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魔女の城16
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ポーン、ポーン、ポーン、ポーン、ポーン。
廊下に掛けられた年代物の振り子時計が五時を告げる。その音とともに、萌音がどこからともなく姿を現し空中を浮いていた。
『お、時間通りじゃん、えらいえらい』
死んでいる割にはずいぶんと時間感覚のしっかりとした幽霊のようだ。社は感心する。
さらに、律儀に首元をベールで隠してくれているのはありがたい。なるほど変な城とはいえさすがはお金持ち。育ちがいいのだろうか、それとも案外、あの新たなファッションが気に入ったのかもしれない。
『後ろの二人はだあれ?もしかして、二人のどっちかがアタシを殺した犯人だとか?』
「そんなわけないだろ。覚えてないかい?こっちの着物のご老人は、結婚式に呼ばれていた、君のお父さんの友達だよ」
「む、老人呼ばわりするでない」
寿社長が不服そうな表情で返す。「それに、金雄殿と友達と言われると、ちとニュアンスが違うがの」
「じゃあ、何繋がりなんですか?」
「どちらかというと商売仇だな。と、失敬。そこに萌音君がいるんじゃろ?あんまり父親のことを悪く言うのもよくなかろう」
「ちょっと社くん、どのあたりにいるの?その萌音って子、かわいい?」
『覚えてないかなあ、あんなおじいちゃん』
「ねえ社くん、萌音ちゃんがいるのこのへん?スマホで撮れるかな」
「ああもううるさいな!いっぺんに喋んないでくれよ」
無遠慮に虚空に向かってカメラを向ける華ちゃんだが、気付けば萌音が律儀にポーズを取っていた。
『へえ、あれケータイ?いいなぁ、ずいぶんきれいに写メ撮れるんだね』
そう言いながらふよふよと華ちゃんのスマホを覗に行くも、残念ながら萌音の姿は写っておらず、睡蓮の花の絵だけが映っていた。
「そっか、やっぱりだめか」
うなだれる華ちゃんではあったが、社は写っていなくてよかったと思うばかりだった。きっと萌音だって、こんな無残な状態の自分の姿を画像に残されてもうれしくはないだろう。
「ああ、萌音君の姿が気になるのかい?ならばワシの携帯に写真があったと思うが」
袂から出された年季の入ったガラケーを、寿社長が慣れた手つきで操作する。
そこには小さく荒い画像ながらも、純白のドレスに身を包み、幸せそうに笑っている萌音の姿があった。
「これは式の最後に撮ったものなんじゃが。……まさかその数時間後に、あんなことになるとはの」
社長は続けて画像をスクロールしていく。着飾った招待客ら、かっちりと着物に身を包んだ、おそらく新郎新婦どちらかの身内の人間。そして、燕尾服に身を包んだ長身の男性の姿。
『あ、』
その画像になにか心当たりでもあったのだろうか、おとなしく写真を眺めていた萌音が驚きの声を上げた。
「この人、誰だか覚えてるの?」
『うん、たぶん……』
「ねえ、萌音ちゃんはなんて?」
「この人、知ってるって」
「そりゃあさすがに覚えておいてもらわんとの。なにせ萌音君の夫なんだから」
「じゃあ、もしかしてこの人が、死んじゃったお婿さん?」
『死んだ?』
こちらからは見えもしないし声も聞こえないというのに、しっかりと向こうに届いているのは何とも居心地の悪いものである。しっかりと言葉を捕らえた萌音が驚きの声を上げた。
「ちょっと、華ちゃん」
慌ててたしなめるも、萌音はショックを隠しきれないのだろうか、しょんぼりと冷たい廊下に座り込んでしまった。
「その、そのお婿さん。あの事故――いや事件なのかはわからないけど、あの時君と一緒に亡くなってしまったって」
『そっか』
そう呟く萌音の声は明らかに元気がなかった。
『なのになんで、アタシだけこんなとこに残っちゃったんだろう』
「でも、無事だった人もいるんだ。分家の人、覚えてる?」
『分家?……わからないよ』
そう持ちかけるも、萌音の反応はひどく薄かった。
「なんで自分だけ残っちゃったんだろうって、ゆうれ……萌音ちゃんが落ち込んでます」
「そうじゃ、今日は分家の三人も来とるんじゃ。あの事故を事件じゃないかと疑ってるんじゃろ?ならばあの時あの場所に居合わせた人間に聞く方が手っ取り早い」
「それはそうなんですけど、でもまさかここに萌音ちゃんの幽霊がいて、あの事故を事件だと疑ってて。下手したらあなた方の誰かが犯人かもしれないって思ってるんですけど、なんて言うわけにもいかないじゃないですか」
「別に、分家の三人が犯人ということはないじゃろう、なにせ彼らも被害者だからの」
不思議そうな顔で社長が口をはさんだ。「それに結局彼らはこうして家督を手放しとるんじゃ。本家をつぶしたところで彼らになんのメリットがある?」
「でも、事故当夜現場には内側からカギがかかっていて外からは侵入できなかったんでしょう?だから社長たちは扉を壊して入った。あの事故をどうしても事件にしたいなら、中に犯人がいたって考えるほうが自然じゃないですか」
華ちゃんが刑事さながら、もとい本職の本領を発揮しながら社長に説く。
「そうだね、何か覚えてれば手がかりになるかもしれない。ねえ、何か覚えてないかい?」
社は視界の隅でうなだれている萌音に声を掛けた。このまま彼女の機嫌を損ねて、あっけなく殺されでもしたらたまったものじゃない。
『覚えてなんかないよ。だって、安里さんがそんなことになってることも知らなかったし』
「ヤスザトさん?」
『アタシのフィアンセ』
そう言って萌音が薄く笑った。『ようやく名前を思い出したぐらいなんだもん。だって結婚するくらいアタシにとって最愛の人だったんでしょ、その人。なのに、それしか思い出せない』
「その、安里さんって人はどんな人だったの?JK引っかけるなんて、よっぽどイケメンだったんじゃない?」
あふれ出る好奇心を隠すことなく、華ちゃんが身を乗り出して聞いてきた。「社長、その写真拡大して見れないんですか?」
けれどその言葉に対して渡されたものは、荒いドットで彩られた、まるで昔のゲームみたいな画像のみ。
「確かに、十年もあれば人類はこれだけ進歩するのね」
華ちゃんは何か納得がいったかのようにうなずいた。「そりゃあ、私も歳を取るわけだ」
『で、結局、あれは事故だったの?それとも事件?』
そこで、萎れていた萌音がしびれを切らしたのか唇を開いた。
『事故のことを調べてた刑事さんっていうのは誰?そこの女の人のお父さん?』
上目がちにそう問う姿は、生前だったならばさぞかしかわいかっただろう。けれど血の気の失せた青白い顔でやられると、怖い以外の感想が出てこなかった。
廊下に掛けられた年代物の振り子時計が五時を告げる。その音とともに、萌音がどこからともなく姿を現し空中を浮いていた。
『お、時間通りじゃん、えらいえらい』
死んでいる割にはずいぶんと時間感覚のしっかりとした幽霊のようだ。社は感心する。
さらに、律儀に首元をベールで隠してくれているのはありがたい。なるほど変な城とはいえさすがはお金持ち。育ちがいいのだろうか、それとも案外、あの新たなファッションが気に入ったのかもしれない。
『後ろの二人はだあれ?もしかして、二人のどっちかがアタシを殺した犯人だとか?』
「そんなわけないだろ。覚えてないかい?こっちの着物のご老人は、結婚式に呼ばれていた、君のお父さんの友達だよ」
「む、老人呼ばわりするでない」
寿社長が不服そうな表情で返す。「それに、金雄殿と友達と言われると、ちとニュアンスが違うがの」
「じゃあ、何繋がりなんですか?」
「どちらかというと商売仇だな。と、失敬。そこに萌音君がいるんじゃろ?あんまり父親のことを悪く言うのもよくなかろう」
「ちょっと社くん、どのあたりにいるの?その萌音って子、かわいい?」
『覚えてないかなあ、あんなおじいちゃん』
「ねえ社くん、萌音ちゃんがいるのこのへん?スマホで撮れるかな」
「ああもううるさいな!いっぺんに喋んないでくれよ」
無遠慮に虚空に向かってカメラを向ける華ちゃんだが、気付けば萌音が律儀にポーズを取っていた。
『へえ、あれケータイ?いいなぁ、ずいぶんきれいに写メ撮れるんだね』
そう言いながらふよふよと華ちゃんのスマホを覗に行くも、残念ながら萌音の姿は写っておらず、睡蓮の花の絵だけが映っていた。
「そっか、やっぱりだめか」
うなだれる華ちゃんではあったが、社は写っていなくてよかったと思うばかりだった。きっと萌音だって、こんな無残な状態の自分の姿を画像に残されてもうれしくはないだろう。
「ああ、萌音君の姿が気になるのかい?ならばワシの携帯に写真があったと思うが」
袂から出された年季の入ったガラケーを、寿社長が慣れた手つきで操作する。
そこには小さく荒い画像ながらも、純白のドレスに身を包み、幸せそうに笑っている萌音の姿があった。
「これは式の最後に撮ったものなんじゃが。……まさかその数時間後に、あんなことになるとはの」
社長は続けて画像をスクロールしていく。着飾った招待客ら、かっちりと着物に身を包んだ、おそらく新郎新婦どちらかの身内の人間。そして、燕尾服に身を包んだ長身の男性の姿。
『あ、』
その画像になにか心当たりでもあったのだろうか、おとなしく写真を眺めていた萌音が驚きの声を上げた。
「この人、誰だか覚えてるの?」
『うん、たぶん……』
「ねえ、萌音ちゃんはなんて?」
「この人、知ってるって」
「そりゃあさすがに覚えておいてもらわんとの。なにせ萌音君の夫なんだから」
「じゃあ、もしかしてこの人が、死んじゃったお婿さん?」
『死んだ?』
こちらからは見えもしないし声も聞こえないというのに、しっかりと向こうに届いているのは何とも居心地の悪いものである。しっかりと言葉を捕らえた萌音が驚きの声を上げた。
「ちょっと、華ちゃん」
慌ててたしなめるも、萌音はショックを隠しきれないのだろうか、しょんぼりと冷たい廊下に座り込んでしまった。
「その、そのお婿さん。あの事故――いや事件なのかはわからないけど、あの時君と一緒に亡くなってしまったって」
『そっか』
そう呟く萌音の声は明らかに元気がなかった。
『なのになんで、アタシだけこんなとこに残っちゃったんだろう』
「でも、無事だった人もいるんだ。分家の人、覚えてる?」
『分家?……わからないよ』
そう持ちかけるも、萌音の反応はひどく薄かった。
「なんで自分だけ残っちゃったんだろうって、ゆうれ……萌音ちゃんが落ち込んでます」
「そうじゃ、今日は分家の三人も来とるんじゃ。あの事故を事件じゃないかと疑ってるんじゃろ?ならばあの時あの場所に居合わせた人間に聞く方が手っ取り早い」
「それはそうなんですけど、でもまさかここに萌音ちゃんの幽霊がいて、あの事故を事件だと疑ってて。下手したらあなた方の誰かが犯人かもしれないって思ってるんですけど、なんて言うわけにもいかないじゃないですか」
「別に、分家の三人が犯人ということはないじゃろう、なにせ彼らも被害者だからの」
不思議そうな顔で社長が口をはさんだ。「それに結局彼らはこうして家督を手放しとるんじゃ。本家をつぶしたところで彼らになんのメリットがある?」
「でも、事故当夜現場には内側からカギがかかっていて外からは侵入できなかったんでしょう?だから社長たちは扉を壊して入った。あの事故をどうしても事件にしたいなら、中に犯人がいたって考えるほうが自然じゃないですか」
華ちゃんが刑事さながら、もとい本職の本領を発揮しながら社長に説く。
「そうだね、何か覚えてれば手がかりになるかもしれない。ねえ、何か覚えてないかい?」
社は視界の隅でうなだれている萌音に声を掛けた。このまま彼女の機嫌を損ねて、あっけなく殺されでもしたらたまったものじゃない。
『覚えてなんかないよ。だって、安里さんがそんなことになってることも知らなかったし』
「ヤスザトさん?」
『アタシのフィアンセ』
そう言って萌音が薄く笑った。『ようやく名前を思い出したぐらいなんだもん。だって結婚するくらいアタシにとって最愛の人だったんでしょ、その人。なのに、それしか思い出せない』
「その、安里さんって人はどんな人だったの?JK引っかけるなんて、よっぽどイケメンだったんじゃない?」
あふれ出る好奇心を隠すことなく、華ちゃんが身を乗り出して聞いてきた。「社長、その写真拡大して見れないんですか?」
けれどその言葉に対して渡されたものは、荒いドットで彩られた、まるで昔のゲームみたいな画像のみ。
「確かに、十年もあれば人類はこれだけ進歩するのね」
華ちゃんは何か納得がいったかのようにうなずいた。「そりゃあ、私も歳を取るわけだ」
『で、結局、あれは事故だったの?それとも事件?』
そこで、萎れていた萌音がしびれを切らしたのか唇を開いた。
『事故のことを調べてた刑事さんっていうのは誰?そこの女の人のお父さん?』
上目がちにそう問う姿は、生前だったならばさぞかしかわいかっただろう。けれど血の気の失せた青白い顔でやられると、怖い以外の感想が出てこなかった。
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