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魔女の城6
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『本当に事故だったのかな。もしかしてなんだけど。アタシ、殺されたんじゃないの?』
突然、幽霊が不穏なことを言いだした。殺された?一体何を言っているんだこの幽霊は。
「殺されたって。なにか心当りは?」
『あるわけないじゃない』
少し怒ったような表情でずいと詰め寄られ、社の言葉が思わず敬語になる。
「そうですよね」
『でも、天井が落ちてくるなんて。大地震でも起こったの?』
「さ、さあ。大きな地震はあったけど、あれはこの事故より後だよ」
それにあの震災を経てもなお、この城は健在だったのだ。ならば確かに、ホールの天井だけピンポイントで崩れるのも不思議な話だった。
『もしその事故が、事故じゃなかったとしたら?ねえ、おじさん何か知ってる?』
「その、僕は詳しく知らないんだ、人づてに聞いただけだから」
『……そう』
あからさまに幽霊は気を落としたようだった。社の元を離れると、ふわりとドレスを地面に落とす。うなだれる姿は萎れた椿を彷彿とさせた。
「その、それがわかれば君は満足するのかい?」
再び訪れた静寂に耐えかねて、社が思わず唇を開く。
『おじさん、調べてくれるの?』
投げかけられた言葉に、再び萎れた花が宙に舞った。舞う拍子に、柘榴のような首元が露わになる。
「うわああ」
いくら害がないとはいえ、怖いものは怖い。思わず社は慄き、早くこのやり取りを終わらせたいとばかりに思いついたことを口にしてしまった。
「調べて、なんで君が死んでしまったかが分かれば、ここからいなくなってくれるかい?」
社は霊に問いかける。彼女を追い払わない限り、僕はこの城から帰してもらえないだろう。そんな気がした。
「真相がわかれば、ここを出て行ってくれるのかい?」
『うん、早いとこ生まれ変わって、ちゃんと大人になって。来世は人気モデルとかになりたいな』
なんてポジティブな幽霊なんだろう、社は思う一方、彼女に思わず心が傾くのを感じていた。
確かに怪しい城の住人だけど、彼女自体は悪くないのではないか。たまたま生まれた家が変だっただけじゃないか。それに、まだ若くして死んでしまって。目の前にいるのは、首が折れている以外は普通の女の子じゃないか。
なんてかわいそうなんだろう。きっと彼女にはたくさんの可能性があったのだろうに。
「じゃあ、僕が原因を突き止めてあげるよ」
だからうっかり無謀な約束をしてしまった。
「僕の幼馴染のお父さんが、昔の事故のことを調べてたんだ。華ちゃんに聞けばなにかわかるかもしれない」
『ほんとう?』
「でも、彼女はその扉の向こうにいるんだ」
社は、不思議とビクともしなくなった木製の立派な扉を指して言った。
『わかった。扉、開けてあげる』
しめた、社は心の中で快哉を叫んだ。少なくとも幽霊と二人きりの状況から脱出できるぞ!
『でも本当に調べてくれる?』
「もちろん」
ここで気分を変えられても面倒だ。社は殊更鷹揚にうなずいた。
『本当の本当?ちゃんと、アタシを殺した犯人見つけてくれる?』
「もちろん」
『じゃあ』
そう言って幽霊がスーッと社の方へと近づいてきた。そして、その血の気のない顔を近づけてくる。
「え?え、ちょっと」
壁に追い込まれた社に成す術はなく、ただギュッと瞳を瞑るぐらいしかできなかった。
そして首もとに感じる、ひんやりとした柔らかな触感と、チュッという音。今のはなんだ?もしかして。急に違う意味でドキドキしだした心臓をなだめながら社は考える。
彼女が生きていたならば。それはきっと、温かで柔らかかったんじゃないのだろうか。
「今、なにを?」
『女子高校生からのプレゼント』
そう言って笑う姿は、青白いのが残念なほどかわいく輝いていた。
『裏切ったら呪うからね』
その笑顔のまま放たれる呪詛。
『夜が明けるまでに真相を見つけられなかったら、おじさんもアタシと同じようにしてあげるから』
幽霊はそう言うと伸ばした指先を首元のストールにかけ、するりとほどく。血濡れた首元が露わになり、笑う幽 霊の唇が裂けた。その大きく開かれたのどの奥からは、外の景色が見える。首から先と、身体とが離れて浮いているのだ。
『じゃあがんばってね、おじさん。とりあえず、あの壁の時計で五時になったらまたここに来て、どうだったか教えてね』
そう壁掛け時計を指さす。そして、ギギギ、と扉の開く音。
そこから会場内のざわめきが社の耳に入ってきた。そのことに社は妙にほっとしてしまった。ほっとした反面、今度は目の前の幽霊が再び怖くなってくる。ああ、僕はなんて軽率に幽霊と約束などしてしまったのか。しかも、遂行しなければ同じようにするだなんて。まさか僕の首をちょん切るつもりなのか?
気づけば幽霊は、廊下にかけられた絵のなかに消えていってしまった。あれは僕でも知っている、睡蓮の絵。
「嘘だろ……」
そもそもこの城のいわくについてだってろくに知りもしないのに。社は胃が重くなるのを感じていた。しかもあれはただの事故だったんじゃないのか?
とりあえず、華ちゃんに相談だ。夜が明けるまで、なんて幽霊は言ってたけれど、すでに夕方の四時だ。時間はあまりない。それに、寿社長にも伝えておかないと。そう考えながら社はパーティー会場である、今はホール、かつては事故現場の扉を開いた。
突然、幽霊が不穏なことを言いだした。殺された?一体何を言っているんだこの幽霊は。
「殺されたって。なにか心当りは?」
『あるわけないじゃない』
少し怒ったような表情でずいと詰め寄られ、社の言葉が思わず敬語になる。
「そうですよね」
『でも、天井が落ちてくるなんて。大地震でも起こったの?』
「さ、さあ。大きな地震はあったけど、あれはこの事故より後だよ」
それにあの震災を経てもなお、この城は健在だったのだ。ならば確かに、ホールの天井だけピンポイントで崩れるのも不思議な話だった。
『もしその事故が、事故じゃなかったとしたら?ねえ、おじさん何か知ってる?』
「その、僕は詳しく知らないんだ、人づてに聞いただけだから」
『……そう』
あからさまに幽霊は気を落としたようだった。社の元を離れると、ふわりとドレスを地面に落とす。うなだれる姿は萎れた椿を彷彿とさせた。
「その、それがわかれば君は満足するのかい?」
再び訪れた静寂に耐えかねて、社が思わず唇を開く。
『おじさん、調べてくれるの?』
投げかけられた言葉に、再び萎れた花が宙に舞った。舞う拍子に、柘榴のような首元が露わになる。
「うわああ」
いくら害がないとはいえ、怖いものは怖い。思わず社は慄き、早くこのやり取りを終わらせたいとばかりに思いついたことを口にしてしまった。
「調べて、なんで君が死んでしまったかが分かれば、ここからいなくなってくれるかい?」
社は霊に問いかける。彼女を追い払わない限り、僕はこの城から帰してもらえないだろう。そんな気がした。
「真相がわかれば、ここを出て行ってくれるのかい?」
『うん、早いとこ生まれ変わって、ちゃんと大人になって。来世は人気モデルとかになりたいな』
なんてポジティブな幽霊なんだろう、社は思う一方、彼女に思わず心が傾くのを感じていた。
確かに怪しい城の住人だけど、彼女自体は悪くないのではないか。たまたま生まれた家が変だっただけじゃないか。それに、まだ若くして死んでしまって。目の前にいるのは、首が折れている以外は普通の女の子じゃないか。
なんてかわいそうなんだろう。きっと彼女にはたくさんの可能性があったのだろうに。
「じゃあ、僕が原因を突き止めてあげるよ」
だからうっかり無謀な約束をしてしまった。
「僕の幼馴染のお父さんが、昔の事故のことを調べてたんだ。華ちゃんに聞けばなにかわかるかもしれない」
『ほんとう?』
「でも、彼女はその扉の向こうにいるんだ」
社は、不思議とビクともしなくなった木製の立派な扉を指して言った。
『わかった。扉、開けてあげる』
しめた、社は心の中で快哉を叫んだ。少なくとも幽霊と二人きりの状況から脱出できるぞ!
『でも本当に調べてくれる?』
「もちろん」
ここで気分を変えられても面倒だ。社は殊更鷹揚にうなずいた。
『本当の本当?ちゃんと、アタシを殺した犯人見つけてくれる?』
「もちろん」
『じゃあ』
そう言って幽霊がスーッと社の方へと近づいてきた。そして、その血の気のない顔を近づけてくる。
「え?え、ちょっと」
壁に追い込まれた社に成す術はなく、ただギュッと瞳を瞑るぐらいしかできなかった。
そして首もとに感じる、ひんやりとした柔らかな触感と、チュッという音。今のはなんだ?もしかして。急に違う意味でドキドキしだした心臓をなだめながら社は考える。
彼女が生きていたならば。それはきっと、温かで柔らかかったんじゃないのだろうか。
「今、なにを?」
『女子高校生からのプレゼント』
そう言って笑う姿は、青白いのが残念なほどかわいく輝いていた。
『裏切ったら呪うからね』
その笑顔のまま放たれる呪詛。
『夜が明けるまでに真相を見つけられなかったら、おじさんもアタシと同じようにしてあげるから』
幽霊はそう言うと伸ばした指先を首元のストールにかけ、するりとほどく。血濡れた首元が露わになり、笑う幽 霊の唇が裂けた。その大きく開かれたのどの奥からは、外の景色が見える。首から先と、身体とが離れて浮いているのだ。
『じゃあがんばってね、おじさん。とりあえず、あの壁の時計で五時になったらまたここに来て、どうだったか教えてね』
そう壁掛け時計を指さす。そして、ギギギ、と扉の開く音。
そこから会場内のざわめきが社の耳に入ってきた。そのことに社は妙にほっとしてしまった。ほっとした反面、今度は目の前の幽霊が再び怖くなってくる。ああ、僕はなんて軽率に幽霊と約束などしてしまったのか。しかも、遂行しなければ同じようにするだなんて。まさか僕の首をちょん切るつもりなのか?
気づけば幽霊は、廊下にかけられた絵のなかに消えていってしまった。あれは僕でも知っている、睡蓮の絵。
「嘘だろ……」
そもそもこの城のいわくについてだってろくに知りもしないのに。社は胃が重くなるのを感じていた。しかもあれはただの事故だったんじゃないのか?
とりあえず、華ちゃんに相談だ。夜が明けるまで、なんて幽霊は言ってたけれど、すでに夕方の四時だ。時間はあまりない。それに、寿社長にも伝えておかないと。そう考えながら社はパーティー会場である、今はホール、かつては事故現場の扉を開いた。
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