異世界転移したらフェロモン系男子でした

七嶋璃

文字の大きさ
上 下
38 / 39
2

酒場にて

しおりを挟む
うつらうつらしてた比呂人は、吹き込んでくる冷気で目を覚ました。寒い。
「グリノルフ、寒いんだけど」
「ああ、峠を越えたからな。もうすぐネーヴェヴェントに着く」
比呂人が眠り込んでいる間に、目的地近くに来ているらしい。尻の下からローブを引っ張り出し、被る。
それでも寒く、隣に座るグリノルフの体温が心地よくてぴたりと体を寄せた。
眠気で判断力が落ちているのか、いつになく比呂人がグリノルフにくっついてくる。
グリノルフは寒さから比呂人を守るように、大きな手で比呂人の肩を包み込んだ。
「馬車を降りたら宿に行く。防寒着を買うのは明日になるな。それまで風邪を引かないといいが」
「うん」半分眠りながら比呂人が答える。
やがて馬車はネーヴェヴェントに着き、比呂人とグリノルフは降車した。
ネーヴェヴェントは石造りの建物が立ち並ぶ大きな街だった。
屋根や道の隅に雪が降り積もっているが、人や馬が行き交っている石畳はきれいに掃き清められている。
比呂人はふらつきながらも意識はある様子で、グリノルフに肩を借りながらも宿屋までたどり着いた。
部屋に入り、比呂人はそのままベッドに倒れ込んだ。次に目が覚めたときには日はすっかり落ちていた。
「今、どのくらい?」比呂人があくび混じりに聞く。
「まだ日が変わるまでに時間がある。隣の酒場ならば何か食べられるはずだ」
「グリノルフはまだ食べてないの?」
「ああ」
自分のことなど放っておいて食事をすればいいのに、と比呂人は思ったが何も言わないでおいた。
「早く行こうぜ。腹減った」
比呂人はことさら大きな声で言うと、グリノルフと宿屋の隣の酒場に向かった。
酒場には金の蜜熊亭――これは比呂人にも読めた――の看板が掲げてあった。ざわざわと人が騒がしい音も漏れ聞こえてくる。
グリノルフが扉を開けると、一斉に視線が浴びせかけられる。一瞬で値踏みされ、グリノルフが狛人だとわかると、視線はあっという間に離れる。
比呂人自身は気にもされていないのだが、それでもグリノルフに視線が集まるのは緊張する。
比呂人には、この世界で狛人がどういう扱いをされているのかいまいちわかっていない。
以前、ソフィアにこの世界での狛人の立ち位置を説明してもらったのだが、よくわからなかった。このような機微は自分で感じとっていくしかないのだろう。
卓はほとんど埋まっていて、比呂人とグリノルフは、入口に近い一番隅の卓に着いた。
注文はグリノルフに任せしばらく待っていると、骨付き肉と野菜の煮込みと、炭酸の抜けた酸味の強いビールのような飲み物が出てきた。
ビールに似た飲み物はなかなか癖のある味だが比呂人はすっかり慣れてしまった。アルコールが強くないのも飲みやすい。
街の規模が大きいせいか、今まで入った酒場のなかでは一番賑やかだ。人々のさんざめきを見るとはなしに眺めながら、比呂人は煮込みを口に運ぶ。
比呂人はふと、店員は男女いるが、皆綺麗に着飾りどこかしら魅力的な容姿をしていることに気付いた。また店員と客との距離が近い。比呂人とグリノルフのところに注文を取りに来た店員は、普通だったので気付くのが遅れた。常連だから、というわけにはいかないくらいの距離の近さだ。
「なんかここ変な感じ。お祭りか何かあるのか」
「ああ、ここは娼館も兼ねているからな」
「……ごほごほ」
何とは無しに聞いたのだが、予期せぬ答えが返ってきて、比呂人は食べていた煮込みで盛大にむせた。
「そうなのか。でも、男もけっこう年が上の人もいるけど」なんとか落ち着いて言葉を継ぐ。
「そうだな。それがどうかしたか」
「えぇ。こういうとこって若い女の子がいるもんじゃないの」
「いるだろう」
「いや、いるけどさ、綺麗だけどおじさんやおばさんもいるじゃん」
「そうだな。それがどうかしたのか」
「いや、だって……」比呂人は反論しようと思ったが、ここは日本ではないと思い返して口をつぐんだ。「いや、なんでもない」
比呂人は気を取り直して、煮込みを再び口に運んだ。むせる前よりスピードを上げて、食事を平らげていく。
「どうした、比呂人。そんなに急ぐとまたむせるぞ」
「大丈夫だよ。早く戻ろう。こういうの、なんか落ち着かない」
グリノルフは怪訝そうな顔をしたが、比呂人に合わせて手早く食事を終えてくれた。グリノルフが代金を卓に置いて、ふたりは酒場を出た。
外に出ると冷たい風が吹き付けてくる。比呂人は動揺した気持ちが冷やされていくようで心地よかった。
こちらの世界にきて、理解できないことや自分の当たり前が当たり前ではなくなる感覚を散々味わってきたが、最近はそれもなくなりつつあった。
しかし、比呂人は久しぶりにそれを味わって、侑太のことも思い出してしまった。
比呂人は自分の心が思った以上に大きく揺らぐのを感じた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

獣人の子供が現代社会人の俺の部屋に迷い込んできました。

えっしゃー(エミリオ猫)
BL
突然、ひとり暮らしの俺(会社員)の部屋に、獣人の子供が現れた! どっから来た?!異世界転移?!仕方ないので面倒を見る、連休中の俺。 そしたら、なぜか俺の事をママだとっ?! いやいや女じゃないから!え?女って何って、お前、男しか居ない世界の子供なの?! 会社員男性と、異世界獣人のお話。 ※6話で完結します。さくっと読めます。

4人の兄に溺愛されてます

まつも☆きらら
BL
中学1年生の梨夢は5人兄弟の末っ子。4人の兄にとにかく溺愛されている。兄たちが大好きな梨夢だが、心配性な兄たちは時に過保護になりすぎて。

真面目系委員長の同室は王道転校生⁉~王道受けの横で適度に巻き込まれて行きます~

シキ
BL
全寮制学園モノBL。 倉科誠は真面目で平凡な目立たない学級委員長だった。そう、だった。季節外れの王道転入生が来るまでは……。 倉科の通う私立藤咲学園は山奥に位置する全寮制男子高校だ。外界と隔絶されたそこでは美形生徒が信奉され、親衛隊が作られ、生徒会には俺様会長やクール系副会長が在籍する王道学園と呼ぶに相応しいであろう場所。そんな学園に一人の転入生がやってくる。破天荒な美少年の彼を中心に巻き起こる騒動に同室・同クラスな委員長も巻き込まれていき……? 真面目で平凡()な学級委員長が王道転入生くんに巻き込まれ何だかんだ総受けする青春系ラブストーリー。 一部固定CP(副会長×王道転入生)もいつつ、基本は主人公総受けです。 こちらは個人サイトで数年前に連載していて、途中だったお話です。 今度こそ完走させてあげたいと思いたってこちらで加筆修正して再連載させていただいています。 当時の企画で書いた番外編なども掲載させていただきますが、生暖かく見守ってください。

男子高校生だった俺は異世界で幼児になり 訳あり筋肉ムキムキ集団に保護されました。

カヨワイさつき
ファンタジー
高校3年生の神野千明(かみの ちあき)。 今年のメインイベントは受験、 あとはたのしみにしている北海道への修学旅行。 だがそんな彼は飛行機が苦手だった。 電車バスはもちろん、ひどい乗り物酔いをするのだった。今回も飛行機で乗り物酔いをおこしトイレにこもっていたら、いつのまにか気を失った?そして、ちがう場所にいた?! あれ?身の危険?!でも、夢の中だよな? 急死に一生?と思ったら、筋肉ムキムキのワイルドなイケメンに拾われたチアキ。 さらに、何かがおかしいと思ったら3歳児になっていた?! 変なレアスキルや神具、 八百万(やおよろず)の神の加護。 レアチート盛りだくさん?! 半ばあたりシリアス 後半ざまぁ。 訳あり幼児と訳あり集団たちとの物語。 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 北海道、アイヌ語、かっこ良さげな名前 お腹がすいた時に食べたい食べ物など 思いついた名前とかをもじり、 なんとか、名前決めてます。     *** お名前使用してもいいよ💕っていう 心優しい方、教えて下さい🥺 悪役には使わないようにします、たぶん。 ちょっとオネェだったり、 アレ…だったりする程度です😁 すでに、使用オッケーしてくださった心優しい 皆様ありがとうございます😘 読んでくださる方や応援してくださる全てに めっちゃ感謝を込めて💕 ありがとうございます💞

秘花~王太子の秘密と宿命の皇女~

めぐみ
BL
☆俺はお前を何度も抱き、俺なしではいられぬ淫らな身体にする。宿命という名の数奇な運命に翻弄される王子達☆ ―俺はそなたを玩具だと思ったことはなかった。ただ、そなたの身体は俺のものだ。俺はそなたを何度でも抱き、俺なしではいられないような淫らな身体にする。抱き潰すくらいに抱けば、そなたもあの宦官のことなど思い出しもしなくなる。― モンゴル大帝国の皇帝を祖父に持ちモンゴル帝国直系の皇女を生母として生まれた彼は、生まれながらの高麗の王太子だった。 だが、そんな王太子の運命を激変させる出来事が起こった。 そう、あの「秘密」が表に出るまでは。

男子高校に入学したらハーレムでした!

はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。 ゆっくり書いていきます。 毎日19時更新です。 よろしくお願い致します。 2022.04.28 お気に入り、栞ありがとうございます。 とても励みになります。 引き続き宜しくお願いします。 2022.05.01 近々番外編SSをあげます。 よければ覗いてみてください。 2022.05.10 お気に入りしてくれてる方、閲覧くださってる方、ありがとうございます。 精一杯書いていきます。 2022.05.15 閲覧、お気に入り、ありがとうございます。 読んでいただけてとても嬉しいです。 近々番外編をあげます。 良ければ覗いてみてください。 2022.05.28 今日で完結です。閲覧、お気に入り本当にありがとうございました。 次作も頑張って書きます。 よろしくおねがいします。

高身長お姉さん達に囲まれてると思ったらここは貞操逆転世界でした。〜どうやら元の世界には帰れないので、今を謳歌しようと思います〜

水国 水
恋愛
ある日、阿宮 海(あみや かい)はバイト先から自転車で家へ帰っていた。 その時、快晴で雲一つ無い空が急変し、突如、周囲に濃い霧に包まれる。 危険を感じた阿宮は自転車を押して帰ることにした。そして徒歩で歩き、喉も乾いてきた時、運良く喫茶店の看板を発見する。 彼は霧が晴れるまでそこで休憩しようと思い、扉を開く。そこには女性の店員が一人居るだけだった。 初めは男装だと考えていた女性の店員、阿宮と会話していくうちに彼が男性だということに気がついた。そして同時に阿宮も世界の常識がおかしいことに気がつく。 そして話していくうちに貞操逆転世界へ転移してしまったことを知る。 警察へ連れて行かれ、戸籍がないことも発覚し、家もない状況。先が不安ではあるが、戻れないだろうと考え新たな世界で生きていくことを決意した。 これはひょんなことから貞操逆転世界に転移してしまった阿宮が高身長女子と関わり、関係を深めながら貞操逆転世界を謳歌する話。 果たして、阿宮は見知らぬ世界でどう生きていくのか————。

処理中です...