丸藤さんは推理したい

鷲野ユキ

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視えるもの

視えるものー3

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「そんな神様がいたら、警視庁あたりに立派な社が建てられてそうですけど」

それは、なんともありがたい神様だ。あまりにも現実離れした出来事が続いたものだから、その言葉を疑う気力もなくなった。
いや、すべては壮大なドッキリで、あの食べたのだって宝石じゃなくて砂糖でできたお菓子だったのかもしれない。
けれどそこまでして、大人たちが僕をからかう理由も見つからないし、自分は神だと嘘をつくなら、もっといろいろあるだろうし。

「だったらよかったんだけどねぇ」
僕の言葉を受けて、ミサキが残念そうに声を上げる。
「ランちゃんは犯人を特定して、犯人に腹痛を引き起こさせるの。で、人々はそいつが犯人だったと知るわけ」
犯人に腹痛を引き起こさせる。毒を盛るでもなく、何かトリックがあるわけでもなく。
不思議な神通力によって起こすことが出来るのだ、と言う。

「けれどこのご時世、犯人を見つけてってランちゃんにお祈りして、それでお腹が痛い人が現れたからってそいつが犯人だなんて、とても警察が信じてくれるわけがないでしょ」
なるほど、だから警視庁に社を建ててもらえなかったらしい。
「それに、犯人を見つけるよう願った人間が、意図的だろうが悪意がなかろうが、何か勘違いしてる場合もある」
そもそも、罪を犯したという前提自体が間違っている場合もある、と丸藤さんは言った。

「そうなると、本来罪のない人間を犯人扱いしてしまう可能性もある」
何が正しいのか決めるのなんて、神様にも難しいの。ミサキの声が頭に響いた。
「だからこうやって、探偵業など始めてみたんだが」
ちゃんと証拠を探して、可能ならばしかるべき機関――警察だとかに引き渡す。それが出来ない場合のみ、力を行使する。それが、今の彼のやり方らしい。

「なんて言うとかっこいいけど、単に影響受けただけだからね」
そう言ってミサキが戸棚を引き開けた。中にはびっしりと詰め込まれた本。
「コナンドイル、アガサクリスティ……江戸川乱歩」
そのくらいなら僕も知っている。けれど中には、知らない作者のものもたくさん並んでいた。
「勝手に開けるな!」
怒ったように丸藤さんがピシャリと戸棚を閉じた。どうやら、この神様はとんだミステリーフリークらしい。
「でまあ探偵業なんて初めてみたものの、地元は過疎化が進んでお客さんなんて全然来なくって。だからわざわざ天草からこっちに本体連れてきてね、大変だったのよ」
ミサキがその時のことを思い出したのか、げんなりした様子で言った。
「本体?」
「だから言ったでしょう?このお守りはランちゃんの一部。彼は、石なの」
「いし、って」
あの、石?

「そ。だから冷たいし、重たい。なんなら出不精で気づいたら苔が生えてるの」
「そんなわけないだろ」
丸藤さんが慌てて返すが、こっそりと自分の身体を検めているあたり、心当たりがないこともないようだ。
「っていうのが、この職場の最大の秘密ね」
ミサキがウインクした。もしかして。
「さっきの契約書、お客さんの情報だけじゃなくて、むしろ……」
「そ。アタシたちのことも、うっかり言わないで頂戴ね」
まあ言おうとしても言えないようになってるんだけど。と妖しくミサキが笑う。

もしかして、僕は神様じゃなくて、悪魔たちと契約を交わしてしまったのではないだろうか。急に喉が渇いてきて、僕は乾いた咳をする。
「今更契約を反故なんてしないでよね。少なくともナオちゃんは、ランちゃんとアタシに借りがあるわけだし」
じゃあこれ、といつの間に用意したのか、ミサキが一枚の紙を僕に手渡した。
「もうすぐ夏休みでしょ?今何年生?一年ね、なら受験とかも関係ないし、目いっぱい入れておいたから」
そこには、びっしりとスケジュールが埋め込まれたシフト。
「こんなに?」
そんな毎日人手がいるほど、儲かっているようには見えないけれど。

「まあ、人間のお客さんはあんまりだけど」
と言って、ちらりとミサキはツバキの方を見た。と言うことは。
「そう、彼女みたいなのが良く来てくれるのよ」
「こいつらの持ち込む事件はつまらないから、あまり受けたくないんだが」
仕事をえり好みする探偵が文句を述べると、
「仕方ないでしょ、もう死んでるんだから殺人事件なんて起こりようがないし」
とツバキが唇を尖らせる。
それはそれで、平和なような、そうでないような。

「じゃあそういうわけで、よろしくね」
僕の、とんでもない夏休みが始まってしまった。 
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