異世界転移したらフェロモン系男子でした

七嶋璃

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湿地

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翌朝、今日中に狩り場の近くまで着きたいということで朝食もそこそこに早めに出発した。
いつもよりペースが速く比呂人はついていくのがやっとだった。
陽が傾き始め夕方の気配が濃くなってきたころに湿原を見下ろす高台に着いた。
眼下一面に湿原が広がっている。所々高い木も生えているが、ほとんどの部分が生い茂った草叢だ。その中を川が流れ、沼が点在している。湿原というからには草叢に見える部分も、ぬかるんだ土地なのだろう。
鷺のような首の長い鳥や、はっきりと形は捉えられないが小動物も動き回っている。ぱっと見た限りでは、獲物になりそうな大型の獣は見当たらなかった。
瘴気は舌に澱むので、高台で日が暮れる前にと夕食の支度をしているうちに、夕日が沈み始めた。
湿原が赤々と染まりまるで燃え上がっているようだ。ねぐらへ帰るのか鳥たちも鳴き声を上げて飛び交っている。やがて鳥たちが静かになり、上のほうから紫、濃紺と夜の帳が下りはじめる。
食事を終えたころにはすっかり夜になっていた。空には無数の星が瞬いている。ここに来て満点の星にも慣れたが、改めて見るとやっぱりきれいだ。
星を眺めながら夕食を食べる。夕食後、火にあたりながらグリノルフが今後の予定について話してくれた。
「明日からは狩り小屋を作る」
「狩り小屋?あんな湿原のどこに作るんだ」
「木の上だ」
「木の上?ツリーハウスってことか?いいな」
祖父母の家の地下区の公園にツリーハウスがあって、こどもの頃はよく遊んだことを思い出した。こんな家に住んでみたいと憧れたものだ。実際に生活するのはどうであれ、ツリーハウスで生活するという響きにはちょっとワクワクする。
「俺一人なら木の上で暮らせるが、ヒロトはそうはいかないだろう。もちろんヒロトにも手伝ってもらうがな」
「え、そういうのって作れ……るか、グリノルフだったら。でもどうやって作るんだ」
「明日はまずここの木を切り出す。切った木はここから湿原へ落とす。落とした木を狩り小屋を作る木まで運ぶ。木の上に木材をロープで上げて木の上で小屋を組む」
「大変そうだな」
「まあヒロトにとってはきつい仕事だろうな。俺一人ではやりづらい仕事もあるからヒロトが手伝ってくれると助かる。できる範囲でいい」
「ちゃんとやるよ。あんまり役に立たないかもだけど」
「そうだな」
グリノルフが苦笑しながら言う。旅をしている間に、グリノルフは冗談めいたことも言うし、ふとした瞬間に笑うことも増えた。笑うといっても苦笑や失笑が多いがそれでも笑っていることには変わりない。
自分にも少しは慣れてくれたのだろうかと比呂人はぼんやり思う。そんな比呂人をよそにグリノルフは話を続ける。
「木の上で暮らすということは火も使えない。しばらく温かい食事は取れなくなる」
「そっか、それはしんどいな」
「食料の問題もあるので木の上で生活するのは長くても一週間ほどだ。それまでに陰鰐が取れなければその時点であきらめるか食料を補充して続行するか決める」
「そうか」
比呂人は思っていたよりも長丁場になりそうなことにため息をついた。
「すぐ陰鰐を捕らえられれば終了だから運次第だな」
「早く捕まえられるといいな」
「ああ。それで明日からはヒロトに以前渡した布を脇のところに巻いて行動してほしい。その布と下履きを餌にして陰鰐をおびき出す」
「……わかった」
これは事前に聞いていたことだし仕方のないことなのだろうが、自分が身につけていた下着を餌にされるのはあまりいい気分ではない。
「多少は手伝ってもらうが陰鰐は俺が仕留めるので、そこは心配しなくていい」
比呂人は無言でうなずいた。今の自分では足手まといになるだけだというのは痛いほどわかる。いつかはグリノルフの助けになれたらと思うが、かなり頑張らないと無理そうだ。
そう考えて気付く。自分はこの度が終わってもグリノルフと旅をしたいのだろうか、と。
半分答えはでている気がするが、実際に狩りを経験してみないことにはわからない。
「明日はきつい一日になる。今日はゆっくり休め」
比呂人はグリノルフに言われた通りにマントにくるまって横になった。
旅の初めのころは反発もしていたのだが、グリノルフの言うことを聞かないと結局自分がつらい目にあうというのがわかったので最近はすっかり大人しくなっていた。
眠たいのだがなんだか眠ってしまうのも惜しくてマントにくるまったままグリノルフに声をかける。
「なあ、グリノルフ」
「なんだ」
グリノルフは相変わらずなにか手仕事をしながら応える。
「俺も弓が使えるようになったら、グリノルフの助けになるかな」
グリノルフは言葉を探すように、しばし手を止た。木の爆ぜる音だけがする。
「そうだな。そうなると良いな」
「今は何の役に立たなくて悪いな」
「ここに来たばかりなのだから仕方がないだろう。いいから休め」
「……おやすみ」
比呂人は頭までマントをかぶりきつく目を閉じた。
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