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鈴鐘の血2
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遺体から少しでも離れたい、その心理だろうか。一同は男女分かれることを諦め、会議室に集まった。過ごしやすいのはレストラン側だろうが、レストランは瑠璃の間に比較近い。
それに、その後四十八願さんがレストランとホール地下の厨房を確認したところ、レストラン下の厨房から包丁が二本無くなっていた。ホール地下の厨房はパーティーの間出張で来ていたシェフが使用したが、持参の道具を使うとのことでそもそも包丁を置いていなかったらしい。現在この城には、包丁は二本しかない。
「今回使われたのは、一本。じゃあもう一本は、誰が持ってるって言うのよ」
「そこのお二人の部屋と荷物も見させてもらいましたけどね、特にそんなんあらしまへんでした」
部屋の鍵を奪われ、持ち主に許可なく荷物検査が行われた。華ちゃんはそのことにご立腹だったが、けれどおかげで二人の容疑は大分薄まった。
「じゃあ、幽霊か殺人鬼が包丁を持ってどこかに潜んでるの!?」
あるいはこの城に、幽霊とは別に生身の人間が隠れているのかもしれない。さわぐ佐倉さんに駆り立てられ、犬尾さんと誠一さん、それと幽霊対策に仮釈放中の社とがおっかなびっくり大浴場、レストラン、ホールの地下と確認して回ったが、どこにも殺人鬼はおろか、幽霊すらいなかった。
「てことはだ、このなかに殺人犯がいるってことだろ」
暗がりのなかを手探りで、恐怖と戦いながら回ってきた彼らにかけられたのは労いの声ではなく、修の冷たい一言。
「馬虎さんが殺されたのは俺たちが移動準備をしていた頃だ。そのときまで、そこのデブおっさんを信じるなら、おっさんが布団を運ばせたときまで、馬虎さんは生きていた」
デブオッサンこと湯布院氏が口をはさむ前に社が補足する。
「それなら僕たちも見たし、そのあと少し話したから間違いないけど」
「それって何時くらいなの?」
そこで口を開いたのは佐倉さんだった。
「具体的に何時かわかれば、アリバイを確認できるじゃない」
「何時って……」
そう言われても、社は時計の類を身に着けていないし、充電の切れかかったスマホは部屋に置いてきてしまった。はてあれは何時だったろうかと華ちゃんに聞いてみるも、「九時くらいかなぁ」とあいまいだ。
「そのくらいの時間なら、私は部屋を移動するのに荷物をまとめてたわ」
「それは誰にでも言えることだろ」
意気揚々と自分のアリバイを告げる佐倉さんに、修が冷たい一言を放つ。
「ですが、佐倉さまはそのころお部屋にいらしたかと」
「そうなんですか?四十八願さん」
「え、ええ。皆さまが滞りなくお部屋の移動を出来るよう、わたくしと馬虎が部屋をまわっておりましたから。翡翠の間には回収し忘れたわたくしの荷物もございましたから真っ先にお声を掛けさせていただいたのですが、どうにも佐倉さまはお忙しかったようで」
「別に忙しかったわけじゃないけど。ちょうどトイレに入ってたのよ」
「ええ、ドアをノックしたところ、『今手が離せないの』と。その、ずいぶん長くお取込み中だったようで、他の方のお部屋をまわって再度声を掛けても『手が離せない』と……」
「お腹が痛かったのよ。もしかして、食中毒なんじゃないの」
「まさか。他の皆はぴんぴんしとるじゃないか」
再びあらぬ疑いを掛けられて社長が抗議する。
「じゃあ湯冷めしてお腹を冷やしたからだわ。まったく停電はするわ暖炉は火を噴くわ、ろくなことがないじゃない」
「それなら、俺の部屋にも馬虎さんが来はったで。なら俺のアリバイも万全ってことやろ」
そこに目を輝かせて参加してきたのは犬尾さんだった。
「それなら俺だって、俺は馬虎に荷物を運んでもらったんだ」
追従するかのように湯布院さんが続けるも、
「けど馬虎さんが殺されたのはその後だろ。お前たちのアリバイなんてないじゃないか。証言してくれる相手が死んでるんだ」
と修に一蹴されてしまう。
「なら、お前はどうなんだ!?アリバイがないのは同じじゃないのか!?」
「修さまと誠一さまのお部屋はわたくしが参らせていただきました。皆さま、お部屋にいらしたかと」
「凶行が行われた時間が正確にわからない以上確実とは言えないが、少なくとも俺らはお前たちよりはアリバイがあるだろうな」
「ぐぬぬぬぬ……」
あっさりと自身の潔白を証明して見せたのち、修はさらにたたみかける。
「で、そこのエセ霊能力者らの言い分を信じるなら、お前たちはホール地下の厨房を見て回って戻ったところ、廊下の絨毯に血が染みているのに気がついて扉を開けた、と。けれどあれだけの有り様だ、犯人は血まみれになってるんじゃないのか」
そう言って修が回りの人間を見回したが、当たり前だが血まみれの人間などいなかった。
「それは、たぶん新聞紙を使ったんだと思います」
その質問に答えたのは、今だ手を縛られたままの華ちゃんだった。
「すぐ近くの男性用トイレのゴミ箱に、穴が空いた新聞紙が捨ててありました。付いていた染みは、恐らく馬虎さんの血だと思います」
「帰り血を浴びなくて済んだっていうなら、結局この二人は怪しいままじゃないか」
いまだ犯人は怪しい霊能者説を信奉している湯布院さんが怒鳴るものの、
「でも、自分からネタバラシしてきます?普通」と冷静さを取り戻した犬尾さんにたしなめられる。
「それに、なんでそんな重大な証拠をゴミ箱に捨てたんじゃ?隠滅したいなら、ちぎってトイレに流してしまえばよかったじゃろ」
「あ、確かに。細かくちぎられたものも落ちていました!」
社が記憶を頼りに叫んだ。そう言えば、ゴミ箱の下にも落ちてたぞ!
「もしかしたら、犯人が思ってたより早く、馬虎さんを見つけられてしまったからではないでしょうか」
そうおずおずと切り出したのは、一連の話を隅で聞いていた鶴野さんだった。
それに、その後四十八願さんがレストランとホール地下の厨房を確認したところ、レストラン下の厨房から包丁が二本無くなっていた。ホール地下の厨房はパーティーの間出張で来ていたシェフが使用したが、持参の道具を使うとのことでそもそも包丁を置いていなかったらしい。現在この城には、包丁は二本しかない。
「今回使われたのは、一本。じゃあもう一本は、誰が持ってるって言うのよ」
「そこのお二人の部屋と荷物も見させてもらいましたけどね、特にそんなんあらしまへんでした」
部屋の鍵を奪われ、持ち主に許可なく荷物検査が行われた。華ちゃんはそのことにご立腹だったが、けれどおかげで二人の容疑は大分薄まった。
「じゃあ、幽霊か殺人鬼が包丁を持ってどこかに潜んでるの!?」
あるいはこの城に、幽霊とは別に生身の人間が隠れているのかもしれない。さわぐ佐倉さんに駆り立てられ、犬尾さんと誠一さん、それと幽霊対策に仮釈放中の社とがおっかなびっくり大浴場、レストラン、ホールの地下と確認して回ったが、どこにも殺人鬼はおろか、幽霊すらいなかった。
「てことはだ、このなかに殺人犯がいるってことだろ」
暗がりのなかを手探りで、恐怖と戦いながら回ってきた彼らにかけられたのは労いの声ではなく、修の冷たい一言。
「馬虎さんが殺されたのは俺たちが移動準備をしていた頃だ。そのときまで、そこのデブおっさんを信じるなら、おっさんが布団を運ばせたときまで、馬虎さんは生きていた」
デブオッサンこと湯布院氏が口をはさむ前に社が補足する。
「それなら僕たちも見たし、そのあと少し話したから間違いないけど」
「それって何時くらいなの?」
そこで口を開いたのは佐倉さんだった。
「具体的に何時かわかれば、アリバイを確認できるじゃない」
「何時って……」
そう言われても、社は時計の類を身に着けていないし、充電の切れかかったスマホは部屋に置いてきてしまった。はてあれは何時だったろうかと華ちゃんに聞いてみるも、「九時くらいかなぁ」とあいまいだ。
「そのくらいの時間なら、私は部屋を移動するのに荷物をまとめてたわ」
「それは誰にでも言えることだろ」
意気揚々と自分のアリバイを告げる佐倉さんに、修が冷たい一言を放つ。
「ですが、佐倉さまはそのころお部屋にいらしたかと」
「そうなんですか?四十八願さん」
「え、ええ。皆さまが滞りなくお部屋の移動を出来るよう、わたくしと馬虎が部屋をまわっておりましたから。翡翠の間には回収し忘れたわたくしの荷物もございましたから真っ先にお声を掛けさせていただいたのですが、どうにも佐倉さまはお忙しかったようで」
「別に忙しかったわけじゃないけど。ちょうどトイレに入ってたのよ」
「ええ、ドアをノックしたところ、『今手が離せないの』と。その、ずいぶん長くお取込み中だったようで、他の方のお部屋をまわって再度声を掛けても『手が離せない』と……」
「お腹が痛かったのよ。もしかして、食中毒なんじゃないの」
「まさか。他の皆はぴんぴんしとるじゃないか」
再びあらぬ疑いを掛けられて社長が抗議する。
「じゃあ湯冷めしてお腹を冷やしたからだわ。まったく停電はするわ暖炉は火を噴くわ、ろくなことがないじゃない」
「それなら、俺の部屋にも馬虎さんが来はったで。なら俺のアリバイも万全ってことやろ」
そこに目を輝かせて参加してきたのは犬尾さんだった。
「それなら俺だって、俺は馬虎に荷物を運んでもらったんだ」
追従するかのように湯布院さんが続けるも、
「けど馬虎さんが殺されたのはその後だろ。お前たちのアリバイなんてないじゃないか。証言してくれる相手が死んでるんだ」
と修に一蹴されてしまう。
「なら、お前はどうなんだ!?アリバイがないのは同じじゃないのか!?」
「修さまと誠一さまのお部屋はわたくしが参らせていただきました。皆さま、お部屋にいらしたかと」
「凶行が行われた時間が正確にわからない以上確実とは言えないが、少なくとも俺らはお前たちよりはアリバイがあるだろうな」
「ぐぬぬぬぬ……」
あっさりと自身の潔白を証明して見せたのち、修はさらにたたみかける。
「で、そこのエセ霊能力者らの言い分を信じるなら、お前たちはホール地下の厨房を見て回って戻ったところ、廊下の絨毯に血が染みているのに気がついて扉を開けた、と。けれどあれだけの有り様だ、犯人は血まみれになってるんじゃないのか」
そう言って修が回りの人間を見回したが、当たり前だが血まみれの人間などいなかった。
「それは、たぶん新聞紙を使ったんだと思います」
その質問に答えたのは、今だ手を縛られたままの華ちゃんだった。
「すぐ近くの男性用トイレのゴミ箱に、穴が空いた新聞紙が捨ててありました。付いていた染みは、恐らく馬虎さんの血だと思います」
「帰り血を浴びなくて済んだっていうなら、結局この二人は怪しいままじゃないか」
いまだ犯人は怪しい霊能者説を信奉している湯布院さんが怒鳴るものの、
「でも、自分からネタバラシしてきます?普通」と冷静さを取り戻した犬尾さんにたしなめられる。
「それに、なんでそんな重大な証拠をゴミ箱に捨てたんじゃ?隠滅したいなら、ちぎってトイレに流してしまえばよかったじゃろ」
「あ、確かに。細かくちぎられたものも落ちていました!」
社が記憶を頼りに叫んだ。そう言えば、ゴミ箱の下にも落ちてたぞ!
「もしかしたら、犯人が思ってたより早く、馬虎さんを見つけられてしまったからではないでしょうか」
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