丸藤さんは推理したい

鷲野ユキ

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海辺の館

海辺の館-7

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「確かにこんな催し自体が珍しい、ということはよくわかりました」
けれど、と探偵は言葉を濁らせる。

「やはり、だからといって剛三氏が自殺を選ぶと、なぜ素直に思えるのです」
「……菊名家は、結構な額の負債を抱えていると」
ぽつり、と反町さんが言った。
「そう、噂で聞きまして」
その言葉に小竹氏が続く。
「表面は好景気や。別嬪な姉ちゃんば雇うて、ガラクタみたいなもんに金ばかけて」
見栄っ張りなやつやけんな、と吐き捨てる小竹氏に丸藤さんが聞いた。

「その実、家計は火の車だったと?」
「あくまでも噂やけどな」
ちら、と小竹氏は執事を盗み見た。けれど当のイサーシャは柔らかい笑みを浮かべるばかり。
「あなた、執事だったらなんや知っとるんじゃないのか?」
その家にすべてをささげるのが執事ってもんだろう、と大倉さんが食って掛かると、
「あいにく私も雇われなもので、ご家庭の経済状況まで把握はしておりません」
と困ったように返される。

「ですがまあ……、ここだけの話」
急にイサーシャさんが声を潜めた。
「実は私どもも、今月いっぱいで解雇の通知をいただいておりまして」
その彼女の後ろで、同じようにメイドたちも悲しそうな表情を浮かべた。
「言われたのが二か月ほど前、でしょうか」

がっかりしたかのように肩を落として見せて、彼女は続ける。
「ここに雇われたのが半年前、ですが四か月働いたところでやめてくれと言われて、私どもも困ってしまって」
「こぎゃん別嬪たちば雇うたっちゃんに、やめろって?」
小竹氏が理解できない、というように目を開いた。
「もしかして、飽いて捨てられた、とか?」
「捨てる、とは?」
怪訝そうに執事が聞き返す。
「いや、そん。……アンタたちは、大丈夫やったんか?」
「大丈夫、とは?」

急に質問を投げかけられ、イサーシャさんがきょとんとした表情を浮かべた。
その後ろではやはり、メイドたちも似たような顔をしている。
「いや、あまり良うなか噂ば……」
ごにょごにょと小竹氏が言い淀む。

「噂?」
それを見とがめて、探偵が鋭く聞き返した。
「いや、あくまでも噂だけどな」
なぜかあたりをきょろきょろと見回して、小竹氏は声を潜めて言った。
「剛三さん、たいぎゃ女癖が悪からしゅうて」
ちらちらとメイドたちに視線を寄越しながら、彼は答えた。
「そん、あたたちもそぎゃん目的で雇われとったんじゃ、なかかって」
「そんな、あの人には奥さんもいるのに?」 思わず声を上げる僕に、きまり悪そうにおじさんは言った。
「そういう人間が、こん世にはいるったい」
もちろん俺は違うけんな、となぜか慌てた様子で、彼はやはりメイドらを見ている。
その視線が却って怪しい気がしなくもないけれど。

「本当に節操ないって、聞いたな」
そこへ大倉さんも加わった。
「美人に目がなくて、相手が部下の奥さんでも平気で手を出すようなやつやった、とか」
「光源氏気取りの、ただん好色野郎や。なあ、反町さん」
そう声を掛けられて、ハッとしたかのように反町さんがうなずいた。
「そ、そうですね」
穏やかな反町さんにしては、ひどく狼狽しているようにも思えた。
けれどその様子に気が付かないのか、小竹氏はぺらぺらとまくし立てる。

「執事んアンタ、男か女かようわからんばってん、それだってお構いなしだって聞いたぜ。大丈夫やったか?」
「いえ、私どもにはそのようなことは」
「まあ、さすがに奥さんのいる家で、おおっぴらには出来んよな」
半ば憐れむような眼で、彼は扉の先を見つめた。
「あぎゃん奴でん、悪かて思うとったんやろうな。やけん最後に、あんな」
奥さん含めて、豪華なパーティーば開いて。
小竹氏は呟いた。

「やっぱり、とんだ見栄っ張りやったな、あん男は」
腕を組み、小竹氏がうなずく。
「最後ん最後まで、俺たちみたいな下っ端に見栄なんか張りやがって」 その声は悲しむというよりは、安堵するような響きがあった。

「最後に剛三さんの部屋に行った時、こう言われたんです」
反町さんが、すでに冷めてしまったお茶を飲み干してから口を開いた。
「『今まで迷惑かけたな』って」
「私も言われましたよ」
答えるのは大倉さん。
「あの悪党め、最後の最後で急にしおらしくなりおって」
「俺もそぎゃんこつ言われたな、天気も悪かばってん、窓なんか開けて」
風にあおられるカーテンが、嫌に意味深に見えたんだ、と小竹氏。

「ああ、確かに」
反町さんがうなずいた。
「ひどく冷え切っていましたね、あの部屋は」
「寒かばってん窓が開いとって、風がビュービュー吹き込んで。まともな人間やったら普通、閉むるやろ」
だというのに彼はそれに構う様子もなく、なんだか様子がおかしかったのだという。

「神をも恐れるあの男が、悔い改めるやなんて、よほどどうかしたんやろ」
大倉さんが深く息を吐いた。
「あいつは金と女のためなら、踏み絵だって難なく踏みにじるようなやつだよ。だってのに、それがねえ」
「そう、あんまり大人しゅうなっちまって。やけん、自殺に違いなかって思うたんや」
そう言い切る小竹氏に対し、
「そんなこと言って、でもやっぱりアイツのことが許せなくて殺したんやないですか」
大倉さんが、人の悪い笑みを浮かべて詰め寄った。

「私だってねえ、できればこの手でアイツの首を絞めてやりたかった。アイツが自殺なんて、嘘くさくて仕方がない」
しかもわざわざ個別に呼び出して労いの言葉を掛けるなんて、あの人らしくない、と大倉さんは言う。
「大方死んだふりして、借金から逃げようとでもしてたんやないのか」
大倉さんの言葉に引っかかったのか、探偵が眉をしかめた。

「剛三氏は、そのくらいのことはしそうだと?」
「ええ、そうですよ。けど、本当に死んでるじゃない。計画立てたはいいけれど、最後の詰めが甘くて小竹さんに殺されたんやないかって」
「何言いよるったい、俺がそぎゃんこつするわけなかやろ」
それにどぎゃんしてあん部屋に鍵ばかけたっていうったい、と強気に返される。

「そこですよ、そこ。この人が、とんでもない仕掛けをして、部屋を密室にしたのかも」
気取った様子でティーカップを持ち、大倉さんが小竹氏を睨みつける。
「まさか」
そこで、今まで傍観していた反町さんが口を開いた。
「小竹さんにそんなトリック考えられるわけないじゃないですか」
フォローになってるんだかなってないんだかわからないけれど、その言葉に大倉さんも黙ってしまった。

「確かに僕と大倉さんは、上の部屋から何かが落ちるのを見ました」
そうでしょう、と反町さんが、大倉さんの顏を見て言った。
「ああ、あれが多分そうやったんだろうな」
「剛三氏が海に落ちるのを見たんですか?」
二人の言葉に丸藤さんが思わず立ち上がる。
「いや、見たっていうか、気配がしたというか、音が聞こえたというか」
急に食いついてきた探偵に驚いたのか、反町さんが無意識にかメガネをシャツの隅で拭きながら答えた。

「あの晩、僕らは同じ部屋にいたんです」
書斎の真下に、広めの談話室みたいのがあって、と続ける。
「正直眠かったし早く寝たかったんだけど、とりあえずそこで待ってろって、剛三さんが」
皆と話し終えるまで待っていてくれ、と言われたらしい。
「それで最初に大倉さんが呼ばれて、帰って来た大倉さんに次は僕が行くよう言われたって聞いて。で、僕も最後に小竹さんを呼ぶようにって言われたもんで」
彼らは順繰りに、上の階の書斎に呼ばれて行った。

「それで、最後小竹さんが呼ばれたタイミングで、何かが……」
「何かって、はっきり見えたわけではないんですか?」
「ええ、まあずっと窓の外を見てたわけでもないですから。それに夜のことです、はっきりなんて見えません。けれど視界の隅で何かが動いた気がして、それで」
「夜なのに見えたの?」
ミサキが疑いの眼差しを反町さんに向ける。
「そもそも、普通夜なんてカーテンだって閉めるんじゃない?」

「そこなんばい」
そこで、今までむっつりと黙っていた小竹氏が口を開いた。
「普通そうやろ?ばってんあん部屋、なしかカーテンが掛っとらんかったんや」
執事さん、何か知らんか?と聞かれ、イサーシャさんも困ったように
「さあ。けれど、お客様には眺望を楽しんでもらいたいと、仰っていたような気が」
と返した。

「まあ理由はなんやってよか、ばってんいくら俺だって、人ば殺した現場ば目撃されたら困るってんくらいはわかっとる」
とつぜん胸を張って、小竹氏が声を上げた。
「だってんに、そぎゃんカーテンものうて外が良う見ゆる場所に、わざわざアイツば突き落としたりなんかするもんか
「それはまあ、確かに」
しぶしぶと大倉さんがうなずいた。

「それで、不思議に思って、窓を少し開けてみたんです」
そうして覗き込んだ下には、何か白っぽいようなものが見えた、と反町さんが言う。
「最初はいくらなんでもまさか、とは思ったんです。けれど、いかにも剛三さんが、その」
しどろもどろになる反町さんの言葉を継いで、探偵が答えた。
「自殺を匂わせていたから、本当に落ちたのだと思った?」
「そうです。それで戻って来た小竹さんに聞けば、さっきまで話してたという。ならまだ部屋にいるなら起きてるだろうと思って。でも、扉をノックしても反応がない」
それで、慌てて執事を呼んだのだらしい。

「その時千代夫人は?」
「まだアイツが死んだとわかったわけでもなかし、寝とるとこば叩き起こすんも悪かやろ」
ぼりぼりと頭を掻きながら小竹氏が答えた。
「剛三は嫌な奴やったが、奥さんは俺たちにも良うしてくれたけんな」

ようあぎゃん男と結婚したもんや、と憐みの色をにじませてる。
「結局借金だけ奥さんに押し付けて。……ほんなこつ許せん奴ばい、あいつは」
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