クオリアの呪い

鷲野ユキ

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さがしもの 4/19

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『捜査の進捗状況はどう?』

ピコン、と軽い音を立てて通知が来た。スマホの画面を覗けば、
『何か手がかり見つかった?』
という、圧力を感じる文面が吹き出しに書かれていた。

煌々と明かりを点けた部屋で、ベッドに投げ出した端末を拾い上げる。
夕方から飲み始めたというのに、帰宅したのは日付も回った頃。シロに連れまわされた挙句、やつを家まで送る羽目になった。もう二度とアイツとは飲むまい、と思うのに、学習しない俺も俺だが。

そそくさとシャワーを浴び、明るい室内へ逃げ込んだ。そんなものいるはずがないのに、目を瞑れば何かが俺を見ているのではないかという気分になる。それもあんな映画を見たせいだ。こんな気分になるなら、カオルでも家に呼べばよかった。

大して見もしないテレビを久しぶりにつけると、能天気なタレントが騒いでいる。そのくだらなさに安堵する。そこへLINEの通知が来た。オオトリ女史からだった。

『夜宵だけじゃなくて、ひととおりみんな事情聴取みたいなのはされたんだけど』
 ピコン。
『結局、夜宵以外はこれという決め手がないみたい』
ピコン。
『ちなみにユキ君は、あそこに入る映像がなかったから、直接の関わりは無いだろうって納得したみたいだけど。でも、裏で手助けをしたんじゃないかって思ってるみたい』

 
結局、事態は進展していないというわけだ。こんな深夜に殺人事件の話などしたくはなかったが、何となく眠る気も起きず俺は返信する。

『死亡推定時刻とかは聞いていますか?そこにアリバイがあれば、ヤヨイ先輩の容疑だって晴らせるかもしれない』

もっとも、事件の容疑者の一人である彼女がそれを教えてもらえるはずなどないだろうとは思ったものの、
『四月七日から、九日の間じゃないかって』とすぐに返事が来た。

『それは、警察から?』
『そ。土森が厭味ったらしく教えてくれたの。けど七、八は岩崎氏の姿がカメラに映っている。ならばやはり、姿の消えた八日夕方から九日にかけて保管庫で殺されたって考えるのが妥当だろ、って』
『でも、二日前に殺されてた可能性だってあるんじゃ?』
『あくまでも推定だから、それが確か、とは言えないみたい。ましてバラバラにされた手足と頭しかないわけだし。それよりカメラの映像の方が確実だって』
『その映像が、実は偽物だった、とか?』

そう言えば、なんとなくあの映像には違和感があったような気がして問えば、
『それは無いと思う』
思いのほかきっぱりと返された。

『だってあの日、岩崎が歩いてるのを何人か見てるのよ』
『歩いている?』
『そ。っても、好き好んで誰も話しかけには行ってないけど』

岩崎は北側保管庫で殺された。その後そこに入った……ヤヨイ先輩に。けれどまだ不明な点は多い。

『保管庫内に血の跡とかはあったみたい。あと、ブルーシート。その上で死体を切ったんじゃないかって。でも、それ以外は』
『胴体の中身の処分については聞きました。でも、骨も衣服も見つかっていない』

何か見落としがあるのではないか。まさか本当に、呪いの力が岩崎を殺したとでも?
思わず考えて俺は頭を振る。呪いが、内臓を管から棄てるだなんて面倒なことをいちいちするもんか。

『もしかしたらだけど』
しばらくの間を置いて、ピコンとスマホが鳴った。
『土森刑事、あんなナリしてて美術に造詣が深いみたいなのよね』
 ピコン。

『こっちも、不必要に美術品に触られるわけにはいかないし。あからさまに怪しいところしか調べなかったんじゃないかしら』
『じゃあ、土森が探さなかったところに何かがあるかもしれない?』
『その可能性はなくはないかも』
『なら、一つお願いが』
『もしかして、岩崎が殺された保管庫を調べたい、とか』
『その通り』

肝試しなんて冗談だが、日中に調べる分には一度見ておいた方がいいだろう。渋々俺が提案すると、
『それは、ちょっと……』
と躊躇う吹き出し。さらに十秒後。ピコン。

『館長の許可がないと、部外者を勝手に入れるわけには』
しばらくの後、再びスマホが鳴った。ピコン。
『それに……。あそこには、あまり行きたくなくて』
オオトリ女史のセリフにしては、ずいぶんと気弱だ。

『なぜ?』
『出るらしいのよ』
出る。高価な美術品を厳重に保管する場所だ。まさかネズミや害虫の類ではあるまい。となると。

『まさか、岩崎さんの亡霊とか言いませんよね』
『わからないけど』
ピコン。
『みんな警察の捜査のせいで中に入れなくて、仕事が溜まってて。でもようやくそれも解除されて中で作業しなきゃって思うのに、なんか変な感じがするんだって』 
『どんなふうに?』
『何かがいるらしいわ。なんだかはわからないけど。何か気配がするって』
ピコン。

『でも人の出入りはIDとカメラで管理されているから、知らない何者かが入ったなんて考えられない。となると……』
『そんな、バカなこと』 

 そう返しながらも、俺は想像してしまう。ひどいやつではあったが、だとしてもあまりにも惨たらしい殺され方だ。ましてあれだけ我の強い岩崎氏のことだ、怨念が残っていても不思議ではない、かもしれない。

けれど、いるかどうかわからない霊の影になど怯えている場合ではない。

『でも、ヤヨイ先輩どころかみなさんの容疑は完璧に晴れてない。警察自体を信じないわけじゃないが、あの色眼鏡を掛けた刑事に任せていたら、いつまでたっても真実を見つけられない』
 ピコン。
『じゃあ、館長に聞いてみる。スタッフ以外をあそこに入れてもいいか』

どうやら、彼女は俺の案を呑んでくれたらしい。そこからしばらく時間が空いて、手持ち無沙汰にいじっていたスマホが再び鳴った。ピコン。

『最終チェックの前なら大丈夫だって。私と、ユキ君で』
『ヤヨイ先輩は?』
気になって俺は聞いた。そう言えば最近姿を見ていない。
『誘っても来ないんじゃないかしら。こんな状況だし、下手に動けばまた警察に疑われる。最近じゃ具合も良くないみたいで、あまり仕事に来てないの』

それは、もしかしなくても警察から自宅謹慎でも命じられているのかもしれない。あるいは、雇用主の意向かもしれないが。岩崎財閥としては、疑わしい人間をあまり手元に置いておきたくないだろう。

『みんなが上がるのが23時くらいでしょ、その後館長が見回りに来るまでの30分間。本当はこんな時間に行きたくなんかないんだけど、そこなら、入っても邪魔にならないからいいって』

そんな時間まで働いているのか。俺は感心するとともに、あまり遅い時間に行くのに抵抗を覚える。ああいうのは、夜に出るんじゃなかったか。だがこちらから持ちかけた手前、「夜は怖いので」とも言い辛い。

万一、その手の物が出たら、シロに押し付けよう。なに、呼べば二つ返事で来るはずだ。それと、化け物顔負けが一人いたな。あいつがいたら、案外心強いかもしれない。俺はLINEに打ち込んだ。

『あと二人、追加してもいいですか?』
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