ことぶき不動産お祓い課 事故物件対策係 ~魔女の城編~

鷲野ユキ

文字の大きさ
上 下
21 / 77

閉ざされた城2

しおりを挟む
「なに、そんなに隣が良かったの?」
 散々パーティーで食べたはずなのに、人が食べているのを見ていると人間、なぜだかお腹が空いてくるものだ。ちゃっかり割り箸を持ち、社の晩餐に参加しているのは華ちゃんだった。
 華ちゃんの金剛石の間と、社の珊瑚の間の間には、ホールと同じく円形の会議室が設けられている。会議室とはいえそこは殺風景なパイプ椅子と長机が置かれているわけではもちろんなく、そこもまた贅の限りを尽くされた、なんとか織りの生地で出来た椅子だの、マガボニーの机だの、とにかく豪華すぎて却って会議に集中できないような部屋となっている。
なので、そこそこ珊瑚と金剛石の間の間には距離がある。と言っても歩いて数十歩程度だったが。
「いや別に、そう言うわけじゃないけど。でも、なんか嫌な予感がするからさ」
 歩いて数十歩の距離とは言え、何かあったらでは遅いのだ。
「嫌な予感?それは神社の息子の予感?」
「どうかな。てか普通に考えて嫌だと思うけど。吹雪で閉じ込められて帰れないとか。そもそも幽霊がいるんだよ、ここ」
 特に社に至っては、その呪いを一番に受ける可能性の高い被害者候補だ。
「でもかわいい幽霊なんでしょ、むしろラッキーなんじゃないの」
「ラッキーって」
 そんなわけあるか、と社はザックリ切れた萌音の首元を思い出してしまい、思わず箸を止めてしまった。
「見えないからそう思うだけだよ」
 せっかく楽しみに取っておいた真っ赤なイチゴのゼリーに手を付ける気も起らず、それを華ちゃんに押し付ける。ああ、残念。
「それに、なにもかもうまくいきすぎてる気がする。まるで十年前の再来じゃないか。こんなことってある?当時の関係者が一堂に会するなんて」
「それはお宅の社長さんに聞いてみないとわからないけど」
 ヒールに疲れた脚を伸ばし、華ちゃんは渡されたデザートを嬉しそうに頬張っている。
「でもホントすごいよね、社くんの就職先。こんなに羽振りが良くって羨ましい」
「公務員の方が安定してていいと思うけど」
 公務員ならば、さすがにこんな怪しい仕事をさせられることもないだろうし。
「まあいかに状況が十年前に似通っていたとしても、いくらなんでも寿社長に天候を操れるわけもないんだし、あくまでも偶然だと思うけどな」
 華ちゃんはちゃっかり大浴場の天然温泉まで入って旅行気分を満喫しているらしい。すっかりバスローブ姿でくつろぐ彼女に、至って気楽な様子で返される。
「むしろ温泉まで入れて得した気分だし。ドレスの着替え持ってきてて良かった」
 さすがに女性陣はドレス姿のまま会場まで来るのは寒かったらしく、こちらで着替える人が多かった。その為にパーティー前に会議室が一時女性用更衣室として解放されたくらいだった。
「それに、天気が悪くなる前に帰ることも出来たんだから。もし十年前と似たような状況になってなにか都合が悪いっていうならさっさと帰ってるでしょ。その、前にいた人たちだって」
「そうだけどさ」
「変に気張らずに楽しめじゃいいじゃない。温泉、入ってきたら?」
「そんな場合じゃないよ。僕にはこの城に出る幽霊をどうにかしてくれって指示が出てるんだ。それを履行しなかったら、社長になんて言われるか」
「そしたら萌音ちゃんには悪いけど、無理にでもお帰り願えばいいじゃない。社くんにはそれが出来るんでしょう?」
「それが駄目だったんだって。だから、あれが事故だの事件だのって調べなきゃなんだけど。もし僕が夜中、幽霊に殺されでもしたらどうするんだよ。華ちゃん助けに来てくれるのか?」
 そう、数十歩の距離が命取りになるかも知れないのだ。それに不安な点があった。萌音に口づけされた首もと。初めこそ蚊に刺された程度にしか思っていなかったが、なんだか段々赤みが広がっているような気がするのだ。どうしよう、ここから徐々に腐っていって、萌音みたいに首がポロリと取れてしまったら。
彼女の言っていた『アタシと同じにしてあげる』は、そういう事なんじゃないだろうか。
「調べろっていってもねえ。寿社長からは一通り話も聞いたし、聞いた限りじゃあの人が何かしたわけでもなさそうだし」
 そんな社の杞憂など知らない華ちゃんは、デザートをぺろりと平らげてしまった。食べ終えて口さみしくでもなったのだろうか。彼女は血色のいい唇を舐めながら言った。
そんなに言うなら聞き込みしてみる?と。
「ちょうど他の部屋も見て見たかったんだよね。まさか、全部の部屋のシャンデリアが違うなんて思わなかったんだもの。すごくない?」
 どうやらそれは建前だったようで、彼女は目を輝かせながら本音を語った。
「金剛石の間のシャンデリアはシンプルだけどすっごくきれいなの。透明なガラスが本当にダイヤみたいで。で、社くんの珊瑚の間は南国みたいなんだもの。ビックリしちゃった」
 いつの間にかシャンデリア愛好家になったらしい華ちゃんが、鼻息荒く自室にあるというガラスのシャンデリアの写真を社に見せつけた。
「確かこれは、後から社長が買いそろえたって言ってたよね」
「わざわざ部屋に合わせるなんて、さすがインテリア産業まで手を伸ばしてるだけあるよねえ寿さん」
 不動産業に飽き足らず、寿社長はセレクト家具備え付けの別荘を富裕層向けに売って一儲けしている。金持ちだから一流のはず、ならばセンスがいいとも限らないもので、そんなインテリア音痴の人間にそれはそれは立派な邸宅を用意したところこれがまあ売れるのだ。
「ね、とりあえずは四十八願さんとこに行かない?」
 華ちゃんがどうにも気に入ったのか、黒のストールを抱きしめながら言った。
「近いし。それにこれ、返しに行かなきゃ」
「でもそれがないと寒いんじゃない?」
「大丈夫、さっきはドレスだったから薄着だったけど、部屋に半纏があるの見つけたから」
「半纏て」シャンデリアのある部屋で半纏姿というのも違和感しかないけれど、まあ暖かいのは確かだろう。
「それに部屋はエアコンどころか床暖まで付いてるし、この感じならもう大丈夫でしょ」
「でも、それ気に入ってるんじゃないの?」
 あれが寿社長が用意したものなら、華ちゃんのことだ、ねだれば貰えるんじゃないのと社が返せば、
「たぶん、これ四十八願さんの私物だろうし、早く返さないと悪いし」 
 と少し残念そうに華ちゃんが言った。やっぱり狙ってたんだな。
「私物?」
「うん、ここにA・Yって刺しゅうしてあるんだもの」
 そう言って華ちゃんがストールの裾の方をつかむと、そこにはストールと同色の、けれど光沢のある糸でイニシャルが刺しゅうされていた。
「良く見つけたね、こんなの」
「あんまり肌触りがいいから、どこのブランドのかなって見てたんだ。結局わからなかったんだけど、このYって四十八願さんのYだよね」
「たぶん。じゃあ、名前は明美とか、綾子とかそんな感じなのかな」
「どうなんだろ、聞いてみよっか。ついでにどこで買えるのかも教えてもらお」
 一度部屋に戻り、私服に着替え半纏を装備した華ちゃんと、いまだ礼服姿でぜんぜんくつろげていない社の二人は、金剛石の間の隣、翡翠の間をノックした。扉には鍵と同じなのだろう、緑色の石が貼り付けられていた。
「すごい、これも本物なのかな」
「僕に聞かれてもわからないよ」
 時間はまだ七時過ぎだが、広い城内は静かだった。時折カタカタと風が雪を追い立てる音が聞こえてくるぐらい。そんななか、ノックの音は良く響いた。
「……どうかされましたか?」
 部屋からは、着物を脱ぎ、すっかり動きやすい格好をした四十八願さんが顔を出した。
「なにか不具合でもございましたでしょうか」
「いえ、お休みのところを申し訳ありませんでした。こちらをお返しに」
「まあ、わざわざ申し訳ありません」
 丁寧に折りたたんだストールを返しながら華ちゃんが続ける。
「それと、出来ればなんですけど。私すっかりこのお屋敷のシャンデリアに感動しちゃって。あれ、全部の部屋で違うんですね。で、出来れば皆さんのお部屋のも見せてもらえればって思って……」
「ああ、そうでございましたか。それならば構いませんよ、今わたくしの荷物を片付けてまいりますので、少々お待ちください」
 そう言われ冷える廊下で二人が待っていると、ほどなくして扉が再び開けられた。
「申し訳ありません。お寒かったでしょう。暖房の他に暖炉にも火をくべましたから、どうぞお暖まり下さい」
「わあ、すみません」
 嬉々として、華ちゃんが暖炉に寄っていく。思いのほか室内は薄暗く、そこは洒落たカフェのような雰囲気を醸し出していた。
華ちゃんより、明らかに僕の方が寒いんだけど、と半纏を着るのを拒否した社は炎の元に近づきたい誘惑から逃れつつ、それとなく話を切り出すことにした。
「すごいですね。これ、本物の植物ですか?」
 見上げれば天井いっぱいに広がるシャンデリア。いや、シャンデリアというよりは、まるでアマゾンで空を見上げたかのような景色だった。うっそうとした葉のようなものが、照明器具を覆っている。
「さすがにフェイクグリーンのようですが。じゃなきゃ水やりが大変ですもの」
 我ながら馬鹿な質問をしたな、と思いつつ、四十八願さんが丁寧に答えてくれた。
「グリーンシャンデリアなんて、おしゃれ女子の部屋じゃない!」
「まあ、きれいには違いなんですが、少々明るさが足りませんね」
 喜ぶ華ちゃんに苦笑しながら、四十八願さんが部屋に備え付けられた照明の類の電源をどんどん入れていってくれたおかげで、ようやく部屋全体が見渡せるようになった。
「部屋のお手入れをしていたので、このような部屋だとは知ってはいたのですが。なにぶん夜に入ったことがないもので、わたくしも驚きました」
「ああ、これらは寿社長が後から取り付けたんでしたっけ」
「ええ、以前も確かに凝ったお部屋ではありましたが、ここまで変わったお部屋ではありませんでしたから」
 そう言う四十八願さんの声は、少し懐かしそうだった。
「四十八願さんは、昔もこちらで働かれていたんですよね」
「そうです。もっとも、あんなことが起こってしまってお役御免になってしまいましたが」
「僕、その時にお屋敷にいた女の子の幽霊が見えるんです、って言ったら四十八願さん、信じてくれますか?」
「女の子……ああ、この城にドレス姿の幽霊が現れるっていう噂ですか?」
 そう答える四十八願さんは、馬虎さんと違ってあまり本気のようでないようだった。軽く微笑みながら彼女が口を開く。
「確かに寿さまからは、幽霊の除霊に霊能者の先生をお呼びした、とは伺っておりましたが」
 霊能者の先生、とまで言われて社はひどく居心地が悪かったが、しかしここでいちいち自分の説明をしている場合ではない。今欲しいのはその幽霊についてと、過去の事件についての情報だ。ひきつった笑みを浮かべながら社はそれを聞き流し、核心に触れるべくさらに続ける。
「ええ、彼女を高天原に還してあげるには、彼女の御霊を鎮めてあげる必要があるんです。それで、なにか彼女の心を癒すようなことがあればと思いまして」
「そうですか。いえ、てっきり呪文か何かを唱えれば、幽霊が消えてくれるものだと思っておりましたので意外です。そうしていただければ、萌音お嬢様も浮かばれるでしょうけれど」
 一瞬好意的な笑みを見せてくれたのもつかの間。次第にその表情が険しくなっていく。
「けれどこの城の中に、萌音お嬢様の心を慰めるようなものがあるでしょうか。あんな亡くなられ方をして、まだ鈴鐘家に捕らわれているだなんて」
「実はその彼女が、あの事故は事件じゃなかったのかと言っているのです」
「萌音お嬢様……の幽霊が、ですか?」
 まさか、という様子で四十八願さんが返した。「事件だと?」
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【完結】Amnesia(アムネシア)~カフェ「時遊館」に現れた美しい青年は記憶を失っていた~

紫紺
ミステリー
郊外の人気カフェ、『時游館』のマスター航留は、ある日美しい青年と出会う。彼は自分が誰かも全て忘れてしまう記憶喪失を患っていた。 行きがかり上、面倒を見ることになったのが……。 ※「Amnesia」は医学用語で、一般的には「記憶喪失」のことを指します。

仮題「難解な推理小説」

葉羽
ミステリー
主人公の神藤葉羽は、鋭い推理力を持つ高校2年生。日常の出来事に対して飽き飽きし、常に何か新しい刺激を求めています。特に推理小説が好きで、複雑な謎解きを楽しみながら、現実世界でも人々の行動を予測し、楽しむことを得意としています。 クラスメートの望月彩由美は、葉羽とは対照的に明るく、恋愛漫画が好きな女の子。葉羽の推理力に感心しつつも、彼の少し変わった一面を心配しています。 ある日、葉羽はいつものように推理を楽しんでいる最中、クラスメートの行動を正確に予測し、彩由美を驚かせます。しかし、葉羽は内心では、この退屈な日常に飽き飽きしており、何か刺激的な出来事が起こることを期待しています。

支配するなにか

結城時朗
ミステリー
ある日突然、乖離性同一性障害を併発した女性・麻衣 麻衣の性格の他に、凶悪な男がいた(カイ)と名乗る別人格。 アイドルグループに所属している麻衣は、仕事を休み始める。 不思議に思ったマネージャーの村尾宏太は気になり 麻衣の家に尋ねるが・・・ 麻衣:とあるアイドルグループの代表とも言える人物。 突然、別の人格が支配しようとしてくる。 病名「解離性同一性障害」 わかっている性格は、 凶悪な男のみ。 西野:元国民的アイドルグループのメンバー。 麻衣とは、プライベートでも親しい仲。 麻衣の別人格をたまたま目撃する 村尾宏太:麻衣のマネージャー 麻衣の別人格である、凶悪な男:カイに 殺されてしまう。 治療に行こうと麻衣を病院へ送る最中だった 西田〇〇:村尾宏太殺害事件の捜査に当たる捜一の刑事。 犯人は、麻衣という所まで突き止めるが 確定的なものに出会わなく、頭を抱えて いる。 カイ :麻衣の中にいる別人格の人 性別は男。一連の事件も全てカイによる犯行。 堀:麻衣の所属するアイドルグループの人気メンバー。 麻衣の様子に怪しさを感じ、事件へと首を突っ込んでいく・・・ ※刑事の西田〇〇は、読者のあなたが演じている気分で読んで頂ければ幸いです。 どうしても浮かばなければ、下記を参照してください。 物語の登場人物のイメージ的なのは 麻衣=白石麻衣さん 西野=西野七瀬さん 村尾宏太=石黒英雄さん 西田〇〇=安田顕さん 管理官=緋田康人さん(半沢直樹で机バンバン叩く人) 名前の後ろに来るアルファベットの意味は以下の通りです。 M=モノローグ (心の声など) N=ナレーション

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

カフェ・シュガーパインの事件簿

山いい奈
ミステリー
大阪長居の住宅街に佇むカフェ・シュガーパイン。 個性豊かな兄姉弟が営むこのカフェには穏やかな時間が流れる。 だが兄姉弟それぞれの持ち前の好奇心やちょっとした特殊能力が、巻き込まれる事件を解決に導くのだった。

秘められた遺志

しまおか
ミステリー
亡くなった顧客が残した謎のメモ。彼は一体何を託したかったのか!?富裕層専門の資産運用管理アドバイザーの三郷が、顧客の高岳から依頼されていた遺品整理を進める中、不審物を発見。また書斎を探ると暗号めいたメモ魔で見つかり推理していた所、不審物があると通報を受けた顔見知りであるS県警の松ケ根と吉良が訪れ、連行されてしまう。三郷は逮捕されてしまうのか?それとも松ケ根達が問題の真相を無事暴くことができるのか!?

警狼ゲーム

如月いさみ
ミステリー
東大路将はIT業界に憧れながらも警察官の道へ入ることになり、警察学校へいくことになった。しかし、現在の警察はある組織からの人間に密かに浸食されており、その歯止めとして警察学校でその組織からの人間を更迭するために人狼ゲームを通してその人物を炙り出す計画が持ち上がっており、その実行に巻き込まれる。 警察と組織からの狼とが繰り広げる人狼ゲーム。それに翻弄されながら東大路将は狼を見抜くが……。

尖閣~防人の末裔たち

篠塚飛樹
ミステリー
 元大手新聞社の防衛担当記者だった古川は、ある団体から同行取材の依頼を受ける。行き先は尖閣諸島沖。。。  緊迫の海で彼は何を見るのか。。。 ※この作品は、フィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。 ※無断転載を禁じます。

処理中です...