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海辺の館
海辺の館-3
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案内されたのは、暖炉のある大広間。
複雑な模様が刺繍されたタペストリーや、高級そうな椅子。
どうぞと勧められて腰かけるものの、ちっともくつろがない、そんな場所だった。
「本日は、良うお越しいただきました」
大理石のテーブルを挟んだソファの上で、年配の女性が軽く頭を下げる。
たぶん、この人が事務所に現れたマダム、なのだろう。
「いえ、こちらこそ」
丸藤さんがやはり軽く頭を下げた。それに倣って僕らも慌てて頭を下げる。
「失礼いたします」
さっきの執事の人が、これまたお人形みたいな女の子を二人引き連れて現れた。
僕よりちょっと上か、そのくらいの女の子。
彼女らはめいめいにカートを引いていて、その上にはピカピカの食器やポットなどが置かれている。
圧倒されてぼんやりとそれを眺める僕の前に、てきぱきと女の子たちがカップを置き、それはそれは優雅にお茶を注いでくれた。
「よろしければどうぞお飲みください」
「ど、どうも」
あのミサキですら、借りてきた猫のようにおとなしくしている。僕はかしこまってカップを口元に近づける。
アールグレイの良い香りが、ようやく僕を落ち着かせる。
「皆、亡き主人の好みなんですの」
夫人がぽつりと口を開いた。
「西洋に憧れが強かったようで、この館も、装飾品もみなあの人が集めたものなんですの」
なんなら、この娘たちも、と彼女は笑った。
「あいにく私は純日本人顔で、ドレスも似合わず……」
そう言って目を伏せる。
けれど、着物姿は良く似合っている。きっと日本美人だったのだろう、そう思わせる面影だ。
「それでも結婚したのは、私の財産目当てだったのでしょうけれど」
「財産?」
探偵が静かに聞き返した。
「まあ、しょせんは地方の話ではございますが、私の父がちょっとした名士で、それで」
野望に燃える財政界の若きエースが、みごと取り入ったというわけらしい。
「それを足掛かりに、夫は様々な事業に手を出しました。結果としては見事成功、こうしてこのような邸宅に住むことも叶うたわけではあるのですが」
そう言いながらも、彼女はあまり嬉しそうでもなかった。
初めこそ亡くなった旦那さんを愛おしんでいるのだと思っていたのだけれど。
「それは、ご主人が殺されたとおっしゃることと、関係がありますか?」
「……ええ」
丸藤さんの問いに、少し間をおいて夫人が答えた。
「財産を築くということは、一筋縄ではいきません。時に、人の恨みを買うようなことだって」
「それで、誰かに殺されたのではないか、と」
その言葉に、彼女は観念したように頭を垂れた。
「敵の多い人でした」
そう言って、彼女は両手をティーカップに添えた。まるで暖をとっているようにも見えた。
軽くカップがカタカタと音をたてる。
「あの人が亡くなったあの日」
夫人が、何かを思い出すように目を細めた。
「ちょうど、主人が商売関係の方々をお呼びした日のことでした」
ちょっとしたパーティーを開いたのだ、という。
「宴もたけなわの頃合いで、少し仕事が残っているからと、あの人は北の塔の書斎へ戻ったのです」
あの人は海を見るのが好きでしたから、と彼女は呟く。
「けれど、そこからもう戻っては来なかった」
「そのとき呼ばれていた方々は?」
丸藤さんの質問に、イサーシャさんがすんなりと答える。
「旦那様のお仕事の関係の方々のようでした。向井商事の小竹様、株式会社ゴルシュの反町様、H&P操業の大倉様。皆さまあの晩はお泊りになられていきました」
「そのうちの誰かが、ご主人を手に掛けたと」
「そうとは言ってませんわ。けれど、皆さま主人を慕っているように振舞っていらしたけれど、その実どう思うとったことか……」
「恨まれていると、思い当たることがあったんですね?」
丸藤さんの言葉にしばらく口をつぐんだのち、諦めたように夫人は口を開いた。
「取引先の方々にはだいぶ無理をさせていたようです。詳しい仕事の内容は良くわかりませんが、こちらの立場が上なことをいいことに、支払いを渋ったり、低い金額でさせようとしたり。相手から資金の援助を求められても無視したり」
あの人は、自分の趣味にはお金を描けるくせに、本当にケチでしたから、と夫人はため息をついた。
「なるほど。……ちなみにその晩、他には誰が?」
探偵の問いかけに、すらすらと執事が答えた。
「ご主人と奥様、それと私とここにいる二人のメイド。パーティーの折にはシェフが一人とその助手が二人おりましたが、二十一時ころには帰りました」
「よく、覚えてますね」
驚いて僕は思わず声を出してしまった。
「記憶力はいいほうなんです」
そう言って、イサーシャが笑った。
その様子を、探偵が怪訝そうに見ている。
「そう言って、実はあなたが」
「私がご主人を手に掛けたと?御冗談を。私とメイドどもは旦那様のお部屋に近づいてなどおりません」
聞けばイサーシャさんと他二人のメイドたちの部屋は南側、つまりバラ園側の塔に部屋があり、そこから北側へ行くにはカメラの設置されたこの場所、ええと大広間だ、を通らなければならないという。
「カメラなんて設置してあるんですか?」
「一応、防犯のために。こんないかにもなところですし、何か財宝があると勘違いして忍び込む賊がいないとも限りませんので」
さすがに警備員を常駐させるほどではありませんが、とイサーシャさんが口を挟んだ。
「あくまでも我々の仕事はご主人さま方が快適に過ごせるようにするだけ、いわばホテルの従業員のようなものです。そこに警備員の役目までは少々荷が重すぎます」
だが住人のプライベートもあることだし、カメラは玄関――あの広いポーチだ、と、南棟と北棟との中心に位置するこの大広間にあるぐらいなのだという。
「この大広場にお客様をお呼びすることが多いですからね、警備会社の判断は妥当かと」
「まあ、そこまでしなくても、大したものはもうないのですが」
夫人がやんわりと口を挟む。
「主人が集めてきた、アンティークとは名ばかりのガラクタばかりです」
「そういえば事件の時、この館から何か盗まれたようなものってあるんですか?」
ミサキが身を乗り出す。
それだったら、うまく監視の目をかいくぐって侵入した、泥棒の犯行とも言えなくはないが。
「そんなものは。……いえ、厳密に言えば、主人の書斎に金庫があるのですが」
そこで夫人が言葉を止めた。
「あら、金庫だなんて」
「そこにあった現金が少しほど」
「それって」
思わず立ち上がろうとするミサキを制して、夫人が困ったように言った。
「でもそれは、主人と一緒に海の中へ落ちとったのです」
「……盗もうとして抵抗されて、お金と一緒に旦那さんを落としちゃった、ってこと?」
「なのかもしれません」
息をついて、夫人がティーカップをテーブルに置いた。
「ほかに、遺体と一緒に発見されたものは?」
腰を浮かす探偵に、イサーシャさんが歩み寄る。
「こちらが、警察の方が撮られた写真です」
探偵に渡されたそれを覗き込もうとする僕を制し、
「お前は見ない方がいい」
と丸藤さんはそれをひっくり返してしまった。
言われて初めて気が付いた。事件現場。
人の遺体が、写っているんだ。
ペンダントのおかげで幽霊が視えるなら。
とも思ったけれど、積極的に見たいわけでもない。
まして、好奇心からだなんて、故人に失礼な気がして僕は目を伏せる。
それを不憫に思ってくれたのか、ミサキが状況を説明してくれた。
「ええと、白い……ガウン?が岩肌に引っかかってて。ああ、確かにお金が散らばってるわね、で何かしら……ワカメみたいなのが浮いてて。まあ海なんだから当たり前ね、で、そこから少し離れたところに……」
そこで言葉を切った。
きっとそこに、剛三さんが写っていたのだろう。
ミサキの言葉に顔を伏せながら、夫人が呟く。
「けれどあの晩、不審な侵入者は感知されんかった、と警備会社は言っとります」
センサーが、いかにも侵入してきそうな窓やそこかしこに仕込まれているらしい。
けれどどれもウンともスンとも言わなかったそうだ。
「となると、やはりあの晩この館にいた人間が、しかも被害者と同じ北側の塔にいた人間が怪しいのでは、と」
なるほど、となるとどうやっても怪しいのは招待客ら、ということになるが。
「そのうちの誰かが、鍵のかかった書斎に入って、主を殺して何食わぬ顔でいる、と」
探偵の言葉に夫人が神妙にうなずいた。
「実はあの晩、書斎を最後に訪れた人物がいるのです」
「それは」
「向井商事の小竹様、です」
複雑な模様が刺繍されたタペストリーや、高級そうな椅子。
どうぞと勧められて腰かけるものの、ちっともくつろがない、そんな場所だった。
「本日は、良うお越しいただきました」
大理石のテーブルを挟んだソファの上で、年配の女性が軽く頭を下げる。
たぶん、この人が事務所に現れたマダム、なのだろう。
「いえ、こちらこそ」
丸藤さんがやはり軽く頭を下げた。それに倣って僕らも慌てて頭を下げる。
「失礼いたします」
さっきの執事の人が、これまたお人形みたいな女の子を二人引き連れて現れた。
僕よりちょっと上か、そのくらいの女の子。
彼女らはめいめいにカートを引いていて、その上にはピカピカの食器やポットなどが置かれている。
圧倒されてぼんやりとそれを眺める僕の前に、てきぱきと女の子たちがカップを置き、それはそれは優雅にお茶を注いでくれた。
「よろしければどうぞお飲みください」
「ど、どうも」
あのミサキですら、借りてきた猫のようにおとなしくしている。僕はかしこまってカップを口元に近づける。
アールグレイの良い香りが、ようやく僕を落ち着かせる。
「皆、亡き主人の好みなんですの」
夫人がぽつりと口を開いた。
「西洋に憧れが強かったようで、この館も、装飾品もみなあの人が集めたものなんですの」
なんなら、この娘たちも、と彼女は笑った。
「あいにく私は純日本人顔で、ドレスも似合わず……」
そう言って目を伏せる。
けれど、着物姿は良く似合っている。きっと日本美人だったのだろう、そう思わせる面影だ。
「それでも結婚したのは、私の財産目当てだったのでしょうけれど」
「財産?」
探偵が静かに聞き返した。
「まあ、しょせんは地方の話ではございますが、私の父がちょっとした名士で、それで」
野望に燃える財政界の若きエースが、みごと取り入ったというわけらしい。
「それを足掛かりに、夫は様々な事業に手を出しました。結果としては見事成功、こうしてこのような邸宅に住むことも叶うたわけではあるのですが」
そう言いながらも、彼女はあまり嬉しそうでもなかった。
初めこそ亡くなった旦那さんを愛おしんでいるのだと思っていたのだけれど。
「それは、ご主人が殺されたとおっしゃることと、関係がありますか?」
「……ええ」
丸藤さんの問いに、少し間をおいて夫人が答えた。
「財産を築くということは、一筋縄ではいきません。時に、人の恨みを買うようなことだって」
「それで、誰かに殺されたのではないか、と」
その言葉に、彼女は観念したように頭を垂れた。
「敵の多い人でした」
そう言って、彼女は両手をティーカップに添えた。まるで暖をとっているようにも見えた。
軽くカップがカタカタと音をたてる。
「あの人が亡くなったあの日」
夫人が、何かを思い出すように目を細めた。
「ちょうど、主人が商売関係の方々をお呼びした日のことでした」
ちょっとしたパーティーを開いたのだ、という。
「宴もたけなわの頃合いで、少し仕事が残っているからと、あの人は北の塔の書斎へ戻ったのです」
あの人は海を見るのが好きでしたから、と彼女は呟く。
「けれど、そこからもう戻っては来なかった」
「そのとき呼ばれていた方々は?」
丸藤さんの質問に、イサーシャさんがすんなりと答える。
「旦那様のお仕事の関係の方々のようでした。向井商事の小竹様、株式会社ゴルシュの反町様、H&P操業の大倉様。皆さまあの晩はお泊りになられていきました」
「そのうちの誰かが、ご主人を手に掛けたと」
「そうとは言ってませんわ。けれど、皆さま主人を慕っているように振舞っていらしたけれど、その実どう思うとったことか……」
「恨まれていると、思い当たることがあったんですね?」
丸藤さんの言葉にしばらく口をつぐんだのち、諦めたように夫人は口を開いた。
「取引先の方々にはだいぶ無理をさせていたようです。詳しい仕事の内容は良くわかりませんが、こちらの立場が上なことをいいことに、支払いを渋ったり、低い金額でさせようとしたり。相手から資金の援助を求められても無視したり」
あの人は、自分の趣味にはお金を描けるくせに、本当にケチでしたから、と夫人はため息をついた。
「なるほど。……ちなみにその晩、他には誰が?」
探偵の問いかけに、すらすらと執事が答えた。
「ご主人と奥様、それと私とここにいる二人のメイド。パーティーの折にはシェフが一人とその助手が二人おりましたが、二十一時ころには帰りました」
「よく、覚えてますね」
驚いて僕は思わず声を出してしまった。
「記憶力はいいほうなんです」
そう言って、イサーシャが笑った。
その様子を、探偵が怪訝そうに見ている。
「そう言って、実はあなたが」
「私がご主人を手に掛けたと?御冗談を。私とメイドどもは旦那様のお部屋に近づいてなどおりません」
聞けばイサーシャさんと他二人のメイドたちの部屋は南側、つまりバラ園側の塔に部屋があり、そこから北側へ行くにはカメラの設置されたこの場所、ええと大広間だ、を通らなければならないという。
「カメラなんて設置してあるんですか?」
「一応、防犯のために。こんないかにもなところですし、何か財宝があると勘違いして忍び込む賊がいないとも限りませんので」
さすがに警備員を常駐させるほどではありませんが、とイサーシャさんが口を挟んだ。
「あくまでも我々の仕事はご主人さま方が快適に過ごせるようにするだけ、いわばホテルの従業員のようなものです。そこに警備員の役目までは少々荷が重すぎます」
だが住人のプライベートもあることだし、カメラは玄関――あの広いポーチだ、と、南棟と北棟との中心に位置するこの大広間にあるぐらいなのだという。
「この大広場にお客様をお呼びすることが多いですからね、警備会社の判断は妥当かと」
「まあ、そこまでしなくても、大したものはもうないのですが」
夫人がやんわりと口を挟む。
「主人が集めてきた、アンティークとは名ばかりのガラクタばかりです」
「そういえば事件の時、この館から何か盗まれたようなものってあるんですか?」
ミサキが身を乗り出す。
それだったら、うまく監視の目をかいくぐって侵入した、泥棒の犯行とも言えなくはないが。
「そんなものは。……いえ、厳密に言えば、主人の書斎に金庫があるのですが」
そこで夫人が言葉を止めた。
「あら、金庫だなんて」
「そこにあった現金が少しほど」
「それって」
思わず立ち上がろうとするミサキを制して、夫人が困ったように言った。
「でもそれは、主人と一緒に海の中へ落ちとったのです」
「……盗もうとして抵抗されて、お金と一緒に旦那さんを落としちゃった、ってこと?」
「なのかもしれません」
息をついて、夫人がティーカップをテーブルに置いた。
「ほかに、遺体と一緒に発見されたものは?」
腰を浮かす探偵に、イサーシャさんが歩み寄る。
「こちらが、警察の方が撮られた写真です」
探偵に渡されたそれを覗き込もうとする僕を制し、
「お前は見ない方がいい」
と丸藤さんはそれをひっくり返してしまった。
言われて初めて気が付いた。事件現場。
人の遺体が、写っているんだ。
ペンダントのおかげで幽霊が視えるなら。
とも思ったけれど、積極的に見たいわけでもない。
まして、好奇心からだなんて、故人に失礼な気がして僕は目を伏せる。
それを不憫に思ってくれたのか、ミサキが状況を説明してくれた。
「ええと、白い……ガウン?が岩肌に引っかかってて。ああ、確かにお金が散らばってるわね、で何かしら……ワカメみたいなのが浮いてて。まあ海なんだから当たり前ね、で、そこから少し離れたところに……」
そこで言葉を切った。
きっとそこに、剛三さんが写っていたのだろう。
ミサキの言葉に顔を伏せながら、夫人が呟く。
「けれどあの晩、不審な侵入者は感知されんかった、と警備会社は言っとります」
センサーが、いかにも侵入してきそうな窓やそこかしこに仕込まれているらしい。
けれどどれもウンともスンとも言わなかったそうだ。
「となると、やはりあの晩この館にいた人間が、しかも被害者と同じ北側の塔にいた人間が怪しいのでは、と」
なるほど、となるとどうやっても怪しいのは招待客ら、ということになるが。
「そのうちの誰かが、鍵のかかった書斎に入って、主を殺して何食わぬ顔でいる、と」
探偵の言葉に夫人が神妙にうなずいた。
「実はあの晩、書斎を最後に訪れた人物がいるのです」
「それは」
「向井商事の小竹様、です」
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