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容疑者・草間夜宵 4/11
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「じゃあ、俺とヤヨイ先輩が結託して、岩崎さんを殺したって警察は考えてるんですか?」
プレオープンであんなことがあって、開期延期になってしまった岩崎美術館に俺は再び呼ばれていた。
呪いの秘宝展は、その名の通りに陰鬱な雰囲気を放っている。特にここダイアの間は、何となく血の匂いがするような気がした。
スタッフらも浮かない顔だ。まあ、それもそうだろう、一番のお偉いさんが、よりによってあんな殺され方をしてしまったのだ。にこやかに笑っている雰囲気でもないだろう。
「そうみたい」
同じく沈痛な面持ちをして、ヤヨイ先輩が息を吐く。黒くつややかな、長すぎると言っても過言でない前髪が、その顔から表情を隠す。彼女もまた、俺をこんなことに巻き込んだ一因だ。
「ごめんなさい、ユキ君」
か細い声が彼女の口から洩れた。「私が、H大のミス研なんて入ってなければ」
「実際にミス研に声を掛けてきたのはあなたじゃない。そんなに気にしないでください」
「でも、私がそもそも違う大学に行ってればこんなことには……」
「実はK大を目指してた、とか」
「やだ、岩崎と同じとこなんて」
天下のK大も、彼の出身校とあってはその権威も墜落するほどの嫌いぶり。確かに岩崎氏は他にアピールすることもないのか、岩崎美術館ホームページに自身の卒業した大学をでかでかと載せていた。そんなの、ずいぶん昔の話だというのに。
「別に、先輩のせいで事件が起こったわけじゃないでしょう」
そう慰めつつ、この嫌い方からするとそれは無くもないのかも、などとも思ってしまう。
「そうだけど。でも、私がミス研を頼れば、なんてうっかり言ったばかりに」
それでも食い下がる彼女に、俺は若干の苛立ちを覚える。
「もう起こったことは仕方がないでしょう。先輩がH大に進学しようがしまいが、ミス研のことを持ち出そうが持ち出すまいが、岩崎さんはきっと誰かに殺されてたんですよ」
「じゃあ、岩崎さんは私がいようがいまいが、いつか殺されていたってこと?」
「知りませんよ、そんなの」
「だってユキ君、そう言ったじゃない。それじゃあまるで、岩崎さんは殺されたって仕方ないみたいな」
「そんな風には言ってないでしょう」
「だってそうじゃなきゃ、やっぱり私のせいじゃない。私がうっかり口を滑らせて、あの人があなたを頼って、なんてことがなければ、きっと岩崎さんは殺されてなかった、ううん、せめてあんなバラバラに身体を切り刻まれることなんてなかったはずなのに」
そうして再び彼女はうなだれる。結局この人は事件を自分のせいにしたいのか、それとも責任逃れをしたいのか。
「ヤヨイ先輩、今回の事件は偶然です、誰かが悪意をもって岩崎さんを殺したことは間違いないでしょうが……けど、この事件は俺たちとは無関係でしょう」
「でも、ならなんでアレが?」
ようやく持ち上げた顔には、深い隈。それを纏った瞳が虚空をさまよう。いや、正確には、この呪いのダイアの間の先、ある展示物を見つめていた。
「ああ、アレですか。……誰かが、いたずらで挟んだんじゃ」
そう返すものの、それが出来そうな人物は、ヤヨイさんも俺も、一人くらいしか思い浮かばない。俺をこの場に引きずり出した張本人。
「まさか。オオトリさんがそんなことするはずないじゃない!」
半ば狂気を含んだ金切り声で彼女が叫ぶ。「だってあんなの、あの人は知らないはずよ。そんなこと言った覚えないもの」
死体発見現場〈呪いの宝石〉コーナーの隣、〈神秘的な呪い〉のコーナー。ツタンカーメン以外あまり見栄えのしない場所に展示された、分厚い辞書のようなもの。ギリシャ語で書かれたらしい古い書籍。
その中にそれを発見したのは、ヤヨイ先輩が慕う、オオトリ女史だった。
プレオープンであんなことがあって、開期延期になってしまった岩崎美術館に俺は再び呼ばれていた。
呪いの秘宝展は、その名の通りに陰鬱な雰囲気を放っている。特にここダイアの間は、何となく血の匂いがするような気がした。
スタッフらも浮かない顔だ。まあ、それもそうだろう、一番のお偉いさんが、よりによってあんな殺され方をしてしまったのだ。にこやかに笑っている雰囲気でもないだろう。
「そうみたい」
同じく沈痛な面持ちをして、ヤヨイ先輩が息を吐く。黒くつややかな、長すぎると言っても過言でない前髪が、その顔から表情を隠す。彼女もまた、俺をこんなことに巻き込んだ一因だ。
「ごめんなさい、ユキ君」
か細い声が彼女の口から洩れた。「私が、H大のミス研なんて入ってなければ」
「実際にミス研に声を掛けてきたのはあなたじゃない。そんなに気にしないでください」
「でも、私がそもそも違う大学に行ってればこんなことには……」
「実はK大を目指してた、とか」
「やだ、岩崎と同じとこなんて」
天下のK大も、彼の出身校とあってはその権威も墜落するほどの嫌いぶり。確かに岩崎氏は他にアピールすることもないのか、岩崎美術館ホームページに自身の卒業した大学をでかでかと載せていた。そんなの、ずいぶん昔の話だというのに。
「別に、先輩のせいで事件が起こったわけじゃないでしょう」
そう慰めつつ、この嫌い方からするとそれは無くもないのかも、などとも思ってしまう。
「そうだけど。でも、私がミス研を頼れば、なんてうっかり言ったばかりに」
それでも食い下がる彼女に、俺は若干の苛立ちを覚える。
「もう起こったことは仕方がないでしょう。先輩がH大に進学しようがしまいが、ミス研のことを持ち出そうが持ち出すまいが、岩崎さんはきっと誰かに殺されてたんですよ」
「じゃあ、岩崎さんは私がいようがいまいが、いつか殺されていたってこと?」
「知りませんよ、そんなの」
「だってユキ君、そう言ったじゃない。それじゃあまるで、岩崎さんは殺されたって仕方ないみたいな」
「そんな風には言ってないでしょう」
「だってそうじゃなきゃ、やっぱり私のせいじゃない。私がうっかり口を滑らせて、あの人があなたを頼って、なんてことがなければ、きっと岩崎さんは殺されてなかった、ううん、せめてあんなバラバラに身体を切り刻まれることなんてなかったはずなのに」
そうして再び彼女はうなだれる。結局この人は事件を自分のせいにしたいのか、それとも責任逃れをしたいのか。
「ヤヨイ先輩、今回の事件は偶然です、誰かが悪意をもって岩崎さんを殺したことは間違いないでしょうが……けど、この事件は俺たちとは無関係でしょう」
「でも、ならなんでアレが?」
ようやく持ち上げた顔には、深い隈。それを纏った瞳が虚空をさまよう。いや、正確には、この呪いのダイアの間の先、ある展示物を見つめていた。
「ああ、アレですか。……誰かが、いたずらで挟んだんじゃ」
そう返すものの、それが出来そうな人物は、ヤヨイさんも俺も、一人くらいしか思い浮かばない。俺をこの場に引きずり出した張本人。
「まさか。オオトリさんがそんなことするはずないじゃない!」
半ば狂気を含んだ金切り声で彼女が叫ぶ。「だってあんなの、あの人は知らないはずよ。そんなこと言った覚えないもの」
死体発見現場〈呪いの宝石〉コーナーの隣、〈神秘的な呪い〉のコーナー。ツタンカーメン以外あまり見栄えのしない場所に展示された、分厚い辞書のようなもの。ギリシャ語で書かれたらしい古い書籍。
その中にそれを発見したのは、ヤヨイ先輩が慕う、オオトリ女史だった。
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