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酒場にて
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うつらうつらしてた比呂人は、吹き込んでくる冷気で目を覚ました。寒い。
「グリノルフ、寒いんだけど」
「ああ、峠を越えたからな。もうすぐネーヴェヴェントに着く」
比呂人が眠り込んでいる間に、目的地近くに来ているらしい。尻の下からローブを引っ張り出し、被る。
それでも寒く、隣に座るグリノルフの体温が心地よくてぴたりと体を寄せた。
眠気で判断力が落ちているのか、いつになく比呂人がグリノルフにくっついてくる。
グリノルフは寒さから比呂人を守るように、大きな手で比呂人の肩を包み込んだ。
「馬車を降りたら宿に行く。防寒着を買うのは明日になるな。それまで風邪を引かないといいが」
「うん」半分眠りながら比呂人が答える。
やがて馬車はネーヴェヴェントに着き、比呂人とグリノルフは降車した。
ネーヴェヴェントは石造りの建物が立ち並ぶ大きな街だった。
屋根や道の隅に雪が降り積もっているが、人や馬が行き交っている石畳はきれいに掃き清められている。
比呂人はふらつきながらも意識はある様子で、グリノルフに肩を借りながらも宿屋までたどり着いた。
部屋に入り、比呂人はそのままベッドに倒れ込んだ。次に目が覚めたときには日はすっかり落ちていた。
「今、どのくらい?」比呂人があくび混じりに聞く。
「まだ日が変わるまでに時間がある。隣の酒場ならば何か食べられるはずだ」
「グリノルフはまだ食べてないの?」
「ああ」
自分のことなど放っておいて食事をすればいいのに、と比呂人は思ったが何も言わないでおいた。
「早く行こうぜ。腹減った」
比呂人はことさら大きな声で言うと、グリノルフと宿屋の隣の酒場に向かった。
酒場には金の蜜熊亭――これは比呂人にも読めた――の看板が掲げてあった。ざわざわと人が騒がしい音も漏れ聞こえてくる。
グリノルフが扉を開けると、一斉に視線が浴びせかけられる。一瞬で値踏みされ、グリノルフが狛人だとわかると、視線はあっという間に離れる。
比呂人自身は気にもされていないのだが、それでもグリノルフに視線が集まるのは緊張する。
比呂人には、この世界で狛人がどういう扱いをされているのかいまいちわかっていない。
以前、ソフィアにこの世界での狛人の立ち位置を説明してもらったのだが、よくわからなかった。このような機微は自分で感じとっていくしかないのだろう。
卓はほとんど埋まっていて、比呂人とグリノルフは、入口に近い一番隅の卓に着いた。
注文はグリノルフに任せしばらく待っていると、骨付き肉と野菜の煮込みと、炭酸の抜けた酸味の強いビールのような飲み物が出てきた。
ビールに似た飲み物はなかなか癖のある味だが比呂人はすっかり慣れてしまった。アルコールが強くないのも飲みやすい。
街の規模が大きいせいか、今まで入った酒場のなかでは一番賑やかだ。人々のさんざめきを見るとはなしに眺めながら、比呂人は煮込みを口に運ぶ。
比呂人はふと、店員は男女いるが、皆綺麗に着飾りどこかしら魅力的な容姿をしていることに気付いた。また店員と客との距離が近い。比呂人とグリノルフのところに注文を取りに来た店員は、普通だったので気付くのが遅れた。常連だから、というわけにはいかないくらいの距離の近さだ。
「なんかここ変な感じ。お祭りか何かあるのか」
「ああ、ここは娼館も兼ねているからな」
「……ごほごほ」
何とは無しに聞いたのだが、予期せぬ答えが返ってきて、比呂人は食べていた煮込みで盛大にむせた。
「そうなのか。でも、男もけっこう年が上の人もいるけど」なんとか落ち着いて言葉を継ぐ。
「そうだな。それがどうかしたか」
「えぇ。こういうとこって若い女の子がいるもんじゃないの」
「いるだろう」
「いや、いるけどさ、綺麗だけどおじさんやおばさんもいるじゃん」
「そうだな。それがどうかしたのか」
「いや、だって……」比呂人は反論しようと思ったが、ここは日本ではないと思い返して口をつぐんだ。「いや、なんでもない」
比呂人は気を取り直して、煮込みを再び口に運んだ。むせる前よりスピードを上げて、食事を平らげていく。
「どうした、比呂人。そんなに急ぐとまたむせるぞ」
「大丈夫だよ。早く戻ろう。こういうの、なんか落ち着かない」
グリノルフは怪訝そうな顔をしたが、比呂人に合わせて手早く食事を終えてくれた。グリノルフが代金を卓に置いて、ふたりは酒場を出た。
外に出ると冷たい風が吹き付けてくる。比呂人は動揺した気持ちが冷やされていくようで心地よかった。
こちらの世界にきて、理解できないことや自分の当たり前が当たり前ではなくなる感覚を散々味わってきたが、最近はそれもなくなりつつあった。
しかし、比呂人は久しぶりにそれを味わって、侑太のことも思い出してしまった。
比呂人は自分の心が思った以上に大きく揺らぐのを感じた。
「グリノルフ、寒いんだけど」
「ああ、峠を越えたからな。もうすぐネーヴェヴェントに着く」
比呂人が眠り込んでいる間に、目的地近くに来ているらしい。尻の下からローブを引っ張り出し、被る。
それでも寒く、隣に座るグリノルフの体温が心地よくてぴたりと体を寄せた。
眠気で判断力が落ちているのか、いつになく比呂人がグリノルフにくっついてくる。
グリノルフは寒さから比呂人を守るように、大きな手で比呂人の肩を包み込んだ。
「馬車を降りたら宿に行く。防寒着を買うのは明日になるな。それまで風邪を引かないといいが」
「うん」半分眠りながら比呂人が答える。
やがて馬車はネーヴェヴェントに着き、比呂人とグリノルフは降車した。
ネーヴェヴェントは石造りの建物が立ち並ぶ大きな街だった。
屋根や道の隅に雪が降り積もっているが、人や馬が行き交っている石畳はきれいに掃き清められている。
比呂人はふらつきながらも意識はある様子で、グリノルフに肩を借りながらも宿屋までたどり着いた。
部屋に入り、比呂人はそのままベッドに倒れ込んだ。次に目が覚めたときには日はすっかり落ちていた。
「今、どのくらい?」比呂人があくび混じりに聞く。
「まだ日が変わるまでに時間がある。隣の酒場ならば何か食べられるはずだ」
「グリノルフはまだ食べてないの?」
「ああ」
自分のことなど放っておいて食事をすればいいのに、と比呂人は思ったが何も言わないでおいた。
「早く行こうぜ。腹減った」
比呂人はことさら大きな声で言うと、グリノルフと宿屋の隣の酒場に向かった。
酒場には金の蜜熊亭――これは比呂人にも読めた――の看板が掲げてあった。ざわざわと人が騒がしい音も漏れ聞こえてくる。
グリノルフが扉を開けると、一斉に視線が浴びせかけられる。一瞬で値踏みされ、グリノルフが狛人だとわかると、視線はあっという間に離れる。
比呂人自身は気にもされていないのだが、それでもグリノルフに視線が集まるのは緊張する。
比呂人には、この世界で狛人がどういう扱いをされているのかいまいちわかっていない。
以前、ソフィアにこの世界での狛人の立ち位置を説明してもらったのだが、よくわからなかった。このような機微は自分で感じとっていくしかないのだろう。
卓はほとんど埋まっていて、比呂人とグリノルフは、入口に近い一番隅の卓に着いた。
注文はグリノルフに任せしばらく待っていると、骨付き肉と野菜の煮込みと、炭酸の抜けた酸味の強いビールのような飲み物が出てきた。
ビールに似た飲み物はなかなか癖のある味だが比呂人はすっかり慣れてしまった。アルコールが強くないのも飲みやすい。
街の規模が大きいせいか、今まで入った酒場のなかでは一番賑やかだ。人々のさんざめきを見るとはなしに眺めながら、比呂人は煮込みを口に運ぶ。
比呂人はふと、店員は男女いるが、皆綺麗に着飾りどこかしら魅力的な容姿をしていることに気付いた。また店員と客との距離が近い。比呂人とグリノルフのところに注文を取りに来た店員は、普通だったので気付くのが遅れた。常連だから、というわけにはいかないくらいの距離の近さだ。
「なんかここ変な感じ。お祭りか何かあるのか」
「ああ、ここは娼館も兼ねているからな」
「……ごほごほ」
何とは無しに聞いたのだが、予期せぬ答えが返ってきて、比呂人は食べていた煮込みで盛大にむせた。
「そうなのか。でも、男もけっこう年が上の人もいるけど」なんとか落ち着いて言葉を継ぐ。
「そうだな。それがどうかしたか」
「えぇ。こういうとこって若い女の子がいるもんじゃないの」
「いるだろう」
「いや、いるけどさ、綺麗だけどおじさんやおばさんもいるじゃん」
「そうだな。それがどうかしたのか」
「いや、だって……」比呂人は反論しようと思ったが、ここは日本ではないと思い返して口をつぐんだ。「いや、なんでもない」
比呂人は気を取り直して、煮込みを再び口に運んだ。むせる前よりスピードを上げて、食事を平らげていく。
「どうした、比呂人。そんなに急ぐとまたむせるぞ」
「大丈夫だよ。早く戻ろう。こういうの、なんか落ち着かない」
グリノルフは怪訝そうな顔をしたが、比呂人に合わせて手早く食事を終えてくれた。グリノルフが代金を卓に置いて、ふたりは酒場を出た。
外に出ると冷たい風が吹き付けてくる。比呂人は動揺した気持ちが冷やされていくようで心地よかった。
こちらの世界にきて、理解できないことや自分の当たり前が当たり前ではなくなる感覚を散々味わってきたが、最近はそれもなくなりつつあった。
しかし、比呂人は久しぶりにそれを味わって、侑太のことも思い出してしまった。
比呂人は自分の心が思った以上に大きく揺らぐのを感じた。
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