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海辺の館
海辺の館-5
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「なんかさあ、あの執事」
足音が消えるのをきっかり待って、ミサキが口を開いた。
恐らく、誰もが思うようなことを。
「怪しくない?」
その言葉に、僕はもちろん探偵までもがうなずいた。
「こんな田舎の洋館に、あんな美形の執事にかわいいメイドとか、不自然極まりないじゃない」
逆にどこにならいて自然なのかはわからなかったけれど、確かにいかにも過ぎて違和感を覚える。
「確かに、男装の麗人が犯人だというのは乱歩の作品でも多々見受けられるが……」
何でもないように丸藤さんに言われ、僕の口から素っ頓狂な声が出た。
「え、あの人女の人なの?」
「だったらどうだっていうんだ」
なぜか丸藤さんに睨まれて、僕はしどろもどろになる。
「いや、別に……」
「なに、ナオちゃん。イケメンの方がよかったの?」
「だから、そんなんじゃないって」
焦る僕をミサキが茶化す。そんなんじゃない、けれどなんだか気になって。
「別に、このご時世相手が男でも女でもなんだっていいんじゃないの」
ミサキが気安く僕の肩に手を置いた。
「ナオちゃんだって、男の子みたいな恰好ばかりしてるじゃない」
「それは別に、ただ動きやすいから……」
「そういう割にはトロいくせにな」
探偵がじとりと僕を睨む。
「お前だってもっと着飾れば、だいぶ変わるだろうに」
そう言って少し残念そうに微笑んだ。
その表情に、なんだか僕はもやもやする。
「いいじゃないですか、好きな恰好してるだけなんですから」
「それなら別に構わないが」
不本意そうに丸藤さんが顔をそむけた。
「あらやだ、自分の好きな恰好しないからってスネちゃって」
ああいう男はモテないのよね、とミサキ。
「ナオだってそうよ、好きな人が男装してたっていいじゃない」
「だから、違うって!」
「わかったから、騒ぐな」
呆れ声で探偵が僕を諫める。
「ここが乱歩の世界なら、さしずめ彼女は摩訶不思議な手で鮮やかに犯行を行う黒蜥蜴なんだろうが」
そう呟いて、海へと視線を戻す。
「だがイサーシャと他二人のメイドにはアリバイがある。彼女らはそもそも北の塔にすら来られないのだから」
いくらなんでも地元の名士の死を調査する警察が、監視カメラの映像を見間違えることもないだろう、と言う。
「そうだけどさあ、なんだかなぁ」
ミサキがぼやいて欄干に身体を預ける。
やる気を失ってしまったのか、だらしなくほおづえをついた。
「あれ?」
そのミサキが、何かに気づいたように指さした。
「なんかあっちのベランダの方が、きれいじゃない?」
「そうかな?」
遠目からだとよくわからない。
言われてみれば、こちらのはずいぶん錆びて色あせている。ところどころ塗装も剥げてしまっていて、僕の手元の欄干なんかはくっきりと色が違ってしまっている。
それに比べれば向こうのベランダは、ピカピカに輝いているようにも見えた。
「ぜったいそうよ、だって」
ミサキが良く見ようと手すりから身を乗り出す。
その時だった。何か鈍く光るものが、彼の身体から落ちていく。
「今、何か……」
僕がそう言いかけるより早く、彼はそれに気づいたらしい。
慌てたように欄干を乗り越えると。
「ちょっと!」
「何してるんだ!」
僕らの牽制の声も聞かず、ミサキは水面へと飛び降りた。
その瞬間、銀色の髪をなびかせる男性の姿から、白い羽根をもつ鳥へと姿を変えた。
「そっか、そういやミサキはカラスだったんだっけ……」
そのことをようやく思い出し、安堵の息を吐く。
正確に言えば、アルビノのヤタガラスだって言ってたっけ。
あんまり神様って感じもしなくって、原宿あたりにいそうな人だと思っていたからすっかり忘れていた。
「けど、いきなりどうしたんだ」
僕の隣では丸藤さんが、少し怒ったように口を開く。
「こんなところを夫人やさっきの執事に見られたら面倒だぞ」
その言葉に、僕は慌てて向かいの塔に目をやった。
幸い二人は部屋に引っ込んだようで、目撃されずに済んだ様だった。
「何か、落としたみたいだったけど」
しばらく海面すれすれに飛んでいた神の使いは、ところどころ海面から顔を出しているごつごつとした岩肌の上に何かを見つけたらしい。
それを器用にくちばしにはさむと上昇し、ベランダへと戻って来た。
大事そうに持って帰って来たのは、緑の石……いや、石じゃない、あれは。
「シーグラス?」
「なによ、これはアタシのなんだからね」
僕らの視線からそれを隠すように、ミサキは慌ただしく元の姿に戻るとそれをポケットの中に隠してしまった。
「……もしかして、前に丸藤さんがミサキにあげたやつ?」
カラスらしく光物が好きなんだと、冗談交じりに投げてよこしていたやつだ。メロンソーダみたいな、優しい色のガラスのかけら。
「そんなに気に入ってくれたならなによりだが」
丸藤さんが困惑気味に言った。
彼自身、そこまでミサキがあれに執着しているとは知らなかったらしい。
「ルビーだのサファイアだのじゃなくてそんなのでいいなら、いくらでも磯女から巻き上げてやろうか?」
そっちのほうが俺としてはありがたいんだが、とも続ける探偵の声を遮って、
「駄目よ、そっちは事務所の家賃にしなきゃなんだから。そんなことより!」
と、半ば誤魔化すようにミサキが声を張り上げる。
「アタシ見ちゃったの!」
「見たって、何を?」
「洞窟よ、洞窟!」
そう叫ぶミサキの声が弾んでいる。
「こんな断崖絶壁に、ぽっかりと穴が開いてるの!」
もしかしてあれって秘密の通路とかなんじゃないの、と彼は目を輝かせている。
「じゃあ犯人は、そこから逃げた?」
同じく僕も目を輝かせる。
いかにもな洋館の、秘密の抜け穴。
そこから犯人は魔法のように消え失せて……。
「その洞窟っていうのは、海に面してるのか?例えば小舟がそこにあって、そこから海に逃げられるようになっている、とか?」
「そうじゃないの、崖の真ん中くらいにぽっかり空いててね、そう、ちょうど向こうの塔の真下ね、そこから五メートルくらいのとこかしら」
「夫人の部屋の下に?」
丸藤さんが腕を組む。
「もしかしたら、本当は館の主人の部屋が向こう側の塔だったんじゃないかしら」
で、有事の際に逃げる秘密の抜け穴が通じてたのよ、とカラス、もといミサキが騒ぎ始めた。
「一度、夫人の部屋も確認した方がいいんじゃない?」
「仮にそうだとしてもだ」
困ったように探偵が言う。
「書斎から夫を突き落として、その秘密の通路を通って自分の部屋に戻ったっていうのか?どうやって?」
そう言われ、はたとミサキが黙ってしまった。
その洞窟がどのあたりにあるのかここからは良く見えないけれど、崖の真ん中と言っていたし、仮に船を用意していたとしてもそこまで上がることは不可能だろう。
「それに執事も言っていただろう、夫人がわざわざ夫を自殺に見せかけて殺すメリットがなにもない」
もし彼女が犯人だとしたら、他殺か事故に見せかけた方がよっぽど有益なはずだ。
「それに、万一彼女が元曲芸師だったとしても、あのお歳で危険な綱渡りも、怪しい洞窟に潜入するのも難しいだろ」
そもそも自分が犯人だとして、なぜわざわざ探偵を頼るんだ、と丸藤さんは切り捨てた。
「そうだけど、でもいかにも怪しいじゃない」
くやしそうにミサキが嘆いた。
「せめて、あれが何なのか知りたくない?」
もはや事件そっちのけで、ミサキの興味はそちらに移ってしまったらしい。
「もしこの館の人も知らないようなとこだったら、何かお宝とか隠してあるかもしれないじゃない?」
「お宝って、そんな。ここは海賊の島じゃないんだし」
呆れて僕が返すと、
「あら、わからないわよ」となぜか得意げに返される。
「そんなわけないじゃん」
「ぞうやって最初から決めつけるのが良くない」
そう丸藤さんの真似をしてみせてから、彼は口を開いた。
「ここ、天草地方でしょ。隠れキリシタンって知ってる?」
「一応、学校では習ったけど」
それくらいなら僕だって知ってる。こないだ日本史の授業っでやったばかりだ。
確か、キリスト教徒――当時はキリシタンと呼ばれていた、が弾圧されて、天草四郎と言う人が百姓をまとめて一揆をおこした。
土地柄からか、先生がやたら細かく教えてくれたっけ。
「その隠れキリシタンたちが幕府から逃げるときに、自分たちの財産をいろんな場所に隠したんじゃないかって話」
「ほんとかなあ」
騒ぐ僕らをよそに、丸藤さんはぼんやりとしたように虚空を見つめている。
ここからは見えない、さっきミサキが見つけた洞窟のあたり。
「丸藤さんまで、宝が隠してあるだなんて思ってないですよね?」
まさかと思い僕が声を掛けると、ハッとしたように探偵が顔を上げた。
「……馬鹿言え、そんなもの、あそこには」
「あるわけないって、なんでランちゃんが知ってるのよぉ」
ミサキが丸藤さんの言葉尻を捉える。
「まさか、中を見たことがあるとか?」
「あるわけないだろ」
硬い声で丸藤さんが答えた。
「そんなの、ただのくだらないうわさ話だ」
そう言ってくるりと僕らに背を向けると、彼は部屋の方へと戻って行ってしまった。
「もしかして、丸藤さんはキリシタンだったのかなあ」
その後ろ姿を見送って、僕はぽつりとつぶやいた。
前に阿弥陀如来さんも言っていた。
丸藤さんに、「でうす様に鞍替えしたのか」って。
あの時は何を言っているのかわからなかった。けれど、日本史の先生が教えてくれた。
その「でうす様」こそ、キリストに他ならないのだと。
「ええ、あのランちゃんが?」
信じられない、とばかりにミサキが目を開く。
「だったらなんで、日本の犯人捜しの神様になんてなっちゃったの」
「それは……」
返す僕の声は暗くなる。
もし本当にそうだとしたら、彼のたどる運命は、あまり明るいものではない。
キリシタンは徐々に日本に浸透していって、幕府はあまりいい顔をしていなかったけれど、それでも容認されていた。それなのに。
「迫害されて、それで」
「殺されて、その恨みから犯人を捜す神になった、ってこと?」
「そうなのかな、って」
探偵が姿を消した方に目をやって、僕は呟いた。
「だから、今日は元気がないのかなって」
「案外そうなのかもね」
ミサキが肩をすくめる。
「何か、嫌なことでも思い出したのかもしれないわ」
足音が消えるのをきっかり待って、ミサキが口を開いた。
恐らく、誰もが思うようなことを。
「怪しくない?」
その言葉に、僕はもちろん探偵までもがうなずいた。
「こんな田舎の洋館に、あんな美形の執事にかわいいメイドとか、不自然極まりないじゃない」
逆にどこにならいて自然なのかはわからなかったけれど、確かにいかにも過ぎて違和感を覚える。
「確かに、男装の麗人が犯人だというのは乱歩の作品でも多々見受けられるが……」
何でもないように丸藤さんに言われ、僕の口から素っ頓狂な声が出た。
「え、あの人女の人なの?」
「だったらどうだっていうんだ」
なぜか丸藤さんに睨まれて、僕はしどろもどろになる。
「いや、別に……」
「なに、ナオちゃん。イケメンの方がよかったの?」
「だから、そんなんじゃないって」
焦る僕をミサキが茶化す。そんなんじゃない、けれどなんだか気になって。
「別に、このご時世相手が男でも女でもなんだっていいんじゃないの」
ミサキが気安く僕の肩に手を置いた。
「ナオちゃんだって、男の子みたいな恰好ばかりしてるじゃない」
「それは別に、ただ動きやすいから……」
「そういう割にはトロいくせにな」
探偵がじとりと僕を睨む。
「お前だってもっと着飾れば、だいぶ変わるだろうに」
そう言って少し残念そうに微笑んだ。
その表情に、なんだか僕はもやもやする。
「いいじゃないですか、好きな恰好してるだけなんですから」
「それなら別に構わないが」
不本意そうに丸藤さんが顔をそむけた。
「あらやだ、自分の好きな恰好しないからってスネちゃって」
ああいう男はモテないのよね、とミサキ。
「ナオだってそうよ、好きな人が男装してたっていいじゃない」
「だから、違うって!」
「わかったから、騒ぐな」
呆れ声で探偵が僕を諫める。
「ここが乱歩の世界なら、さしずめ彼女は摩訶不思議な手で鮮やかに犯行を行う黒蜥蜴なんだろうが」
そう呟いて、海へと視線を戻す。
「だがイサーシャと他二人のメイドにはアリバイがある。彼女らはそもそも北の塔にすら来られないのだから」
いくらなんでも地元の名士の死を調査する警察が、監視カメラの映像を見間違えることもないだろう、と言う。
「そうだけどさあ、なんだかなぁ」
ミサキがぼやいて欄干に身体を預ける。
やる気を失ってしまったのか、だらしなくほおづえをついた。
「あれ?」
そのミサキが、何かに気づいたように指さした。
「なんかあっちのベランダの方が、きれいじゃない?」
「そうかな?」
遠目からだとよくわからない。
言われてみれば、こちらのはずいぶん錆びて色あせている。ところどころ塗装も剥げてしまっていて、僕の手元の欄干なんかはくっきりと色が違ってしまっている。
それに比べれば向こうのベランダは、ピカピカに輝いているようにも見えた。
「ぜったいそうよ、だって」
ミサキが良く見ようと手すりから身を乗り出す。
その時だった。何か鈍く光るものが、彼の身体から落ちていく。
「今、何か……」
僕がそう言いかけるより早く、彼はそれに気づいたらしい。
慌てたように欄干を乗り越えると。
「ちょっと!」
「何してるんだ!」
僕らの牽制の声も聞かず、ミサキは水面へと飛び降りた。
その瞬間、銀色の髪をなびかせる男性の姿から、白い羽根をもつ鳥へと姿を変えた。
「そっか、そういやミサキはカラスだったんだっけ……」
そのことをようやく思い出し、安堵の息を吐く。
正確に言えば、アルビノのヤタガラスだって言ってたっけ。
あんまり神様って感じもしなくって、原宿あたりにいそうな人だと思っていたからすっかり忘れていた。
「けど、いきなりどうしたんだ」
僕の隣では丸藤さんが、少し怒ったように口を開く。
「こんなところを夫人やさっきの執事に見られたら面倒だぞ」
その言葉に、僕は慌てて向かいの塔に目をやった。
幸い二人は部屋に引っ込んだようで、目撃されずに済んだ様だった。
「何か、落としたみたいだったけど」
しばらく海面すれすれに飛んでいた神の使いは、ところどころ海面から顔を出しているごつごつとした岩肌の上に何かを見つけたらしい。
それを器用にくちばしにはさむと上昇し、ベランダへと戻って来た。
大事そうに持って帰って来たのは、緑の石……いや、石じゃない、あれは。
「シーグラス?」
「なによ、これはアタシのなんだからね」
僕らの視線からそれを隠すように、ミサキは慌ただしく元の姿に戻るとそれをポケットの中に隠してしまった。
「……もしかして、前に丸藤さんがミサキにあげたやつ?」
カラスらしく光物が好きなんだと、冗談交じりに投げてよこしていたやつだ。メロンソーダみたいな、優しい色のガラスのかけら。
「そんなに気に入ってくれたならなによりだが」
丸藤さんが困惑気味に言った。
彼自身、そこまでミサキがあれに執着しているとは知らなかったらしい。
「ルビーだのサファイアだのじゃなくてそんなのでいいなら、いくらでも磯女から巻き上げてやろうか?」
そっちのほうが俺としてはありがたいんだが、とも続ける探偵の声を遮って、
「駄目よ、そっちは事務所の家賃にしなきゃなんだから。そんなことより!」
と、半ば誤魔化すようにミサキが声を張り上げる。
「アタシ見ちゃったの!」
「見たって、何を?」
「洞窟よ、洞窟!」
そう叫ぶミサキの声が弾んでいる。
「こんな断崖絶壁に、ぽっかりと穴が開いてるの!」
もしかしてあれって秘密の通路とかなんじゃないの、と彼は目を輝かせている。
「じゃあ犯人は、そこから逃げた?」
同じく僕も目を輝かせる。
いかにもな洋館の、秘密の抜け穴。
そこから犯人は魔法のように消え失せて……。
「その洞窟っていうのは、海に面してるのか?例えば小舟がそこにあって、そこから海に逃げられるようになっている、とか?」
「そうじゃないの、崖の真ん中くらいにぽっかり空いててね、そう、ちょうど向こうの塔の真下ね、そこから五メートルくらいのとこかしら」
「夫人の部屋の下に?」
丸藤さんが腕を組む。
「もしかしたら、本当は館の主人の部屋が向こう側の塔だったんじゃないかしら」
で、有事の際に逃げる秘密の抜け穴が通じてたのよ、とカラス、もといミサキが騒ぎ始めた。
「一度、夫人の部屋も確認した方がいいんじゃない?」
「仮にそうだとしてもだ」
困ったように探偵が言う。
「書斎から夫を突き落として、その秘密の通路を通って自分の部屋に戻ったっていうのか?どうやって?」
そう言われ、はたとミサキが黙ってしまった。
その洞窟がどのあたりにあるのかここからは良く見えないけれど、崖の真ん中と言っていたし、仮に船を用意していたとしてもそこまで上がることは不可能だろう。
「それに執事も言っていただろう、夫人がわざわざ夫を自殺に見せかけて殺すメリットがなにもない」
もし彼女が犯人だとしたら、他殺か事故に見せかけた方がよっぽど有益なはずだ。
「それに、万一彼女が元曲芸師だったとしても、あのお歳で危険な綱渡りも、怪しい洞窟に潜入するのも難しいだろ」
そもそも自分が犯人だとして、なぜわざわざ探偵を頼るんだ、と丸藤さんは切り捨てた。
「そうだけど、でもいかにも怪しいじゃない」
くやしそうにミサキが嘆いた。
「せめて、あれが何なのか知りたくない?」
もはや事件そっちのけで、ミサキの興味はそちらに移ってしまったらしい。
「もしこの館の人も知らないようなとこだったら、何かお宝とか隠してあるかもしれないじゃない?」
「お宝って、そんな。ここは海賊の島じゃないんだし」
呆れて僕が返すと、
「あら、わからないわよ」となぜか得意げに返される。
「そんなわけないじゃん」
「ぞうやって最初から決めつけるのが良くない」
そう丸藤さんの真似をしてみせてから、彼は口を開いた。
「ここ、天草地方でしょ。隠れキリシタンって知ってる?」
「一応、学校では習ったけど」
それくらいなら僕だって知ってる。こないだ日本史の授業っでやったばかりだ。
確か、キリスト教徒――当時はキリシタンと呼ばれていた、が弾圧されて、天草四郎と言う人が百姓をまとめて一揆をおこした。
土地柄からか、先生がやたら細かく教えてくれたっけ。
「その隠れキリシタンたちが幕府から逃げるときに、自分たちの財産をいろんな場所に隠したんじゃないかって話」
「ほんとかなあ」
騒ぐ僕らをよそに、丸藤さんはぼんやりとしたように虚空を見つめている。
ここからは見えない、さっきミサキが見つけた洞窟のあたり。
「丸藤さんまで、宝が隠してあるだなんて思ってないですよね?」
まさかと思い僕が声を掛けると、ハッとしたように探偵が顔を上げた。
「……馬鹿言え、そんなもの、あそこには」
「あるわけないって、なんでランちゃんが知ってるのよぉ」
ミサキが丸藤さんの言葉尻を捉える。
「まさか、中を見たことがあるとか?」
「あるわけないだろ」
硬い声で丸藤さんが答えた。
「そんなの、ただのくだらないうわさ話だ」
そう言ってくるりと僕らに背を向けると、彼は部屋の方へと戻って行ってしまった。
「もしかして、丸藤さんはキリシタンだったのかなあ」
その後ろ姿を見送って、僕はぽつりとつぶやいた。
前に阿弥陀如来さんも言っていた。
丸藤さんに、「でうす様に鞍替えしたのか」って。
あの時は何を言っているのかわからなかった。けれど、日本史の先生が教えてくれた。
その「でうす様」こそ、キリストに他ならないのだと。
「ええ、あのランちゃんが?」
信じられない、とばかりにミサキが目を開く。
「だったらなんで、日本の犯人捜しの神様になんてなっちゃったの」
「それは……」
返す僕の声は暗くなる。
もし本当にそうだとしたら、彼のたどる運命は、あまり明るいものではない。
キリシタンは徐々に日本に浸透していって、幕府はあまりいい顔をしていなかったけれど、それでも容認されていた。それなのに。
「迫害されて、それで」
「殺されて、その恨みから犯人を捜す神になった、ってこと?」
「そうなのかな、って」
探偵が姿を消した方に目をやって、僕は呟いた。
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