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陰鰐との格闘

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次の日から比呂人が身に着けていた布を餌に陰鰐をおびき出すことになった。一日目は陰鰐は姿を現さなかった。
二日目も布を取り替えてただひたすらに待つ。
昼食に干し魚を食べ、その後は弓の練習をしたり、疲れてぼんやりしているうちに日が西に傾いてきた。
残り二日ほどしかないと思うと、焦りがつのる。
今日もダメかも。そう思いつつ、もう一度弓の練習でもするかと立ち上がりかけた比呂人の肩を、グリノルフがそっと抑え込んだ。
「なに?」
グリノルフは答えず、唇の前に人差し指を立てた。黙れ、ということらしい。ということは陰鰐がいるということだろうか。
立ち上がりかけていた比呂人はそのまま腰を下ろした。
グリノルフが小屋の端までに行き、下をのぞく。グリノルフはしばらくのぞいていたが、顔をあげると比呂人を手招きした。
比呂人もグリノルフの隣に行き、下をのぞく。ぞろりと長い灰色の生き物が地べたに這いつくばるように動いている。
はじめて見たときは今よりも遅い時間で物が見えずらい時間だったし、あっという間にグリノルフに引き上げられてしまったのでじっくりと観察することはできなかった。
上から見ると、濃い灰色の表皮はごつごつとして見るからに硬そうだ。以前はわからなかったが、体全体を10枚ほどの短い甲羅で覆われている。比呂人の知っている動物ではやはり鰐に近いが、背中だけ見るとアルマジロのようにも見える。体長はグリノルフよりも明らかに大きい。
陰鰐は体を半分水から上げると、吊り下げられている布に長い鼻先を付け臭いをかいでいるようだ。
はじめは軽くつつくような様子だったが、段々興奮してきたのか鼻先で叩くように玩びはじめた。激しく動く鼻先に呼応するように団扇状の尻尾も大きく振れる。ぐるぐると気持ちよさそうな低く唸るような鳴き声も聞こえる。
「これ、どうやって仕留めんの」
比呂人がささやき声でグリノルフに聞く。あれを捕まえるとか正気の沙汰とは思えない。
「口輪を嵌めて腹を割く。背中は固くて刃物が通らないが腹は柔らかい。もう普通に話したり動いたりして大丈夫だ。あいつはヒロトの香りに夢中で、こちらのことなど目に入っていない」
グリノルフは先を輪にしたロープを吊り下げた布の近くへとおろしていく。輪の高さを陰鰐の鼻と同じ高さまでおろし、待った。
興奮し激しく動いていた陰鰐が、酔っ払ったようにだんだんと緩慢になっていく。
グリノルフは頃合いを見計らって、動きが遅くなった陰鰐の鼻先にロープの輪を引っ掛ける。そのまま輪を陰鰐の口元へと引っ張ると、一気に上へと引っ張り上げた。
ぐっと輪が締まり、陰鰐の口がぴたりと閉じる。グリノルフはさらにロープを引っ張る。影鰐の体が徐々に浮き始める。
「ヒロト、お前も引け」
グリノルフに言われて比呂人もロープをつかみ、力いっぱい引く。腕の力がすぐになくなり、ロープにぶら下がるように体重をかける。
じりじりと、だが着実にロープが手繰られていく。
「ヒロト、しばらく頑張ってくれ」
グリノルフはそう言うと、ぐっとロープを引っ張り手近な太い枝にぐるぐると巻き付け始めた。グリノルフの力が弱まったことで引き戻されるロープを比呂人は必死に押しとどめる。
手のひらがロープで擦れひりひりと痛むが、ここであきらめてはすべてが水の泡だ。
歯を食いしばり懸命にロープを引っ張る。
「もう大丈夫だ」
グリノルフの声に顔を上げると、グリノルフはロープを結び終えて背嚢からなにかを取り出そうとしていた。
比呂人も恐る恐るロープから手をはなす。
ロープがピンと張り、引っ掛けられた枝はぎりぎりときしんでいる。
「これ大丈夫なの」
「そんなに長い間ではないから大丈夫だ」
グリノルフは木の伐採でも使っていた鉈のような刃物を背嚢から取り出すと腰に差した。
「これから陰鰐を解体する。あまり気持ちのいいものではないからヒロトは見ないほうがいいぞ」
はじめて会ったときはほぼ全裸の比呂人そっちのけで獲物を解体していたのに、変われば変わるものだ。
見ないほうがいい、とは言われたもののやはり気になって比呂人は木の下をのぞき込んだ。
口輪をはめられた陰鰐は体の半ばを持ち上げられて、短い手足をゆっくりと動かしている。
グリノルフは素早く木を伝い下りると、陰鰐と向かい合った。
グリノルフはためらうことなく陰鰐の喉元に刃物を突き立てると、陰鰐の背中に回った。背後から柄をつかみ一気に下へと引き下ろす。
陰鰐の血と臓物がいっぺんに飛び出す。思っていたより衝撃的な場面に比呂人は慌てて頭を引っ込める。生臭い血の匂いが木の上まで漂ってくる。
気分が悪くなりそうだがグリノルフの様子が気になり、比呂人は再び木の下をのぞき込んだ。
グリノルフは陰鰐が吊られていたロープを切って、陰鰐を地面に横たえていた。
グリノルフは刃物を使い、腹に入れた切れ目から手際よく表皮をはいでいく。
恐ろしい思いをした陰鰐がグリノルフの手によって物へと変わっていく様子を比呂人は木の上から恐る恐る眺めていた。恐ろしいが目が離せなかった。
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