ことぶき不動産お祓い課 事故物件対策係 ~魔女の城編~

鷲野ユキ

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閉ざされた城14

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「幽霊よ」
 突如として立ち上がったのは佐倉さんだった。
「そうとしか考えられないじゃない。犬尾さんだって私だって手を抜いたわけじゃない。設備不備なわけないわ。なら、誰かが意図的に壊したり燃やしたりしたってことでしょ」
「でも、なんでそれが幽霊のせいになるんですか。誰か、人間がやったって考えるほうが自然じゃないですか?」
 社は再び持ち上がった犯人=幽霊説に待ったをかける。
「そもそも、どうやって幽霊がドリアンなんて入手するんです」
「じゃあなに、私たちの中に嫌がらせしてくる人がいるっていうの?」
「いや、嫌がらせにしてはひどくありませんか?火事だってシャンデリアの落下だって一酸化炭素中毒だって、一歩間違えたら死んでますよ」
 華ちゃんが佐倉さんに負けじと勢いよく立ち上がった。
「そこには、明確な殺意があったと言っても過言ではない」
「殺意って。誰が私たちを殺そうとなんかしてるのよ。だってなにもしてないじゃない、私たち。ねえ」
「あ、ああ」
 歯切れ悪く答えたのは湯布院さんだった。
「そうだ、理由は分からんが、えらい目に遭ってるのは確かだ」
「とりあえず仮に、こんなかの誰かが犯人だとしましょ、となると、まず被害者である我々は候補から外れますやろ?」
 もっともらしく口を開いたのは犬尾さんだった。「となると、こんなかで一番怪しいのは、寿さんと違います?」
「ワシが?」
「だってそうでしょ、寿さんはこの城の主。俺たちが施工した後に手を加えられるし、なんなら今はもうないっていうマスターキーだってホントは持ってるのと違います?だってありえへんでしょ、ホテルとしてやってこうっちゅう建物のマスターキーがないなんて。したら佐倉が風呂入ってる間に暖炉に細工も出来ますし、俺の部屋だって俺がいないタイミングを見計らってドリアン入れられますやろ」
 そう言う犬尾さんの説明は、確かにその通りだ。社だって思いたくはなかったが社長が一番怪しいとすら思っていたのである。理由は知らないが、あの幽霊に肩入れしている一人でもある。
「こんなか弱い老人に、そんなすばやい裏工作などできるわけないじゃろ。現にワシじゃって被害にあったんじゃ」
 そう言って社長が怪我をした足裏をバタバタとさせる。
「スリッパの中にガラス片が入ってたんじゃ」
「誰かがそれを入れたって?そんなん、自分へ疑いのまなざしを向けないように、自分も被害者ぶれるよう自作したんじゃあらしまへんか」
 そうだ、この場において社長の主張はむしろ逆効果だ。言わなきゃいいのに、とすら社は思ったが、でもこんなつたない自作自演でごまかそうとするほど、この敏腕社長は愚かではないはずだ。それは逆に社長の無実を表しているようにも思えた。
「でも犬尾さん。社長には無理だと思います」
 だからここは一応フォローに入っておくべきだろう。でないとお前もワシを疑ってるのか、などと後からうるさそうだ。
「停電はたまたまかもしれません。でも、電話が通じなくなるようにしたのはこの中にいる誰かです。けれど、Wi―Fiが入らなくなったとき、社長も一緒に僕らといたんです」
 そうだ。それで一緒に現場を確認しに行ったのではないか。
「そんなん、あんたらで口裏を合わせてるに違います?」
 それでもどうにも犬尾さんは納得してくれない。
「あんた、寿さんにやとわれとるんやろ。そりゃ親玉の味方にきまっとる」
「なら、あの時は馬虎さんもいました。ねえ、馬虎さん」
「ええ、私が見に行って、機器が壊されているのを確認して、寿様らを呼びに参ったのです」
「そんなん信用できるかいな。そこの執事のおっさんも、なんなら召使のオバサンもや、寿さんにやとわれとるんやから。みんなで仲間になって、俺らを殺そうとしたんと違います?」
「失礼な!ワシの従業員はそんなことせんわい!それにワシがお前たちを殺したところで何のメリットがあるっていうんじゃ。むしろワシを殺したいのはお前たちじゃろうに」
「まさか」
 どうやら社長業というのも穏やかではないらしい。にわかにレストランに険悪な雰囲気が漂ってしまった。
 これはまずい。社は直感した。神社の次男の霊的な勘ではない。そこいらでよく見る、サスペンスドラマだのミステリ小説だのの定番形ではないか。
大体、この手の閉ざされた空間の中での仲たがいは、本当に死を招くのだ。
「とにかく、まだ現場検証もしていないんです。本当に火事も落下も事故かもしれません、まずはそこから確認しないと」
「事故ねぇ。勝手にモデムが壊され、勝手にシャンデリアが落ちてきた。そんなのできるの幽霊ぐらいじゃない」
 佐倉さんが納得いかない様子で口をはさんだ。
「なら犯人は幽霊って考えたほうが自然じゃない。この吹雪だって案外、幽霊のしわざかもしれないわよ」
 と彼女は頑なだ。
「しかし、犬尾様のお部屋にあったドリアン。逆にあれがあったからこそ、犬尾様は一命を取り留めたのではないかと思うのですが」
 厳重にビニール袋に包みこまれたドリアンを掲げたのは馬虎さんだった。臭わないことをいいことに、華ちゃんはそれをまじまじと見つめている。
「なんだか上の方が焦げてますね。でも、下の方はブヨブヨ。……水にでも浸してたのかしら」
「これが、犬尾様の部屋の暖炉の中にあったドリアンです」
「暖炉の中、ねぇ。だから焦げてるのね」
「犬尾様は極度のヘビースモーカーで、あの時もお部屋は煙が充満しておりました。一酸化炭素中毒の特徴として、煙は出るものの臭いはさほどしない、という特徴があります。そんな中、暖炉から出る煙をタバコの煙だと思って過ごしていたらどうなったでしょうか」
「……気づかんで、俺死んでたかも?」
「そうです。だから、これは幸か不幸か犬尾様のお命を助けてくださいました」
「けど、もし仮に誰かが俺の部屋がヤバイことになってるって気づいたら、フツーに扉を叩いて外に出してくれたらええやんか」
 そりゃそうだ。そんな回りくどいことをする必要などないだろう。
「だが、誰がどうしてドリアンなんぞを犬尾の部屋に入れたかは知らないが、火事もシャンデリアも中毒も、普通に考えてこの城の持ち主に非があると考えるべきだろ」
 声を大にして湯布院さんが立ち上がった。
「寿さんが本当に俺らを殺そうとしたのかはさておいて、不祥事が起こったのは確かだ」
「不祥事じゃと?」
「不祥事でしょうよ。事実、立て続けに3件も客が危険な目に遭っているんだ。これでどうやって営業しようって言うんです」
「……何を言いたい」
 睨まれて、低い声で睨み返したのは寿社長だった。
「しかもこれからホテル操業だなんて初事業に取り組もうとしてる矢先にこの不祥事だ。果たしてこんな状況でホテルを開いたところで、客はやってくるのかねぇ。宿泊客に危害を与えるようなホテルに」
 悔しいかな、湯布院さんの言う事も尤もだった。これから華々しく開業しようというには、この門出はあまりにも運に見放されている。社は思わず天を仰いだ。
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