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閉ざされた城11

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「お、修様。それならわたくしが……」
「馬虎さんには暖炉を見てもらわなきゃいけないんだ、暇なそいつが行けばいい。俺はこの通り忙しいんでね」
 そう言って修が、手元に広げた雑誌を指さした。そこにはどこかで見たような砂漠の絵が載っている。あれ、どこで見たんだっけ?
 けれど怒りに囚われている社には記憶の隅を探す余裕はなかった。止める馬虎さんを振り払い、社は憤怒の形相で厨房に向かっていた。馬虎さんを一人残したのは申し訳ないが、社はあの男とは一緒にいたくなかった。
別に僕は霊能者じゃないし、霊能力者=神職でもないのだけれど。とは言え神に仕える彼らを馬鹿にするのは許せない。まして装束をコスプレ呼ばわりだなんて。
装束なんて夏は暑いし冬は寒いし、別に好き好んで着てるわけじゃないんだぞ!
 勢い余って部屋を飛び出たものの、ホールの地下にあるキッチンへの降り口を思い出せない。当てもなくホールの中をうろついていると、外から足音がするのが聞こえた。誰だろう?
 そっと扉の方へ近づくと、その扉がいきなり開いたものだから社は驚いてひっくり返ってしまった。
「あら、宮守さま。大丈夫ですか?」
 今日何度目かわからない尻もちをついている社に手が差し伸べられる。四十八願さんだった。片手には何やら四角い箱を持っている。
「驚かせてしまったようで申し訳ございません。使い終わった用具を片付けようと参りまして……」
 どうやら抱えているのは湯布院さんを治療、というよりさらに痛めつける凶器となった応急手当のセットのようだった。
「すみません、僕が勝手に転んだだけですから」
 いい年して、扉が開いたぐらいで驚くなんてみっともない、と自己嫌悪にさいなまれながら、四十八願さんの手を借りて立ち上がる。
「修さんにビールを取ってくるよう頼まれて、厨房に来たんですけど。でも場所がどこだかわからなくて」
 僕は一度、来たことがあるはずなのに。
「修さまが、宮守さまに?」
 そこで社は事情を説明した。説明する口調に、憎々しさが混ざったのは否定しない。
「それはまあ、申し訳ございませんでした。わたくしがお持ちしておきますので、宮守さまはどうぞお戻りください」
「でも、どうせ僕も修さんの部屋に戻らなきゃならないんです。馬虎さんを置いてきちゃったから」
 それに、別に夜中に漁るつもりもないけれど、厨房がどこにあるのかがなんとなく気になったのもある。
「そうですか、ではこちらへ」
 なぜだか四十八願さんは暖炉の方へ歩いていく。暖炉の脇に、料理用のエレベーターがあるのは社も見かけた。パーティーの時はバラの花輪で隠されていたけれど、そこから続々と料理が並べられていくものだから思わず覗いたのだ。
 まさかあれで降りるわけないだろうな、そう思っているとそのすぐ真下の床を、事も無げに四十八願さんが開けたではないか。
「え?地下収納?」
「まあ、そのような感じでございますね。階段は狭いのでお気をつけください」
 なんだか宝探しをしているかのような気分で地下へと降れば、思いのほか広い空間がそこにはあった。ここが本当にホテルとして営業するならば、確かにこれくらい必要なのかもしれない。鈍いシルバーの調理台は、人ひとり横に慣れそうなほど広い。
「これ、この台とか冷蔵庫とか、どうやって運び入れたんですか?」
 壊れたら買い換えるのが大変そうだ。それ以前に、食材を運び込むだけでも苦労しそうではある。ただでさえこの城に入るまでに階段を百段以上登らなければならないし、およそバリアフリーという言葉とは縁遠い建物だ。
 社長、本当にここをホテルとして経営していくつもりなのだろうか。
「なんでもこの城が建てられたのが明治時代で、そのころはこのような大きな家電はございませんでしたから。戦後間もなくの頃再建したのですが、同じ間取りで建て直してしまったそうで。結局厨房の位置はずっと変わっていないそうです」
「え、じゃあつまり、ここにある家電はそれからずっと使ってるんですか?」
「いえ、さすがにそれは。壊れたら修理をして、それでも直らなかったら部品を持ってきて、ここで組み立ててもらっていたそうです。わたくしも金雄さまの頃から仕えていた程度ですので、これもまた聞きではありますが」
 なんでも、四十八願さんがこの城で働き始めた頃、一緒に働いていた料理人に教えてもらったという。
「へえ、その料理人もきっと不便だと思ってたんでしょうね」
「そうかもしれません。八重さんも、私と入れ替えのようにここを辞めてしまいましたから」
「ヤシゲさん?」
「当時の料理人の名前です。八に重なるで八重さん」
「へえ、四十八願さんも変わったお名前ですけど、八重さんもあまり聞きませんよね」
「ええ、名前に同じ数字が入っているので、何となく親近感もあって。向こうは駆け出しの料理人で、腕はまあ良かったようですがそれ以上に口が達者で。入ったばかりの私に、いろいろなお話をして下さいました」
 その時、八重さんがどこから仕入れたのか、この城にまつわる話をいろいろと聞かせてくれたらしい。
「でも辞めちゃったんですよね。狭いところで料理するのが嫌になったのかな」
「ある日突然来なくなってしまって。近々結婚するとは聞いていたので、それでかとは思いますけど」
 曰く、『彼女と俺は結ばれるべく生まれてきた』とのことだったらしい。
「はあ、なんというか……情熱的な人なんですね。結構若い人だったんですか?」
「ええ。成人したてだったと思います。ここはあまり若い人が働くには、華やかではありませんからね」
 それもそうかもしれない。その人だって、どうせなら一流レストランとか、老舗料亭で腕を磨いて、自分の店を出したかったのかもしれない。結婚するというならばなおさら。
「とはいえあまり突然のことでしたから大変でした。料理人がいなくなってしまって、結局わたくしが料理まで担当する羽目になりまして」
「それは……大変ですね」
「ええ、本当に。正直使い勝手も良くなくて苦労しました。けれどこの不便な厨房も、今回のパーティーで使い納めだそうで」
「使い納め?」
「ええ、さすがにこれでは降りるだけでも不便ですし、そもそもレストランの位置がここからでは離れておりますでしょう?」
 そう言われて社はこの建物の見取り図を頭の中に開いた。確かに、ホールとは別にレストランが備えられていた。だから社はなぜわざわざホールでパーティーを開くのかを社長に確認したほどだ。曰く、そのほうが面白いじゃろ、と理由になっているようでなっていない答えしか返ってこなかったが。
「だからここも今日のパーティーが終わったら、コンクリートを流し込んで埋めてしまうそうです」
「埋めちゃうんですか?」
 それはそれでもったいないような気がする。
「ええ、ホールはお客様が立ち入られるエリアですし、万一お子様などが興味をもってあの地下への扉を開いて降りてしまったりしたら危険ですから」
 そう言われてしまえばそうかもしれない。そうだ、僕も昔ウッカリ降りて、何か……危険な目に遭ったじゃないか。
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