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「あの、すみません。夫を……誠一を見ませんでしたか?」
一連の騒ぎに疲れた一同は、とりあえず各々部屋へと戻ることとなった。一番容疑の強い湯布院さんを隔離した安堵もあったのかもしれない。このまま何も起こらなければいいけれど、と思いながらもベッドに横になる気も着替える気も起きず社がぼんやりとしていると、おずおずと扉をノックする声が聞こえた。
「誠一さんを、ですか?」
その声にこたえて、社は扉を開いてやる。廊下には、憔悴しきった表情の茉緒さんがいた。
「茉緒さん、どうしたんですか?」
「それが、その……。夫が部屋にいないようなのです」
聞けば、分家の三人も各々部屋に戻ったのだけれど、用事があって茉緒さんが誠一さんの部屋を訪れたところ夫が部屋にいないようだという。
「修の部屋にも来てはいないようで」
けれど誠一さんの部屋と社の部屋はだいぶ離れている。まして誠一さんが社の部屋を訪れるはずなどなく、「いえ、知りませんけど……」と返せば、茉緒さんはひどくがっかりした様子で肩を落とした。
「そうですか……」
その様子に、社はひどく嫌な予感を覚えた。いやまさか。けれど犯人はちゃんと閉じ込めておいたじゃないか。
「たとえばほら、お風呂に入りに行ったとか」
嫌な予感を払拭すべく、社の口がペラペラと適当なことを紡ぎ出す。そうだ、誠一さんは疲れた体を癒すべく温泉に浸かりに行ったのかもしれないじゃないか。けれど。一方社はこうも思う。こんな人が殺された場所で、呑気に風呂など浸かっていられるだろうか、とも。
「そう、ですね。ちょっと覗いてきます」
社の提案に、他に行きそうな場所もないと判断したのだろう、素直にうなずくと茉緒さんがフラフラと扉から離れて行く。その様子がなんだか尋常でなく、社は思わず声を掛けてしまった。
「あの、僕も一緒に行きましょうか?」
「でも、ご迷惑はお掛けできませんし……」
「でも、誠一さんがほんとにお風呂に行ってたとしたら、男湯覗くのはちょっと気まずくありませんか?」
別に夫なんだし男の裸なんて今さら、とは思うけれど、場所が場所だ。家の風呂を覗くのとはわけが違う。まさかこんな状況で湯につかっている人間が複数いるとは思えないが(いや、寿社長あたりならこんな状況でも呑気に湯に浸かっていそうな気もするけれど)、万一他の人間がいたとしたらまずいだろう。
「それは、そうですけど」
まぶたを伏せて茉緒さんが社の意見に同意した。
「では、大浴場だけご一緒いただけますか?」
思えば男湯を見るだけなら、息子に頼めば良かっただろう、けれどそう提案する社に従ってくれたのは、きっと茉緒さんが自分を信頼してくれているからだろう。社はそう解釈した。誠一さんだって湯布院さんに犯人と間違われて縛られた僕たちを解放してくれたし、案外鈴鐘家の人たちは優しい人なんじゃないか。残念ながら、なぜこの二人の間に修なんて子供が産まれてしまったのか。
「ええ。大丈夫ですよ。いろいろあって疲れて、身体を休めてるんですよ、誠一さんは。なんなら僕だって温泉浸かりたいぐらいですから」
なにせ本当に今日はロクな目に遭っていないのだ。こんなところに来なければ、いつもならばシャワーを浴びて部屋で録り溜めたドラマや映画を見ているはずだったのに。
「そうですね。本当はわたくしも汗を流したかったのですが、状況が状況で、ほらやはり怖いじゃありませんか。だってこの中に殺人犯がいるんですもの。いくら閉じ込めてあるっていっても、ねえ」
特に女性はそうなのかもしれない。社は昔見たパニック映画を思い出す。ゾンビだとか殺人鬼が無差別に人々を殺して行くような、ストーリがあるんだかないんだかよくわからない映画の中で、大体無防備に裸を晒す女性は真っ先に殺されるのだ。
「そうでしょうね」
男の自分だって十二分に怖いのだ。さらには自分には殺人鬼だけではなく、幽霊までもが見えるというオプション付きだ。こんなホラー映画みたいな状況の中で、言ってはみたものの本気で温泉に浸かってゆっくり出来るとは思えなかった。
などと怖い映画を思い出してしまったのがいけなかったのだろう。もとはと言えば茉緒さんの護衛のような形で付いてきたにも関わらず、どちらが守られているのかわからないような状態で、薄暗く、円形につながっているがゆえに先の見通せない廊下をオドオドと歩いているうちに大浴場へと着いた。
「じ、じゃあ僕がちょっと覗いてきますね」
大浴場の入口を入ると、そこには十二畳ほどのスペースがあり、藤の椅子やクッションソファーなどの置かれたくつろぎ処となっている。その先に、男湯と女湯と書かれた暖簾。このエリアだけを見れば、とても魔女の城などと呼ばれるような建物だとは思えない。どこぞの温泉旅館に来たような雰囲気だ。
けれどそんな落ち着いた雰囲気すら、停電の影響で薄暗く不気味に見える。
もしここに、急に萌音の霊が現れたら……。社はぞっとする。いや、もしかしたら萌音だけじゃなくて、馬虎さんだって現れるかもしれないじゃないか。
華ちゃんは被害者の霊を呼び出して、証言してもらえたらなんて気楽に言ってくれるけど、ついさっきまで話していた人間が霊になって現れるだなんてたまったもんじゃない。
いや、それならまだいいのかもしれない。もしこの先で、まさかとは思うけれど誰かまた被害者が倒れていたら……。
そんな予感すら抱いて、男湯の暖簾をくぐる。脱衣所の先に見えるのは、ガラス戸の先、暗闇の中ザーザーと水の流れる音だけがする風呂場。そちらを目指し、そのまま脱衣所を抜けてガラス戸を開けようとしたら、突然肌色の塊が飛び出てきた。
「うわああああ!?」
一連の騒ぎに疲れた一同は、とりあえず各々部屋へと戻ることとなった。一番容疑の強い湯布院さんを隔離した安堵もあったのかもしれない。このまま何も起こらなければいいけれど、と思いながらもベッドに横になる気も着替える気も起きず社がぼんやりとしていると、おずおずと扉をノックする声が聞こえた。
「誠一さんを、ですか?」
その声にこたえて、社は扉を開いてやる。廊下には、憔悴しきった表情の茉緒さんがいた。
「茉緒さん、どうしたんですか?」
「それが、その……。夫が部屋にいないようなのです」
聞けば、分家の三人も各々部屋に戻ったのだけれど、用事があって茉緒さんが誠一さんの部屋を訪れたところ夫が部屋にいないようだという。
「修の部屋にも来てはいないようで」
けれど誠一さんの部屋と社の部屋はだいぶ離れている。まして誠一さんが社の部屋を訪れるはずなどなく、「いえ、知りませんけど……」と返せば、茉緒さんはひどくがっかりした様子で肩を落とした。
「そうですか……」
その様子に、社はひどく嫌な予感を覚えた。いやまさか。けれど犯人はちゃんと閉じ込めておいたじゃないか。
「たとえばほら、お風呂に入りに行ったとか」
嫌な予感を払拭すべく、社の口がペラペラと適当なことを紡ぎ出す。そうだ、誠一さんは疲れた体を癒すべく温泉に浸かりに行ったのかもしれないじゃないか。けれど。一方社はこうも思う。こんな人が殺された場所で、呑気に風呂など浸かっていられるだろうか、とも。
「そう、ですね。ちょっと覗いてきます」
社の提案に、他に行きそうな場所もないと判断したのだろう、素直にうなずくと茉緒さんがフラフラと扉から離れて行く。その様子がなんだか尋常でなく、社は思わず声を掛けてしまった。
「あの、僕も一緒に行きましょうか?」
「でも、ご迷惑はお掛けできませんし……」
「でも、誠一さんがほんとにお風呂に行ってたとしたら、男湯覗くのはちょっと気まずくありませんか?」
別に夫なんだし男の裸なんて今さら、とは思うけれど、場所が場所だ。家の風呂を覗くのとはわけが違う。まさかこんな状況で湯につかっている人間が複数いるとは思えないが(いや、寿社長あたりならこんな状況でも呑気に湯に浸かっていそうな気もするけれど)、万一他の人間がいたとしたらまずいだろう。
「それは、そうですけど」
まぶたを伏せて茉緒さんが社の意見に同意した。
「では、大浴場だけご一緒いただけますか?」
思えば男湯を見るだけなら、息子に頼めば良かっただろう、けれどそう提案する社に従ってくれたのは、きっと茉緒さんが自分を信頼してくれているからだろう。社はそう解釈した。誠一さんだって湯布院さんに犯人と間違われて縛られた僕たちを解放してくれたし、案外鈴鐘家の人たちは優しい人なんじゃないか。残念ながら、なぜこの二人の間に修なんて子供が産まれてしまったのか。
「ええ。大丈夫ですよ。いろいろあって疲れて、身体を休めてるんですよ、誠一さんは。なんなら僕だって温泉浸かりたいぐらいですから」
なにせ本当に今日はロクな目に遭っていないのだ。こんなところに来なければ、いつもならばシャワーを浴びて部屋で録り溜めたドラマや映画を見ているはずだったのに。
「そうですね。本当はわたくしも汗を流したかったのですが、状況が状況で、ほらやはり怖いじゃありませんか。だってこの中に殺人犯がいるんですもの。いくら閉じ込めてあるっていっても、ねえ」
特に女性はそうなのかもしれない。社は昔見たパニック映画を思い出す。ゾンビだとか殺人鬼が無差別に人々を殺して行くような、ストーリがあるんだかないんだかよくわからない映画の中で、大体無防備に裸を晒す女性は真っ先に殺されるのだ。
「そうでしょうね」
男の自分だって十二分に怖いのだ。さらには自分には殺人鬼だけではなく、幽霊までもが見えるというオプション付きだ。こんなホラー映画みたいな状況の中で、言ってはみたものの本気で温泉に浸かってゆっくり出来るとは思えなかった。
などと怖い映画を思い出してしまったのがいけなかったのだろう。もとはと言えば茉緒さんの護衛のような形で付いてきたにも関わらず、どちらが守られているのかわからないような状態で、薄暗く、円形につながっているがゆえに先の見通せない廊下をオドオドと歩いているうちに大浴場へと着いた。
「じ、じゃあ僕がちょっと覗いてきますね」
大浴場の入口を入ると、そこには十二畳ほどのスペースがあり、藤の椅子やクッションソファーなどの置かれたくつろぎ処となっている。その先に、男湯と女湯と書かれた暖簾。このエリアだけを見れば、とても魔女の城などと呼ばれるような建物だとは思えない。どこぞの温泉旅館に来たような雰囲気だ。
けれどそんな落ち着いた雰囲気すら、停電の影響で薄暗く不気味に見える。
もしここに、急に萌音の霊が現れたら……。社はぞっとする。いや、もしかしたら萌音だけじゃなくて、馬虎さんだって現れるかもしれないじゃないか。
華ちゃんは被害者の霊を呼び出して、証言してもらえたらなんて気楽に言ってくれるけど、ついさっきまで話していた人間が霊になって現れるだなんてたまったもんじゃない。
いや、それならまだいいのかもしれない。もしこの先で、まさかとは思うけれど誰かまた被害者が倒れていたら……。
そんな予感すら抱いて、男湯の暖簾をくぐる。脱衣所の先に見えるのは、ガラス戸の先、暗闇の中ザーザーと水の流れる音だけがする風呂場。そちらを目指し、そのまま脱衣所を抜けてガラス戸を開けようとしたら、突然肌色の塊が飛び出てきた。
「うわああああ!?」
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