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帰る道
帰る道-6
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「たった一週間で?」
「別に時間をかけたからと言って、精度が上がるとは限らない」
ふてぶてしい笑みを浮かべながら、探偵はさっと片手を挙げて追い払うようなしぐさをした。どうやら帰れ、と言っているようだ。
犬じゃあるまいし、なんだかヤな感じ。
釈然としないながらも立ち上がる。あんなことを言っているけど、信用できるのだろうか。僕は疑心暗鬼になるのを隠せない。これからあの人たちは、天草の祖母の家を調査しにでも行くのだろうか。細かい場所なんて教えていないのに?
いや、もしかしたら。僕は一つの結論にたどり着く。
そうやって、適当にあしらっているだけなのかもしれない。面倒な子供のたわごとだと、やり過ごそうとしているのかもしれない。そうだ、僕は……いくら背伸びしたところで、大人にはなり切れない。
ちらと事務所内に再び目をやれば、ミサキがニコニコしながら手を振ってくれた。それさえもなんだか胡散臭く思えて、僕は軽く会釈して扉を押した。
ベルの音とともに、もわっとした夏の熱気が僕を襲った。思わず目をつぶる。そうだ、あの事務所は光が入ってた割にはなんだか暗かった。眩しさが僕を直撃する。
よろり、と足を踏み出して、階段を下りる。そのつもりだった。
「あれ?」
けれど思っていた場所にそれはなく、拍子抜けした足が虚空を蹴る。大きく身体のバランスを崩す。気づけば視線はずいぶんと下を向いていて、慌てて伸ばした手は手すりに届かない。
落ちる!
そう思った指先が何かに触れた。ずいぶんと冷たい。
「君、見た目の割にずいぶんトロいんだな」
僕の指を掴んだのは、少し慌てた様子の丸藤さんの手だった。その手が、僕の落ちかけた身体を引き上げる。
「あ、すみません……」
踊り場に足をつけ、途端に汗が噴き出した。いくら考え事をしてたからって、こんな――。
「……案外、本当に何かにとり憑かれてるのかもしれないな」
丸藤さんがぼそりと呟いた。そしてジャケットのポケットから何かを取り出す。
「とりあえず、これでも持ってろ」
渡されたのは、黒くつやのある石だった。
「……なんですか、これ」
「君はいちいち質問が多いな。人からなにかをもらったら、まずは礼だろう」
「だって、こんな怪しいの」
渡された石を、僕は片手でつまんだ。直径が一センチくらいの、ごつごつとした石ころ。日本史の教科書で見た、黒曜石のようにも見えた。
「まさか、やっぱりここは霊能事務所で、お守りって称して怪しい石を売りつけてるんじゃ」
「やだナオちゃん、あなたずいぶん疑り深いのね」
入り口でもめる僕らに気づいたのか、丸藤さんの後ろからミサキが頭をのぞかせた。
「ランちゃんがそんなうまい商売できるわけないじゃない」
ここ、毎月経営不振で火の車なのよぉ、と肩をすくめてからこうも言う。
「それに珍しいのよ、ランちゃんがこんなに人に親切なの」
「親切……?」
これで?と危うく言いかけた言葉を慌てて飲み込み、僕はひんやりとした手を思い出す。そうだ、少なくとも落ちそうになったところを助けてくれたわけではあるし。
「ありがとう、ございます」
なので大人しく礼を述べ、僕はその石をパンツのポケットに仕舞い込む。このまま忘れて洗濯しそうだな、と思ったのがバレたわけでもないだろうが、ミサキが
「そんなんじゃすぐ失くしちゃうわよ。ちょっと待ってて」
と言い残し、すぐに片手に何かを持って戻って来た。
「ちょっとそれ貸して」
言われるままに石を渡すと、ミサキはひもを器用に括りつける。あっという間にペンダントが出来上がった。
「ほら、おそろいね」
彼はひもを巻き付けた石を片手でつまみ、もう片方の手で、自分の胸元か何からを取り出した。それは夏の日差しを受けて、きらりと輝いて。
「まあ、アタシのやつのほうが、断然きれいだけど」
彼が手にしたのは、青く光る石。それが黒い石と同じように、紐をつけて首からさげられるようになっている。どこかで見たような……たぶん、テレビとか写真でだろうけれど、きれいな海の色みたいで、思わず目を吸い寄せられる。
「ごめんね、このきれいなのはあげられないんだけど」
いそいそと青い石を仕舞いながらミサキは言う。
「こんな真っ黒のでも、こうやって首にかけて……あら、結構似合ってるじゃない」
僕の意向になどお構いなく、ミサキがそれを僕の首に掛ける。ちっともかわいくないペンダントは、けれどことのほか今日着ている淡い青のシャツに良く映えていた。
「もらっちゃっていいんですか?」
「そのつもりで渡した。失くすなよ」
しかめっつらで丸藤さんが言い放つ。失くしたら、どうなるんだろう。恐る恐る石をつまむ僕に、
「まあお守りみたいなものね。大切に持っててちょうだい」とミサキが猫撫で声で言った。そして、「その方が、アタシたちにとっても都合がいいわけだし」とも。
その声が、やっぱりちょっと胡散臭い。
こんな石を渡してくるだなんて。やっぱり、怪しい霊能事務所だったんじゃないか。
僕は黒い石を光にかざし、指先ではじく。紐の先でそれが揺れる。
「……あまり乱暴に扱うな」
丸藤さんがなぜか眉をしかめたので、僕は慌ててそれを服のなかに仕舞い込んだ。
なんだか、とんでもないものをもらってしまった気がする。
「別に時間をかけたからと言って、精度が上がるとは限らない」
ふてぶてしい笑みを浮かべながら、探偵はさっと片手を挙げて追い払うようなしぐさをした。どうやら帰れ、と言っているようだ。
犬じゃあるまいし、なんだかヤな感じ。
釈然としないながらも立ち上がる。あんなことを言っているけど、信用できるのだろうか。僕は疑心暗鬼になるのを隠せない。これからあの人たちは、天草の祖母の家を調査しにでも行くのだろうか。細かい場所なんて教えていないのに?
いや、もしかしたら。僕は一つの結論にたどり着く。
そうやって、適当にあしらっているだけなのかもしれない。面倒な子供のたわごとだと、やり過ごそうとしているのかもしれない。そうだ、僕は……いくら背伸びしたところで、大人にはなり切れない。
ちらと事務所内に再び目をやれば、ミサキがニコニコしながら手を振ってくれた。それさえもなんだか胡散臭く思えて、僕は軽く会釈して扉を押した。
ベルの音とともに、もわっとした夏の熱気が僕を襲った。思わず目をつぶる。そうだ、あの事務所は光が入ってた割にはなんだか暗かった。眩しさが僕を直撃する。
よろり、と足を踏み出して、階段を下りる。そのつもりだった。
「あれ?」
けれど思っていた場所にそれはなく、拍子抜けした足が虚空を蹴る。大きく身体のバランスを崩す。気づけば視線はずいぶんと下を向いていて、慌てて伸ばした手は手すりに届かない。
落ちる!
そう思った指先が何かに触れた。ずいぶんと冷たい。
「君、見た目の割にずいぶんトロいんだな」
僕の指を掴んだのは、少し慌てた様子の丸藤さんの手だった。その手が、僕の落ちかけた身体を引き上げる。
「あ、すみません……」
踊り場に足をつけ、途端に汗が噴き出した。いくら考え事をしてたからって、こんな――。
「……案外、本当に何かにとり憑かれてるのかもしれないな」
丸藤さんがぼそりと呟いた。そしてジャケットのポケットから何かを取り出す。
「とりあえず、これでも持ってろ」
渡されたのは、黒くつやのある石だった。
「……なんですか、これ」
「君はいちいち質問が多いな。人からなにかをもらったら、まずは礼だろう」
「だって、こんな怪しいの」
渡された石を、僕は片手でつまんだ。直径が一センチくらいの、ごつごつとした石ころ。日本史の教科書で見た、黒曜石のようにも見えた。
「まさか、やっぱりここは霊能事務所で、お守りって称して怪しい石を売りつけてるんじゃ」
「やだナオちゃん、あなたずいぶん疑り深いのね」
入り口でもめる僕らに気づいたのか、丸藤さんの後ろからミサキが頭をのぞかせた。
「ランちゃんがそんなうまい商売できるわけないじゃない」
ここ、毎月経営不振で火の車なのよぉ、と肩をすくめてからこうも言う。
「それに珍しいのよ、ランちゃんがこんなに人に親切なの」
「親切……?」
これで?と危うく言いかけた言葉を慌てて飲み込み、僕はひんやりとした手を思い出す。そうだ、少なくとも落ちそうになったところを助けてくれたわけではあるし。
「ありがとう、ございます」
なので大人しく礼を述べ、僕はその石をパンツのポケットに仕舞い込む。このまま忘れて洗濯しそうだな、と思ったのがバレたわけでもないだろうが、ミサキが
「そんなんじゃすぐ失くしちゃうわよ。ちょっと待ってて」
と言い残し、すぐに片手に何かを持って戻って来た。
「ちょっとそれ貸して」
言われるままに石を渡すと、ミサキはひもを器用に括りつける。あっという間にペンダントが出来上がった。
「ほら、おそろいね」
彼はひもを巻き付けた石を片手でつまみ、もう片方の手で、自分の胸元か何からを取り出した。それは夏の日差しを受けて、きらりと輝いて。
「まあ、アタシのやつのほうが、断然きれいだけど」
彼が手にしたのは、青く光る石。それが黒い石と同じように、紐をつけて首からさげられるようになっている。どこかで見たような……たぶん、テレビとか写真でだろうけれど、きれいな海の色みたいで、思わず目を吸い寄せられる。
「ごめんね、このきれいなのはあげられないんだけど」
いそいそと青い石を仕舞いながらミサキは言う。
「こんな真っ黒のでも、こうやって首にかけて……あら、結構似合ってるじゃない」
僕の意向になどお構いなく、ミサキがそれを僕の首に掛ける。ちっともかわいくないペンダントは、けれどことのほか今日着ている淡い青のシャツに良く映えていた。
「もらっちゃっていいんですか?」
「そのつもりで渡した。失くすなよ」
しかめっつらで丸藤さんが言い放つ。失くしたら、どうなるんだろう。恐る恐る石をつまむ僕に、
「まあお守りみたいなものね。大切に持っててちょうだい」とミサキが猫撫で声で言った。そして、「その方が、アタシたちにとっても都合がいいわけだし」とも。
その声が、やっぱりちょっと胡散臭い。
こんな石を渡してくるだなんて。やっぱり、怪しい霊能事務所だったんじゃないか。
僕は黒い石を光にかざし、指先ではじく。紐の先でそれが揺れる。
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