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閉ざされた城13
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最初に騒ぎ始めたのは湯布院さんだった。
「やっぱりこの城はおかしい。欠陥だらけじゃないか。佐倉の部屋に俺の部屋、しまいにゃ犬尾の部屋も今度はガス騒ぎときたもんだ。寿さんの祝いだからって来たけどね、招待客らに対してこの仕打ちはひどすぎやありませんか」
いつのまにか犬尾さんの騒ぎを聞きつけたらしい湯布院さんが、犬尾さんの休んでいるレストランに乗り込んできた。
「挙句に怪我人に何てことしてくれる。あの人の会社はどういう教育しとるんですか!」
どうやら鶴野さんから受けた〈治療〉を根に持っているらしい。
「それにそこの役に立たない霊能者どもも!何が花嫁姿の幽霊が出る、だ。なんだ、じゃあ一連の騒ぎは幽霊のせいなのか!?」
「いえ、そうではなさそうですが……」
「じゃあ何が原因だって言うんだ、となると設備の不備が原因じゃないか。不動産屋のくせに嘆かわしい!おい、寿さんを連れてこい!どういうつもりで俺たちを呼んだのか問い質してやる」
と責め立てられ、社は対応することも出来ず社長をすごすごと呼びに行ったのだが。
「おー、痛たたたたた……」
「大丈夫ですか、社長。わたくしが手当てを……」
「いい、鶴野君、それだけはやらんでいい」
どこか怪我したとでもいうのだろうか、柘榴の間を覗き込むと、ベッドに腰掛ける寿社長と、それをしきりに心配している鶴野さんの姿があった。
「どうしたんですか、社長」
おおかたぎっくり腰にでもなったのだろうか。などと社が邪推していると、
「それがスリッパの中にガラス片が入ってての。幸い足袋を履いてたおかげでそこまでひどいことにはならんかったが、まあ痛いもんは痛いの」
とところどころから薄く血のにじんでいる足裏を見せてきた。
「スリッパの中にガラス?」
なんだか陰湿なイジメみたいだ。確かに寿社長ならどこかで誰かの恨みも平気で買っていそうだけれど、しかしいったい誰がこの状況でそんなことをするのだろう。一連の騒動と同じ人物だろうか。
「それに石油ストーブもなくなっとるんじゃ」
「ストーブまで?」
言われて社もあたりを見渡したものの、ちゃっかり自分だけ確保していたストーブは見つけられなかった。
「けれどおかしいの、ワシはほとんど部屋におったんじゃが……いつの間にこんなもん入れられたんじゃ?」
そうぼやきつつスリッパをひっくり返せば、少し黄色味がかかった細かいガラス片が落ちてきた。
「これ、もしかして黄水晶の間のシャンデリアですかね?」
「おお、確かに黄色っぽいの。このホテルの中で粉々になったガラス片を用意するなら、確かにあの部屋の壊れたシャンデリアがうってつけじゃの」
「じゃあ、犯人は……湯布院さん?」
けれどいくら嫌がらせだとしても、すぐに足が付くようなものを用いるだろうか。
「さあの、まああやつならワシにいくらでも恨みが……こほん、違うの、逆恨みじゃ、ワシはなにもしとらん」
どうにも湯布院さんとの間にはいろいろあったらしい。
「だが仮にあやつが犯人だとしてものぉ、いったいいつ、どうやって部屋に入ったんじゃ」
寿社長は社と馬虎さんが各自の部屋をまわり始めた頃から自室にこもっていたという。
「じゃあその後は?」
「ああ、犬尾が何やら騒いどると鶴野君に呼ばれての。少し部屋を外したが……しかし部屋にはカギを掛けてたしのぉ。それに大したこともなさそうじゃったから、すぐに戻ったんじゃが」
その間、せいぜい五分程度だったという。
「じゃあ、社長の自作自演……」
「馬鹿もん、なにが楽しくてそんなことするんじゃ」
「そうですよね」
またおかしなことが増えてしまった。
「まあとりあえず大事ではないし、深く考えたところではじまらん。で、宮守君は何の用かね?」
そこで初めて社は社長に、湯布院氏が社長を出せと騒いでいることを告げた。
「ふむ、うるさい男だの。仕方あるまい、レストランまで行けばいいんじゃな?」
とはいえ足裏を痛めている社長は歩くのもままならないらしく、仕方なく社が背に負ぶって応接間に向かうといつの間にかギャラリーが増えていた。被害に遭っていない茉緒さんや誠一さんの姿もある。ここにいないのは修くらいか。
「これは勢揃いで。どうしたのかね」
よいしょ、と社長をレストランのソファーに座らせる。慣れない力仕事ばかりで腰が痛くなってしまった。トントンと叩いていると華ちゃんが寄ってきて、社の近くにあった椅子に腰掛けた。
「華ちゃん、具合はどう?」
「うん、大丈夫。犬尾さんも回復したみたい」
早くも元気を取り戻した犬尾さんは、早速タバコを吸っていた。
「どうしたもこうしたもないわ。あんた一体なんのつもりなんや」
ぷかぷかと煙を吐きながら犬尾さんが口を開いた。
「そもそもなんで俺たちが呼ばれたん?」
「そうだ、あの事故以来、いくらこっちから連絡入れようが無視を決め込んでたくせによ」
加勢したのは湯布院さんだった。
「融資の話、悪い話じゃないだろう?聞く耳くらい持ってくれたっていいじゃないか」
「嫌じゃの。金をドブに捨てるような真似はワシにはできん。こちらも善意で仕事をしとるわけじゃないんでの」
タバコの煙に当てられたのだろう、しばらく袖やら袂やらをまさぐっていた手を止め、禁煙していることを思い出したらしい社長は少しイライラしながら答えた。
「じゃが、昔からのよしみじゃ。せっかくじゃからとお前たちも招いてやったというのに」
「けど、俺らだけがきれいに残るなんてあんまり出来すぎなんじゃないのか」
たたみかけるのは湯布院さんだった。
「佐倉と犬尾にも聞いたが、俺たちの誰も知らなかったぞ、送迎用のバスがあったなんて」
「ふむ、言うとらんかったかの?けれど君たちは皆いい車を持っとるじゃないか。わざわざ狭いバスに押し込まれるのも嫌じゃろう。どちらにしろバスの案内があったところで、自家用車で来てただろうに」
「こんなに吹雪くって知ってたら来なかったわよ!」
「悪いがこの吹雪はワシにだって想定外じゃ」
「けど、なんだってこの日だったんですか?」
そこにおずおずと口を挟んできたのは、今まであまり目立たず部屋の隅に佇んでいた鈴鐘家の分家、鈴鐘茉緒の夫の誠一さんだった。
「よりによって、あの事故が起きたのと同じ日にだなんて」
初耳だった。
「まあの、ワシとしては鎮魂のつもりもあったんじゃ。ワシには見えんがの、まだあの事故の被害者の霊が彷徨ってるという」
のう宮守君、と話を振られて一同の視線が社に刺さる。うう、気まずい。
「ええ、今は姿を消してしまっていますが、まだどこかにいるようで……」
「この城は無事ワシの手に渡って、きちんと管理する。その記念の祝賀会。なんとまあ、うまい具合に前と似たような条件がそろったもんじゃ」
そう満足げにうなずいたのち、さらに社長は続ける。
「なにしろ宮守君のお祓いも効かないような相手じゃ。その時の人々で、事故の被害者を弔う。そうすれば被害者も浮かばれるかと思っての。なにせもう十年経つんじゃ。そろそろ成仏してもらわんと」
「けど結局悪化したんとちゃいます?もしほんとに幽霊がいるんやとしたら、十年前と同じ顔触れを見て興奮してるんと。一連の騒ぎは幽霊のせいと違います?」
それは、社も思わなくはなかった。確かに施工前に祓ったはずなのに、再び幽霊が現れるだなんて、まるでこの面々に呼び出されたようにも思えた。
「まさか。幽霊がどうやって火事を起こしたりシャンデリアを落としたりするんじゃ」
「じゃあ、設備不備って話になるんじゃないのか。費用をケチったんじゃないのか?ああ寿さんよ」
「ケチったとしたら、そこにいる犬尾君の会社がケチったんじゃないのかの」
急に思わぬ矛先を向けられて犬尾さんがたじろいだ。
「何言っとりますやん。そないなことするわけないでしょ」
「この城のリフォーム、施工会社は犬尾工務店に依頼したんじゃがの」
「なに、じゃあお前が手え抜いたってのか」
湯布院さんの矛先が、あっという間に犬尾さんに向かった。
「あるいは、シャンデリアは佐倉君のところに頼んだんだったかの」
「なに、俺の部屋のシャンデリアが落ちてきたのはお前のせいなのか?」
今度はあっという間に佐倉さんへと矛先が向かった。
「知らないわよ、私は頼まれたものを納品しただけだもの。取りつけなんて一切関わってないし」
「じゃあこの先大浴場で何か起こったら、それは湯布院君のところのせいなんじゃないかの」
「湯布院さんも、ちゃっかりここの改修に一枚噛んでるやないですか」
「そりゃ寿さんから頼まれたら断れんだろ。それに大浴場でなにか起こってたまるか」
もめ始めた三人をよそに、再び誠一さんが口を開いた。
「じゃあ、我々を呼んでくださったのもそのためですか?」
その、鎮魂の。
そう言って誠一さんは落ち着かない様子でしきりにメガネを直すと、はあ、とため息をついて椅子に座ってしまった。
「やっぱり来なかった方がよかったんじゃないかな、ねえ茉緒さん」
「あなた、私たちから寿さんにこの城をお譲りしたいってお話ししたんですよ。しかもこんなきれいにリフォームしてくださって。その完成記念にお呼ばれして行かないだなんて、失礼なことは出来ないでしょう」
気弱な夫を叱りつけるのは茉緒さんだった。分家とは言え跡継ぎは茉緒さんだ、となると誠一さんは入り婿。どうにも頭は上がらないらしい。
「けれどこんな……立て続けに、似たような事故が起こるだなんて」
妻にたしなめられている誠一さんが、か細い声で泣き言を呟く。
「似たような事故?」
まさか呟いた愚痴に反応が返ってくるとは思わなかったのか、誠一さんが少し驚いたように返してくれた。
「え、ええ。停電、天井の落下、火事、それにガス騒ぎ……」
「え、ガス騒ぎもあったんですか?」
「あの時はそれどころじゃなくて知らなかったんですが、天井が落ちた時、廊下にはなんでもドリアンが落ちていたとか」
「ドリアンが?」
「ええ。わかりませんが、同じことが繰り返されてるということは、過去の騒ぎもいたずらではなかったのかもしれません」
そう不安そうに誠一さんは締め括った。
「やっぱりこの城はおかしい。欠陥だらけじゃないか。佐倉の部屋に俺の部屋、しまいにゃ犬尾の部屋も今度はガス騒ぎときたもんだ。寿さんの祝いだからって来たけどね、招待客らに対してこの仕打ちはひどすぎやありませんか」
いつのまにか犬尾さんの騒ぎを聞きつけたらしい湯布院さんが、犬尾さんの休んでいるレストランに乗り込んできた。
「挙句に怪我人に何てことしてくれる。あの人の会社はどういう教育しとるんですか!」
どうやら鶴野さんから受けた〈治療〉を根に持っているらしい。
「それにそこの役に立たない霊能者どもも!何が花嫁姿の幽霊が出る、だ。なんだ、じゃあ一連の騒ぎは幽霊のせいなのか!?」
「いえ、そうではなさそうですが……」
「じゃあ何が原因だって言うんだ、となると設備の不備が原因じゃないか。不動産屋のくせに嘆かわしい!おい、寿さんを連れてこい!どういうつもりで俺たちを呼んだのか問い質してやる」
と責め立てられ、社は対応することも出来ず社長をすごすごと呼びに行ったのだが。
「おー、痛たたたたた……」
「大丈夫ですか、社長。わたくしが手当てを……」
「いい、鶴野君、それだけはやらんでいい」
どこか怪我したとでもいうのだろうか、柘榴の間を覗き込むと、ベッドに腰掛ける寿社長と、それをしきりに心配している鶴野さんの姿があった。
「どうしたんですか、社長」
おおかたぎっくり腰にでもなったのだろうか。などと社が邪推していると、
「それがスリッパの中にガラス片が入ってての。幸い足袋を履いてたおかげでそこまでひどいことにはならんかったが、まあ痛いもんは痛いの」
とところどころから薄く血のにじんでいる足裏を見せてきた。
「スリッパの中にガラス?」
なんだか陰湿なイジメみたいだ。確かに寿社長ならどこかで誰かの恨みも平気で買っていそうだけれど、しかしいったい誰がこの状況でそんなことをするのだろう。一連の騒動と同じ人物だろうか。
「それに石油ストーブもなくなっとるんじゃ」
「ストーブまで?」
言われて社もあたりを見渡したものの、ちゃっかり自分だけ確保していたストーブは見つけられなかった。
「けれどおかしいの、ワシはほとんど部屋におったんじゃが……いつの間にこんなもん入れられたんじゃ?」
そうぼやきつつスリッパをひっくり返せば、少し黄色味がかかった細かいガラス片が落ちてきた。
「これ、もしかして黄水晶の間のシャンデリアですかね?」
「おお、確かに黄色っぽいの。このホテルの中で粉々になったガラス片を用意するなら、確かにあの部屋の壊れたシャンデリアがうってつけじゃの」
「じゃあ、犯人は……湯布院さん?」
けれどいくら嫌がらせだとしても、すぐに足が付くようなものを用いるだろうか。
「さあの、まああやつならワシにいくらでも恨みが……こほん、違うの、逆恨みじゃ、ワシはなにもしとらん」
どうにも湯布院さんとの間にはいろいろあったらしい。
「だが仮にあやつが犯人だとしてものぉ、いったいいつ、どうやって部屋に入ったんじゃ」
寿社長は社と馬虎さんが各自の部屋をまわり始めた頃から自室にこもっていたという。
「じゃあその後は?」
「ああ、犬尾が何やら騒いどると鶴野君に呼ばれての。少し部屋を外したが……しかし部屋にはカギを掛けてたしのぉ。それに大したこともなさそうじゃったから、すぐに戻ったんじゃが」
その間、せいぜい五分程度だったという。
「じゃあ、社長の自作自演……」
「馬鹿もん、なにが楽しくてそんなことするんじゃ」
「そうですよね」
またおかしなことが増えてしまった。
「まあとりあえず大事ではないし、深く考えたところではじまらん。で、宮守君は何の用かね?」
そこで初めて社は社長に、湯布院氏が社長を出せと騒いでいることを告げた。
「ふむ、うるさい男だの。仕方あるまい、レストランまで行けばいいんじゃな?」
とはいえ足裏を痛めている社長は歩くのもままならないらしく、仕方なく社が背に負ぶって応接間に向かうといつの間にかギャラリーが増えていた。被害に遭っていない茉緒さんや誠一さんの姿もある。ここにいないのは修くらいか。
「これは勢揃いで。どうしたのかね」
よいしょ、と社長をレストランのソファーに座らせる。慣れない力仕事ばかりで腰が痛くなってしまった。トントンと叩いていると華ちゃんが寄ってきて、社の近くにあった椅子に腰掛けた。
「華ちゃん、具合はどう?」
「うん、大丈夫。犬尾さんも回復したみたい」
早くも元気を取り戻した犬尾さんは、早速タバコを吸っていた。
「どうしたもこうしたもないわ。あんた一体なんのつもりなんや」
ぷかぷかと煙を吐きながら犬尾さんが口を開いた。
「そもそもなんで俺たちが呼ばれたん?」
「そうだ、あの事故以来、いくらこっちから連絡入れようが無視を決め込んでたくせによ」
加勢したのは湯布院さんだった。
「融資の話、悪い話じゃないだろう?聞く耳くらい持ってくれたっていいじゃないか」
「嫌じゃの。金をドブに捨てるような真似はワシにはできん。こちらも善意で仕事をしとるわけじゃないんでの」
タバコの煙に当てられたのだろう、しばらく袖やら袂やらをまさぐっていた手を止め、禁煙していることを思い出したらしい社長は少しイライラしながら答えた。
「じゃが、昔からのよしみじゃ。せっかくじゃからとお前たちも招いてやったというのに」
「けど、俺らだけがきれいに残るなんてあんまり出来すぎなんじゃないのか」
たたみかけるのは湯布院さんだった。
「佐倉と犬尾にも聞いたが、俺たちの誰も知らなかったぞ、送迎用のバスがあったなんて」
「ふむ、言うとらんかったかの?けれど君たちは皆いい車を持っとるじゃないか。わざわざ狭いバスに押し込まれるのも嫌じゃろう。どちらにしろバスの案内があったところで、自家用車で来てただろうに」
「こんなに吹雪くって知ってたら来なかったわよ!」
「悪いがこの吹雪はワシにだって想定外じゃ」
「けど、なんだってこの日だったんですか?」
そこにおずおずと口を挟んできたのは、今まであまり目立たず部屋の隅に佇んでいた鈴鐘家の分家、鈴鐘茉緒の夫の誠一さんだった。
「よりによって、あの事故が起きたのと同じ日にだなんて」
初耳だった。
「まあの、ワシとしては鎮魂のつもりもあったんじゃ。ワシには見えんがの、まだあの事故の被害者の霊が彷徨ってるという」
のう宮守君、と話を振られて一同の視線が社に刺さる。うう、気まずい。
「ええ、今は姿を消してしまっていますが、まだどこかにいるようで……」
「この城は無事ワシの手に渡って、きちんと管理する。その記念の祝賀会。なんとまあ、うまい具合に前と似たような条件がそろったもんじゃ」
そう満足げにうなずいたのち、さらに社長は続ける。
「なにしろ宮守君のお祓いも効かないような相手じゃ。その時の人々で、事故の被害者を弔う。そうすれば被害者も浮かばれるかと思っての。なにせもう十年経つんじゃ。そろそろ成仏してもらわんと」
「けど結局悪化したんとちゃいます?もしほんとに幽霊がいるんやとしたら、十年前と同じ顔触れを見て興奮してるんと。一連の騒ぎは幽霊のせいと違います?」
それは、社も思わなくはなかった。確かに施工前に祓ったはずなのに、再び幽霊が現れるだなんて、まるでこの面々に呼び出されたようにも思えた。
「まさか。幽霊がどうやって火事を起こしたりシャンデリアを落としたりするんじゃ」
「じゃあ、設備不備って話になるんじゃないのか。費用をケチったんじゃないのか?ああ寿さんよ」
「ケチったとしたら、そこにいる犬尾君の会社がケチったんじゃないのかの」
急に思わぬ矛先を向けられて犬尾さんがたじろいだ。
「何言っとりますやん。そないなことするわけないでしょ」
「この城のリフォーム、施工会社は犬尾工務店に依頼したんじゃがの」
「なに、じゃあお前が手え抜いたってのか」
湯布院さんの矛先が、あっという間に犬尾さんに向かった。
「あるいは、シャンデリアは佐倉君のところに頼んだんだったかの」
「なに、俺の部屋のシャンデリアが落ちてきたのはお前のせいなのか?」
今度はあっという間に佐倉さんへと矛先が向かった。
「知らないわよ、私は頼まれたものを納品しただけだもの。取りつけなんて一切関わってないし」
「じゃあこの先大浴場で何か起こったら、それは湯布院君のところのせいなんじゃないかの」
「湯布院さんも、ちゃっかりここの改修に一枚噛んでるやないですか」
「そりゃ寿さんから頼まれたら断れんだろ。それに大浴場でなにか起こってたまるか」
もめ始めた三人をよそに、再び誠一さんが口を開いた。
「じゃあ、我々を呼んでくださったのもそのためですか?」
その、鎮魂の。
そう言って誠一さんは落ち着かない様子でしきりにメガネを直すと、はあ、とため息をついて椅子に座ってしまった。
「やっぱり来なかった方がよかったんじゃないかな、ねえ茉緒さん」
「あなた、私たちから寿さんにこの城をお譲りしたいってお話ししたんですよ。しかもこんなきれいにリフォームしてくださって。その完成記念にお呼ばれして行かないだなんて、失礼なことは出来ないでしょう」
気弱な夫を叱りつけるのは茉緒さんだった。分家とは言え跡継ぎは茉緒さんだ、となると誠一さんは入り婿。どうにも頭は上がらないらしい。
「けれどこんな……立て続けに、似たような事故が起こるだなんて」
妻にたしなめられている誠一さんが、か細い声で泣き言を呟く。
「似たような事故?」
まさか呟いた愚痴に反応が返ってくるとは思わなかったのか、誠一さんが少し驚いたように返してくれた。
「え、ええ。停電、天井の落下、火事、それにガス騒ぎ……」
「え、ガス騒ぎもあったんですか?」
「あの時はそれどころじゃなくて知らなかったんですが、天井が落ちた時、廊下にはなんでもドリアンが落ちていたとか」
「ドリアンが?」
「ええ。わかりませんが、同じことが繰り返されてるということは、過去の騒ぎもいたずらではなかったのかもしれません」
そう不安そうに誠一さんは締め括った。
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