丸藤さんは推理したい

鷲野ユキ

文字の大きさ
9 / 80
帰る道

帰る道-9

しおりを挟む
翌日母さんは仕事を休んだ。昨日、足を掴まれた、のだという。

母さんの細い足首には、確かに誰かに掴まれたかのような手の跡が赤くくっきり残っていた。
「痣になっちゃったみたいで……」
そこを隠すように母はシップを上から貼ると、「ほらもう学校行く時間でしょ」と僕を急かす。
「でも」

昨晩、あんなことがあったのだ。とても呑気に学校になんて行く気にもならない。それに、自分がいない間にまたあいつが来たら?そう考える一方、いたところでなんにもならないくせに、と責める声が聞こえる。

「そんな心配しなくても大丈夫よ、昨日転んだ時に腰を打っちゃっただけだから」
これが家に着く前だったら労災降りたかもだけど、残念ね。気丈に母は笑った。
本当は、母さんだって怖いだろうに。

「ちょっと眠いかもだけど、居眠りするんじゃないわよ」
更に急かされて、僕はしぶしぶ着替えた。面白みのない、画一的な制服。慌ててこちらに来たものだから、東京で行くつもりだった公立高校のよくあるデザインのものだった。
幸いだったのは、それゆえにこちらの学校の制服とさほど変わらずに済んだ点か。
こんな動きづらい服を、なんで皆一様に着させるのだろう。学校に行きたくない不満の矛先を制服に向けながら、いつも以上に時間をかけてそれを着る。白いシャツのなかに、あのペンダントを隠すのは忘れない。

誰も、昨日のアレについて触れようとしない。そのことが不気味だった。けれど、アレについて話すのはなんだか憚られた。玄関で靴を履き、昨日無理やりに閉めたドアのノブに手を伸ばす。

そして、思わず引っ込めた。まるで静電気に触れてしまったかのように、僕はパッと手を離した。この先に、アイツがいないとも限らないじゃないか。
覗き穴に目をやりたい気持ちを抑える。もし覗いて、何かいたら。

そうこうしているうちにお隣さんだろうか、元気な子供たちが慌ただしく扉を開けて、きゃあきゃあとうちの前を通っていく。
ということは、この扉の先には何もいないのだ。見えない扉の先に、朝っぱらから一人で怯える僕は馬鹿みたいだった。

「……行ってきます」
やる気のない僕の声に、答えるものは居なかった。なんだか空しい気持ちになって、僕は昨日のことなどまるでなかったかのような、元気な外の世界へ足を踏み出した。
玄関の外には昨日見た怪しい光など欠片もなく、眩しい光が差している、目の前を遮る大きな木からは、蝉があざ笑う声が聞こえる。

僕は、それに文句を言う気力もなかった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件

さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。 数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、 今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、 わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。 彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。 それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。 今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。   「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」 「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」 「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」 「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」   命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!? 順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場―― ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。   これは―― 【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と 【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、 “甘くて逃げ場のない生活”の物語。   ――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。 ※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

ヤンデレにデレてみた

果桃しろくろ
恋愛
母が、ヤンデレな義父と再婚した。 もれなく、ヤンデレな義弟がついてきた。

処理中です...