ことぶき不動産お祓い課 事故物件対策係 ~魔女の城編~

鷲野ユキ

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閉ざされた城8

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そう怒鳴って湯布院氏は部屋の内側が見えるように扉を大きく開くと、中には無残な姿のガラス片が飛び散っていた。
「それで、湯布院さまはお怪我はありませんでしたか?」
 四十八願さんが声を掛ける。「あれだけガラス片が飛び散っているなら、どこか怪我をされてるのでは……」
「あんまり寒いもんで頭まで布団をかぶって寝てたからな。少し切り傷が出来たぐらいだ。せっかく火事騒ぎも収まってFXの続きをしようと思ったら、急にネットがつながらなくなりやがった。まあおかげで助かったけどな。あのまま仕事をしていたら大けがだ」
 そう言って湯布院氏が部屋の中を見回した。照明器具を失って、部屋全体が薄暗い。本来それがあった天井部分は、シャンデリアの重さに耐えかねたのか、照明器具を取り付けるソケットが天井から引きずり出されたようになっている。そこから真下より少しそれたあたりに、無残なガラスの塊が落ちていた。
ベッドは壁際にあるので、落下したシャンデリアの直撃を免れている。一方テーブルの上の新聞とノートパソコンは、ガラス片でぐしゃぐしゃだった。あと数歩でシャンデリアの下敷きだ。一方湯布院さんが横になっていたというベッドの上には、細かい破片と、破片によって切り裂かれてしまったのだろうか。ひどくボロボロに破けたシーツが掛けられていた。さらにその隣のカーテンにもガラスの塊が飛び散ったのか、カーテンレールが少し歪んでいた。
「わあ、こんなとこまで壊れてる」
華ちゃんは散らばったガラス片を器用に避け、シャンデリアのあった場所から「一、二、三、四、五」とブツブツ言いながら大股に窓辺に近づくと、しげしげと歪んだレールを眺めている。
「ん?なんか、これ……」
 掛けられたカーテンをめくり、上の方をよく見ようと華ちゃんが背伸びすると、
「あいたたたたたっ!」
 と殊更に湯布院さんが騒ぎ出すではないか。
「どうしたんですか?湯布院さん」
「どうしたもこうも、俺ぁ怪我人だぞ、怪我人ほっといてなに窓の外なんて見てるんだ」
「いえ、窓の外じゃなくて、この……」
「何だっていいが、とにかくここ怪我してるんだ、ほら誰か手当せんか」
 と駄々をこねる子供の様にうるさい。
「でもさっき、少し切り傷が出来たくらいだって……」
「驚いて痛みに気が付かなかっただけだ。ほらここ、血が出てる。おお痛い!」
 そう言う湯布院さんの腕や頬には、確かにうっすらと血がにじんでいる。
「でも、そのくらい」
 華ちゃんがふてくされて返せば、けれど怪我をしたお客を放っておくことは出来ない、と真面目な四十八願さんは判断したのだろう。
「湯布院さま、やはりお怪我をされているようですし、とりあえずそちらの傷を手当してもよろしいでしょうか」と心配して彼女が言えば、
「あ、ああ。けれどどうせ手当てしてもらうなら、おばさんより若い子の方がいいなぁ」と、こんな状況でも湯布院の女好きは通常営業らしい。ニマニマと華ちゃんの全身を舐めまわすように見始めたので、思わず社は彼女の前に立ち視線からその姿を隠した。
「なんだ、見たって減りやしないだろ」
「ふむ、湯布院君。女性にオバサンとは失礼極まりないが」
「お前らだって言ってるじゃないか。そこの霊能者。佐倉のことをピンクオバサン呼ばわりじゃないか」
「うぐ」
 この男、意外と地獄耳の様だ。発言には気をつけようと社がオロオロしていると、ため息をついて社長が仕方なく、というように口を開いた。
「ならば鶴野君、こやつの手当てをしてやってくれ。四十八願君すまんの、応急手当はどこにあったかの?」
「はい、今お持ちいたします。とりあえず、会議室に参りましょう。それと、馬虎の部屋を湯布院さまに明け渡しますので」
「そうですね、では私は会議室に……」
 そう四十八願さんと馬虎さんが親切に提案したものの、
「俺はもうこの城にはうんざりだ。けどそうだな、美人が添い寝してくれるなら考えてもやらないが。そうだ鶴野ちゃん、君の部屋に泊めてくれよ」
 などと聞く耳持たず、湯布院は鶴野さんと四十八願さんを従えて去って行ってしまった。
「あれ、鶴野さん大丈夫なんですか?」
 彼女の身を案じたのは華ちゃんだった。
「あんなセクハラおやじと一緒にしちゃって」
「なに、大丈夫だろう」
「大丈夫って」
 か弱い女性をあんな男におとなしく渡してしまうだなんて、なんて社長は冷たい人間なのだろう、そう社が憤ると、
「鶴野君はあれで柔道五段じゃ」
とこともなげに社長が手を振った。「湯布院君じゃ太刀打ちできんよ」
 それに対し声を上げたのは華ちゃんだった。
「嘘でしょ?私だって警察学校で習ったけど、ようやく初段を取った程度なのに」
 本当に人は見かけによらないものだ。まさかあの鶴野さんがそんなに強いとは。
「けれど鶴野君の得意技をお見舞いするほどじゃなかろう。少々お灸をすえてやる程度でな」
「お灸?」
 そう華ちゃんが小首をかしげた時だった。
「ぎゃあああああああ!」
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