29 / 39
1
再びソフィア邸
しおりを挟む
それからの日々は順調すぎるくらい順調だった。
毎日歩き、食べ、眠る。比呂人はフェロモンを抑える薬湯も毎日飲んだ。
特に事故もなく、獣に襲われることもなく着実に道程をこなしていった。
グリノルフは毎夜、比呂人を抱きしめて眠るようになった。
そして毎夜ではないが体を重ねた。グリノルフはどうやら比呂人の体調や疲れ具合をみて、比呂人を抱くかどうか判断しているらしかった。
薬湯でフェロモンを抑えているので比呂人を抱く必要はないはずなのだが、どうしてなのだろうか。
疑問には思うものの、実際にグリノルフの手に触れられるとそんなことはどうでもよくなってしまう。
いくつかの街を越えて、比呂人が見覚えのある景色が現れる。家が段々増えていき何度か通った市場に着いた。
ほんの少し前のことなのに、この市場に来たことが遠い昔のことのように感じる。
昼過ぎて夕方前の時間、市場のにぎわいは大分落ち着いている。
甘い菓子のにおいが比呂人の鼻をくすぐるが、無視してグリノルフについていく。
狩りは成功したのだし、あとで報酬で思いっきりうまいものを食べてやる。そう思っているうちに広大な邸が見えてきた。
門扉からたっぷり歩き、邸に着くと応接室に通された。しばらくするとヨンナがお茶と茶菓子を持って現れた。
あいにくソフィアは不在らしく先に部屋を用意するのでそちらで休んでいてほしいとのことだった。
とりあえず応接室のソファに腰を下ろし茶菓子にかじりついた。
「うまっ」久々の果物ではない、人が作った甘味に比呂人が声をあげる。
「まだまだあるのでたくさん召し上がってください」
ヨンナが比呂人のカップに茶を注ぎながら言う。
「無事に戻ってこられてよかったです」
「まあいろいろあったけどなんとかなったよ」
比呂人とヨンナがぽつりぽつりと話しているあいだに、グリノルフは黙々と茶菓子を頬張っている。
やがて従僕がやって来て、陰鰐の戦利品をどこかに運ぶということで、グリノルフと従僕が荷物を持って行ってしまった。応接室には比呂人とヨンナが残された。
「でも、グリノルフさんと仲良くなられたようでよかったです。グリノルフさんがいらっしゃるから無事に戻られるとは思っていましたが、出発のときには、その、あまりいい雰囲気ではなかったので」
ヨンナの言葉に比呂人が耳先から赤くなる。ヨンナが当て擦りで言っているのではないとわかってはいるが比呂人は赤くなるのを止められなかった。
そんな比呂人を見て、事情を察したヨンナが徐々に赤くなる。
「すいません、そのような意味で言ったんではないんですが……」
「そうなんだよ、随分仲良くなっちゃってさ」
恥ずかしさでうつむきながら最後のほうはほとんど聞こえないくらいの声で比呂人が言う。
「私はいいと思いますけど」
「あのさ、わかったらでいいんだけど、俺のその香りと言うかフェロモンみたいなもんってどのくらいグリノルフに効くのかな」
「私はほとんど出ていないらしいのでわからないのですが、中村さんは相当強力な香りが出ていると聞きました。なのでグリノルフさんにも影響はあるはずです」
「そっか」
「気になりますか」
「そりゃ、気になるよ。グリノルフとそういうことになってんのはこのフェロモンのお陰だろうから。もしなくなったらどうなるんだろう、とか」
「それは、気にしても仕方のないことだと思います。香りも含めて中村さんなので。中村さんはグリノルフさんのどういうところが好きになりました?」
「いや、どういうところが好きって」
「綺麗な顔ですか?なんでもできて頼りになるところですか?もしグリノルフさんがなにかの事故で顔が変わってなにもできなくなったら中村さんは嫌いになりますか」
「それはわかんないけど、たぶん、ならない、と思う」
「香り、というのはきっかけにしかすぎないと思います。フェロモンはきっかけかもしれませんが、気持ちが動いてしまえばそこから先は関係ないと思います」
ヨンナはそこで一旦言葉を切り、苦しそうに続けた。
「私は向こうにいるときは、自分にはなにもないと思っていました。でもここに来て、いろいろあって、そういうふうに考えるのはやめようと思ったんです」
「そっか、そうだよな。なんかごめん」
「いえ」
「せっかく全然違う世界に来たんだし、いつまでも昔みたいな考え方もよくないよな」
「私もそう思います。なかなか自分を変えることは難しいですが、ここでは昔の自分を知る人はいないから、全然違う自分になってもいいんだと思います」
「だね。あ、あとさ、俺のことは比呂人でいいよ、みんなヒロトって呼んでるし」
「じゃあ、比呂人さん、で」
「うん。もっとヨンナさんの話聞かせてよ、嫌じゃなければだけど」
「そんなに面白くないですよ。比呂人さんの旅のほうがよっぽど面白いと思います」
「面白い、面白くないじゃなくてヨンナさんの話が聞きたいんだよ」
ヨンナは笑ってうなずいた。
折よくグリノルフが戻って来て、笑いあっている比呂人とヨンナを見て表情をゆるめた。
その後、比呂人とグリノルフは各々の部屋に移動した。清潔で整えられた室内で過ごせることのありがたさをかみしめる。
比呂人は久しぶりのふかふかの寝台を堪能しながら、心の中でヨンナに言われたことを反芻した。
自分を、変える……
毎日歩き、食べ、眠る。比呂人はフェロモンを抑える薬湯も毎日飲んだ。
特に事故もなく、獣に襲われることもなく着実に道程をこなしていった。
グリノルフは毎夜、比呂人を抱きしめて眠るようになった。
そして毎夜ではないが体を重ねた。グリノルフはどうやら比呂人の体調や疲れ具合をみて、比呂人を抱くかどうか判断しているらしかった。
薬湯でフェロモンを抑えているので比呂人を抱く必要はないはずなのだが、どうしてなのだろうか。
疑問には思うものの、実際にグリノルフの手に触れられるとそんなことはどうでもよくなってしまう。
いくつかの街を越えて、比呂人が見覚えのある景色が現れる。家が段々増えていき何度か通った市場に着いた。
ほんの少し前のことなのに、この市場に来たことが遠い昔のことのように感じる。
昼過ぎて夕方前の時間、市場のにぎわいは大分落ち着いている。
甘い菓子のにおいが比呂人の鼻をくすぐるが、無視してグリノルフについていく。
狩りは成功したのだし、あとで報酬で思いっきりうまいものを食べてやる。そう思っているうちに広大な邸が見えてきた。
門扉からたっぷり歩き、邸に着くと応接室に通された。しばらくするとヨンナがお茶と茶菓子を持って現れた。
あいにくソフィアは不在らしく先に部屋を用意するのでそちらで休んでいてほしいとのことだった。
とりあえず応接室のソファに腰を下ろし茶菓子にかじりついた。
「うまっ」久々の果物ではない、人が作った甘味に比呂人が声をあげる。
「まだまだあるのでたくさん召し上がってください」
ヨンナが比呂人のカップに茶を注ぎながら言う。
「無事に戻ってこられてよかったです」
「まあいろいろあったけどなんとかなったよ」
比呂人とヨンナがぽつりぽつりと話しているあいだに、グリノルフは黙々と茶菓子を頬張っている。
やがて従僕がやって来て、陰鰐の戦利品をどこかに運ぶということで、グリノルフと従僕が荷物を持って行ってしまった。応接室には比呂人とヨンナが残された。
「でも、グリノルフさんと仲良くなられたようでよかったです。グリノルフさんがいらっしゃるから無事に戻られるとは思っていましたが、出発のときには、その、あまりいい雰囲気ではなかったので」
ヨンナの言葉に比呂人が耳先から赤くなる。ヨンナが当て擦りで言っているのではないとわかってはいるが比呂人は赤くなるのを止められなかった。
そんな比呂人を見て、事情を察したヨンナが徐々に赤くなる。
「すいません、そのような意味で言ったんではないんですが……」
「そうなんだよ、随分仲良くなっちゃってさ」
恥ずかしさでうつむきながら最後のほうはほとんど聞こえないくらいの声で比呂人が言う。
「私はいいと思いますけど」
「あのさ、わかったらでいいんだけど、俺のその香りと言うかフェロモンみたいなもんってどのくらいグリノルフに効くのかな」
「私はほとんど出ていないらしいのでわからないのですが、中村さんは相当強力な香りが出ていると聞きました。なのでグリノルフさんにも影響はあるはずです」
「そっか」
「気になりますか」
「そりゃ、気になるよ。グリノルフとそういうことになってんのはこのフェロモンのお陰だろうから。もしなくなったらどうなるんだろう、とか」
「それは、気にしても仕方のないことだと思います。香りも含めて中村さんなので。中村さんはグリノルフさんのどういうところが好きになりました?」
「いや、どういうところが好きって」
「綺麗な顔ですか?なんでもできて頼りになるところですか?もしグリノルフさんがなにかの事故で顔が変わってなにもできなくなったら中村さんは嫌いになりますか」
「それはわかんないけど、たぶん、ならない、と思う」
「香り、というのはきっかけにしかすぎないと思います。フェロモンはきっかけかもしれませんが、気持ちが動いてしまえばそこから先は関係ないと思います」
ヨンナはそこで一旦言葉を切り、苦しそうに続けた。
「私は向こうにいるときは、自分にはなにもないと思っていました。でもここに来て、いろいろあって、そういうふうに考えるのはやめようと思ったんです」
「そっか、そうだよな。なんかごめん」
「いえ」
「せっかく全然違う世界に来たんだし、いつまでも昔みたいな考え方もよくないよな」
「私もそう思います。なかなか自分を変えることは難しいですが、ここでは昔の自分を知る人はいないから、全然違う自分になってもいいんだと思います」
「だね。あ、あとさ、俺のことは比呂人でいいよ、みんなヒロトって呼んでるし」
「じゃあ、比呂人さん、で」
「うん。もっとヨンナさんの話聞かせてよ、嫌じゃなければだけど」
「そんなに面白くないですよ。比呂人さんの旅のほうがよっぽど面白いと思います」
「面白い、面白くないじゃなくてヨンナさんの話が聞きたいんだよ」
ヨンナは笑ってうなずいた。
折よくグリノルフが戻って来て、笑いあっている比呂人とヨンナを見て表情をゆるめた。
その後、比呂人とグリノルフは各々の部屋に移動した。清潔で整えられた室内で過ごせることのありがたさをかみしめる。
比呂人は久しぶりのふかふかの寝台を堪能しながら、心の中でヨンナに言われたことを反芻した。
自分を、変える……
10
お気に入りに追加
66
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

獣人の子供が現代社会人の俺の部屋に迷い込んできました。
えっしゃー(エミリオ猫)
BL
突然、ひとり暮らしの俺(会社員)の部屋に、獣人の子供が現れた!
どっから来た?!異世界転移?!仕方ないので面倒を見る、連休中の俺。
そしたら、なぜか俺の事をママだとっ?!
いやいや女じゃないから!え?女って何って、お前、男しか居ない世界の子供なの?!
会社員男性と、異世界獣人のお話。
※6話で完結します。さくっと読めます。


真面目系委員長の同室は王道転校生⁉~王道受けの横で適度に巻き込まれて行きます~
シキ
BL
全寮制学園モノBL。
倉科誠は真面目で平凡な目立たない学級委員長だった。そう、だった。季節外れの王道転入生が来るまでは……。
倉科の通う私立藤咲学園は山奥に位置する全寮制男子高校だ。外界と隔絶されたそこでは美形生徒が信奉され、親衛隊が作られ、生徒会には俺様会長やクール系副会長が在籍する王道学園と呼ぶに相応しいであろう場所。そんな学園に一人の転入生がやってくる。破天荒な美少年の彼を中心に巻き起こる騒動に同室・同クラスな委員長も巻き込まれていき……?
真面目で平凡()な学級委員長が王道転入生くんに巻き込まれ何だかんだ総受けする青春系ラブストーリー。
一部固定CP(副会長×王道転入生)もいつつ、基本は主人公総受けです。
こちらは個人サイトで数年前に連載していて、途中だったお話です。
今度こそ完走させてあげたいと思いたってこちらで加筆修正して再連載させていただいています。
当時の企画で書いた番外編なども掲載させていただきますが、生暖かく見守ってください。
男子高校生だった俺は異世界で幼児になり 訳あり筋肉ムキムキ集団に保護されました。
カヨワイさつき
ファンタジー
高校3年生の神野千明(かみの ちあき)。
今年のメインイベントは受験、
あとはたのしみにしている北海道への修学旅行。
だがそんな彼は飛行機が苦手だった。
電車バスはもちろん、ひどい乗り物酔いをするのだった。今回も飛行機で乗り物酔いをおこしトイレにこもっていたら、いつのまにか気を失った?そして、ちがう場所にいた?!
あれ?身の危険?!でも、夢の中だよな?
急死に一生?と思ったら、筋肉ムキムキのワイルドなイケメンに拾われたチアキ。
さらに、何かがおかしいと思ったら3歳児になっていた?!
変なレアスキルや神具、
八百万(やおよろず)の神の加護。
レアチート盛りだくさん?!
半ばあたりシリアス
後半ざまぁ。
訳あり幼児と訳あり集団たちとの物語。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
北海道、アイヌ語、かっこ良さげな名前
お腹がすいた時に食べたい食べ物など
思いついた名前とかをもじり、
なんとか、名前決めてます。
***
お名前使用してもいいよ💕っていう
心優しい方、教えて下さい🥺
悪役には使わないようにします、たぶん。
ちょっとオネェだったり、
アレ…だったりする程度です😁
すでに、使用オッケーしてくださった心優しい
皆様ありがとうございます😘
読んでくださる方や応援してくださる全てに
めっちゃ感謝を込めて💕
ありがとうございます💞

高身長お姉さん達に囲まれてると思ったらここは貞操逆転世界でした。〜どうやら元の世界には帰れないので、今を謳歌しようと思います〜
水国 水
恋愛
ある日、阿宮 海(あみや かい)はバイト先から自転車で家へ帰っていた。
その時、快晴で雲一つ無い空が急変し、突如、周囲に濃い霧に包まれる。
危険を感じた阿宮は自転車を押して帰ることにした。そして徒歩で歩き、喉も乾いてきた時、運良く喫茶店の看板を発見する。
彼は霧が晴れるまでそこで休憩しようと思い、扉を開く。そこには女性の店員が一人居るだけだった。
初めは男装だと考えていた女性の店員、阿宮と会話していくうちに彼が男性だということに気がついた。そして同時に阿宮も世界の常識がおかしいことに気がつく。
そして話していくうちに貞操逆転世界へ転移してしまったことを知る。
警察へ連れて行かれ、戸籍がないことも発覚し、家もない状況。先が不安ではあるが、戻れないだろうと考え新たな世界で生きていくことを決意した。
これはひょんなことから貞操逆転世界に転移してしまった阿宮が高身長女子と関わり、関係を深めながら貞操逆転世界を謳歌する話。
果たして、阿宮は見知らぬ世界でどう生きていくのか————。

異世界転移して美形になったら危険な男とハジメテしちゃいました
ノルジャン
BL
俺はおっさん神に異世界に転移させてもらった。異世界で「イケメンでモテて勝ち組の人生」が送りたい!という願いを叶えてもらったはずなのだけれど……。これってちゃんと叶えて貰えてるのか?美形になったけど男にしかモテないし、勝ち組人生って結局どんなん?めちゃくちゃ危険な香りのする男にバーでナンパされて、ついていっちゃってころっと惚れちゃう俺の話。危険な男×美形(元平凡)※ムーンライトノベルズにも掲載
【完結】気が付いたらマッチョなblゲーの主人公になっていた件
白井のわ
BL
雄っぱいが大好きな俺は、気が付いたら大好きなblゲーの主人公になっていた。
最初から好感度MAXのマッチョな攻略対象達に迫られて正直心臓がもちそうもない。
いつも俺を第一に考えてくれる幼なじみ、優しいイケオジの先生、憧れの先輩、皆とのイチャイチャハーレムエンドを目指す俺の学園生活が今始まる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる