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魔女の城11
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「して、帰らなかった客人はまだいらっしゃるのかね」
けれども社長はひどく上機嫌のように社には思えた。まるで、意図的にこの状況を狙ったかのような。いや、そんなまさか。
「え、ええ。ご自分のお車で来られた方々は、車だけ置いて帰るわけにもいかないと仰っておりまして」
「なるほど。鈴鐘家の分家の方々もまだいらっしゃるのかね?」
「ええ、お三方とも。これから先この城に足を踏み入れることもないでしょうからと、どうにも名残惜しいようで」
「そうか。ならば客人らに部屋を用意しなければの」
「ええ、念のため昨日までに客間は使えるよう手入れしてございます」
「さすがはかつてのメイド長だ、仕事が早くて助かるよ」
「は、ありがとうございます」
そう深々とお辞儀をしたのち、彼女は再び小走りで戻って行ってしまった。招待客らへの部屋の手配などで忙しいのだろう。
「四十八願さん、社くんの分の料理、タッパーに詰めてくれたのかなぁ」
その去りゆく背中を、心配そうに見ているのは華ちゃんだった。
「なに、残り物よりちゃんと夕食を用意させよう。残念ながらシェフは帰してしまったが、四十八願君の料理はそれ以上じゃ。なにしろ彼女は鈴鐘家の料理人も務めておったぐらいじゃ」
「はあ」
それはありがたい、ありがたいのだけれど。
「でもそれって、僕たちもココに残るってことですよね?」
「そりゃあ当然じゃろ、犯人を捜さないとならんだろう」
さも当然、とばかりに寿社長がうなずいた。
「客間も手を入れてな、各部屋には趣向を凝らした装飾品が飾られておる。大浴場も天然温泉じゃ。まあ旅行に来たとでも思って楽しんでいってくれ」
幽霊と一緒に過ごして楽しいもんか。社は思わずため息をついた。
萌音の指定した時間までまだ三十分ほどあった。ならば何も彼女が現れるまで寒い廊下で突っ立って話すこともなかろうと、社らは寿社長に連れられてホールの一番近くの客室へと移動した。
柘榴の間、とプレートに書かれた重厚な扉のカギ穴に、これまた重厚そうな金属製のカギを差し込み社長が部屋へと入るのに続いていく。
「ここは柘榴なんじゃが、全部の部屋のカギに宝石が付いておってな、その宝石と同じ名前が部屋につけられているんじゃ。まったく、金雄も洒落たことをしよる」
「柘榴?あの、果物じゃなくて?」
「ガーネットじゃよ、ガーネット。金雄が嫁にねだられて仕方なく、各部屋に宝石をあしらったんだとぼやいておったわ。なんでも魔除けに付けてほしいと言われたんじゃと」
「魔除け?」
「ああ。なんの効果があるんだか知らないが、嫁のお願いは断れなかったらしい」
「金雄さんのお嫁さんってことは、じゃあ萌音さんのお母さんですか?」
金雄の嫁イコール萌音の母親だろう、そう思ったのは社だけではないようで、
「お母さんも一緒に、あの事故で亡くなっちゃったんですよね」と華ちゃんが問えば、
「いや、絵画好きの萌音の母親は、萌音が子供の頃に亡くなってしまっての。で、その後妻として入ったのが宝石好きの、ええと……雅、とか言うたかの」
となぜだか苦々しげな表情で社長がつぶやいた。
「その雅さんも、事故の被害者の一人なのね」
「そうだの。で、その雅たっての願いで、その部屋の名前と同じ宝石がカギについてるんじゃ」
と意気揚々と社長がカギを二人に見せてくれた。
「これ、触ってもいいですか?」
「もちろんじゃ」
寿社長が華ちゃんにカギを手渡した。
「うわ、結構重いんですね」
なるほどそのカギには美しい赤い石がついていたが、それが本物なのかは社にはわからなかった。
「それにしてもお城に宝石なんて。まるでファンタジー世界みたい。ここにいたら魔法とか使えそうじゃない?」
そう言って華ちゃんは渡されたカギを一振りした。当然何も起こらなかったが、それでも彼女はキラキラと瞳を輝かせている。けれど幽霊の姿を見た社には、その組み合わせはおどろおどろしい呪術の世界にしか見えなかった。
「社長、じゃあもしかして、ダイヤの間とかもあるんですか?」
寿社長からカギを見せてもらい、華ちゃんの興味は早くもそちらに移ったらしい。
「おお、そうだ、良いものをあげよう。このホテルのパンフレットじゃ」
この城のことを気に入った華ちゃんに気分を良くしたのか、社長が袂から何かを出した。
表紙にはこのホテルの外観の写真。空から撮ったのだろう、小高い山の上に建てられた円形の城の奥に、光を反射して輝く海が見える。すばらしい風景だが、城を囲む電線がせっかくの景観を台無しにしていた。二つに折られたそれを広げれば、内側には見取り図が描かれていた。
「社長、そんなものまで作ったんですか?」
「当たり前じゃろう、ホテルとしてやっていこうというのに、案内図すらなくてどうする」
と社長は本気だ。
「さて、我々がいるのはその名も『ベルベルパレス』じゃ。この見取り図をみてくれたまえ」
「はい。……ほんとに変な建物」
大きな円の周りに、さらに四つの円が配置されている。複雑な魔法陣のようにも見えた。
「本物のベルベル城だと、周りに塔が配置されているんじゃがの。ここらは風が強いものだから、あまり高い建物は作れなかったんじゃろう。屋根の形もずいぶん違う」
「ああ、あのとんがり帽子みたいな」
「そうじゃ。本物にはあんな屋根はついとらん。雪が積もらんよう、ああせざるを得なかったそうじゃ」
それなのに何となく形が似ていると言うだけで、他国の歴史的建造物の名を借りるのはどうなのだろう。社は思ったものの胸にとどめておく。
「だがまあ、ここから見られる景色の良さは本物に引けをとらん。テラスからは広く太平洋を望むこともできるんじゃ」
今は太平洋どころか雪しか見られなかったが。
けれども社長はひどく上機嫌のように社には思えた。まるで、意図的にこの状況を狙ったかのような。いや、そんなまさか。
「え、ええ。ご自分のお車で来られた方々は、車だけ置いて帰るわけにもいかないと仰っておりまして」
「なるほど。鈴鐘家の分家の方々もまだいらっしゃるのかね?」
「ええ、お三方とも。これから先この城に足を踏み入れることもないでしょうからと、どうにも名残惜しいようで」
「そうか。ならば客人らに部屋を用意しなければの」
「ええ、念のため昨日までに客間は使えるよう手入れしてございます」
「さすがはかつてのメイド長だ、仕事が早くて助かるよ」
「は、ありがとうございます」
そう深々とお辞儀をしたのち、彼女は再び小走りで戻って行ってしまった。招待客らへの部屋の手配などで忙しいのだろう。
「四十八願さん、社くんの分の料理、タッパーに詰めてくれたのかなぁ」
その去りゆく背中を、心配そうに見ているのは華ちゃんだった。
「なに、残り物よりちゃんと夕食を用意させよう。残念ながらシェフは帰してしまったが、四十八願君の料理はそれ以上じゃ。なにしろ彼女は鈴鐘家の料理人も務めておったぐらいじゃ」
「はあ」
それはありがたい、ありがたいのだけれど。
「でもそれって、僕たちもココに残るってことですよね?」
「そりゃあ当然じゃろ、犯人を捜さないとならんだろう」
さも当然、とばかりに寿社長がうなずいた。
「客間も手を入れてな、各部屋には趣向を凝らした装飾品が飾られておる。大浴場も天然温泉じゃ。まあ旅行に来たとでも思って楽しんでいってくれ」
幽霊と一緒に過ごして楽しいもんか。社は思わずため息をついた。
萌音の指定した時間までまだ三十分ほどあった。ならば何も彼女が現れるまで寒い廊下で突っ立って話すこともなかろうと、社らは寿社長に連れられてホールの一番近くの客室へと移動した。
柘榴の間、とプレートに書かれた重厚な扉のカギ穴に、これまた重厚そうな金属製のカギを差し込み社長が部屋へと入るのに続いていく。
「ここは柘榴なんじゃが、全部の部屋のカギに宝石が付いておってな、その宝石と同じ名前が部屋につけられているんじゃ。まったく、金雄も洒落たことをしよる」
「柘榴?あの、果物じゃなくて?」
「ガーネットじゃよ、ガーネット。金雄が嫁にねだられて仕方なく、各部屋に宝石をあしらったんだとぼやいておったわ。なんでも魔除けに付けてほしいと言われたんじゃと」
「魔除け?」
「ああ。なんの効果があるんだか知らないが、嫁のお願いは断れなかったらしい」
「金雄さんのお嫁さんってことは、じゃあ萌音さんのお母さんですか?」
金雄の嫁イコール萌音の母親だろう、そう思ったのは社だけではないようで、
「お母さんも一緒に、あの事故で亡くなっちゃったんですよね」と華ちゃんが問えば、
「いや、絵画好きの萌音の母親は、萌音が子供の頃に亡くなってしまっての。で、その後妻として入ったのが宝石好きの、ええと……雅、とか言うたかの」
となぜだか苦々しげな表情で社長がつぶやいた。
「その雅さんも、事故の被害者の一人なのね」
「そうだの。で、その雅たっての願いで、その部屋の名前と同じ宝石がカギについてるんじゃ」
と意気揚々と社長がカギを二人に見せてくれた。
「これ、触ってもいいですか?」
「もちろんじゃ」
寿社長が華ちゃんにカギを手渡した。
「うわ、結構重いんですね」
なるほどそのカギには美しい赤い石がついていたが、それが本物なのかは社にはわからなかった。
「それにしてもお城に宝石なんて。まるでファンタジー世界みたい。ここにいたら魔法とか使えそうじゃない?」
そう言って華ちゃんは渡されたカギを一振りした。当然何も起こらなかったが、それでも彼女はキラキラと瞳を輝かせている。けれど幽霊の姿を見た社には、その組み合わせはおどろおどろしい呪術の世界にしか見えなかった。
「社長、じゃあもしかして、ダイヤの間とかもあるんですか?」
寿社長からカギを見せてもらい、華ちゃんの興味は早くもそちらに移ったらしい。
「おお、そうだ、良いものをあげよう。このホテルのパンフレットじゃ」
この城のことを気に入った華ちゃんに気分を良くしたのか、社長が袂から何かを出した。
表紙にはこのホテルの外観の写真。空から撮ったのだろう、小高い山の上に建てられた円形の城の奥に、光を反射して輝く海が見える。すばらしい風景だが、城を囲む電線がせっかくの景観を台無しにしていた。二つに折られたそれを広げれば、内側には見取り図が描かれていた。
「社長、そんなものまで作ったんですか?」
「当たり前じゃろう、ホテルとしてやっていこうというのに、案内図すらなくてどうする」
と社長は本気だ。
「さて、我々がいるのはその名も『ベルベルパレス』じゃ。この見取り図をみてくれたまえ」
「はい。……ほんとに変な建物」
大きな円の周りに、さらに四つの円が配置されている。複雑な魔法陣のようにも見えた。
「本物のベルベル城だと、周りに塔が配置されているんじゃがの。ここらは風が強いものだから、あまり高い建物は作れなかったんじゃろう。屋根の形もずいぶん違う」
「ああ、あのとんがり帽子みたいな」
「そうじゃ。本物にはあんな屋根はついとらん。雪が積もらんよう、ああせざるを得なかったそうじゃ」
それなのに何となく形が似ていると言うだけで、他国の歴史的建造物の名を借りるのはどうなのだろう。社は思ったものの胸にとどめておく。
「だがまあ、ここから見られる景色の良さは本物に引けをとらん。テラスからは広く太平洋を望むこともできるんじゃ」
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