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業火7

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「そうそう、トイレの火事ね、一個違和感があってね」
「違和感?」
「普通トイレって、用を足すために下着を脱いで便座に腰掛けるじゃない。けど佐倉さん、下着ちゃんと履いてたのよね」
 そんなの、いつの間に見ていたのだろう。華ちゃんは目ざとい。
「そうだけど、でも佐倉さんはガウンを着てただろ?あれならズボンみたいに穿くのに苦労しないじゃないか。隣の個室が燃やされているのに気付いた佐倉さんは慌てて個室から出ようとした、けれどなぜか扉が開かない。犯人が出られないように細工したからね。で、そこでとりあえず下着を上にずり上げた。下げたままだと動きづらいだろ」
 寝坊して会社に遅刻しそうになり、トイレに入るもズボンを上げる間も惜しんで個室から駆け出して案の定、足を捕られ盛大に転んだ経験が社にはある。
「でも、死ぬか生きるかの瀬戸際にパンツなんて気にしてられるかなぁ」
 と一方佐倉さんと同じ女性の華ちゃんは、恥じらいはかなぐり捨てる派らしい。
「途中、佐倉さんは諦めちゃったんじゃないかな、ああ、このままでは私も炎に巻かれて死んでしまう。ならばせめて人に見つけてもらった時、大丈夫なようにしておこうって」
「死ぬ前に身支度を整えるなんてまるで自殺じゃん。といっても佐倉さんはまだ亡くなってはいないけれど」
「自殺ねぇ。茉緒さんを巻き込んでまで自殺するような人には見えなかったけど」
 それよりは、夫を亡くしたことを悲観した茉緒さんが自殺したほうがまだしっくりくる。
「そもそも、『お前の正体を知っている』ってメッセージが落ちてたんだ、自殺じゃないだろ」
「それなんだけどさ、この『お前』って言うのは一人を指してるんだよね?」
「そうじゃないのかな。二人以上だったら『お前ら』になるだろ」
「ってことは、やっぱり佐倉さんは巻き添えを食っただけってこと?」
「そうだろ。だから湯布院さんは満足して捕まる前に自殺した」
「うーん。じゃあ、死んではないけど、佐倉さんの部屋のボヤ騒ぎと犬尾さんの部屋のドリアン騒ぎ。あれも湯布院さんのしわざ?」
「そうなんじゃないかな」
 華ちゃんはなにやら考え込んでいるのか、グルグルと首を回している。
「黄水晶の間のシャンデリアが落ちた理由は、前に説明した方法で合ってると思うんだ」
 ぐちゃぐちゃになった室内を見回して、彼女は何か納得したかのようにうなずいた。
「だってシャンデリアから離れたカーテンレールがあんなふうにゆがむのは不自然だし、それに部屋の宿泊客がそれをやったって言うのが一番簡単だもの」
 理由だって、寿社長に損害賠償を請求するためで合ってると思うんだけど。そう続けた後、「でも自分の部屋だけそんなことをしたら不自然じゃない。寿社長のスリッパにガラスが入れられてたでしょ?それに対して湯布院さん、『自作自演なんじゃないか』って言ってたじゃない。まさにそれよ」 
 と指を鳴らした。
「その、黒い石のついた鍵が無くなったマスターキーだって言うなら、もしかして社長に嫌がらせしたのも湯布院さん?」
「そうじゃないかな。疑いの目を自分に向けさせないために、寿社長にいかにも自作自演っぽいことをしたように見せた。そうやって寿さんを怪しい人物に仕立てて、全部の事件を社長がやったかのように見せかけようとしてたのかも」
「そんなややこしいことしてどうするんだよ」
「湯布院さんの目的は、あくまでも寿社長からお金をもらうこと。その為に、自分をあえて危ない目にあわせた。けれど自分一人だけじゃ自作自演だとあからさまに疑われてしまう」
 そりゃそうだろう。
「だから湯布院さんは、マスターキーを使って佐倉さんの部屋の暖炉に火事を起こし、犬尾さんの部屋の薪を湿らせた。他にも設備不備で被害者が出たと見せるために。けれどこの二人に対しては殺意はなかったんだと思う。現に犬尾さんの部屋にはドリアンが置かれていて、犬尾さんはその臭いのおかげで死なずに済んだ。あと、ドリアンなんだけど」
 そこでわざわざ言葉を区切ると、華ちゃんはもったいぶって続けた。
「多分雪の中に入れて暖炉の中に入れたんじゃないかな。そうしたら徐々に雪が溶けて薪が湿るし、それに比例して部屋が臭くなってくじゃない」
 なるほど、それでドリアンは少し焦げていたのか。
 とそこまで推理を披露したものの、腑に落ちない点でもあったのか華ちゃんが首を傾げている。
「でも、どうやってドリアンなんて持ってきたんだろ」
「誠一さんが亡くなった時、温泉に犬尾さんがいてさ。こう言ってたんだ、湯布院さんが大量の食べ物を抱えてたって」
「食べ物って。じゃあ、湯布院さんはあのホール下の厨房のことを知ってたってこと?」
「なにせギシキについてなにか調べ上げてたんだ、それくらい朝飯前なんじゃないのか?」
「なるほど。で、今度は強い恨みを持って鈴鐘家の人たちを手にかけた事件。湯布院さんはやっぱりお金をせびるために、鈴鐘家の秘密の儀式について調べていた、と」
「今のところ、そこで何かがあって馬虎さんたちを殺したって流れだけれど」
「うーん、やっぱり儀式に秘密があるんだろうなぁ。今回の事件も、十年前の事件も」
「でも、もう鈴鐘家の人間は……」
「修だけ、か。話してくれるかはわからないけど、聞くだけ聞きに行ってみよう」
「萌音ちゃんの件も解明するなら、やっぱりそこは明らかにしておかないとだし」
 華ちゃんがそう言って社の首元を見たのは多分気のせいではないだろう。礼服から装束に着替えたので、隠せていた首元は今や露わとなっている。一体どんなふうになってしまっているのか、社は確認したくもなかった。
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