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海辺の館
海辺の館-12
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「一体、どういうことだっていうんです」
突然の、探偵のとんちんかんな発言。
苛立ったようにイサーシャさんが声を上げた。
「奥様の腰の下?あの階段に、何か秘密があるとでもいうんですか?」
「そんな大層なものじゃない。単に、立ちあがって頂くだけで結構」
喚く執事に取り合わず、丸藤さんは夫人だけを見据えた。
急に変なことを言われてきょろきょろと目を動かしていた千代夫人は、やがて目の動きを止めると、静かに瞳を閉じた。
「疲れているところを申し訳ありませんが、夫人」
その彼女に、容赦なく探偵は声を浴びせる。
「ただ、立ち上がって頂くだけでいいのです」
「……わかりましたわ」
何をこんなに、彼女は躊躇しているのだろう。僕は不思議に思った。
まるで、彼女は何か秘密を隠しているような。
ようやく重い腰を上げた、彼女が座っていたあたりには。
「ロープ?」
丈夫そうな、暗い色のロープ。
それが蛇のようにとぐろを巻いて、い草で編んだ座布団みたいに鎮座していた。
「そうか、そうだったか……」
それを確認して、探偵はがっかりしたように呟いた。
「そうでなければ、事故だったならよかったのに」
神の使いのくせに、まるで幽霊を見たかのように恐る恐るミサキが口を開いた。
「ねえ、ランちゃん、これってもしかして……」
「ああ。剛三氏が使ったロープだ」
「なんでこんなものがここに?」
海に流されたんじゃないの?と問うミサキに、探偵は鋭い目を夫人から離さずに唇を開く。
「犯人は、剛三氏の計画を知っていて、それを利用して剛三氏を殺そうと企てた」
「どうやったっていうのよ」
「おもりの土だ」
探偵は静かに言った。
「それを入れ替えた。それだけだ」
「入れ替えたって、何に」
問うミサキと同じくらい呆けた顔をして、僕は雇用主を見返した。
土の代わりになるようなもの。
「同じくらいの質量の、塩だ」
はっきりとした探偵の声が聞こえた。
「そんな大量の塩なんて、どうやって」
それに対し、さっそくミサキが食いついた。
家にあるのは、せいぜい五百グラムくらいの小さな袋に入ったもので、それだって使い切るのに半年以上はかかる。
だというのに、料理人でもない人間が、普通に買うには不自然すぎる。
「持っててもおかしくない人物がいただろう?」
意味深に言われ、僕は考える。塩を使う人。
料理人。僕みたいなニワカじゃなくて、プロの。
「……シェフ?」
それくらいしか、思いつかなかった。
「そうだ。パーティーの料理を作ったシェフ。本当は、大量の塩を使う料理が出てくるはずだと小竹氏は言っていなかったか?」
「確かに、そんなこと言ってたかも」
けれど持ってきたはずのそれを無くして、料理は中止となったという。
「でも、同じくらいの重さのものを入れ替えたんでしょ?」
ミサキが首を傾げた。
「けどそれなら、失敗しないんじゃないの?」
「ああ。事件当日、晴れていればそうだっただろう」
「天気が、何か関係あるの?」
「ああ、あの日は天気が悪かったと、小竹氏は言っていた」
そんなこと、言ってただろうか。ついさっきの、おじさんたちの会話を思い出す。
確か、天気も悪いのに窓なんて開けて、とか言っていたような。
「本来は、剛三氏の計画としては雨の方が好都合だったのだろう」
堪え切れず、さめざめと涙を落とし始めた空を見ながら探偵は言う。
「雨が降っていたならば、液体窒素で凍らせた海藻もある程度の時間で確実に溶けるだろうし、おもりで用意した土が濡れれば、水を吸った分それだけ重くなる。波が高くなれば、トリックに使った土の塊も海中に消えてくれるだろうし、遺体が流されたと思われても不自然じゃない」
再び視線をこちらに戻し、丸藤さんが口を開く。
「けれど、そのつもりで用意した土が、塩と入れ替わっていたら?」
視線が合って、僕はしどろもどろに返した。
「ええと……雨で溶けちゃう?」
「その通りだ」
ふわり、と探偵が笑った。
「溶けだした分だけ、おもりは軽くなる。身体を支えるぎりぎりの重さだったものが、その質量を失って」
「もしかして、奥さんの部屋のベランダが妙にざらざらしてたのは、塩?」
「ああ」
潮風に吹かれただけにしては、やけにザラザラしていた。
砂とも違う、白い粒。
あれは溶けだした塩だったのか。
「そして、軽くなってしまったおもりはそのまま、剛三さんの体重に引っ張られて海に」
まるでその時の情景が目に浮かんでいるかのように、探偵は目を細めた。
「そうして一緒に落ちた塩も、土と同様海に流れて消えてしまう」
その視線の先に、哀れな剛三氏の姿が見えた気がした。
完璧だったはずの彼の計画を、阻止したものがいる。
それは。
「そして、土を入れ替えることが出来たのは、あの部屋の主の、千代夫人ぐらいだ」
部屋の造りが剛三さんの部屋と同じならば。僕は考える。
きっと似たような古臭い鍵でしか開けられなくて。
そうなると、見知らぬ第三者が彼女の部屋に忍び込むのは至難の業だ。
となると。
その部屋の主にしか、それは出来ない。
犯人が、わかってしまった。信じられなくて、僕は夫人を見る。
なんだか急に一回り小さくなってしまったように、彼女は身体を丸めていた。
「あなたは、ご主人が何をしようとしているか知っていたのでしょう?」
声を掛けられ、びくりと身体を振るわせる。
彼女は黙ったままだった。
「最初こそ、本当に薬で眠らされていたのかもしれない。けれどあなたはある日計画を知ってしまった」
最初から返事を期待してはいなかったのだろう、彼は独り言のように呟く。
「そして、その計画を利用して、本当にご主人を殺してしまおうと考えた」
「けれど、それだとおかしな点がありますよ」
不敵な笑みを浮かべて、イサーシャさんが言った。
「それなら、さも旦那様がご自分の計画に失敗したように見せた方がよほどいい。奥様は保険金も回収できて万々歳です。なのにロープを回収するだなんて馬鹿な事、するとお思いですか?」
その言葉に、ミサキも乗っかった。
「そうよ、そのままにしておけばいいだけじゃない。なんだってわざわざ、海に落ちたロープを回収したのよ」
しかもどうやって取りに行ったの、まさか飛んでだとか言わないわよね、とジトリと探偵をねめつけた。
「それに関しては不確かなことが多いのは事実だが」
そう断ってから丸藤さんは続けた。
「犯人にとって、剛三氏は事故ではなく、自ら死を選んだことにしなければなかったのではないか」
「どういうこと?」
理解できない、と言うようにミサキは眉を寄せる。
「罪を、償わせるためにだ」
そうして、痛ましいものを見るような視線を彼女に向ける。
「あなたは本当に、ご主人から愛されていましたか?」
その言葉に、夫人が肩をピクリと震わせた。
「そんな、こと」
「仕事で恨みを買うこともある、とおっしゃっていましたが、それ以外は?」
「それは……」
返す言葉はひどくか弱い。
まるで丸藤さんが弱いものいじめをしているようだった。
「例えば、他の女性と関係があった、だとか」
探偵の言葉に、夫人は両手を握りしめた。
「仕事以外でも、剛三氏は恨みを買うようなことをしていた。実際どういうことがあったのかはわかりません、けれど、恐らく不倫だとか浮気だとか、そんなレベルで済むものではなかったようだ」
ちらり、と彼は虚空に目線をやった。あそこに何かいるのだろうか。
僕はペンダントに手を伸ばす。けれど、軽く触れた指先がひどく冷たくて、驚いてやめてしまった。
きっと、見ない方が幸せなのだろう。
そう、丸藤さんが言っているような気がした。
「あなたは彼に悔い改めてほしかった。自身の死をもって、罪を贖わせる必要があった」
「でもそれは、事故でもいいんじゃないの?日頃の行いが祟って、死ぬ羽目になったんだってことにすれば」
困惑しながらもミサキが言う。
「これだけ科学技術が発達しても、人間はそういうものに弱いもの」
「それでもよかっただろう。けれどそもそも、これらすべて計画した存在は、ここまでたどり着けることを想定していなかった」
キッと顔を上げて、強い口調で丸藤さんは言う。
「そのまま自殺で片付けられると、タカをくくっていた。探偵まで雇って、結局わからなかったと言わしめて、これは結局自殺だったのだと、そういう判が欲しかった」
この場にいる誰かに向けられた、強い怒り。そんなものを丸藤さんから感じた。
けれどそれは、夫人に向けられたものでもなく。
「そこまで周りに言わしめれば、犯人の罪の意識もだいぶ和らぐだろう。あれは自殺だったと、思い込ませることもできる」
さっきから、妙に遠回しな言い方だった。
犯人は千代夫人と言っておきながら、その背後にまだ誰かがいるような、そんなことを匂わす言い方。
「剛三氏の残した遺書。生前の彼のことは良く知らないが、あれだって、明らかに不自然だ」
再びゆっくりと歩を進め、彼は洞窟内を闊歩する。
海に面した出口に背を向けて、奥の方にゆっくりと。
何かを、追い詰めるように。
「彼は神など恐れない、と小竹氏らは言っていました。だと言うのに悔い改めろ、という表現はいささか不自然だ」
降り始めた雨が、その激しさを次第に増してきた。
探偵の背後には、この世の終わりみたいな真っ黒な世界。
びゅうびゅうと風が吹いて、雨をこちらに押し込んでくる。
「あの遺書を考えたのは、他の人物なのではないか」
ごうごうと悲鳴みたいな音が鳴り響く世界で、それでも彼の声は良く響いた。冷たい声だった。
僕は思わず両腕で身体を抱いた。
「そしてその人物こそが、この事件のすべての首謀者だ。剛三氏には自殺にみせかけ逃げる方法を提案し、一方夫人には、その剛三氏を殺す方法を伝える。それが出来たのは」
そうして、彼はある一人の人物を見据えた。
こんな状況だと言うのに、変わらず優雅にほほ笑みを浮かべる人物に。
「それはイサーシャ、あなただけだ」と。
突然の、探偵のとんちんかんな発言。
苛立ったようにイサーシャさんが声を上げた。
「奥様の腰の下?あの階段に、何か秘密があるとでもいうんですか?」
「そんな大層なものじゃない。単に、立ちあがって頂くだけで結構」
喚く執事に取り合わず、丸藤さんは夫人だけを見据えた。
急に変なことを言われてきょろきょろと目を動かしていた千代夫人は、やがて目の動きを止めると、静かに瞳を閉じた。
「疲れているところを申し訳ありませんが、夫人」
その彼女に、容赦なく探偵は声を浴びせる。
「ただ、立ち上がって頂くだけでいいのです」
「……わかりましたわ」
何をこんなに、彼女は躊躇しているのだろう。僕は不思議に思った。
まるで、彼女は何か秘密を隠しているような。
ようやく重い腰を上げた、彼女が座っていたあたりには。
「ロープ?」
丈夫そうな、暗い色のロープ。
それが蛇のようにとぐろを巻いて、い草で編んだ座布団みたいに鎮座していた。
「そうか、そうだったか……」
それを確認して、探偵はがっかりしたように呟いた。
「そうでなければ、事故だったならよかったのに」
神の使いのくせに、まるで幽霊を見たかのように恐る恐るミサキが口を開いた。
「ねえ、ランちゃん、これってもしかして……」
「ああ。剛三氏が使ったロープだ」
「なんでこんなものがここに?」
海に流されたんじゃないの?と問うミサキに、探偵は鋭い目を夫人から離さずに唇を開く。
「犯人は、剛三氏の計画を知っていて、それを利用して剛三氏を殺そうと企てた」
「どうやったっていうのよ」
「おもりの土だ」
探偵は静かに言った。
「それを入れ替えた。それだけだ」
「入れ替えたって、何に」
問うミサキと同じくらい呆けた顔をして、僕は雇用主を見返した。
土の代わりになるようなもの。
「同じくらいの質量の、塩だ」
はっきりとした探偵の声が聞こえた。
「そんな大量の塩なんて、どうやって」
それに対し、さっそくミサキが食いついた。
家にあるのは、せいぜい五百グラムくらいの小さな袋に入ったもので、それだって使い切るのに半年以上はかかる。
だというのに、料理人でもない人間が、普通に買うには不自然すぎる。
「持っててもおかしくない人物がいただろう?」
意味深に言われ、僕は考える。塩を使う人。
料理人。僕みたいなニワカじゃなくて、プロの。
「……シェフ?」
それくらいしか、思いつかなかった。
「そうだ。パーティーの料理を作ったシェフ。本当は、大量の塩を使う料理が出てくるはずだと小竹氏は言っていなかったか?」
「確かに、そんなこと言ってたかも」
けれど持ってきたはずのそれを無くして、料理は中止となったという。
「でも、同じくらいの重さのものを入れ替えたんでしょ?」
ミサキが首を傾げた。
「けどそれなら、失敗しないんじゃないの?」
「ああ。事件当日、晴れていればそうだっただろう」
「天気が、何か関係あるの?」
「ああ、あの日は天気が悪かったと、小竹氏は言っていた」
そんなこと、言ってただろうか。ついさっきの、おじさんたちの会話を思い出す。
確か、天気も悪いのに窓なんて開けて、とか言っていたような。
「本来は、剛三氏の計画としては雨の方が好都合だったのだろう」
堪え切れず、さめざめと涙を落とし始めた空を見ながら探偵は言う。
「雨が降っていたならば、液体窒素で凍らせた海藻もある程度の時間で確実に溶けるだろうし、おもりで用意した土が濡れれば、水を吸った分それだけ重くなる。波が高くなれば、トリックに使った土の塊も海中に消えてくれるだろうし、遺体が流されたと思われても不自然じゃない」
再び視線をこちらに戻し、丸藤さんが口を開く。
「けれど、そのつもりで用意した土が、塩と入れ替わっていたら?」
視線が合って、僕はしどろもどろに返した。
「ええと……雨で溶けちゃう?」
「その通りだ」
ふわり、と探偵が笑った。
「溶けだした分だけ、おもりは軽くなる。身体を支えるぎりぎりの重さだったものが、その質量を失って」
「もしかして、奥さんの部屋のベランダが妙にざらざらしてたのは、塩?」
「ああ」
潮風に吹かれただけにしては、やけにザラザラしていた。
砂とも違う、白い粒。
あれは溶けだした塩だったのか。
「そして、軽くなってしまったおもりはそのまま、剛三さんの体重に引っ張られて海に」
まるでその時の情景が目に浮かんでいるかのように、探偵は目を細めた。
「そうして一緒に落ちた塩も、土と同様海に流れて消えてしまう」
その視線の先に、哀れな剛三氏の姿が見えた気がした。
完璧だったはずの彼の計画を、阻止したものがいる。
それは。
「そして、土を入れ替えることが出来たのは、あの部屋の主の、千代夫人ぐらいだ」
部屋の造りが剛三さんの部屋と同じならば。僕は考える。
きっと似たような古臭い鍵でしか開けられなくて。
そうなると、見知らぬ第三者が彼女の部屋に忍び込むのは至難の業だ。
となると。
その部屋の主にしか、それは出来ない。
犯人が、わかってしまった。信じられなくて、僕は夫人を見る。
なんだか急に一回り小さくなってしまったように、彼女は身体を丸めていた。
「あなたは、ご主人が何をしようとしているか知っていたのでしょう?」
声を掛けられ、びくりと身体を振るわせる。
彼女は黙ったままだった。
「最初こそ、本当に薬で眠らされていたのかもしれない。けれどあなたはある日計画を知ってしまった」
最初から返事を期待してはいなかったのだろう、彼は独り言のように呟く。
「そして、その計画を利用して、本当にご主人を殺してしまおうと考えた」
「けれど、それだとおかしな点がありますよ」
不敵な笑みを浮かべて、イサーシャさんが言った。
「それなら、さも旦那様がご自分の計画に失敗したように見せた方がよほどいい。奥様は保険金も回収できて万々歳です。なのにロープを回収するだなんて馬鹿な事、するとお思いですか?」
その言葉に、ミサキも乗っかった。
「そうよ、そのままにしておけばいいだけじゃない。なんだってわざわざ、海に落ちたロープを回収したのよ」
しかもどうやって取りに行ったの、まさか飛んでだとか言わないわよね、とジトリと探偵をねめつけた。
「それに関しては不確かなことが多いのは事実だが」
そう断ってから丸藤さんは続けた。
「犯人にとって、剛三氏は事故ではなく、自ら死を選んだことにしなければなかったのではないか」
「どういうこと?」
理解できない、と言うようにミサキは眉を寄せる。
「罪を、償わせるためにだ」
そうして、痛ましいものを見るような視線を彼女に向ける。
「あなたは本当に、ご主人から愛されていましたか?」
その言葉に、夫人が肩をピクリと震わせた。
「そんな、こと」
「仕事で恨みを買うこともある、とおっしゃっていましたが、それ以外は?」
「それは……」
返す言葉はひどくか弱い。
まるで丸藤さんが弱いものいじめをしているようだった。
「例えば、他の女性と関係があった、だとか」
探偵の言葉に、夫人は両手を握りしめた。
「仕事以外でも、剛三氏は恨みを買うようなことをしていた。実際どういうことがあったのかはわかりません、けれど、恐らく不倫だとか浮気だとか、そんなレベルで済むものではなかったようだ」
ちらり、と彼は虚空に目線をやった。あそこに何かいるのだろうか。
僕はペンダントに手を伸ばす。けれど、軽く触れた指先がひどく冷たくて、驚いてやめてしまった。
きっと、見ない方が幸せなのだろう。
そう、丸藤さんが言っているような気がした。
「あなたは彼に悔い改めてほしかった。自身の死をもって、罪を贖わせる必要があった」
「でもそれは、事故でもいいんじゃないの?日頃の行いが祟って、死ぬ羽目になったんだってことにすれば」
困惑しながらもミサキが言う。
「これだけ科学技術が発達しても、人間はそういうものに弱いもの」
「それでもよかっただろう。けれどそもそも、これらすべて計画した存在は、ここまでたどり着けることを想定していなかった」
キッと顔を上げて、強い口調で丸藤さんは言う。
「そのまま自殺で片付けられると、タカをくくっていた。探偵まで雇って、結局わからなかったと言わしめて、これは結局自殺だったのだと、そういう判が欲しかった」
この場にいる誰かに向けられた、強い怒り。そんなものを丸藤さんから感じた。
けれどそれは、夫人に向けられたものでもなく。
「そこまで周りに言わしめれば、犯人の罪の意識もだいぶ和らぐだろう。あれは自殺だったと、思い込ませることもできる」
さっきから、妙に遠回しな言い方だった。
犯人は千代夫人と言っておきながら、その背後にまだ誰かがいるような、そんなことを匂わす言い方。
「剛三氏の残した遺書。生前の彼のことは良く知らないが、あれだって、明らかに不自然だ」
再びゆっくりと歩を進め、彼は洞窟内を闊歩する。
海に面した出口に背を向けて、奥の方にゆっくりと。
何かを、追い詰めるように。
「彼は神など恐れない、と小竹氏らは言っていました。だと言うのに悔い改めろ、という表現はいささか不自然だ」
降り始めた雨が、その激しさを次第に増してきた。
探偵の背後には、この世の終わりみたいな真っ黒な世界。
びゅうびゅうと風が吹いて、雨をこちらに押し込んでくる。
「あの遺書を考えたのは、他の人物なのではないか」
ごうごうと悲鳴みたいな音が鳴り響く世界で、それでも彼の声は良く響いた。冷たい声だった。
僕は思わず両腕で身体を抱いた。
「そしてその人物こそが、この事件のすべての首謀者だ。剛三氏には自殺にみせかけ逃げる方法を提案し、一方夫人には、その剛三氏を殺す方法を伝える。それが出来たのは」
そうして、彼はある一人の人物を見据えた。
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