丸藤さんは推理したい

鷲野ユキ

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あの子が欲しい

あの子が欲しい-8

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「でも、弟さんはちゃんと家に帰って来てて、今は塾に行ってる。関係ないんじゃ」

ケンから大体の場所を聞いて、僕たちは慌ててそこへと向かう。
探偵事務所がある商店街のさらに先の、進学塾
そこから裏に入ってさらに奥に行くと、小さな公園があるのだと。
そこに、生まれたばかりの子猫がいるらしい。

「本当は、そうであって欲しくないと、俺も思うんだが」
本性は石らしく、重たげな身体を必死に動かしながら彼は途切れ途切れに呟いた。

「その弟こそが犯人なら、すべてつじつまが合う」
「そんな」

探偵よりは身軽だけど体力のない僕は、焦る気持ちもあるのだろう、やはり喘ぐように声を絞り出した。
「でも、だってまだ小学生だって」

野良猫に餌をあげるんだと、そう言っていたケンちゃんの表情は優しかった。それを見守る白石さんも。
そんなこと、信じられなかった。

「それに、ケンだって悪い人じゃ」
「兄がいい人だからと言って、弟もそうとは限らない」
善悪は単に遺伝するものでもない、と彼は言う。

「でも、そういう優しい家庭で育ったなら」
なら、みんな幸せで良い人間になるんじゃないのか。
まともな父親と母親に、大切に育てられたなら。
きっと、彼らの家庭はそうだ、多分、白石さんちだって。

「環境は重要だろう、けれど」
そこで疲れたのか、丸藤が大きく息を吐いた。
「劣悪な環境にいた人間が、すべて犯罪者にならないのと同じで」

ああ、そういえば。僕は思い出す。
同じようなことを、彼の口から聞いたばかりだというのに。
「幸せな人間が、罪に走らないとも限らない」

目指す塾が見えてきた。その前には無数の自転車が、乱雑に停められている。
大人が乗るより小さな自転車。それがたくさん。

彼らの夏休みだって、一度限りだろうに。 

「それに何が幸せか決めるのは、本人だ」
苦しそうに探偵が言った。

「本当は、嫌だったのかもしれない。ルリが残した暗号は、ある意味彼女の本心でもあったんだろう。それは多分、『あの子』だって」

そして、角を曲がったところで見えた。
本当に狭い公園だった。ゴミがたくさん落ちていた。おにぎりとか、お菓子とか、ペットボトル。そういうものばかり。

「この塾の子たちが、ここで?」
きっとそうなのだろう。休み時間とか、終わった後だとか。
近くには塾生を狙ってなのだろう、こんな商店街のどん詰まりだというのに、大手チェーンのコンビニの看板が煌々と輝いている。

「だろうな」
乱れた息を整えながら、探偵が答えた。やはり不思議と汗はかいていなくて、けれどひどく疲れている。

ニャアン、と鳴き声が聞こえた気がして僕は慌てて振り返る。
申し訳程度に設置されたベンチの下に、光るものがあった。

「よかった、無事だったんだ……」
ふらふらと、僕は光の方へと向かっていく。
暗闇で輝く双眸。あれはきっと猫のものだ、弟さんが餌をあげていた。
そうだ、全部探偵の杞憂だったんだ。単に白石さんは、夏休みが終わるのが嫌で、それで。

「どうしたの?」
ベンチの下に手を伸ばす。温かい毛並みに指先が触れるはずだった。

「えっ?」
僕は慌てて腕を引っ込める。感じたのは、氷より冷たい何か。
そして、獣の唸り声。

「ナオ、よせ」
探偵が鋭い声を上げる。それと同時に、暗闇から何かが飛び出てくる。やせ細って目ばかりがぎらついている猫だった。
それが何かを守るように唸っている。僕を睨んで。

何をーー。
そこで僕は、触れた指先を思い出した。とても冷たい。

「子猫は、助からなかったらしい」
ぽそり、と丸藤さんが呟いた。
その足元には、粒状の、小さいもの。

「やはり餌に混ぜて、何か毒を仕込んでいたようだ。殺鼠剤だとか、そういうものは簡単に手に入る」
しゃがみこんで毒餌を拾いながら、淡々と彼は言う。

「そういう、自分より立場の弱いものを害して、優越感を得る」
それが人間と言うものだ。

言い放つ彼の目は、冷たく光っている。
人間に罰を下す、神の瞳。
けれどそれが揺らめいて見えるのは、彼がもと人間だったから、なのだろうか。
罪人を切り捨てるには、心もとない光。

「本当に……こんなひどいことを、子供が?」
 ぽつりと漏れた声は震えていた。誰よりもそれを信じたくない様だった。

「まだ、わからない。ケンの弟がやったって言い切れるわけじゃない。誰か子供らを、唆した悪い大人がいるのかもしれない」
僕の言葉に、彼はうなだれたように立ち上がる。

「それより、白石さんを探さなきゃ」
自分を鼓舞するように、僕は口を開いた。
か弱い動物を殺す人間がいることはわかった。
けれど白石さんはその犯人に対して、何をしようとしていたのだろう。
そして、どうなってしまったんだろう。
なんのためらいもなく、ただ弄るために動物を殺せる人間に。
彼女は、きっと。
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