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鈴鐘の血1

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「お前らが、一連の犯人だったのか」
「それにしてもひどい……なんで馬虎さんにこんなことを」
「早く、こいつらを縛って動けないようにしろ!」
 殺害現場でああでもない、こうでもないとしていたところを見つけたのは湯布院さんだった。彼は社らを見るなり、恐らく誰もがそう思うであろう行動を起こした。
つまり、二人が犯人だと思って人を呼び、社たちを拘束したのである。 
「まあまあ湯布院君、落ち着きたまえ。いかにも怪しいのは確かだがの、しかしわざわざ自分が怪しまれるような状況にあるというのに、さらに怪しまれるようなことなどするもんかの」
 憤る湯布院さんをなだめながら、寿社長が沈んだ声で言った。
「しかし、馬虎君が……信じられんが……」
「私たちも驚いて、犯人を特定しようと調査していたんです」
「なあにを調査だ、自分らで殺したくせにいけしゃあしゃあと。証拠の血まみれの新聞まで握りしめてたくせに。アンタも馬虎殺しに加担したんだろ、なあ助手さんよ」
 頑なに疑いを晴らさないのは湯布院さんだ。「かわいい顔して正体は殺人犯たあ、恐ろしいな。案外、霊能者のその男もたぶらかして、いいように使ってるんじゃないのか?」
「言いがかりをつけるのはやめてもらえませんか?」
 さすがに華ちゃんも堪忍袋の緒が切れたらしい。「そもそも私が社くんなんかをたぶらかして、何の得になるんですか」
「実は幽霊もお前の自作自演なんじゃないのか?その男を脅していいように使って、この城にいる人間を皆殺しにするつもりなんだろ」
「だから、なんで私がそんなことするんです。私、隅田署の刑事なんですよ!」
「刑事ぃ?嘘をつけ嘘を」
「嘘じゃないんです!」
「そうじゃ、華ちゃんは優秀な刑事さんなんじゃよ」
 そこで寿社長が加勢に入ってくれた。「彼女のお父さんも刑事での。十年前、この城で起こった事故を調査していた結城刑事の娘さんなんじゃ」
 こうなったら、例の事故を調べるために身分を隠している場合などではない。
「結城刑事?」
 その言葉に反応したのか、佐倉さんが名前を呟いた。
「聞いたことが、あるような、ないような……」
「刑事やって?」犬尾さんも渋い顔をしている。
「そんな十年も前の刑事のことなんか覚えてるかよ。そこまで言うなら証拠を見せろ、警察手帳見せて見ろよ」
「それが……家に置いてきちゃって」
「家に……置いてきたじゃと」
 言葉もないのは社長だった。正直、社もぐうの音も出ない。
「下手くそな言い訳だな、吹雪が止んだらお前を殺人犯、兼、身分詐称で警察に突き出してやるからな」
「ううう……逆に警察が踏み込んでくれれば私の身分は明らかになるけど、でもお父さんにすごい怒られる……」
 そうこうしているうちに二人はあっという間に後ろ手にひもを縛られてしまい、本当に罪人のようになってしまった。
「社長、ちょっとなんとかしてくださいよ」
 そこで意外にも建設的な提案をしてきたのは修だった。さすがの騒ぎに、他人に無関心そうな彼も部屋を飛び出してきたのだ。
「おい、現場にいたイコール犯人ってのは、あまりに幼稚な考えじゃないか?」
「はあ?これ以上怪しいやつがいるのかよ」
「そいつらはいかにも怪しいけれど、さすがにそこまで馬鹿じゃないだろ。殺した人間ほっといて騒いでるなんて。それにそいつらが厨房を調べてたって証言が本当なら、馬虎が殺されたのは俺たちが荷物の移動やらでモタモタしてた頃になる。なら、俺たちの誰が犯人でもおかしくないってことだ」
「こいつらの言うことを信じるのか?バカバカしい」
「全面的に信じてるわけじゃない。が、とりあえず今する議論じゃないだろ。まずは亡くなった人に黙祷ぐらいさせてくれ」
 そう返してきたのは予想外だった。
「修さん、馬虎さんのことなんてただの使用人としか思ってないと思ってた」
 華ちゃんが小声でささやく。「うん、しかも年に一度会うか会わないかくらいだろ?分家の人間はそうそうここに来ないらしいから」社もそれに同意した。
「ね、ただの見知らぬ他人に黙祷するようなキャラに見えないよね」
 正直失礼極まりない発言なのは確かだけれど、社もそう思っていたので無言でうなずいておく。
 そうなるとやはり、修の父親は馬虎さんで、実はそのことを修も知っている、となるのではないか。
 ぼそぼそと騒ぐ社らに構わず、修はずいと人垣をかき分けて、いまだ瞳に刃物を刺されたままの馬虎さんの遺体へと近寄った。
「これは……おい、包丁を抜いてやれないのか」
「それは……警察に現場検証してもらってからじゃないと……」
 修の言う事は尤もだし、恐らく華ちゃんだってそうしてやりたかっただろう。けれど彼女の職務に対する忠誠心の方が勝った。
「そうか……かわいそうに」そう呟いて修が黙祷する。それにつられてか、同じく現場に駆け集まった一同が、なんとはなしに同じ動きをした。
「おい、あれはなんだ?」
 祈りを捧げて瞳を開いた修が何かを見つけたらしい。例の犯人からのメッセージだった。
「『お前の正体を知っている』……これは、誰が?」
「おそらく犯人が置いたんだと思う」
「犯人はお前たちだろうがよ」
 すぐに嘴を突っ込んでくるのは湯布院さんだ。
「僕たちが馬虎さんの何を知ってるっていうんです。初めて会ったんですよ」
「わからんぞ、前にどこかで会ったのかもしれないじゃないか」
「そんなわけないですよ」
 再び揉め出した人々の声など耳に入らない様子で、修がかすかに何かを呟いていた。けれどそれは社の耳には届かなかった。外野がうるさいのだ。
「え?」
「……なんでもない」
 気づけば後ろの方で呆然と成り行きを見守っていた茉緒さんも、誠一さんも沈んだ顔をしている。そう思えるのは写真を見てしまったからかもしれない。
「せめて、遺体を覆ってやることぐらいはできませんでしょうか」
 そこに、かつての同僚を慮ってか、進言してきたのは四十八願さんだった。その顔面は蒼白だった。四十八願さんと馬虎さんの間に個人的な交流があったかはわからない。けれど同じ職場で働いていた人間が亡くなってしまって、動揺しないはずがない。
「このまま曝しておくのはあんまりでしょう、それに、現場を保存したいならそのほうが良いのでは」
「それもそうですね」
 その言葉に、華ちゃんがほっとしたように答えた。それには社も大賛成だった。これ以上、この城の中で人が一人死んだ、という現実を覆い隠してしまいたかった。
「でもその前に、一応写真を撮らせてもらってもいいですか」
「だから、なんでお前がそんなことするんだ、殺人犯は大人しくしてろ」
「だから、私は刑事なんだって言ってるでしょう!」
「信用ならないな、殺した人間の写真を撮って楽しんでる猟奇犯なんじゃないのか」
「誰がそんなこと」
「こら、やめんか。仏様の前じゃ。華ちゃんが撮るのがダメなら、ワシの……はちと古いからの、ええと、誰か……まあ、好き好んで死人を撮るやつもおらんか」
「じゃあ私がやってあげるわ」
 と、ここで手を挙げたのは思いもよらない人物だった。
「佐倉君?」
「みんな嫌だっていうなら私がやってあげる。そこの二人に任せるのも不安だし、なにか細工でもされたらたまったもんじゃないし」
「そんなことしませんよ」
「けれど佐倉君、女性にそんなことをさせるのは……」
「ふん、今さらレディ扱いされてもねえ。私、もう十分オバサンになっちゃったもの。とにかく写真を撮っておいて、吹雪が止んだら警察に提出すればいいんでしょ?それなら、仕事用にもう一台持ってるから、それを提出するわ」
「それなら助かるがの……しかし、撮影は代わりにワシが」
「いいわよ、別に死んだ人間が襲いかかってくるわけじゃないし。まあこの城に出る幽霊は死んでも人に襲いかかって来るみたいだけど」
 そう聞き流し、佐倉さんが遺体へと歩み寄っていく。パシャパシャとフラッシュがたかれ、周りにいる社たちの目が眩しさで霞む。やがて一通り撮り終えたのだろうか、佐倉さんが立ち上がりスマホに保存された画像を社長に見せる。
「これでいい?」
「う、うむ……」さしもの寿社長も、遺体のアップ写真を見せられ目を背けた。
「では、こちらを」
 四十八願さんが、肩にかけた黒のストールを馬虎さんにかけた。華ちゃんに貸してくれたカシミヤのストールだ。全身を覆うことはできなかったが、むごい顔を夜の闇のように隠してくれたそれに一同は感謝した。
「で、結局、誰に殺されたの?」

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