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鈴鐘の血6

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「ちょっと、後を追うわよ!」
 さすがに後ろ手に縛られた状態では、その後を追いかけるのもままならない。勢いよく立ち上がった華ちゃんとは別に、四十八願さんと修が扉を開け、湯布院さんの後を追っていく。それに続こうかどうしようか迷っている間に、四十八願さんが戻ってきた。
「湯布院さまはご自分のお部屋、黄水晶の間にこもってしまわれたようです。修さまが説得してくださっているのですが、どうにも話もきいてもらえませんで……」
 黄水晶の間の隣の瑠璃の間では、未だに馬虎さんが冷たいまま横たわっている。よくその隣の部屋に戻れるものだ。あるいは自分で殺した相手だ、もう何も怖くないのかもしれない。
「湯布院さまは『俺は何もしていない!』の一点張りで」
 と困ったように四十八願さんが報告した。
「ふむ、じゃああやつが部屋から出てこれないよう、入り口にバリケードでも作っていっそ閉じ込めてしまおうかの」
 そう提案してきたのは寿社長だった。「自分から収容されてくれるとは、ありがたい犯人じゃ」
「でも、本当にあの人が犯人なんやろか」
 おどおどと切り出したのは犬尾さんだった。
「湯布院は強欲な男やけども、人殺しするほどの悪党じゃないと思うんやが」
「お財布、あれを湯布院さんが持ってたら、もう言い逃れ出来ないと思うんですが」
「もしかしたらそれを誤魔化すために、部屋に入ってこれないように閉じこもったのかも」
「ってなると、それをもし暖炉の火で燃やされでもしちゃったら……」
「うーむ、しかしそうなるとますますあやつが怪しい。なに吹雪が止んで警察を呼ぶ間での辛抱じゃ、次の被害者が出ないようにしさえすれば」
 どうやら容疑から外れたと認識してくれたのだろうか。誠一さんが華ちゃんと社の腕を縛る縄を解いてくれた。
「ごめんね、痛かっただろう」
「大丈夫ですよ、このくらい」
 縛られていた手首にはうっすらと痣が出来ていた。固い縄で縛られ、全体的に赤くなっている。けれど自分の首元の方がもっと痛々しいことになっていそうな気がする。社は自由になった手で自分の首元に手をやった。礼服のウイングカラーのおかげで目立たないだろうが、どうにも先ほどより妙に熱を持っていて、皮膚が柔らかくなっているような気もする。
うう、萌音の依頼もこなさなければならないというのに。
「それより修さん一人に任せるわけにもいかないし、私たちも黄水晶の間に行きましょう」
 解放された腕をうんと伸ばしてから、華ちゃんが意気込んだ。
「まさか修さんが追いかけてくれるだなんて思っても見なかったけど」
「茉緒さんと馬虎さんの関係は想像してたのとは違ったみたいだけど、でも修と馬虎さんの間にはなにかあるんじゃないかな」
「聞いたら教えてくれるかな」
「どうだろ。それより、とにかく湯布院さんのところに行かないと」
「お越しいただいたところで、湯布院さまはもうお部屋から出られないとは思いますが」
 一方、四十八願さんに至ってはもう諦めてしまっている。
「でも、あの部屋シャンデリアが落ちてぐちゃぐちゃだったと思うけど、そんな部屋で大丈夫なのかな、湯布院さん」
 黄水晶の間に向かう道すがら、社はふと気になって華ちゃんに声を掛けた。会議室からほぼ反対側にある湯布院さんの部屋はちょっと遠い。
「馬虎さんに片してもらってはいたみたいだけど」
 そう言えば、馬虎さんは自室で殺される直前まで、湯布院さんの部屋にいたんだっけ。
「もしかしてあの時も、なにか言いがかり付けてたんじゃないかしら、馬虎さんに」
 その可能性は高いだろう。
 黄水晶の間に着くと、部屋の前で扉を見据える修と合流した。
「湯布院さんはこの中に?」
「ああ。部屋に入ったっきり、バカの一つ覚えみたいに『俺はやってない』の一点張りだ」
 そう言う修は寒い廊下に立ち尽くして身体が冷えたのだろうか、手のひらを脇にはさむようにして両腕を抱えていた。
「いくら扉を叩いたところであのデブオッサンは出てきやしないぜ」
 修はそういうものの、念のために社が黄水晶の間の扉をノックする。すると修が言った通り、「俺はやってない」と返される。
「ほんとだ」
「他に語彙がないのかしら」
 そう返す華ちゃんの態度は冷たい。それもそうだろう、さんざん疑われた挙句身の覚えのない誹謗中傷をされたのだから。もっとも、華ちゃんが警察手帳さえ忘れてなければ、こんなことにはなっていなかったような気もする。
「湯布院さんが犯人だろうがなかろうが、とりあえずここに閉じ込めておけば問題ないでしょ。自分から立てこもったんだし、別に何日も監禁するわけじゃないし。暖炉だってトイレだって使えるんだもん」
 まあ、簀巻きにされてないだけましか。
「そういうことなら……じゃあお望み通り、入り口塞いでおきますね」
 念のためそう声を掛けてから、社らは作業に入る。レストランから椅子を持ち出しては黄水晶の間の前に積み重ねていく。
「ああ、俺がやる。お嬢ちゃんは下がってな」
「え、ああ、はい」
 張り切って椅子を抱えた華ちゃんを修が制した。そして彼女の掴んだ椅子を軽々と抱えると、造作もなく積み重ねていく。
「け、フェミニストぶりやがって」
 聞こえないつもりで社が愚痴れば、
「フェミニストとは違うな。どうしたって男女差で体格差があるんだ。いくら運動が苦手で体力がないと自負してる男だって、それでも普通の女性よりは体力があるものさ」
 と爽やかに返されてしまう。うう、でも華ちゃんは僕より絶対体力あると思うけど。なにせ彼女は現役の刑事だ。
 内心悪態を垂れつつ、修とともに椅子を積み重ねる。ほどなくして見栄えの悪いバリケードが出来上がった。湯布院が外に出ようと扉を開ければ、大きな音を立ててバリケードは崩れるだろう。華ちゃんが満足げにその完成図をスマホのカメラに収めていた。
「それ、何してんの?」
「証拠写真。万一共犯がいないとも限らないんだし。椅子を動かしていないかどうか見極めるために、あったほうがいいでしょ」
「そちらのお嬢さんはけっこう頭も回るようだ。そこの役立たずの霊能者と一緒にいるのがもったいない」
「なんだと!そもそも僕は霊能者じゃなくて、ただの会社員なんだ!」
「はいはい、なら花嫁姿の幽霊が出るだなんて噂、撒き散らかすのをやめるんだな」
「う、嘘じゃない!そもそも僕だって見たくって見てるわけじゃないんだ、向こうが視界に入ってくるから……そもそもあの子が物騒なことを言わなければ、僕だって先に帰ってたんだ、十年前のあれは事故じゃなかったんじゃないかなんて、挙句犯人を見つけなけりゃ殺すだなんてあんまりだ!」
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