丸藤さんは推理したい

鷲野ユキ

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学び舎の祟り

学び舎の祟り-12

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「うん、ほんと良かったよ」 
そう言いながら彼は前髪を降ろした。

「ほんと、人生何が幸いするかわからんよね」
「そのどっか行ってしもうた道具とやらは、案外みんなば守るために雲隠れしたんかもなあ」
含み笑いをしてルリが言う。
まさかそんなことが本当にあるわけないだろうけど、何となくそんな気がするから不思議だ。
そういう偶然が重なる中で、僕らは生きている。

「ちなみに、何の実験だったの?」
何の気なしにルリが問う。彼らを守った実験道具。
もしかしたら付喪神でもついてるんじゃない、と。

「……物理の実験やったかな」
あんなことがあったのだからすぐ出てきそうなのに、少し間を置いて彼は答えた。
「振り子ん実験。中学でもやったんに、なんでまたって思うたけど」
「ああ、あん時計ん振り子みたいなんね」

ええと、単振動ん加速度がなんとかとかっていうやつ、と、ほとんど内容がわからない説明を彼女はしてくれた。
一組もそういえばそんな実験をしたけれど、僕の理解度も彼女とさほど変わらない。
ややこしい振り子に興味を失ったのだろう、ルリは無造作に棚の戸を開けた。

倒れた棚は元通り立て直されているけれど、その中身はすっからかん。
倒れた時に中身はほとんどが壊れてしまって、それから補充されていないらしい。
下の段は引き扉で、普段はやっぱり実験で使うような備品が収納されていたようだった。

「ホルマリン漬けとか、けっこうするんやなかと?」
こん棚だってもう使えなさそうだし、結構な損害額やったんやろな、と変なところを心配しながら、ルリは棚の周りをぐるぐると回っている。
確かに、この中身が全部ぶちまけられたとしたら。
棚が倒れて割れたガラスが散乱するのも怖いけれど、その液体に漬けられた、躰を裂かれたカエルや魚などが床をのたうつ様を想像して、僕は気持ち悪くなってしまった。

「怪我しただけじゃなくて、気持ち悪くなる子も何人かおって」
佐倉君が言う。
「ほんと、散々やったよ」
二学期が始まって、最初の授業だったとミズホは言っていた。
そりゃあ、こんな幸先の悪い新学期、不安になるに決まってる。

「うーん、人体模型が何かした、って言うてもなあ」
ルリが呻いた。
「人体模型ってあれやろ?いきなり動き出したら目立つに決まっとるし、いきなり中身が出てきたなら、どっちかっていうと透明人間ん仕業とか考えた方が自然じゃなか?」

彼女の言葉に、僕は噂の人形に目を向ける。
ミズホは人体模型がやったって騒いでいるけれど、当の模型は教室の片隅でぼんやり突っ立っているだけ。
恐る恐る模型を見てるものの、グロテスクなだけで、ごく普通の、プラスチックでできたような造りだ。
それを後ろで鉄の棒が支えていて、とてもじゃないけど自立して動きまわったりするようには見えない。
 
「でも、ヒトん仕業だったとしても、どぎゃんして?」
しかも起きたのは授業中。
まあ棚を集中して見てた人なんていないだろうけれど、それだって多くの人の目がある場所だ。
急に席を立って、中身をぶちまけることなんで出来るはずもなく。

「何か、仕掛けをしたとか……」
重そうだとは言え、床に固定されているわけでもない。
べったりと床に直置きされているだけだから、強く押せば地震みたいに揺れて、勢いよく中身が飛び出るかもしれない。
けれど隙間もなく背面は壁際に押し込められていて、側面だって隣に同じ棚が並んでいて、棚を正面と横から押してみたもの、さして揺れずにどんと棚は構えたままだった。
椅子を動かして棚上も見たけれど、特に物が置かれているわけでもなくて、うっすらと埃をかぶっているだけ。

うーん。僕は困ってしまった。棚に仕掛けをするなら、あとは……。
僕が床に手と膝をついて、四つん這いになろうとした時だった。
「おい、女子がそぎゃん格好しなすなや」
慌てたように佐倉君が言った。

「え?」
「いや、そん……。とにかく、下ば見るなら俺が見るけん」
僕の方から目をそらし、彼は言う。
「なんで」
「いいから、ナオ。佐倉君に見てもろうたら」
そういう彼女が、なぜか僕の後ろ側に立っていて。
そこでようやく思い至った。そういや、スカートの下にジャージ履いてなかったっけ……。

「わ、ごめん」
その言葉に、わたしはバネのように身を起こした。普段パンツだから、うっかりそのつもりで。
「ったって、床に何かあるとも思えんけどな」
そう不満そうに言いながら、彼は棚下に目をやる。
床と棚の間に隙間はない。他の棚だってそうだ。けれどなんだか、この棚下の一部が、なんだかへこんでいるようにも見えて。 

「いや、とりあえず見るだけ見ておこうかなって」
特に、何か方法に心当たりがあるわけではない。
けれど、とにかく細かく見ておかなければ、あとで雇用主がうるさそうだ。
だから、それだけではあったのだけど。

佐倉君が床に手を突き、棚を睨みつける。しばらくして「何もなかと」とつまらなさそうに言い放った。
「あ、ありがとう」
あまり男子に、というより人に何かを頼むこともにないわたしは、ありがたいと思うと同時に困惑する。というか。
ちゃんとわたしは、女子に見られているのか。

そのことに、軽い嫌悪感と、それでも嬉しいような気持を覚える。
なんだか急に照れ臭くなってくる。いやまあ、スカートだって、別に好きじゃないけど穿いてるし、そりゃあ、この格好は『女子』以外のなんでもないんだけど。
なんだかな。

そう思ったとき、どこか遠くで悲鳴が聞こえた気がした。
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