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回り出す運命の輪
愚者の末裔①
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私の一番古い記憶は母の嘆き悲しむ姿と、強い憎しみに満ちた表情。
産まれてこのかた、両親には一度足りとも愛された事が無い。
父は跡継ぎが出来れば義務は果たしたとばかりに親が決めた配偶者には目もくれず、愛人の所に入り浸りで母と私達の家には寄り付きもしなかった。
結婚は両家の親が決めた都合の良い政略結婚であったが、母は婚約者である父をひと目見た時から好意を抱いており、結婚する頃には諦める事が出来ないほど深く愛していた。
私達は父に良く似ている。見た目もそうだが、セクシャリティも同じだ。父は女性を抱けない。故に子づくりなど望むべきもない。
それなのに私達がこの世に誕生出来たのは、口に出すにも憚られる事実があるからだ。
何故それを私達が知っているかというと、母が呪詛の如く常に私達に吐き出して来たからだ。
曰く、如何に父が情けの無い人か。同性しか愛せないのに体裁の為に女と結婚する卑怯で情けない男だと。
流石に子供相手には性事情は語らなかった。だが、私達は生まれつき『能力』があった。
歳を追うごとに強くなる力。相手の思考も映像を見ているかの如く鮮明に再現出来る。
それは楔《くさび》のように私達を家に縛りつける。
もし、私達が両親の愛を一身に受けて育ったなら? 能力など無く普通の子供だったのなら?
トーマは静かに、人知れず壊れていき、あの悲劇は起きたーー
◇◇◇
「オーウェン! 居ないの? すぐ来て頂戴!」
母の使用人を呼ぶ金切り声が屋敷に響いた。
「お母さま、僕……ごめんなさい」
トーマが泣きながら許しを乞うていた。手には父と母の結婚式の写真が握られている。
「アンナ様、いかがなさいましたか?」
「良いから、早くこの『生き物』を私の目の届かない所に持って行きなさい! 二度と私の視界に入れない様に。分かりましたね」
トーマは持病の喘息に苦しそうに息をつきながらも、母に手を伸ばし何とかして振り向いて貰おうとしていた。
オーウェンは執事で屈強な体躯の持ち主だが、母には弱く生家から婚家へと付き従って来る程の忠義者だ。
母の命令はこの世で一番守らねばならぬものだとばかりにトーマを抱き上げ連れて行こうとする。
「嫌です、お母さま! お願いですから僕をどこかへやらないで!」
まだ十歳の子供ながら全力で抵抗するトーマにオーウェンは憐れみ、抱き上げた腕の力が緩んだ隙にスルリと腕から逃れる。
走って走って、息が出来なくなるまで走った。広い屋敷から初めて外の世界に出た僕は深い森の中に迷い込んだ。
鬱蒼と茂った木々に立つと昼間でも薄暗く心細くて泣きそうになる。
お腹も空いた。けど帰れば母から引き離される。
とぼとぼとあてもなく歩いていたら小さな小屋が見えて来た。
産まれてこのかた、両親には一度足りとも愛された事が無い。
父は跡継ぎが出来れば義務は果たしたとばかりに親が決めた配偶者には目もくれず、愛人の所に入り浸りで母と私達の家には寄り付きもしなかった。
結婚は両家の親が決めた都合の良い政略結婚であったが、母は婚約者である父をひと目見た時から好意を抱いており、結婚する頃には諦める事が出来ないほど深く愛していた。
私達は父に良く似ている。見た目もそうだが、セクシャリティも同じだ。父は女性を抱けない。故に子づくりなど望むべきもない。
それなのに私達がこの世に誕生出来たのは、口に出すにも憚られる事実があるからだ。
何故それを私達が知っているかというと、母が呪詛の如く常に私達に吐き出して来たからだ。
曰く、如何に父が情けの無い人か。同性しか愛せないのに体裁の為に女と結婚する卑怯で情けない男だと。
流石に子供相手には性事情は語らなかった。だが、私達は生まれつき『能力』があった。
歳を追うごとに強くなる力。相手の思考も映像を見ているかの如く鮮明に再現出来る。
それは楔《くさび》のように私達を家に縛りつける。
もし、私達が両親の愛を一身に受けて育ったなら? 能力など無く普通の子供だったのなら?
トーマは静かに、人知れず壊れていき、あの悲劇は起きたーー
◇◇◇
「オーウェン! 居ないの? すぐ来て頂戴!」
母の使用人を呼ぶ金切り声が屋敷に響いた。
「お母さま、僕……ごめんなさい」
トーマが泣きながら許しを乞うていた。手には父と母の結婚式の写真が握られている。
「アンナ様、いかがなさいましたか?」
「良いから、早くこの『生き物』を私の目の届かない所に持って行きなさい! 二度と私の視界に入れない様に。分かりましたね」
トーマは持病の喘息に苦しそうに息をつきながらも、母に手を伸ばし何とかして振り向いて貰おうとしていた。
オーウェンは執事で屈強な体躯の持ち主だが、母には弱く生家から婚家へと付き従って来る程の忠義者だ。
母の命令はこの世で一番守らねばならぬものだとばかりにトーマを抱き上げ連れて行こうとする。
「嫌です、お母さま! お願いですから僕をどこかへやらないで!」
まだ十歳の子供ながら全力で抵抗するトーマにオーウェンは憐れみ、抱き上げた腕の力が緩んだ隙にスルリと腕から逃れる。
走って走って、息が出来なくなるまで走った。広い屋敷から初めて外の世界に出た僕は深い森の中に迷い込んだ。
鬱蒼と茂った木々に立つと昼間でも薄暗く心細くて泣きそうになる。
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