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あの子が欲しい
あの子が欲しい-1
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あれは、八月最後の日曜日だった。
といっても夏休み中の僕にとっては平日と休日の区別もなくて、せいぜいバイトがないくらいの、予定のない日のことだった。
目が覚めたのが十一時過ぎで、気づけば母さんの姿がなかった。ばあちゃんに聞いたら、やけに上機嫌でどこかに行った、とのこと。
どこに行ったか知らないけれど、楽しそうなら何よりだ。なにより、ずっとゴロゴロしてても怒られない。
これ幸い、と僕は思いっきり怠惰をむさぼることにする。だって、こんなに平和な日曜なんて今までなかったんだ。
家にいたってアイツがいたから、居心地が悪くて。
寝ころんだままスマホを取り出して、僕は苦心しながら文字を打つ。
そういえば、こないだの事件の報告がまだだった。新学期にばったり出くわして、文句を言われるのも面倒だ。
『消えた仏像は実は偽物(トリックアート)で、それを壊したのは肝試しに来ていた子供たち。その子らを庇って、住職は奇跡が起きたと嘘をついた』
文章は簡潔に、わかりやすく。十分以上かけてLINEを打つ。
ピコン。ものの数秒で返事が来た。
『長くね?』
これ以上どうやって短くしろって言うんだ!
危うく叫びかけたところで再び。ピコン。
『てか』
そこからは、怒涛の勢いで吹き出しが画面に現れる。
『よくわかんないから』
ピコン。
『会って話した方が』
ピコン。
『よくね?』
……なんでこんなに文章を分けるんだろう。僕はいまいちこのアプリの使い方が良くわからない。
『夏休み』
『バイトばっかじゃ』
『つまんないっしょ』
別に、つまらなくはない、と思う。どこにも行かないで一人でいるより全然マシだし。
ピコン。一方方向の言葉の波が、僕を襲う。
『夏休み、もうすぐ終わっちゃうじゃん』
『高一の夏休みはもう二度と来ないんだから』
そうか。そんなこと、考えたこともなかった。僕はぼんやりと部屋の壁を見る。
少し黄色がかった惨めな壁紙がへばりついている。それは来年も再来年も同じようにそこにあって、少しずつさらに黄ばんでいく。
そういうものだと思っていた。
『だからさ』
ピコン。
『どっか遊びに行こ』
遊びに?僕と、白石さんで?
『ナオ、今日ヒマ?どっかランチ行かない?』
今日?ずいぶん急な誘いだ。まあ予定らしい予定は、何もないのだけれど。
仕方なしに、ポチポチと画面をタップする。
『わたしと一緒に出掛けても、つまらないと思うけど』
遠回しに、オコトワリの言葉を入力する。だって、そうじゃないか。こないだ初めて話したような人間と出かけたって。
そっと、スマホの画面を伏せて布団に置いた時だった。ガチャリ、と鍵の回る音が聞こえた。母さん、もう帰って来たのかな。
「直央、いい加減起きてる?」
高い声が玄関に響いた。
少し笑いを含んでいて、怒っているというより、からかうような雰囲気。機嫌がいいのは本当のようだ。
「起きてるよ」
そう返すけれど、実際はまだパジャマのままだし頭だってボサボサだ。それもお見通しなのだろう、母親は部屋に顔をのぞかせると、
「嘘ばっかり」
と笑った。いつもの疲れた顔とは打って変わって、きれいにお化粧をした顔だった。
「ちょっと、お客さんを家に上げたくて」
少し困ったように眉を寄せて、彼女は言う。
「直央と、おばあちゃんにも会わせたいんだけど」
「わたしたちに?」
「お世話になった人だから。ほら、早く着替えなさい」
そう言い残して、彼女は扉を閉めてしまった。
壁の向こうで、母親と知らない男の人が話す声が聞こえる。いきなりの来客に驚いた様子のばあちゃんの声も。
どうやらお世話になった人とやらは、男の人らしい。
誰だろう。落ち着いていて、少なくとも母さんより年上なんだろうか、そう思うような渋い声。
なんだかあまり気乗りがしなかった。こんなことなら、白石さんとでも出かけた方がよかったのかも。
思わずスマホを手に取ると、
『楽しいかつまらないか決めるのはうちだし』
『遊んでみないとわからないじゃん』
と言う吹き出しが宙に浮いていた。
そうかな。僕と遊んだら楽しいかもって、白石さんはそう思ってくれたんだろうか。
のろのろといつものシャツとパンツに着替えて、髪の毛を無造作に手ぐしでまとめる。
そうして、渋々僕は扉を開いた。
といっても夏休み中の僕にとっては平日と休日の区別もなくて、せいぜいバイトがないくらいの、予定のない日のことだった。
目が覚めたのが十一時過ぎで、気づけば母さんの姿がなかった。ばあちゃんに聞いたら、やけに上機嫌でどこかに行った、とのこと。
どこに行ったか知らないけれど、楽しそうなら何よりだ。なにより、ずっとゴロゴロしてても怒られない。
これ幸い、と僕は思いっきり怠惰をむさぼることにする。だって、こんなに平和な日曜なんて今までなかったんだ。
家にいたってアイツがいたから、居心地が悪くて。
寝ころんだままスマホを取り出して、僕は苦心しながら文字を打つ。
そういえば、こないだの事件の報告がまだだった。新学期にばったり出くわして、文句を言われるのも面倒だ。
『消えた仏像は実は偽物(トリックアート)で、それを壊したのは肝試しに来ていた子供たち。その子らを庇って、住職は奇跡が起きたと嘘をついた』
文章は簡潔に、わかりやすく。十分以上かけてLINEを打つ。
ピコン。ものの数秒で返事が来た。
『長くね?』
これ以上どうやって短くしろって言うんだ!
危うく叫びかけたところで再び。ピコン。
『てか』
そこからは、怒涛の勢いで吹き出しが画面に現れる。
『よくわかんないから』
ピコン。
『会って話した方が』
ピコン。
『よくね?』
……なんでこんなに文章を分けるんだろう。僕はいまいちこのアプリの使い方が良くわからない。
『夏休み』
『バイトばっかじゃ』
『つまんないっしょ』
別に、つまらなくはない、と思う。どこにも行かないで一人でいるより全然マシだし。
ピコン。一方方向の言葉の波が、僕を襲う。
『夏休み、もうすぐ終わっちゃうじゃん』
『高一の夏休みはもう二度と来ないんだから』
そうか。そんなこと、考えたこともなかった。僕はぼんやりと部屋の壁を見る。
少し黄色がかった惨めな壁紙がへばりついている。それは来年も再来年も同じようにそこにあって、少しずつさらに黄ばんでいく。
そういうものだと思っていた。
『だからさ』
ピコン。
『どっか遊びに行こ』
遊びに?僕と、白石さんで?
『ナオ、今日ヒマ?どっかランチ行かない?』
今日?ずいぶん急な誘いだ。まあ予定らしい予定は、何もないのだけれど。
仕方なしに、ポチポチと画面をタップする。
『わたしと一緒に出掛けても、つまらないと思うけど』
遠回しに、オコトワリの言葉を入力する。だって、そうじゃないか。こないだ初めて話したような人間と出かけたって。
そっと、スマホの画面を伏せて布団に置いた時だった。ガチャリ、と鍵の回る音が聞こえた。母さん、もう帰って来たのかな。
「直央、いい加減起きてる?」
高い声が玄関に響いた。
少し笑いを含んでいて、怒っているというより、からかうような雰囲気。機嫌がいいのは本当のようだ。
「起きてるよ」
そう返すけれど、実際はまだパジャマのままだし頭だってボサボサだ。それもお見通しなのだろう、母親は部屋に顔をのぞかせると、
「嘘ばっかり」
と笑った。いつもの疲れた顔とは打って変わって、きれいにお化粧をした顔だった。
「ちょっと、お客さんを家に上げたくて」
少し困ったように眉を寄せて、彼女は言う。
「直央と、おばあちゃんにも会わせたいんだけど」
「わたしたちに?」
「お世話になった人だから。ほら、早く着替えなさい」
そう言い残して、彼女は扉を閉めてしまった。
壁の向こうで、母親と知らない男の人が話す声が聞こえる。いきなりの来客に驚いた様子のばあちゃんの声も。
どうやらお世話になった人とやらは、男の人らしい。
誰だろう。落ち着いていて、少なくとも母さんより年上なんだろうか、そう思うような渋い声。
なんだかあまり気乗りがしなかった。こんなことなら、白石さんとでも出かけた方がよかったのかも。
思わずスマホを手に取ると、
『楽しいかつまらないか決めるのはうちだし』
『遊んでみないとわからないじゃん』
と言う吹き出しが宙に浮いていた。
そうかな。僕と遊んだら楽しいかもって、白石さんはそう思ってくれたんだろうか。
のろのろといつものシャツとパンツに着替えて、髪の毛を無造作に手ぐしでまとめる。
そうして、渋々僕は扉を開いた。
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