7 / 77
魔女の城6
しおりを挟む
『本当に事故だったのかな。もしかしてなんだけど。アタシ、殺されたんじゃないの?』
突然、幽霊が不穏なことを言いだした。殺された?一体何を言っているんだこの幽霊は。
「殺されたって。なにか心当りは?」
『あるわけないじゃない』
少し怒ったような表情でずいと詰め寄られ、社の言葉が思わず敬語になる。
「そうですよね」
『でも、天井が落ちてくるなんて。大地震でも起こったの?』
「さ、さあ。大きな地震はあったけど、あれはこの事故より後だよ」
それにあの震災を経てもなお、この城は健在だったのだ。ならば確かに、ホールの天井だけピンポイントで崩れるのも不思議な話だった。
『もしその事故が、事故じゃなかったとしたら?ねえ、おじさん何か知ってる?』
「その、僕は詳しく知らないんだ、人づてに聞いただけだから」
『……そう』
あからさまに幽霊は気を落としたようだった。社の元を離れると、ふわりとドレスを地面に落とす。うなだれる姿は萎れた椿を彷彿とさせた。
「その、それがわかれば君は満足するのかい?」
再び訪れた静寂に耐えかねて、社が思わず唇を開く。
『おじさん、調べてくれるの?』
投げかけられた言葉に、再び萎れた花が宙に舞った。舞う拍子に、柘榴のような首元が露わになる。
「うわああ」
いくら害がないとはいえ、怖いものは怖い。思わず社は慄き、早くこのやり取りを終わらせたいとばかりに思いついたことを口にしてしまった。
「調べて、なんで君が死んでしまったかが分かれば、ここからいなくなってくれるかい?」
社は霊に問いかける。彼女を追い払わない限り、僕はこの城から帰してもらえないだろう。そんな気がした。
「真相がわかれば、ここを出て行ってくれるのかい?」
『うん、早いとこ生まれ変わって、ちゃんと大人になって。来世は人気モデルとかになりたいな』
なんてポジティブな幽霊なんだろう、社は思う一方、彼女に思わず心が傾くのを感じていた。
確かに怪しい城の住人だけど、彼女自体は悪くないのではないか。たまたま生まれた家が変だっただけじゃないか。それに、まだ若くして死んでしまって。目の前にいるのは、首が折れている以外は普通の女の子じゃないか。
なんてかわいそうなんだろう。きっと彼女にはたくさんの可能性があったのだろうに。
「じゃあ、僕が原因を突き止めてあげるよ」
だからうっかり無謀な約束をしてしまった。
「僕の幼馴染のお父さんが、昔の事故のことを調べてたんだ。華ちゃんに聞けばなにかわかるかもしれない」
『ほんとう?』
「でも、彼女はその扉の向こうにいるんだ」
社は、不思議とビクともしなくなった木製の立派な扉を指して言った。
『わかった。扉、開けてあげる』
しめた、社は心の中で快哉を叫んだ。少なくとも幽霊と二人きりの状況から脱出できるぞ!
『でも本当に調べてくれる?』
「もちろん」
ここで気分を変えられても面倒だ。社は殊更鷹揚にうなずいた。
『本当の本当?ちゃんと、アタシを殺した犯人見つけてくれる?』
「もちろん」
『じゃあ』
そう言って幽霊がスーッと社の方へと近づいてきた。そして、その血の気のない顔を近づけてくる。
「え?え、ちょっと」
壁に追い込まれた社に成す術はなく、ただギュッと瞳を瞑るぐらいしかできなかった。
そして首もとに感じる、ひんやりとした柔らかな触感と、チュッという音。今のはなんだ?もしかして。急に違う意味でドキドキしだした心臓をなだめながら社は考える。
彼女が生きていたならば。それはきっと、温かで柔らかかったんじゃないのだろうか。
「今、なにを?」
『女子高校生からのプレゼント』
そう言って笑う姿は、青白いのが残念なほどかわいく輝いていた。
『裏切ったら呪うからね』
その笑顔のまま放たれる呪詛。
『夜が明けるまでに真相を見つけられなかったら、おじさんもアタシと同じようにしてあげるから』
幽霊はそう言うと伸ばした指先を首元のストールにかけ、するりとほどく。血濡れた首元が露わになり、笑う幽 霊の唇が裂けた。その大きく開かれたのどの奥からは、外の景色が見える。首から先と、身体とが離れて浮いているのだ。
『じゃあがんばってね、おじさん。とりあえず、あの壁の時計で五時になったらまたここに来て、どうだったか教えてね』
そう壁掛け時計を指さす。そして、ギギギ、と扉の開く音。
そこから会場内のざわめきが社の耳に入ってきた。そのことに社は妙にほっとしてしまった。ほっとした反面、今度は目の前の幽霊が再び怖くなってくる。ああ、僕はなんて軽率に幽霊と約束などしてしまったのか。しかも、遂行しなければ同じようにするだなんて。まさか僕の首をちょん切るつもりなのか?
気づけば幽霊は、廊下にかけられた絵のなかに消えていってしまった。あれは僕でも知っている、睡蓮の絵。
「嘘だろ……」
そもそもこの城のいわくについてだってろくに知りもしないのに。社は胃が重くなるのを感じていた。しかもあれはただの事故だったんじゃないのか?
とりあえず、華ちゃんに相談だ。夜が明けるまで、なんて幽霊は言ってたけれど、すでに夕方の四時だ。時間はあまりない。それに、寿社長にも伝えておかないと。そう考えながら社はパーティー会場である、今はホール、かつては事故現場の扉を開いた。
突然、幽霊が不穏なことを言いだした。殺された?一体何を言っているんだこの幽霊は。
「殺されたって。なにか心当りは?」
『あるわけないじゃない』
少し怒ったような表情でずいと詰め寄られ、社の言葉が思わず敬語になる。
「そうですよね」
『でも、天井が落ちてくるなんて。大地震でも起こったの?』
「さ、さあ。大きな地震はあったけど、あれはこの事故より後だよ」
それにあの震災を経てもなお、この城は健在だったのだ。ならば確かに、ホールの天井だけピンポイントで崩れるのも不思議な話だった。
『もしその事故が、事故じゃなかったとしたら?ねえ、おじさん何か知ってる?』
「その、僕は詳しく知らないんだ、人づてに聞いただけだから」
『……そう』
あからさまに幽霊は気を落としたようだった。社の元を離れると、ふわりとドレスを地面に落とす。うなだれる姿は萎れた椿を彷彿とさせた。
「その、それがわかれば君は満足するのかい?」
再び訪れた静寂に耐えかねて、社が思わず唇を開く。
『おじさん、調べてくれるの?』
投げかけられた言葉に、再び萎れた花が宙に舞った。舞う拍子に、柘榴のような首元が露わになる。
「うわああ」
いくら害がないとはいえ、怖いものは怖い。思わず社は慄き、早くこのやり取りを終わらせたいとばかりに思いついたことを口にしてしまった。
「調べて、なんで君が死んでしまったかが分かれば、ここからいなくなってくれるかい?」
社は霊に問いかける。彼女を追い払わない限り、僕はこの城から帰してもらえないだろう。そんな気がした。
「真相がわかれば、ここを出て行ってくれるのかい?」
『うん、早いとこ生まれ変わって、ちゃんと大人になって。来世は人気モデルとかになりたいな』
なんてポジティブな幽霊なんだろう、社は思う一方、彼女に思わず心が傾くのを感じていた。
確かに怪しい城の住人だけど、彼女自体は悪くないのではないか。たまたま生まれた家が変だっただけじゃないか。それに、まだ若くして死んでしまって。目の前にいるのは、首が折れている以外は普通の女の子じゃないか。
なんてかわいそうなんだろう。きっと彼女にはたくさんの可能性があったのだろうに。
「じゃあ、僕が原因を突き止めてあげるよ」
だからうっかり無謀な約束をしてしまった。
「僕の幼馴染のお父さんが、昔の事故のことを調べてたんだ。華ちゃんに聞けばなにかわかるかもしれない」
『ほんとう?』
「でも、彼女はその扉の向こうにいるんだ」
社は、不思議とビクともしなくなった木製の立派な扉を指して言った。
『わかった。扉、開けてあげる』
しめた、社は心の中で快哉を叫んだ。少なくとも幽霊と二人きりの状況から脱出できるぞ!
『でも本当に調べてくれる?』
「もちろん」
ここで気分を変えられても面倒だ。社は殊更鷹揚にうなずいた。
『本当の本当?ちゃんと、アタシを殺した犯人見つけてくれる?』
「もちろん」
『じゃあ』
そう言って幽霊がスーッと社の方へと近づいてきた。そして、その血の気のない顔を近づけてくる。
「え?え、ちょっと」
壁に追い込まれた社に成す術はなく、ただギュッと瞳を瞑るぐらいしかできなかった。
そして首もとに感じる、ひんやりとした柔らかな触感と、チュッという音。今のはなんだ?もしかして。急に違う意味でドキドキしだした心臓をなだめながら社は考える。
彼女が生きていたならば。それはきっと、温かで柔らかかったんじゃないのだろうか。
「今、なにを?」
『女子高校生からのプレゼント』
そう言って笑う姿は、青白いのが残念なほどかわいく輝いていた。
『裏切ったら呪うからね』
その笑顔のまま放たれる呪詛。
『夜が明けるまでに真相を見つけられなかったら、おじさんもアタシと同じようにしてあげるから』
幽霊はそう言うと伸ばした指先を首元のストールにかけ、するりとほどく。血濡れた首元が露わになり、笑う幽 霊の唇が裂けた。その大きく開かれたのどの奥からは、外の景色が見える。首から先と、身体とが離れて浮いているのだ。
『じゃあがんばってね、おじさん。とりあえず、あの壁の時計で五時になったらまたここに来て、どうだったか教えてね』
そう壁掛け時計を指さす。そして、ギギギ、と扉の開く音。
そこから会場内のざわめきが社の耳に入ってきた。そのことに社は妙にほっとしてしまった。ほっとした反面、今度は目の前の幽霊が再び怖くなってくる。ああ、僕はなんて軽率に幽霊と約束などしてしまったのか。しかも、遂行しなければ同じようにするだなんて。まさか僕の首をちょん切るつもりなのか?
気づけば幽霊は、廊下にかけられた絵のなかに消えていってしまった。あれは僕でも知っている、睡蓮の絵。
「嘘だろ……」
そもそもこの城のいわくについてだってろくに知りもしないのに。社は胃が重くなるのを感じていた。しかもあれはただの事故だったんじゃないのか?
とりあえず、華ちゃんに相談だ。夜が明けるまで、なんて幽霊は言ってたけれど、すでに夕方の四時だ。時間はあまりない。それに、寿社長にも伝えておかないと。そう考えながら社はパーティー会場である、今はホール、かつては事故現場の扉を開いた。
0
お気に入りに追加
11
あなたにおすすめの小説
【完結】Amnesia(アムネシア)~カフェ「時遊館」に現れた美しい青年は記憶を失っていた~
紫紺
ミステリー
郊外の人気カフェ、『時游館』のマスター航留は、ある日美しい青年と出会う。彼は自分が誰かも全て忘れてしまう記憶喪失を患っていた。
行きがかり上、面倒を見ることになったのが……。
※「Amnesia」は医学用語で、一般的には「記憶喪失」のことを指します。
仮題「難解な推理小説」
葉羽
ミステリー
主人公の神藤葉羽は、鋭い推理力を持つ高校2年生。日常の出来事に対して飽き飽きし、常に何か新しい刺激を求めています。特に推理小説が好きで、複雑な謎解きを楽しみながら、現実世界でも人々の行動を予測し、楽しむことを得意としています。
クラスメートの望月彩由美は、葉羽とは対照的に明るく、恋愛漫画が好きな女の子。葉羽の推理力に感心しつつも、彼の少し変わった一面を心配しています。
ある日、葉羽はいつものように推理を楽しんでいる最中、クラスメートの行動を正確に予測し、彩由美を驚かせます。しかし、葉羽は内心では、この退屈な日常に飽き飽きしており、何か刺激的な出来事が起こることを期待しています。
支配するなにか
結城時朗
ミステリー
ある日突然、乖離性同一性障害を併発した女性・麻衣
麻衣の性格の他に、凶悪な男がいた(カイ)と名乗る別人格。
アイドルグループに所属している麻衣は、仕事を休み始める。
不思議に思ったマネージャーの村尾宏太は気になり
麻衣の家に尋ねるが・・・
麻衣:とあるアイドルグループの代表とも言える人物。
突然、別の人格が支配しようとしてくる。
病名「解離性同一性障害」 わかっている性格は、
凶悪な男のみ。
西野:元国民的アイドルグループのメンバー。
麻衣とは、プライベートでも親しい仲。
麻衣の別人格をたまたま目撃する
村尾宏太:麻衣のマネージャー
麻衣の別人格である、凶悪な男:カイに
殺されてしまう。
治療に行こうと麻衣を病院へ送る最中だった
西田〇〇:村尾宏太殺害事件の捜査に当たる捜一の刑事。
犯人は、麻衣という所まで突き止めるが
確定的なものに出会わなく、頭を抱えて
いる。
カイ :麻衣の中にいる別人格の人
性別は男。一連の事件も全てカイによる犯行。
堀:麻衣の所属するアイドルグループの人気メンバー。
麻衣の様子に怪しさを感じ、事件へと首を突っ込んでいく・・・
※刑事の西田〇〇は、読者のあなたが演じている気分で読んで頂ければ幸いです。
どうしても浮かばなければ、下記を参照してください。
物語の登場人物のイメージ的なのは
麻衣=白石麻衣さん
西野=西野七瀬さん
村尾宏太=石黒英雄さん
西田〇〇=安田顕さん
管理官=緋田康人さん(半沢直樹で机バンバン叩く人)
名前の後ろに来るアルファベットの意味は以下の通りです。
M=モノローグ (心の声など)
N=ナレーション
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

秘められた遺志
しまおか
ミステリー
亡くなった顧客が残した謎のメモ。彼は一体何を託したかったのか!?富裕層専門の資産運用管理アドバイザーの三郷が、顧客の高岳から依頼されていた遺品整理を進める中、不審物を発見。また書斎を探ると暗号めいたメモ魔で見つかり推理していた所、不審物があると通報を受けた顔見知りであるS県警の松ケ根と吉良が訪れ、連行されてしまう。三郷は逮捕されてしまうのか?それとも松ケ根達が問題の真相を無事暴くことができるのか!?
カフェ・シュガーパインの事件簿
山いい奈
ミステリー
大阪長居の住宅街に佇むカフェ・シュガーパイン。
個性豊かな兄姉弟が営むこのカフェには穏やかな時間が流れる。
だが兄姉弟それぞれの持ち前の好奇心やちょっとした特殊能力が、巻き込まれる事件を解決に導くのだった。
警狼ゲーム
如月いさみ
ミステリー
東大路将はIT業界に憧れながらも警察官の道へ入ることになり、警察学校へいくことになった。しかし、現在の警察はある組織からの人間に密かに浸食されており、その歯止めとして警察学校でその組織からの人間を更迭するために人狼ゲームを通してその人物を炙り出す計画が持ち上がっており、その実行に巻き込まれる。
警察と組織からの狼とが繰り広げる人狼ゲーム。それに翻弄されながら東大路将は狼を見抜くが……。
天使の顔して悪魔は嗤う
ねこ沢ふたよ
ミステリー
表紙の子は赤野周作君。
一つ一つで、お話は別ですので、一つずつお楽しいただけます。
【都市伝説】
「田舎町の神社の片隅に打ち捨てられた人形が夜中に動く」
そんな都市伝説を調べに行こうと幼馴染の木根元子に誘われて調べに行きます。
【雪の日の魔物】
周作と優作の兄弟で、誘拐されてしまいますが、・・・どちらかと言えば、周作君が犯人ですね。
【歌う悪魔】
聖歌隊に参加した周作君が、ちょっとした事件に巻き込まれます。
【天国からの復讐】
死んだ友達の復讐
<折り紙から、中学生。友達今井目線>
【折り紙】
いじめられっ子が、周作君に相談してしまいます。復讐してしまいます。
【修学旅行1~3・4~10】
周作が、修学旅行に参加します。バスの車内から目撃したのは・・・。
3までで、小休止、4からまた新しい事件が。
※高一<松尾目線>
【授業参観1~9】
授業参観で見かけた保護者が殺害されます
【弁当】
松尾君のプライベートを赤野君が促されて推理するだけ。
【タイムカプセル1~7】
暗号を色々+事件。和歌、モールス、オペラ、絵画、様々な要素を取り入れた暗号
【クリスマスの暗号1~7】
赤野君がプレゼント交換用の暗号を作ります。クリスマスにちなんだ暗号です。
【神隠し】
同級生が行方不明に。 SNSや伝統的な手品のトリック
※高三<夏目目線>
【猫は暗号を運ぶ1~7】
猫の首輪の暗号から、事件解決
【猫を殺さば呪われると思え1~7】
暗号にCICADAとフリーメーソンを添えて♪
※都市伝説→天使の顔して悪魔は嗤う、タイトル変更
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる