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1964.8.15 ニューオータニ 4
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グラスをぶつけたにしてはいやに大きな音がレストランに響いた。パリン。何かが割れたかような音は次第に大きくなり、ズシン、と大きく重たいものが落ちる音がする。
「なに、今の……」
怪訝そうに真理亜は周りを見回す。真理亜だけではない、会場中の人々がそれに気づきはじめ、ざわついている。遠くの席の方では、なにやら慌てた人々が窓辺から飛び退き始めた。何事かと目を凝らせば、先ほどまできれいに見えていた窓の先の景色が白く濁っていく。
あろうことか、レストランの誇る一面ガラス張りの窓が割れていっているのだ。
「大変、ガラスが!」
それはあっという間に真理亜たちが座ったテーブルの付近にも及び、隣りの窓から走る亀裂が、容赦なく真理亜たちの近くのガラスも切り裂いていく。バリバリと雷鳴にも近い音を立て、外界と室内とを遮っていたガラスが砕けた。
「危ない!」
誰かがそう声を掛けた。危ない、逃げなきゃ。そうは思ったが、あまり現実味がなかった。ぼんやりと真理亜は立ちすくむ。だってここは出来たばかりの素晴らしいホテルの最上階よ?そこの窓ガラスが割れるだなんて、馬鹿なこと――。
「真理亜さん!」
バリン、とガラスが真理亜目がけて飛び散ろうとした時だった。菅野が真理亜の手を引く。後ろに急に引っ張られて、よろけたところを菅野に抱きかかえられる。そのままくるり、と菅野が身体を反転させ、自分の背を窓側に向け真理亜を抱いたまま身をかがめた。
引き裂かれたガラス片が、丸まった彼の背にツララのように襲いかる。だが、あと少しで菅野の一張羅を裂くばかりのところで、ガラスは塊であることを維持できなくなったのだろうか。一瞬にして粉々に砕け散ってしまった。
「大丈夫かね、真理亜、菅野君!」
キラキラと光を反射するガラス粉が降りかかる。順次郎が菅野と真理亜に向かって叫んだ。
「ええ、なんとか……。あっ、すみません!」
ガラスから庇うために、真理亜を抱きしめていた腕を慌ててほどき、菅野が詫びる。鋭いガラス片は跡形もなく、不思議と彼の周りのガラスだけが無残に粉々に割れて、足もとに散らばっていた。光の粒を身にまとった菅野の姿は、真理亜には輝いて見えた。
「いえ、こちらこそすみません、助けていただいて……」
自分の身が危険にさらされたことと、急に男の人に抱きかかえられたことの両方でドキドキしてしまって、真理亜はそう答えるのがやっとだった。
「菅野君、すまない、真理亜を庇ってくれて……ああなんて君は良い男なんだ!」
感極まって順次郎が菅野に抱きつこうとした。急に狸みたいなでっぷりした身体が、ひょろっとした菅野に突っ込んだものだから、菅野は思わず後ろによろめいた。後ろには、外と中とを隔てていたガラスはもうない。
「危ない!」
真理亜が叫ぶと、よろめいた菅野が藁をもすがる気持ちで、テーブルの上のクロスを掴む。白いクロスが引っ張られ、その上に載っていた料理の乗った皿やグラスが派手な音を立てて床に落ちる。慌てて真理亜がクロスの反対側を引っ張ることで、どうにか菅野は態勢を整え、最上階から地面に叩きつけられずに済んだ。
「もう、お父様!」
「なに、今の……」
怪訝そうに真理亜は周りを見回す。真理亜だけではない、会場中の人々がそれに気づきはじめ、ざわついている。遠くの席の方では、なにやら慌てた人々が窓辺から飛び退き始めた。何事かと目を凝らせば、先ほどまできれいに見えていた窓の先の景色が白く濁っていく。
あろうことか、レストランの誇る一面ガラス張りの窓が割れていっているのだ。
「大変、ガラスが!」
それはあっという間に真理亜たちが座ったテーブルの付近にも及び、隣りの窓から走る亀裂が、容赦なく真理亜たちの近くのガラスも切り裂いていく。バリバリと雷鳴にも近い音を立て、外界と室内とを遮っていたガラスが砕けた。
「危ない!」
誰かがそう声を掛けた。危ない、逃げなきゃ。そうは思ったが、あまり現実味がなかった。ぼんやりと真理亜は立ちすくむ。だってここは出来たばかりの素晴らしいホテルの最上階よ?そこの窓ガラスが割れるだなんて、馬鹿なこと――。
「真理亜さん!」
バリン、とガラスが真理亜目がけて飛び散ろうとした時だった。菅野が真理亜の手を引く。後ろに急に引っ張られて、よろけたところを菅野に抱きかかえられる。そのままくるり、と菅野が身体を反転させ、自分の背を窓側に向け真理亜を抱いたまま身をかがめた。
引き裂かれたガラス片が、丸まった彼の背にツララのように襲いかる。だが、あと少しで菅野の一張羅を裂くばかりのところで、ガラスは塊であることを維持できなくなったのだろうか。一瞬にして粉々に砕け散ってしまった。
「大丈夫かね、真理亜、菅野君!」
キラキラと光を反射するガラス粉が降りかかる。順次郎が菅野と真理亜に向かって叫んだ。
「ええ、なんとか……。あっ、すみません!」
ガラスから庇うために、真理亜を抱きしめていた腕を慌ててほどき、菅野が詫びる。鋭いガラス片は跡形もなく、不思議と彼の周りのガラスだけが無残に粉々に割れて、足もとに散らばっていた。光の粒を身にまとった菅野の姿は、真理亜には輝いて見えた。
「いえ、こちらこそすみません、助けていただいて……」
自分の身が危険にさらされたことと、急に男の人に抱きかかえられたことの両方でドキドキしてしまって、真理亜はそう答えるのがやっとだった。
「菅野君、すまない、真理亜を庇ってくれて……ああなんて君は良い男なんだ!」
感極まって順次郎が菅野に抱きつこうとした。急に狸みたいなでっぷりした身体が、ひょろっとした菅野に突っ込んだものだから、菅野は思わず後ろによろめいた。後ろには、外と中とを隔てていたガラスはもうない。
「危ない!」
真理亜が叫ぶと、よろめいた菅野が藁をもすがる気持ちで、テーブルの上のクロスを掴む。白いクロスが引っ張られ、その上に載っていた料理の乗った皿やグラスが派手な音を立てて床に落ちる。慌てて真理亜がクロスの反対側を引っ張ることで、どうにか菅野は態勢を整え、最上階から地面に叩きつけられずに済んだ。
「もう、お父様!」
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