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終章
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「あ、電波立ってる!」
どうやら朝の訪れとともに、吹雪も止んだらしい。それと同時に携帯電話が復旧し、華ちゃんがあわただしく結城刑事に連絡してくれた。
「もう向かってるって。あと少しで着くから、犯人を拘束しといてってさ」
「たぶん大丈夫だと思うけど、佐倉さんは」
佐倉さんには、犬尾さんと四十八願さんに付いてもらっている。逃げることはないだろうけれど、万一自害などされても困る。彼女には、罪を償ってもらわなければ。まだ彼女を恋人の元へと送ってやることはできなかった。
「それにしても良かったね、社くん。首が取れて死なずに済んで」
「ほんと良かったよ……」
どうやら萌音は、あれを事件解決とみなしてくれたらしい。その後鏡で首元を見てみるものの、特に変わった様子もなかった。あるいは、そもそも呪いは掛けられていなかったのか。口の裂けた萌音の姿は、社の中にいた修が、極端に怯えた結果見せた幻だったのかもしれない。
「でもなんで、茉緒さんは杏里さんを保護したんだろ。まして自分の死んだ息子としてかくまっていたなんて」
吹雪が止み、朝日を受けてキラキラと光り輝く一面の雪原を眺めながら華ちゃんが呟いた。その先には昨日は全く姿を現さなかった海が、何事もなかったかのように穏やかな顔を見せている。玄関ホールは開け放たれ、社長と鶴野さんが車が動かせるかどうかの点検をしていた。
「だって、自分の息子を妹の娘が食べるんでしょう?そんなの耐えられるわけない、おかしいじゃない。その妹の息子を守るだなんて、私だったら嫌よ、そんなことしない」
「それは、杏里さんが止めようとしてくれたからなんじゃないかなぁ」
これは僕の想像だけど、と付け加える。
「結果的には佐倉さんの手でギシキは中断したけれど、ほんとは茉緒さんも、婿入りした誠一さんも儀式はおかしいって思ってたんじゃないかな。それに、美緒さんが馬虎さんと結ばれるのと引き換えに、すべてを金雄さんに明け渡した。たぶん、美緒さんも茉緒さんも、金雄さんは儀式を終わらせてくれると思ってたのかもしれない。なにせ初めて例外に目を瞑ってくれた人だもの」
「そう思うと、鈴鐘家に婿入りする人は相当だよね」
だって奥さんが人を食べちゃうんでしょ?と華ちゃんがうげえ、という顔をしながら言った。「あらかじめ結婚する前に教えてもらうのかな?」
「たぶん、知らされてないんじゃないかな。じゃなきゃいくらお金持ちったって結婚なんてしないだろ。それに、もしかしたらなんだけど、人を食べるのは花嫁だけじゃなくて全員なんじゃないかな」
社は思い描く。地下の厨房。解体した肉は、あそこで調理されて振る舞われたのではないだろうか。あるいは殺されてしまった佐倉さんの婚約者も、そのことを知っていたのかもしれない。
「全員?まさか、お婿さんも?」
「そう。そうやって犯罪の片棒を担がせるんだ。万一お婿さんが拒否しても、あの城に閉じ込めておけばいい」
「もしかして、殺しちゃうってこと?」
「かもしれない。どちらにせよ、鈴鐘家では男は種馬といっしょだろ、跡継ぎの女の子を産むために入るだけなんだから」
おそらくそれは、愛だとかとは無縁なものだろう。けれど美緒さんは違った。
「金雄さんはきっと鈴鐘家の悪習を終わらせてくれる。そう思っていたのに、金雄さんは暴走してしまった。事業の失敗を魔女のせいにして、ギシキを復活させてしまった」
「茉緒さんたち、止めなかったのかな」
「止めたのかもしれない。でも、今や鈴鐘家を牛耳っているのは金雄だ。その彼の言うなりになるしかなかったのかもしれない。しかも彼は新たな妻まで娶った。前妻との子の萌音は、ただの金雄の道具になってしまった」
「きっと、八重さんを身代わりになんてしないで、あの時断ち切ってしまえばこんなことにはならなかったんだろうね」
「ああ、佐倉さんの言った通りだよ。誰かを犠牲にして得る幸せなんて、やっぱりろくなもんじゃないんだ」
空の青さと地面の白の世界に、ブルルルルル、という音とともにヘリコプターがやってきた。白と黒のそれは、青い空に良く映えていた。
「警察だ!」
「これで一安心じゃの」
その姿を認め、手を止め社長が社らの元へとやってきた。癖なのか、着物の袂をまさぐって、タバコがないことを確認したらしい。はあ、と深く息を吐くと腕を組み渋い顔で言った。
「じゃが、この城。どうしたものかの」
「そうですね、超事故物件ですよね。幽霊はもういないみたいですけど」
「そうですわねぇ、修繕もしなきゃいけないでしょうし、ホテル経営は難しいかもしれませんわ」
大赤字ですわね社長、とにっこり笑う鶴野さんのこぶしは固く握りしめられていた。怖い。
「そうじゃの、いや申し訳ない、しかし売却するにしてものぉ、しばらくほとぼりが冷めてからじゃないとのぉ」
なにせ今回と十年前の事件以外にも、ギシキによって人の命が奪われ続けてきた城なのだ。その後警察によって城の中央、睡蓮の池に大量の人骨が発見されたという。一体何人の命が失われたのだろう。
「じゃあ、社長の別荘にでもしたらどうですか?そうしたら私、毎週末遊びに来ますから!」
「ふむ、そうしようかの。維持費・管理費・使用料は宮守君のボーナスから天引きするということで……」
「なんでそうなるんですか!」
降りてきたヘリに向かいながら、社は一度城を振り向いた。呪われた魔女の城。効くかどうかはわからないけれど、社は祝詞を唱えていた。鼻声のような小さな声で。
どうか、高原天で穏やかにすごせますように。あるいは、輪廻転生が本当にあるのならば、彼女が望んだように、早いとこ生まれ変わって人気モデルにでもなんにでもなれますように。そして、この城で失われたすべての命に安寧を。
神社の仕事、少しは手伝おうかな。そう思いながら社は前を向いた。
どうやら朝の訪れとともに、吹雪も止んだらしい。それと同時に携帯電話が復旧し、華ちゃんがあわただしく結城刑事に連絡してくれた。
「もう向かってるって。あと少しで着くから、犯人を拘束しといてってさ」
「たぶん大丈夫だと思うけど、佐倉さんは」
佐倉さんには、犬尾さんと四十八願さんに付いてもらっている。逃げることはないだろうけれど、万一自害などされても困る。彼女には、罪を償ってもらわなければ。まだ彼女を恋人の元へと送ってやることはできなかった。
「それにしても良かったね、社くん。首が取れて死なずに済んで」
「ほんと良かったよ……」
どうやら萌音は、あれを事件解決とみなしてくれたらしい。その後鏡で首元を見てみるものの、特に変わった様子もなかった。あるいは、そもそも呪いは掛けられていなかったのか。口の裂けた萌音の姿は、社の中にいた修が、極端に怯えた結果見せた幻だったのかもしれない。
「でもなんで、茉緒さんは杏里さんを保護したんだろ。まして自分の死んだ息子としてかくまっていたなんて」
吹雪が止み、朝日を受けてキラキラと光り輝く一面の雪原を眺めながら華ちゃんが呟いた。その先には昨日は全く姿を現さなかった海が、何事もなかったかのように穏やかな顔を見せている。玄関ホールは開け放たれ、社長と鶴野さんが車が動かせるかどうかの点検をしていた。
「だって、自分の息子を妹の娘が食べるんでしょう?そんなの耐えられるわけない、おかしいじゃない。その妹の息子を守るだなんて、私だったら嫌よ、そんなことしない」
「それは、杏里さんが止めようとしてくれたからなんじゃないかなぁ」
これは僕の想像だけど、と付け加える。
「結果的には佐倉さんの手でギシキは中断したけれど、ほんとは茉緒さんも、婿入りした誠一さんも儀式はおかしいって思ってたんじゃないかな。それに、美緒さんが馬虎さんと結ばれるのと引き換えに、すべてを金雄さんに明け渡した。たぶん、美緒さんも茉緒さんも、金雄さんは儀式を終わらせてくれると思ってたのかもしれない。なにせ初めて例外に目を瞑ってくれた人だもの」
「そう思うと、鈴鐘家に婿入りする人は相当だよね」
だって奥さんが人を食べちゃうんでしょ?と華ちゃんがうげえ、という顔をしながら言った。「あらかじめ結婚する前に教えてもらうのかな?」
「たぶん、知らされてないんじゃないかな。じゃなきゃいくらお金持ちったって結婚なんてしないだろ。それに、もしかしたらなんだけど、人を食べるのは花嫁だけじゃなくて全員なんじゃないかな」
社は思い描く。地下の厨房。解体した肉は、あそこで調理されて振る舞われたのではないだろうか。あるいは殺されてしまった佐倉さんの婚約者も、そのことを知っていたのかもしれない。
「全員?まさか、お婿さんも?」
「そう。そうやって犯罪の片棒を担がせるんだ。万一お婿さんが拒否しても、あの城に閉じ込めておけばいい」
「もしかして、殺しちゃうってこと?」
「かもしれない。どちらにせよ、鈴鐘家では男は種馬といっしょだろ、跡継ぎの女の子を産むために入るだけなんだから」
おそらくそれは、愛だとかとは無縁なものだろう。けれど美緒さんは違った。
「金雄さんはきっと鈴鐘家の悪習を終わらせてくれる。そう思っていたのに、金雄さんは暴走してしまった。事業の失敗を魔女のせいにして、ギシキを復活させてしまった」
「茉緒さんたち、止めなかったのかな」
「止めたのかもしれない。でも、今や鈴鐘家を牛耳っているのは金雄だ。その彼の言うなりになるしかなかったのかもしれない。しかも彼は新たな妻まで娶った。前妻との子の萌音は、ただの金雄の道具になってしまった」
「きっと、八重さんを身代わりになんてしないで、あの時断ち切ってしまえばこんなことにはならなかったんだろうね」
「ああ、佐倉さんの言った通りだよ。誰かを犠牲にして得る幸せなんて、やっぱりろくなもんじゃないんだ」
空の青さと地面の白の世界に、ブルルルルル、という音とともにヘリコプターがやってきた。白と黒のそれは、青い空に良く映えていた。
「警察だ!」
「これで一安心じゃの」
その姿を認め、手を止め社長が社らの元へとやってきた。癖なのか、着物の袂をまさぐって、タバコがないことを確認したらしい。はあ、と深く息を吐くと腕を組み渋い顔で言った。
「じゃが、この城。どうしたものかの」
「そうですね、超事故物件ですよね。幽霊はもういないみたいですけど」
「そうですわねぇ、修繕もしなきゃいけないでしょうし、ホテル経営は難しいかもしれませんわ」
大赤字ですわね社長、とにっこり笑う鶴野さんのこぶしは固く握りしめられていた。怖い。
「そうじゃの、いや申し訳ない、しかし売却するにしてものぉ、しばらくほとぼりが冷めてからじゃないとのぉ」
なにせ今回と十年前の事件以外にも、ギシキによって人の命が奪われ続けてきた城なのだ。その後警察によって城の中央、睡蓮の池に大量の人骨が発見されたという。一体何人の命が失われたのだろう。
「じゃあ、社長の別荘にでもしたらどうですか?そうしたら私、毎週末遊びに来ますから!」
「ふむ、そうしようかの。維持費・管理費・使用料は宮守君のボーナスから天引きするということで……」
「なんでそうなるんですか!」
降りてきたヘリに向かいながら、社は一度城を振り向いた。呪われた魔女の城。効くかどうかはわからないけれど、社は祝詞を唱えていた。鼻声のような小さな声で。
どうか、高原天で穏やかにすごせますように。あるいは、輪廻転生が本当にあるのならば、彼女が望んだように、早いとこ生まれ変わって人気モデルにでもなんにでもなれますように。そして、この城で失われたすべての命に安寧を。
神社の仕事、少しは手伝おうかな。そう思いながら社は前を向いた。
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