28 / 77
閉ざされた城9
しおりを挟む
「またなんかあったんですか?」
突如として湧きあがった叫び声に、思わず馬虎さんが身構える。
「今の、湯布院さんの声ですよね?」
が、一方寿社長は呑気なもので、「なに気にしなくていい」ときたものだ。
「気にしなくてって……あんな断末魔の叫びみたいな声聞いたら気になっちゃうじゃないですか」
大丈夫なのか、という表情をしているのは華ちゃんだ。それもそうだろう、立て続けに嫌なことばかり続いている。どうしたって不安になるだろう。
それは他の客らもそうだったらしい。扉を開けて、廊下を覗き見ている犬尾さんの姿が見えた。部屋でもタバコを吸っているのか、扉を開けただけでもう臭い。
「今のはなんや?やれ火事が収まったと思ったら、さっきもぎょうさん大きな音がしてはったし」
離れた碧玉の間から、犬尾さんが声を張り上げている。わざわざ火事現場を越してこちらまで来るつもりはないらしい。
「大丈夫じゃ、誰も死んでなんておらんよ」
「死ぬだなんて、不吉なこと言いますなぁ」
「なに、湯布院君が治療を受けているだけだ」
「治療って。どんな大けがしたんです?」
「ガラス片で少し怪我をした程度じゃ」
「でも、それを治すだけでこんな悲鳴出ます?いくら消毒液がしみたって、いい大人がこんな大声出すわけないじゃないですか」
まったく、あのセクハラおやじはまるで子供じゃないか。
「それがの、鶴野君の治療はなぜだか受けると悪化するんじゃ」
「悪化って」
「本人としてはちゃんとやってるつもりなんだが、どうにも傷口に消毒液を塗りたくるわ傷口を広げるわ、包帯はきつく縛るわで、まあえらい目に遭う」
「もしかして、社長も遭ったことがあるんですか」
「さよう。……鶴野君は基本的には器用で賢いんじゃが、時折突拍子もないことをするからの」
「それは……」なぜ彼女を秘書に据えているのだろう。もしかしたら弱みでも握られているのだろうか。そう社が勘ぐっているうちに、犬尾さんは大したことがないことがわかると安心したのだろうか、自室へと戻ってしまった。
「さて、どうしたものかの」
立て続けに二部屋ダメになってしまった社長がぼやいた。
「どうして落ちてきてしまったんじゃろうな。リフォームは犬尾の会社に依頼したんだが、あいつ手を抜いたのか?」
「とりあえず、どうして落ちてしまったのか確認したほうがいいでしょう。もし手抜きが原因なら、他の部屋も危ない。それと、とりあえず全室の暖炉を再点検したほうがいいかもしれません。出火の原因が佐倉様ではないというなら、設備に不備があったと考えるのが妥当です」
「そうじゃの、エアコンもロクにつけられんのに暖炉まで使えないとなると、本当に凍え死んでしまうわ」
そこで寿社長は寒さを思い出したのだろうか、両腕で身体を抱き寒がるしぐさをした。
「それじゃあ全室の点検は馬虎君頼んだの。ああ、なんならそこの宮守君にも手伝わせてやってくれ」
「なんで僕まで」
「時間外労働なんじゃろ、じゃあしっかり働かないと。わしはちと自室で布団にくるまっとるわ」
ちゃんと残業代は付けてやるからの、そう言って社長はホールを越えて柘榴の間へと戻って行ってしまった。
「私は事故現場の検証……って言いたいところなんだけど、この有様だと下手に入っても怪我するだけだし、火事現場の検証は専門外だからなぁ」
華ちゃんは本領発揮できずに残念そうだ。
「聞き込みの続きどころでもなさそうだし」
そう言えばそもそも、十年前の事故を調べようとしていたんだっけ。社は思い出す。それどころか立て続けに二件事故が続いてしまったので、確かにそれどころではない。
が、まだどこかに萌音がいるのだとしたら、彼女の依頼もこなしておかないと自分の身が危うい。首もとに触れると、なんだかそこだけ妙に熱い気がした。
「佐倉さんは機嫌悪そうだし、修さんは相手してくれなさそうだし。茉緒さんと誠一さん、犬尾さんの三人は話ぐらい聞いてくれそうだけど、でもこの状況で十年前の事故が実は殺人事件だったんじゃないですかなんて言って、下手に不安を煽るのもなぁ」
華ちゃんは一連の騒動で疲れたのだろうか、あまり乗り気ではないようだった。
「馬虎さん、お風呂は大丈夫なんですよね?」
「はい、ガスは普通に使えますから」
「じゃあもう一回お風呂入ってこようかな、身体も冷えちゃったし、なんだか焦げ臭いし」
着ている半纏をくんくんしながら言う華ちゃんに、社は縋りつく。ここはぜひ彼女に頑張ってもらわないと命が危ない。やっぱりもしかしなくても、時間が経つにつれ呪いが広がって、やがて生きながら首がぽきりと折れてしまうのではないか。
「けど、もう八時だし、聞けるなら今のうちに聞いた方がいいんじゃないかな。九時を過ぎちゃうと寝ちゃう人もいるかもしれないし」
「ええ、私一人で聞いて来いっていうの?」
「だって、僕は社長から業務命令受けちゃったし……」
それに、社が付いて行ったところでうまく聞き出せる自信もなかった。
「じゃあ今度フレンチでもおごってね」
「わかった」
費用は社長にうまい具合に出してもらおう、そう算段して社はうなずいた。
「じゃあ、二手に分かれようか」
突如として湧きあがった叫び声に、思わず馬虎さんが身構える。
「今の、湯布院さんの声ですよね?」
が、一方寿社長は呑気なもので、「なに気にしなくていい」ときたものだ。
「気にしなくてって……あんな断末魔の叫びみたいな声聞いたら気になっちゃうじゃないですか」
大丈夫なのか、という表情をしているのは華ちゃんだ。それもそうだろう、立て続けに嫌なことばかり続いている。どうしたって不安になるだろう。
それは他の客らもそうだったらしい。扉を開けて、廊下を覗き見ている犬尾さんの姿が見えた。部屋でもタバコを吸っているのか、扉を開けただけでもう臭い。
「今のはなんや?やれ火事が収まったと思ったら、さっきもぎょうさん大きな音がしてはったし」
離れた碧玉の間から、犬尾さんが声を張り上げている。わざわざ火事現場を越してこちらまで来るつもりはないらしい。
「大丈夫じゃ、誰も死んでなんておらんよ」
「死ぬだなんて、不吉なこと言いますなぁ」
「なに、湯布院君が治療を受けているだけだ」
「治療って。どんな大けがしたんです?」
「ガラス片で少し怪我をした程度じゃ」
「でも、それを治すだけでこんな悲鳴出ます?いくら消毒液がしみたって、いい大人がこんな大声出すわけないじゃないですか」
まったく、あのセクハラおやじはまるで子供じゃないか。
「それがの、鶴野君の治療はなぜだか受けると悪化するんじゃ」
「悪化って」
「本人としてはちゃんとやってるつもりなんだが、どうにも傷口に消毒液を塗りたくるわ傷口を広げるわ、包帯はきつく縛るわで、まあえらい目に遭う」
「もしかして、社長も遭ったことがあるんですか」
「さよう。……鶴野君は基本的には器用で賢いんじゃが、時折突拍子もないことをするからの」
「それは……」なぜ彼女を秘書に据えているのだろう。もしかしたら弱みでも握られているのだろうか。そう社が勘ぐっているうちに、犬尾さんは大したことがないことがわかると安心したのだろうか、自室へと戻ってしまった。
「さて、どうしたものかの」
立て続けに二部屋ダメになってしまった社長がぼやいた。
「どうして落ちてきてしまったんじゃろうな。リフォームは犬尾の会社に依頼したんだが、あいつ手を抜いたのか?」
「とりあえず、どうして落ちてしまったのか確認したほうがいいでしょう。もし手抜きが原因なら、他の部屋も危ない。それと、とりあえず全室の暖炉を再点検したほうがいいかもしれません。出火の原因が佐倉様ではないというなら、設備に不備があったと考えるのが妥当です」
「そうじゃの、エアコンもロクにつけられんのに暖炉まで使えないとなると、本当に凍え死んでしまうわ」
そこで寿社長は寒さを思い出したのだろうか、両腕で身体を抱き寒がるしぐさをした。
「それじゃあ全室の点検は馬虎君頼んだの。ああ、なんならそこの宮守君にも手伝わせてやってくれ」
「なんで僕まで」
「時間外労働なんじゃろ、じゃあしっかり働かないと。わしはちと自室で布団にくるまっとるわ」
ちゃんと残業代は付けてやるからの、そう言って社長はホールを越えて柘榴の間へと戻って行ってしまった。
「私は事故現場の検証……って言いたいところなんだけど、この有様だと下手に入っても怪我するだけだし、火事現場の検証は専門外だからなぁ」
華ちゃんは本領発揮できずに残念そうだ。
「聞き込みの続きどころでもなさそうだし」
そう言えばそもそも、十年前の事故を調べようとしていたんだっけ。社は思い出す。それどころか立て続けに二件事故が続いてしまったので、確かにそれどころではない。
が、まだどこかに萌音がいるのだとしたら、彼女の依頼もこなしておかないと自分の身が危うい。首もとに触れると、なんだかそこだけ妙に熱い気がした。
「佐倉さんは機嫌悪そうだし、修さんは相手してくれなさそうだし。茉緒さんと誠一さん、犬尾さんの三人は話ぐらい聞いてくれそうだけど、でもこの状況で十年前の事故が実は殺人事件だったんじゃないですかなんて言って、下手に不安を煽るのもなぁ」
華ちゃんは一連の騒動で疲れたのだろうか、あまり乗り気ではないようだった。
「馬虎さん、お風呂は大丈夫なんですよね?」
「はい、ガスは普通に使えますから」
「じゃあもう一回お風呂入ってこようかな、身体も冷えちゃったし、なんだか焦げ臭いし」
着ている半纏をくんくんしながら言う華ちゃんに、社は縋りつく。ここはぜひ彼女に頑張ってもらわないと命が危ない。やっぱりもしかしなくても、時間が経つにつれ呪いが広がって、やがて生きながら首がぽきりと折れてしまうのではないか。
「けど、もう八時だし、聞けるなら今のうちに聞いた方がいいんじゃないかな。九時を過ぎちゃうと寝ちゃう人もいるかもしれないし」
「ええ、私一人で聞いて来いっていうの?」
「だって、僕は社長から業務命令受けちゃったし……」
それに、社が付いて行ったところでうまく聞き出せる自信もなかった。
「じゃあ今度フレンチでもおごってね」
「わかった」
費用は社長にうまい具合に出してもらおう、そう算段して社はうなずいた。
「じゃあ、二手に分かれようか」
0
お気に入りに追加
11
あなたにおすすめの小説
【完結】Amnesia(アムネシア)~カフェ「時遊館」に現れた美しい青年は記憶を失っていた~
紫紺
ミステリー
郊外の人気カフェ、『時游館』のマスター航留は、ある日美しい青年と出会う。彼は自分が誰かも全て忘れてしまう記憶喪失を患っていた。
行きがかり上、面倒を見ることになったのが……。
※「Amnesia」は医学用語で、一般的には「記憶喪失」のことを指します。
仮題「難解な推理小説」
葉羽
ミステリー
主人公の神藤葉羽は、鋭い推理力を持つ高校2年生。日常の出来事に対して飽き飽きし、常に何か新しい刺激を求めています。特に推理小説が好きで、複雑な謎解きを楽しみながら、現実世界でも人々の行動を予測し、楽しむことを得意としています。
クラスメートの望月彩由美は、葉羽とは対照的に明るく、恋愛漫画が好きな女の子。葉羽の推理力に感心しつつも、彼の少し変わった一面を心配しています。
ある日、葉羽はいつものように推理を楽しんでいる最中、クラスメートの行動を正確に予測し、彩由美を驚かせます。しかし、葉羽は内心では、この退屈な日常に飽き飽きしており、何か刺激的な出来事が起こることを期待しています。
支配するなにか
結城時朗
ミステリー
ある日突然、乖離性同一性障害を併発した女性・麻衣
麻衣の性格の他に、凶悪な男がいた(カイ)と名乗る別人格。
アイドルグループに所属している麻衣は、仕事を休み始める。
不思議に思ったマネージャーの村尾宏太は気になり
麻衣の家に尋ねるが・・・
麻衣:とあるアイドルグループの代表とも言える人物。
突然、別の人格が支配しようとしてくる。
病名「解離性同一性障害」 わかっている性格は、
凶悪な男のみ。
西野:元国民的アイドルグループのメンバー。
麻衣とは、プライベートでも親しい仲。
麻衣の別人格をたまたま目撃する
村尾宏太:麻衣のマネージャー
麻衣の別人格である、凶悪な男:カイに
殺されてしまう。
治療に行こうと麻衣を病院へ送る最中だった
西田〇〇:村尾宏太殺害事件の捜査に当たる捜一の刑事。
犯人は、麻衣という所まで突き止めるが
確定的なものに出会わなく、頭を抱えて
いる。
カイ :麻衣の中にいる別人格の人
性別は男。一連の事件も全てカイによる犯行。
堀:麻衣の所属するアイドルグループの人気メンバー。
麻衣の様子に怪しさを感じ、事件へと首を突っ込んでいく・・・
※刑事の西田〇〇は、読者のあなたが演じている気分で読んで頂ければ幸いです。
どうしても浮かばなければ、下記を参照してください。
物語の登場人物のイメージ的なのは
麻衣=白石麻衣さん
西野=西野七瀬さん
村尾宏太=石黒英雄さん
西田〇〇=安田顕さん
管理官=緋田康人さん(半沢直樹で机バンバン叩く人)
名前の後ろに来るアルファベットの意味は以下の通りです。
M=モノローグ (心の声など)
N=ナレーション
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
カフェ・シュガーパインの事件簿
山いい奈
ミステリー
大阪長居の住宅街に佇むカフェ・シュガーパイン。
個性豊かな兄姉弟が営むこのカフェには穏やかな時間が流れる。
だが兄姉弟それぞれの持ち前の好奇心やちょっとした特殊能力が、巻き込まれる事件を解決に導くのだった。

秘められた遺志
しまおか
ミステリー
亡くなった顧客が残した謎のメモ。彼は一体何を託したかったのか!?富裕層専門の資産運用管理アドバイザーの三郷が、顧客の高岳から依頼されていた遺品整理を進める中、不審物を発見。また書斎を探ると暗号めいたメモ魔で見つかり推理していた所、不審物があると通報を受けた顔見知りであるS県警の松ケ根と吉良が訪れ、連行されてしまう。三郷は逮捕されてしまうのか?それとも松ケ根達が問題の真相を無事暴くことができるのか!?
コドク 〜ミドウとクロ〜
藤井ことなり
ミステリー
刑事課黒田班に配属されて数ヶ月経ったある日、マキこと牧里子巡査は[ミドウ案件]という言葉を知る。
それはTMS探偵事務所のミドウこと、西御堂あずらが関係する事件のことだった。
ミドウはマキの上司であるクロこと黒田誠悟とは元同僚で上司と部下の関係。
警察を辞め探偵になったミドウは事件を掘り起こして、あとは警察に任せるという厄介な人物となっていた。
事件で関わってしまったマキは、その後お目付け役としてミドウと行動を共にする[ミドウ番]となってしまい、黒田班として刑事でありながらミドウのパートナーとして事件に関わっていく。
ARIA(アリア)
残念パパいのっち
ミステリー
山内亮(やまうちとおる)は内見に出かけたアパートでAR越しに不思議な少女、西園寺雫(さいおんじしずく)と出会う。彼女は自分がAIでこのアパートに閉じ込められていると言うが……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる