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グリノルフの帰参
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ソフィア邸に戻った比呂人とヨンナは遅めの朝食をとった。
その後、ヨンナは摘んだ花を染料に加工するということで、比呂人も作業場について行った。
ついて行ったはいいが、まずは花を発酵させるとのことで、役に立ちそうにないと思った比呂人は早々に退散した。
それから間をおかずに昼食を食べ、屋敷内をぶらぶらしているとマッテオを見かけたので弓を教えてもらうことにした。
マッテオは、弓も剣も使える四十がらみの男だ。
ソフィア邸には、マッテオのように傭兵のような用心棒のような人間やら、芸術家のような人間やら素性のわからない老若男女が常時何人かいる。
マッテオは比呂人がこちらに来たときからいるが、大体はいつの間にかいて、気付いたらいなくなっている。そんな調子なので、比呂人もあえて彼らがどういう人間なのかということを尋ねたこともなかった。
グリノルフがしばらく不在になるということで、弓を教えられる人間がいないかソフィアに聞いたところ、紹介されたのがマッテオだった。
マッテオに関してもどういう来歴なのかは知らないが、異世界から来た比呂人を面白がっていて、言葉がほとんどわからないにもかかわらず根気よく教えてくれる。
弓の稽古は体を使うことなので、言葉がわからなくてもなんとかなる。
比呂人がうまく出来たと思ったときは褒められるし、失敗したと思えばマッテオも険しい顔をしている。
弓の腕前はまだまだだが、自分の感覚が当てになるというのは、何も出来なかった頃より進歩していると感じる。
着実に上達はしていると思うのだが、比呂人は体力が持たなくて本数は引けない。まだ日が高いうちに稽古は終了となった。
朝が早かったため、昼寝でもしようかと自室に戻ったが、日当たりが良すぎて眠れそうにない。
比呂人は自室の斜向かいにあるグリノルフの部屋にそっと入った。比呂人の部屋より穏やかな日がさしている。
主のいない部屋だが、毎日掃除され清潔に保たれているベッドに比呂人は身を投げた。
布団からはグリノルフの匂いがする。
グリノルフは、フェロモンのせいもあってか比呂人がいい香りがすると言うが、グリノルフにも独自の匂いがする。乾いた木のような、なんとなく落ち着く匂いだ。
何の用か知らないが、10日程で戻って来るといったグリノルフが出発してから12日が経った。
こちらの世界だと簡単に連絡できないのはわかるし、なにか知らせがあったほうが大変な事態になっているのだろうが、それにしてもなと比呂人は思う。
グリノルフの匂いに包まれていると、腹の奥がむずむずして種火がともる。それはあっという間に大きくなって比呂人の手に負えなくなる。
グリノルフが出かけてから自分で何もしていないのだから、当然といえば当然の反応なのだが、比呂人は大きく溜め息を吐いた。
グリノルフの匂いを嗅いだだけで、すっかり大きくなってしまった自分の陽物にそっと触れる。しばらく扱いて、やめた。
そのまま続けてもよかったのだが、なんとなく気が乗らなくてやめた。
頭まで布団をかぶって、ぎゅっと目を閉じる。眼裏《まなうら》に様々な色が散る。
いつの間にか眠ってしまった比呂人は、眩しくて目を覚ました。西日が直接顔に当たっている。
不機嫌に比呂人が起き上がると、窓際に人影が見えた。西日で影になっているがすぐにグリノルフだとわかった。
「なんでいるんだよ」おかえり、と素直に言えばいいのにと思いながらも、比呂人の口からは不満げな言葉が漏れた。
「帰ってきた。ヒロトこそなんで俺の部屋にいる」
「それは……、俺の部屋は日当たりが良くて眩しいからさ、ここだと寝やすいと思っただけだよ」
「そうか」
グリノルフは背嚢から取り出したものを持つと、ベッドに腰を下ろした。
無意識に身構えた比呂人に、グリノルフは手に持ったものを渡した。
「土産だ」
それは分厚い本だった。開いてみると、細かい字でびっしりとこの世界の文字が書いてある。
「なに、この本」
「辞書だ」
「読めねえよ」
「今は、な。そのうち役に立つときがくる」
役には立つだろうが、嬉しい土産ではない。
「ほかにはねえの」
「蜜熊を獲ってきた。今日は間に合わないだろうが、明日あたり食べられるだろう」
「……ありがとう」そうじゃない、と出かかったがぐっと飲み込んで礼を言う。
「ここの料理人は腕がいい。きっと素晴らしい一品になるに違いない」
「ああ、そうだな。で、グリノルフはどこに、なにしに出かけてたんだ」
「それについてはあとで説明する。夜に俺の部屋に来い」
「わかったよ」
「行こう。食事の時間だ」
グリノルフはそう言うとベッドから立ち上がった。比呂人もグリノルフの後に続いて部屋を出た。
その後、ヨンナは摘んだ花を染料に加工するということで、比呂人も作業場について行った。
ついて行ったはいいが、まずは花を発酵させるとのことで、役に立ちそうにないと思った比呂人は早々に退散した。
それから間をおかずに昼食を食べ、屋敷内をぶらぶらしているとマッテオを見かけたので弓を教えてもらうことにした。
マッテオは、弓も剣も使える四十がらみの男だ。
ソフィア邸には、マッテオのように傭兵のような用心棒のような人間やら、芸術家のような人間やら素性のわからない老若男女が常時何人かいる。
マッテオは比呂人がこちらに来たときからいるが、大体はいつの間にかいて、気付いたらいなくなっている。そんな調子なので、比呂人もあえて彼らがどういう人間なのかということを尋ねたこともなかった。
グリノルフがしばらく不在になるということで、弓を教えられる人間がいないかソフィアに聞いたところ、紹介されたのがマッテオだった。
マッテオに関してもどういう来歴なのかは知らないが、異世界から来た比呂人を面白がっていて、言葉がほとんどわからないにもかかわらず根気よく教えてくれる。
弓の稽古は体を使うことなので、言葉がわからなくてもなんとかなる。
比呂人がうまく出来たと思ったときは褒められるし、失敗したと思えばマッテオも険しい顔をしている。
弓の腕前はまだまだだが、自分の感覚が当てになるというのは、何も出来なかった頃より進歩していると感じる。
着実に上達はしていると思うのだが、比呂人は体力が持たなくて本数は引けない。まだ日が高いうちに稽古は終了となった。
朝が早かったため、昼寝でもしようかと自室に戻ったが、日当たりが良すぎて眠れそうにない。
比呂人は自室の斜向かいにあるグリノルフの部屋にそっと入った。比呂人の部屋より穏やかな日がさしている。
主のいない部屋だが、毎日掃除され清潔に保たれているベッドに比呂人は身を投げた。
布団からはグリノルフの匂いがする。
グリノルフは、フェロモンのせいもあってか比呂人がいい香りがすると言うが、グリノルフにも独自の匂いがする。乾いた木のような、なんとなく落ち着く匂いだ。
何の用か知らないが、10日程で戻って来るといったグリノルフが出発してから12日が経った。
こちらの世界だと簡単に連絡できないのはわかるし、なにか知らせがあったほうが大変な事態になっているのだろうが、それにしてもなと比呂人は思う。
グリノルフの匂いに包まれていると、腹の奥がむずむずして種火がともる。それはあっという間に大きくなって比呂人の手に負えなくなる。
グリノルフが出かけてから自分で何もしていないのだから、当然といえば当然の反応なのだが、比呂人は大きく溜め息を吐いた。
グリノルフの匂いを嗅いだだけで、すっかり大きくなってしまった自分の陽物にそっと触れる。しばらく扱いて、やめた。
そのまま続けてもよかったのだが、なんとなく気が乗らなくてやめた。
頭まで布団をかぶって、ぎゅっと目を閉じる。眼裏《まなうら》に様々な色が散る。
いつの間にか眠ってしまった比呂人は、眩しくて目を覚ました。西日が直接顔に当たっている。
不機嫌に比呂人が起き上がると、窓際に人影が見えた。西日で影になっているがすぐにグリノルフだとわかった。
「なんでいるんだよ」おかえり、と素直に言えばいいのにと思いながらも、比呂人の口からは不満げな言葉が漏れた。
「帰ってきた。ヒロトこそなんで俺の部屋にいる」
「それは……、俺の部屋は日当たりが良くて眩しいからさ、ここだと寝やすいと思っただけだよ」
「そうか」
グリノルフは背嚢から取り出したものを持つと、ベッドに腰を下ろした。
無意識に身構えた比呂人に、グリノルフは手に持ったものを渡した。
「土産だ」
それは分厚い本だった。開いてみると、細かい字でびっしりとこの世界の文字が書いてある。
「なに、この本」
「辞書だ」
「読めねえよ」
「今は、な。そのうち役に立つときがくる」
役には立つだろうが、嬉しい土産ではない。
「ほかにはねえの」
「蜜熊を獲ってきた。今日は間に合わないだろうが、明日あたり食べられるだろう」
「……ありがとう」そうじゃない、と出かかったがぐっと飲み込んで礼を言う。
「ここの料理人は腕がいい。きっと素晴らしい一品になるに違いない」
「ああ、そうだな。で、グリノルフはどこに、なにしに出かけてたんだ」
「それについてはあとで説明する。夜に俺の部屋に来い」
「わかったよ」
「行こう。食事の時間だ」
グリノルフはそう言うとベッドから立ち上がった。比呂人もグリノルフの後に続いて部屋を出た。
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