66 / 77
業火7
しおりを挟む
「そうそう、トイレの火事ね、一個違和感があってね」
「違和感?」
「普通トイレって、用を足すために下着を脱いで便座に腰掛けるじゃない。けど佐倉さん、下着ちゃんと履いてたのよね」
そんなの、いつの間に見ていたのだろう。華ちゃんは目ざとい。
「そうだけど、でも佐倉さんはガウンを着てただろ?あれならズボンみたいに穿くのに苦労しないじゃないか。隣の個室が燃やされているのに気付いた佐倉さんは慌てて個室から出ようとした、けれどなぜか扉が開かない。犯人が出られないように細工したからね。で、そこでとりあえず下着を上にずり上げた。下げたままだと動きづらいだろ」
寝坊して会社に遅刻しそうになり、トイレに入るもズボンを上げる間も惜しんで個室から駆け出して案の定、足を捕られ盛大に転んだ経験が社にはある。
「でも、死ぬか生きるかの瀬戸際にパンツなんて気にしてられるかなぁ」
と一方佐倉さんと同じ女性の華ちゃんは、恥じらいはかなぐり捨てる派らしい。
「途中、佐倉さんは諦めちゃったんじゃないかな、ああ、このままでは私も炎に巻かれて死んでしまう。ならばせめて人に見つけてもらった時、大丈夫なようにしておこうって」
「死ぬ前に身支度を整えるなんてまるで自殺じゃん。といっても佐倉さんはまだ亡くなってはいないけれど」
「自殺ねぇ。茉緒さんを巻き込んでまで自殺するような人には見えなかったけど」
それよりは、夫を亡くしたことを悲観した茉緒さんが自殺したほうがまだしっくりくる。
「そもそも、『お前の正体を知っている』ってメッセージが落ちてたんだ、自殺じゃないだろ」
「それなんだけどさ、この『お前』って言うのは一人を指してるんだよね?」
「そうじゃないのかな。二人以上だったら『お前ら』になるだろ」
「ってことは、やっぱり佐倉さんは巻き添えを食っただけってこと?」
「そうだろ。だから湯布院さんは満足して捕まる前に自殺した」
「うーん。じゃあ、死んではないけど、佐倉さんの部屋のボヤ騒ぎと犬尾さんの部屋のドリアン騒ぎ。あれも湯布院さんのしわざ?」
「そうなんじゃないかな」
華ちゃんはなにやら考え込んでいるのか、グルグルと首を回している。
「黄水晶の間のシャンデリアが落ちた理由は、前に説明した方法で合ってると思うんだ」
ぐちゃぐちゃになった室内を見回して、彼女は何か納得したかのようにうなずいた。
「だってシャンデリアから離れたカーテンレールがあんなふうにゆがむのは不自然だし、それに部屋の宿泊客がそれをやったって言うのが一番簡単だもの」
理由だって、寿社長に損害賠償を請求するためで合ってると思うんだけど。そう続けた後、「でも自分の部屋だけそんなことをしたら不自然じゃない。寿社長のスリッパにガラスが入れられてたでしょ?それに対して湯布院さん、『自作自演なんじゃないか』って言ってたじゃない。まさにそれよ」
と指を鳴らした。
「その、黒い石のついた鍵が無くなったマスターキーだって言うなら、もしかして社長に嫌がらせしたのも湯布院さん?」
「そうじゃないかな。疑いの目を自分に向けさせないために、寿社長にいかにも自作自演っぽいことをしたように見せた。そうやって寿さんを怪しい人物に仕立てて、全部の事件を社長がやったかのように見せかけようとしてたのかも」
「そんなややこしいことしてどうするんだよ」
「湯布院さんの目的は、あくまでも寿社長からお金をもらうこと。その為に、自分をあえて危ない目にあわせた。けれど自分一人だけじゃ自作自演だとあからさまに疑われてしまう」
そりゃそうだろう。
「だから湯布院さんは、マスターキーを使って佐倉さんの部屋の暖炉に火事を起こし、犬尾さんの部屋の薪を湿らせた。他にも設備不備で被害者が出たと見せるために。けれどこの二人に対しては殺意はなかったんだと思う。現に犬尾さんの部屋にはドリアンが置かれていて、犬尾さんはその臭いのおかげで死なずに済んだ。あと、ドリアンなんだけど」
そこでわざわざ言葉を区切ると、華ちゃんはもったいぶって続けた。
「多分雪の中に入れて暖炉の中に入れたんじゃないかな。そうしたら徐々に雪が溶けて薪が湿るし、それに比例して部屋が臭くなってくじゃない」
なるほど、それでドリアンは少し焦げていたのか。
とそこまで推理を披露したものの、腑に落ちない点でもあったのか華ちゃんが首を傾げている。
「でも、どうやってドリアンなんて持ってきたんだろ」
「誠一さんが亡くなった時、温泉に犬尾さんがいてさ。こう言ってたんだ、湯布院さんが大量の食べ物を抱えてたって」
「食べ物って。じゃあ、湯布院さんはあのホール下の厨房のことを知ってたってこと?」
「なにせギシキについてなにか調べ上げてたんだ、それくらい朝飯前なんじゃないのか?」
「なるほど。で、今度は強い恨みを持って鈴鐘家の人たちを手にかけた事件。湯布院さんはやっぱりお金をせびるために、鈴鐘家の秘密の儀式について調べていた、と」
「今のところ、そこで何かがあって馬虎さんたちを殺したって流れだけれど」
「うーん、やっぱり儀式に秘密があるんだろうなぁ。今回の事件も、十年前の事件も」
「でも、もう鈴鐘家の人間は……」
「修だけ、か。話してくれるかはわからないけど、聞くだけ聞きに行ってみよう」
「萌音ちゃんの件も解明するなら、やっぱりそこは明らかにしておかないとだし」
華ちゃんがそう言って社の首元を見たのは多分気のせいではないだろう。礼服から装束に着替えたので、隠せていた首元は今や露わとなっている。一体どんなふうになってしまっているのか、社は確認したくもなかった。
「違和感?」
「普通トイレって、用を足すために下着を脱いで便座に腰掛けるじゃない。けど佐倉さん、下着ちゃんと履いてたのよね」
そんなの、いつの間に見ていたのだろう。華ちゃんは目ざとい。
「そうだけど、でも佐倉さんはガウンを着てただろ?あれならズボンみたいに穿くのに苦労しないじゃないか。隣の個室が燃やされているのに気付いた佐倉さんは慌てて個室から出ようとした、けれどなぜか扉が開かない。犯人が出られないように細工したからね。で、そこでとりあえず下着を上にずり上げた。下げたままだと動きづらいだろ」
寝坊して会社に遅刻しそうになり、トイレに入るもズボンを上げる間も惜しんで個室から駆け出して案の定、足を捕られ盛大に転んだ経験が社にはある。
「でも、死ぬか生きるかの瀬戸際にパンツなんて気にしてられるかなぁ」
と一方佐倉さんと同じ女性の華ちゃんは、恥じらいはかなぐり捨てる派らしい。
「途中、佐倉さんは諦めちゃったんじゃないかな、ああ、このままでは私も炎に巻かれて死んでしまう。ならばせめて人に見つけてもらった時、大丈夫なようにしておこうって」
「死ぬ前に身支度を整えるなんてまるで自殺じゃん。といっても佐倉さんはまだ亡くなってはいないけれど」
「自殺ねぇ。茉緒さんを巻き込んでまで自殺するような人には見えなかったけど」
それよりは、夫を亡くしたことを悲観した茉緒さんが自殺したほうがまだしっくりくる。
「そもそも、『お前の正体を知っている』ってメッセージが落ちてたんだ、自殺じゃないだろ」
「それなんだけどさ、この『お前』って言うのは一人を指してるんだよね?」
「そうじゃないのかな。二人以上だったら『お前ら』になるだろ」
「ってことは、やっぱり佐倉さんは巻き添えを食っただけってこと?」
「そうだろ。だから湯布院さんは満足して捕まる前に自殺した」
「うーん。じゃあ、死んではないけど、佐倉さんの部屋のボヤ騒ぎと犬尾さんの部屋のドリアン騒ぎ。あれも湯布院さんのしわざ?」
「そうなんじゃないかな」
華ちゃんはなにやら考え込んでいるのか、グルグルと首を回している。
「黄水晶の間のシャンデリアが落ちた理由は、前に説明した方法で合ってると思うんだ」
ぐちゃぐちゃになった室内を見回して、彼女は何か納得したかのようにうなずいた。
「だってシャンデリアから離れたカーテンレールがあんなふうにゆがむのは不自然だし、それに部屋の宿泊客がそれをやったって言うのが一番簡単だもの」
理由だって、寿社長に損害賠償を請求するためで合ってると思うんだけど。そう続けた後、「でも自分の部屋だけそんなことをしたら不自然じゃない。寿社長のスリッパにガラスが入れられてたでしょ?それに対して湯布院さん、『自作自演なんじゃないか』って言ってたじゃない。まさにそれよ」
と指を鳴らした。
「その、黒い石のついた鍵が無くなったマスターキーだって言うなら、もしかして社長に嫌がらせしたのも湯布院さん?」
「そうじゃないかな。疑いの目を自分に向けさせないために、寿社長にいかにも自作自演っぽいことをしたように見せた。そうやって寿さんを怪しい人物に仕立てて、全部の事件を社長がやったかのように見せかけようとしてたのかも」
「そんなややこしいことしてどうするんだよ」
「湯布院さんの目的は、あくまでも寿社長からお金をもらうこと。その為に、自分をあえて危ない目にあわせた。けれど自分一人だけじゃ自作自演だとあからさまに疑われてしまう」
そりゃそうだろう。
「だから湯布院さんは、マスターキーを使って佐倉さんの部屋の暖炉に火事を起こし、犬尾さんの部屋の薪を湿らせた。他にも設備不備で被害者が出たと見せるために。けれどこの二人に対しては殺意はなかったんだと思う。現に犬尾さんの部屋にはドリアンが置かれていて、犬尾さんはその臭いのおかげで死なずに済んだ。あと、ドリアンなんだけど」
そこでわざわざ言葉を区切ると、華ちゃんはもったいぶって続けた。
「多分雪の中に入れて暖炉の中に入れたんじゃないかな。そうしたら徐々に雪が溶けて薪が湿るし、それに比例して部屋が臭くなってくじゃない」
なるほど、それでドリアンは少し焦げていたのか。
とそこまで推理を披露したものの、腑に落ちない点でもあったのか華ちゃんが首を傾げている。
「でも、どうやってドリアンなんて持ってきたんだろ」
「誠一さんが亡くなった時、温泉に犬尾さんがいてさ。こう言ってたんだ、湯布院さんが大量の食べ物を抱えてたって」
「食べ物って。じゃあ、湯布院さんはあのホール下の厨房のことを知ってたってこと?」
「なにせギシキについてなにか調べ上げてたんだ、それくらい朝飯前なんじゃないのか?」
「なるほど。で、今度は強い恨みを持って鈴鐘家の人たちを手にかけた事件。湯布院さんはやっぱりお金をせびるために、鈴鐘家の秘密の儀式について調べていた、と」
「今のところ、そこで何かがあって馬虎さんたちを殺したって流れだけれど」
「うーん、やっぱり儀式に秘密があるんだろうなぁ。今回の事件も、十年前の事件も」
「でも、もう鈴鐘家の人間は……」
「修だけ、か。話してくれるかはわからないけど、聞くだけ聞きに行ってみよう」
「萌音ちゃんの件も解明するなら、やっぱりそこは明らかにしておかないとだし」
華ちゃんがそう言って社の首元を見たのは多分気のせいではないだろう。礼服から装束に着替えたので、隠せていた首元は今や露わとなっている。一体どんなふうになってしまっているのか、社は確認したくもなかった。
0
お気に入りに追加
10
あなたにおすすめの小説
パラダイス・ロスト
真波馨
ミステリー
架空都市K県でスーツケースに詰められた男の遺体が発見される。殺された男は、県警公安課のエスだった――K県警公安第三課に所属する公安警察官・新宮時也を主人公とした警察小説の第一作目。
※旧作『パラダイス・ロスト』を加筆修正した作品です。大幅な内容の変更はなく、一部設定が変更されています。旧作版は〈小説家になろう〉〈カクヨム〉にのみ掲載しています。
時の呪縛
葉羽
ミステリー
山間の孤立した村にある古びた時計塔。かつてこの村は繁栄していたが、失踪事件が連続して発生したことで、村人たちは恐れを抱き、時計塔は放置されたままとなった。17歳の天才高校生・神藤葉羽は、友人に誘われてこの村を訪れることになる。そこで彼は、幼馴染の望月彩由美と共に、村の秘密に迫ることになる。
葉羽と彩由美は、失踪事件に関する不気味な噂を耳にし、時計塔に隠された真実を解明しようとする。しかし、時計塔の内部には、過去の記憶を呼び起こす仕掛けが待ち受けていた。彼らは、時間が歪み、過去の失踪者たちの幻影に直面する中で、次第に自らの心の奥底に潜む恐怖と向き合わせることになる。
果たして、彼らは村の呪いを解き明かし、失踪事件の真相に辿り着けるのか?そして、彼らの友情と恋心は試される。緊迫感あふれる謎解きと心理的恐怖が交錯する本格推理小説。
無限の迷路
葉羽
ミステリー
豪華なパーティーが開催された大邸宅で、一人の招待客が密室の中で死亡して発見される。部屋は内側から完全に施錠されており、窓も塞がれている。調査を進める中、次々と現れる証拠品や証言が事件をますます複雑にしていく。
影の多重奏:神藤葉羽と消えた記憶の螺旋
葉羽
ミステリー
天才高校生・神藤葉羽は、幼馴染の望月彩由美と共に平穏な日常を送っていた。しかし、ある日を境に、葉羽の周囲で不可解な出来事が起こり始める。それは、まるで悪夢のような、現実と虚構の境界が曖昧になる恐怖の連鎖だった。記憶の断片、多重人格、そして暗示。葉羽は、消えた記憶の螺旋を辿り、幼馴染と共に惨劇の真相へと迫る。だが、その先には、想像を絶する真実が待ち受けていた。
仮題「難解な推理小説」
葉羽
ミステリー
主人公の神藤葉羽は、鋭い推理力を持つ高校2年生。日常の出来事に対して飽き飽きし、常に何か新しい刺激を求めています。特に推理小説が好きで、複雑な謎解きを楽しみながら、現実世界でも人々の行動を予測し、楽しむことを得意としています。
クラスメートの望月彩由美は、葉羽とは対照的に明るく、恋愛漫画が好きな女の子。葉羽の推理力に感心しつつも、彼の少し変わった一面を心配しています。
ある日、葉羽はいつものように推理を楽しんでいる最中、クラスメートの行動を正確に予測し、彩由美を驚かせます。しかし、葉羽は内心では、この退屈な日常に飽き飽きしており、何か刺激的な出来事が起こることを期待しています。
若月骨董店若旦那の事件簿~水晶盤の宵~
七瀬京
ミステリー
秋。若月骨董店に、骨董鑑定の仕事が舞い込んできた。持ち込まれた品を見て、骨董屋の息子である春宵(しゅんゆう)は驚愕する。
依頼人はその依頼の品を『鬼の剥製』だという。
依頼人は高浜祥子。そして持ち主は、高浜祥子の遠縁に当たるという橿原京香(かしはらみやこ)という女だった。
橿原家は、水産業を営みそれなりの財産もあるという家だった。しかし、水産業で繁盛していると言うだけではなく、橿原京香が嫁いできてから、ろくな事がおきた事が無いという事でも、有名な家だった。
そして、春宵は、『鬼の剥製』を一目見たときから、ある事実に気が付いていた。この『鬼の剥製』が、本物の人間を使っているという事実だった………。
秋を舞台にした『鬼の剥製』と一人の女の物語。
一輪の廃墟好き 第一部
流川おるたな
ミステリー
僕の名前は荒木咲一輪(あらきざきいちりん)。
単に好きなのか因縁か、僕には廃墟探索という変わった趣味がある。
年齢25歳と社会的には完全な若造であるけれど、希少な探偵家業を生業としている歴とした個人事業者だ。
こんな風変わりな僕が廃墟を探索したり事件を追ったりするわけだが、何を隠そう犯人の特定率は今のところ百発百中100%なのである。
年齢からして担当した事件の数こそ少ないものの、特定率100%という素晴らしい実績を残せた秘密は僕の持つ特別な能力にあった...
隅の麗人 Case.1 怠惰な死体
久浄 要
ミステリー
東京は丸の内。
オフィスビルの地階にひっそりと佇む、暖色系の仄かな灯りが点る静かなショットバー『Huster』(ハスター)。
事件記者の東城達也と刑事の西園寺和也は、そこで車椅子を傍らに、いつも同じ席にいる美しくも怪しげな女に出会う。
東京駅の丸の内南口のコインロッカーに遺棄された黒いキャリーバッグ。そこに入っていたのは世にも奇妙な謎の死体。
死体に呼応するかのように東京、神奈川、埼玉、千葉の民家からは男女二人の異様なバラバラ死体が次々と発見されていく。
2014年1月。
とある新興宗教団体にまつわる、一都三県に跨がった恐るべき事件の顛末を描く『怠惰な死体』。
難解にしてマニアック。名状しがたい悪夢のような複雑怪奇な事件の謎に、個性豊かな三人の男女が挑む『隅の麗人』シリーズ第1段!
カバーイラスト 歩いちご
※『隅の麗人』をエピソード毎に分割した作品です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる