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旅の支度
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次の日、比呂人とグリノルフは朝から仕立屋に出かけた。
正確に言えば仕立屋の工房で、市場の喧騒を離れた裏路地にひっそりと建っていた。
前回の旅に出る前に服を買ったときは、市場の中にある仕立屋で、半分出来上がっている服を買った。
今回は、寒い地域への旅ということで厚手の服を買いに来た。
この地域は一年を通して温暖な気候らしく厚手の服は誂えなければないらしい。
ネルシャツのような起毛した暖かそうな生地を選んで、三着誂えてもらうことにした。
採寸をしてもらい、前回より全体的に大きく――特に肩や胸まわりが――なっていたことに、比呂人は嬉しくなる。
といっても見た目にはほとんど変わりがないし、相変わらず細身なのだが。
仕立屋での注文を済ませて市場へと移動する。
相変わらず混みあっているが、活気のある雰囲気は嫌いではない。
元の世界では人混みは嫌いというか、半分は怖いに近い感情を抱いていたのだが、ここでは人がいて活動をしているということに安心感を覚える。
昼も近いということで、比呂人とグリノルフは麵料理を出す屋台に入った。
元いた世界と違ってメニューはあまりない。比呂人はピリ辛の汁に細麺の品を、グリノルフはあっさりとした汁に幅広の麺の品を頼んだ。
比呂人はピリ辛の汁を啜りながら、こってりとした家系ラーメンが恋しくなる。
こちらの料理もまずいわけではない、素材の味を活かした素朴なものが多く、たまに凝ったものだったり味にパンチのあるものが食べたくなるときがある。
一通り食事を終えて比呂人がグリノルフに確認する。
「今日は他の買い物はしないんだろ」
「ああ、狩場の近くの街まで移動して、そこで支度を整える。寒い地域で必要なものはここではほとんど売っていないからな。ちゃんとした防寒着もそこで買う」
「じゃあ今日は特に買うものはないってことか」
「そうだ」
「せっかくだからいろいろ見て行ってもいいか。市場に来るのは久しぶりだし」
「別に構わない」
比呂人とグリノルフは屋台を出ると、市場の一番賑わっている通りへと向かった。市場なので食品や生活必需品の店が多く、ソフィアに何不自由なく生活させてもらっている比呂人には、特に必要なものはなかった。
それでも人ごみに揉まれながら、店を冷やかすのも楽しい。見慣れないものもまだまだ多いが、以前は何に使うかわからなかった品物も、用途がわかってきた。
昼食後すぐなので、買い食いもせずに一通り市場を見て回った。
「そろそろ帰るか」ソフィア邸に近い市場の入口付近で、満足気に比呂人が言う。
グリノルフは急に立ち止まってり、比呂人には答えず少し先の路地をじっと目を凝らした。
少し傾いた午後の柔らかい光が、グリノルフの背中で編まれた白銀の髪を照らしている。
「ひとつ買い物をして帰ろう」
何を言われるかと身構えていた比呂人に、グリノルフは言った。
「え、それって何……ってちょっと待てよ」視線の先の路地へと入るグリノルフを、比呂人は慌てて追いかける。
先程の工房と同じような、裏路地だ。市場のバラックのような建物とは違い、しっかりとした家屋が住居と店舗、入り乱れて建っている。
グリノルフは迷わず、看板の掲げてある店に入った。
看板に何が書かれているか落ち着いていれば読めるが、置いていかれないように確認する間もなく、比呂人も店に入る。
店の中は外から見たよりも広く感じる。土間に木製の台が置かれていて、その上に様々な形の包丁が置かれている。室内の薄明りで刃は鈍い光を放っていた。
「ここって包丁屋?包丁屋ってあるの?」
「包丁だけはない。ほかにもいろいろな刃物を扱っている」
グリノルフは店の壁を指し示した。壁には所狭しと、グリノルフが持っている山刀や鉈、鋸などが掛けられている。
「(……探す……)」店の奥の作業台に座って刃物に油を塗っていた女性がグリノルフと比呂人に声をかける。
「(……グリノルフ……今日……探す……)」
三十半ばくらいの女性は、手の油を布で拭って立ち上がり、二人のほうへ近付いた。
比呂人が聞き取れた単語からだと「今日は何をお探しですか」のような接客の決まり文句を言ったのだろう。グリノルフの名前も聞き取れたので、面識があるのかもしれない。
そこから先の二人の会話はテンポが速く、なにが話されているのか比呂人には聞き取れなかった。
二人がひとしきり話した後、女性が比呂人にナイフを渡した。鞘を取って中を見ろと身振りで示す。
比呂人は言われた通り、鞘を払うと刃渡り15cmくらいの、いわゆるアウトドアナイフのような刃物がでてきた。
ぱっと見、アウトドアナイフのようだと思ったが、刃を見るときちんと刃文が出ていて、日本刀のような雰囲気もある。柄はシンプルに黒い革が巻き付けてある。
今まで刃物を持ったことも、持ちたいと思ったこともなかったが、これは単純にきれだと思った。
「ヒロトに山刀を買おうと思ったのだが、彼女がまずは刃物の扱いに慣れたほうがいいから小刀のほうがいいと」
「うん、これいいな」比呂人は小刀を見つめたままうなずいた。
「ヒロトが気に入ったのならこれにしよう。(……買う……これ……)」
グリノルフは、比呂人が理解できないが女性と何か話しながら会計を済ませると店を出た。
店を出たところでグリノルフから小刀を渡される。
「まだ出発までには時間がある。それまでに、ヨンナの手伝いなどで使い慣れておくといい」
「ありがと。大事に使う」
「ああ」
比呂人は手の中の小刀を確認する。初めて持ったのにしっくりと手に馴染む。
比呂人は小刀を握り直すと、ソフィア邸へと歩き出した。
正確に言えば仕立屋の工房で、市場の喧騒を離れた裏路地にひっそりと建っていた。
前回の旅に出る前に服を買ったときは、市場の中にある仕立屋で、半分出来上がっている服を買った。
今回は、寒い地域への旅ということで厚手の服を買いに来た。
この地域は一年を通して温暖な気候らしく厚手の服は誂えなければないらしい。
ネルシャツのような起毛した暖かそうな生地を選んで、三着誂えてもらうことにした。
採寸をしてもらい、前回より全体的に大きく――特に肩や胸まわりが――なっていたことに、比呂人は嬉しくなる。
といっても見た目にはほとんど変わりがないし、相変わらず細身なのだが。
仕立屋での注文を済ませて市場へと移動する。
相変わらず混みあっているが、活気のある雰囲気は嫌いではない。
元の世界では人混みは嫌いというか、半分は怖いに近い感情を抱いていたのだが、ここでは人がいて活動をしているということに安心感を覚える。
昼も近いということで、比呂人とグリノルフは麵料理を出す屋台に入った。
元いた世界と違ってメニューはあまりない。比呂人はピリ辛の汁に細麺の品を、グリノルフはあっさりとした汁に幅広の麺の品を頼んだ。
比呂人はピリ辛の汁を啜りながら、こってりとした家系ラーメンが恋しくなる。
こちらの料理もまずいわけではない、素材の味を活かした素朴なものが多く、たまに凝ったものだったり味にパンチのあるものが食べたくなるときがある。
一通り食事を終えて比呂人がグリノルフに確認する。
「今日は他の買い物はしないんだろ」
「ああ、狩場の近くの街まで移動して、そこで支度を整える。寒い地域で必要なものはここではほとんど売っていないからな。ちゃんとした防寒着もそこで買う」
「じゃあ今日は特に買うものはないってことか」
「そうだ」
「せっかくだからいろいろ見て行ってもいいか。市場に来るのは久しぶりだし」
「別に構わない」
比呂人とグリノルフは屋台を出ると、市場の一番賑わっている通りへと向かった。市場なので食品や生活必需品の店が多く、ソフィアに何不自由なく生活させてもらっている比呂人には、特に必要なものはなかった。
それでも人ごみに揉まれながら、店を冷やかすのも楽しい。見慣れないものもまだまだ多いが、以前は何に使うかわからなかった品物も、用途がわかってきた。
昼食後すぐなので、買い食いもせずに一通り市場を見て回った。
「そろそろ帰るか」ソフィア邸に近い市場の入口付近で、満足気に比呂人が言う。
グリノルフは急に立ち止まってり、比呂人には答えず少し先の路地をじっと目を凝らした。
少し傾いた午後の柔らかい光が、グリノルフの背中で編まれた白銀の髪を照らしている。
「ひとつ買い物をして帰ろう」
何を言われるかと身構えていた比呂人に、グリノルフは言った。
「え、それって何……ってちょっと待てよ」視線の先の路地へと入るグリノルフを、比呂人は慌てて追いかける。
先程の工房と同じような、裏路地だ。市場のバラックのような建物とは違い、しっかりとした家屋が住居と店舗、入り乱れて建っている。
グリノルフは迷わず、看板の掲げてある店に入った。
看板に何が書かれているか落ち着いていれば読めるが、置いていかれないように確認する間もなく、比呂人も店に入る。
店の中は外から見たよりも広く感じる。土間に木製の台が置かれていて、その上に様々な形の包丁が置かれている。室内の薄明りで刃は鈍い光を放っていた。
「ここって包丁屋?包丁屋ってあるの?」
「包丁だけはない。ほかにもいろいろな刃物を扱っている」
グリノルフは店の壁を指し示した。壁には所狭しと、グリノルフが持っている山刀や鉈、鋸などが掛けられている。
「(……探す……)」店の奥の作業台に座って刃物に油を塗っていた女性がグリノルフと比呂人に声をかける。
「(……グリノルフ……今日……探す……)」
三十半ばくらいの女性は、手の油を布で拭って立ち上がり、二人のほうへ近付いた。
比呂人が聞き取れた単語からだと「今日は何をお探しですか」のような接客の決まり文句を言ったのだろう。グリノルフの名前も聞き取れたので、面識があるのかもしれない。
そこから先の二人の会話はテンポが速く、なにが話されているのか比呂人には聞き取れなかった。
二人がひとしきり話した後、女性が比呂人にナイフを渡した。鞘を取って中を見ろと身振りで示す。
比呂人は言われた通り、鞘を払うと刃渡り15cmくらいの、いわゆるアウトドアナイフのような刃物がでてきた。
ぱっと見、アウトドアナイフのようだと思ったが、刃を見るときちんと刃文が出ていて、日本刀のような雰囲気もある。柄はシンプルに黒い革が巻き付けてある。
今まで刃物を持ったことも、持ちたいと思ったこともなかったが、これは単純にきれだと思った。
「ヒロトに山刀を買おうと思ったのだが、彼女がまずは刃物の扱いに慣れたほうがいいから小刀のほうがいいと」
「うん、これいいな」比呂人は小刀を見つめたままうなずいた。
「ヒロトが気に入ったのならこれにしよう。(……買う……これ……)」
グリノルフは、比呂人が理解できないが女性と何か話しながら会計を済ませると店を出た。
店を出たところでグリノルフから小刀を渡される。
「まだ出発までには時間がある。それまでに、ヨンナの手伝いなどで使い慣れておくといい」
「ありがと。大事に使う」
「ああ」
比呂人は手の中の小刀を確認する。初めて持ったのにしっくりと手に馴染む。
比呂人は小刀を握り直すと、ソフィア邸へと歩き出した。
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