのに!それに菅野さんだって、そんなことを言われて迷惑に決まってる。
「そうですよ、それじゃあ真理亜さんがあまりに可哀想です。戦前じゃあるまいし、女性の嫁ぎ先を親が決める時代はもう去ったんです。娘さんの好きなようにさせてあげてください。真理亜さんは、そんな変な男を連れてくるような娘さんじゃあないでしょう?」
菅野も困ったように言い返す。ほら、やっぱり。
ごった返すホテルから外堀の方へ逃げ、順次郎が呻く。「まったく、とんだ欠陥工事じゃないか」
「いえ、あんな場所から素晴らしい景色を眺められただけでも、僕は満足ですよ」
ひたすら詫びる順次郎に、菅野はいえいえ大丈夫ですからと低姿勢だ。けれどご馳走を目の前に食べられなかったのもあったのか、ぐうと腹の虫が鳴いている。
「……すみません、ホテルのレストランに呼んでもらったものですから、うれしくて朝から何も食べてないんです」
気まずそうに菅野が腹をさすったのを見て、思わず真理亜はクスリと笑ってしまった。
「お父様、せめて菅野さんになにか御馳走してさしあげたら?」
「それもそうだな、だが私はこの後外せない仕事が入っていてね。ああそうだ、真理亜。お前が菅野君を連れてデートでもしてきなさい」
「デート?」「お父様!?」
娘に彼氏でもできようものなら、悪い虫はわが社の掃除機で吸い取ってくれるわ!くらいのことを言いそうな父だ。その父に、こんなことを言われるだなんて、夢にも見ていなかった。
「社長、なにをご冗談を……」
「冗談じゃないぞ。身を挺して娘のことを庇ってくれた君を見て、私は確信したよ。やはり君はうちの娘にぴったりだ!」
先ほどあんな目に遭ったというにもかかわらず、順次郎はご機嫌なのか自慢の髭を撫でまわしている。
「真理亜ももう十八だ、女子大とはいえ誘惑も多い年ごろだろう。最近の若者はチャラチャラしおって私は好まん。そんな変な輩なんかより、君みたいな誠実で真面目な青年のほうがよほど真理亜にはふさわしいだろう。どうだ、結婚を前提に付き合ってくれては」
「ふさわしいだなんて、お父様。このご時世に、なんで結婚相手までお父様に決められなくっちゃならないんですの!」
真理亜は力の限り抗議した。菅野のことはまだよくわからないが、少なくとも真理亜を助けてくれたし、悪い人ではなさそうだ。しかしそれとこれとは話が別だ。同級生だって、遠野家で働いているメグさんだって、好きなように恋愛しているっているのに!それに菅野さんだって、そんなことを言われて迷惑に決まってる。
「そうですよ、それじゃあ真理亜さんがあまりに可哀想です。戦前じゃあるまいし、女性の嫁ぎ先を親が決める時代はもう去ったんです。娘さんの好きなようにさせてあげてください。真理亜さんは、そんな変な男を連れてくるような娘さんじゃあないでしょう?」
菅野も困ったように言い返す。ほら、やっぱり。
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