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釣り
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朝、比呂人が目を覚ますといつも通りグリノルフはすでに起きていた。
果物だけの朝食を済ませるとグリノルフが比呂人に弓を渡した。元の世界で馴染みのある弓道の弓やアーチェリーとは違う小さな木製の素朴な弓だ。
「これは?」
「お前の弓だ」
「え、俺の?いいの?」
単純に新しい、自分の所有物をもらうのは嬉しい。
「これ、グリノルフが作ったのか?」
「そうだ。弦は持参したものだが木はここで調達した」
「へえ」
比呂人は渡された弓の弦を軽く弾いてみる。かなり弾力があるようだが自分に引けるだろうか。
「使える気しないんだけど」
「練習しなければ使えるようにはならない」
「そりゃそうだけど」
「すぐに使えるようになれとは言わない。だが使えたほうがいい。出発前にすこし練習するぞ」
グリノルフに言われるままに比呂人は弓を握る。グリノルフが後ろから覆いかぶさるように弓の引き方を教えてくれるのだが、教えてくれる内容よりグリノルフ自身が気になって集中できない。やはり体が触れあうと意識してしまう。
なんとか弓に集中して、引いてみるがかなり力が必要だ。なんとか引き切ってみたもののすぐに力尽きて、はなしてしまった。
「まずは弓を引く練習だな。矢を射るのは引けるようになったらだな」
「結構きついんだけど引けるようになるかな」
「毎日やっていれば引けるようになる」
「わかった。やるよ毎日」
結局はなんでも地道にやっていくしかないのだ。そしてそれを怠ればここでは死につながりかねない。
素直にうなずいた比呂人の肩をグリノルフはぽんと叩くと言った。
「では出発しよう」
‡
その日はいい釣り場が見つかり、昼過ぎから釣りに費やすことになった。
グリノルフが言うには狩り場が近く今のうちに食料を集めておきたいらしい。
場所がいいらしく釣りの経験がない比呂人でもよく釣れた。
入れ食い状態でまだ陽が高いうちに十分な量を釣ることができた。
釣った魚は比呂人が腹を割いて内蔵を取り出し、グリノルフが保存のための加工を行った。
魚をさばいたことがなかった比呂人だが、やっているうちに慣れて上手くなった。
弓もこれくらい簡単にいけばいいのだが、そもそも体力も筋力もなくそこからのスタートなのでこちらはそう簡単にいかないだろう。
そんなことを考えながら魚をさばき終わり、夕食の支度をする。
支度といってもさばいた魚で汁を作り、魚を塩焼きにするだけだ。
腹いっぱい食べ、火で暖まりすっかり満たされた気持ちになる。この旅で比呂人は身体の状態と心の状態が密接に関係しているのを思い知った。
ぼんやりと揺れる炎を見つめている比呂人にグリノルフが声をかけた。
「ヒロト、蜂蜜酒でも飲むか」
「いいの?」
「ああ、ここから先は狩り場になる。瘴気が漂っている湿原であまりいい土地ではない」
「そんなに大変なとこなのか」
「狩りをすることができないから食事も今までのようにはいかないし、行動にも制約が多くなる。これはその前の景気付けのようなものだな」
グリノルフから蜂蜜酒が入った椀を渡される。初めて会ったときも飲ませてもらったな、と思いながら琥珀色の液体に口をつける。
甘い香りが口の中に広がり、胃がかっと熱くなる。蜂蜜酒という名前だが、名前ほど甘くなく飲みやすい。酒に強くはない比呂人はすぐにふわふわと良い心持になる。
向こうの世界では何かを忘れるために無理に飲んでいたが、ここでは特別なときにしか飲んでいない。そのこともこのいい気分と結びついているのだろうか。
比呂人は蜂蜜酒を飲み干し椀をグリノルフに返すと、グリノルフはその椀に蜂蜜酒をなみなみと注ぎ一気に飲み干した。そして椀を大きく振ると地面へと置いた。
「一杯だけでいいのか」
「あとは狩りのあとにとっておくさ」
グリノルフはそう言うと蜂蜜酒をしまい、ごろりと横になった。夜でもなにか作業しているグリノルフにしては珍しい。
「今日はもう休むのか」
「いや、少しだけ休憩する」
グリノルフが大丈夫であろうことは昼間の働き具合を見ていれば十分わかるのだが、念のために聞いてみる。
「体の具合は、本当に大丈夫なのか」
「ああ、問題ない」
「またあんなことには」
「もうないとは思うが」
「そっか……じゃあよかった」
酒のせいか考えなしに言葉が出てくる。しばし押し黙った比呂人は半ば願望が乗った言葉を口にする。
「そうか、あの、あのさ、その、俺の香りを取り込むのって一回だけでいいのか」
グリノルフが驚いたように比呂人を見る。そして力を抜いた笑みをこぼした。
「そうだな、一度では足りないかもしれないな」
めったに見せないグリノルフの笑顔に驚いている比呂人を、抱き寄せた。
「もっと必要かもしれないな」
果物だけの朝食を済ませるとグリノルフが比呂人に弓を渡した。元の世界で馴染みのある弓道の弓やアーチェリーとは違う小さな木製の素朴な弓だ。
「これは?」
「お前の弓だ」
「え、俺の?いいの?」
単純に新しい、自分の所有物をもらうのは嬉しい。
「これ、グリノルフが作ったのか?」
「そうだ。弦は持参したものだが木はここで調達した」
「へえ」
比呂人は渡された弓の弦を軽く弾いてみる。かなり弾力があるようだが自分に引けるだろうか。
「使える気しないんだけど」
「練習しなければ使えるようにはならない」
「そりゃそうだけど」
「すぐに使えるようになれとは言わない。だが使えたほうがいい。出発前にすこし練習するぞ」
グリノルフに言われるままに比呂人は弓を握る。グリノルフが後ろから覆いかぶさるように弓の引き方を教えてくれるのだが、教えてくれる内容よりグリノルフ自身が気になって集中できない。やはり体が触れあうと意識してしまう。
なんとか弓に集中して、引いてみるがかなり力が必要だ。なんとか引き切ってみたもののすぐに力尽きて、はなしてしまった。
「まずは弓を引く練習だな。矢を射るのは引けるようになったらだな」
「結構きついんだけど引けるようになるかな」
「毎日やっていれば引けるようになる」
「わかった。やるよ毎日」
結局はなんでも地道にやっていくしかないのだ。そしてそれを怠ればここでは死につながりかねない。
素直にうなずいた比呂人の肩をグリノルフはぽんと叩くと言った。
「では出発しよう」
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その日はいい釣り場が見つかり、昼過ぎから釣りに費やすことになった。
グリノルフが言うには狩り場が近く今のうちに食料を集めておきたいらしい。
場所がいいらしく釣りの経験がない比呂人でもよく釣れた。
入れ食い状態でまだ陽が高いうちに十分な量を釣ることができた。
釣った魚は比呂人が腹を割いて内蔵を取り出し、グリノルフが保存のための加工を行った。
魚をさばいたことがなかった比呂人だが、やっているうちに慣れて上手くなった。
弓もこれくらい簡単にいけばいいのだが、そもそも体力も筋力もなくそこからのスタートなのでこちらはそう簡単にいかないだろう。
そんなことを考えながら魚をさばき終わり、夕食の支度をする。
支度といってもさばいた魚で汁を作り、魚を塩焼きにするだけだ。
腹いっぱい食べ、火で暖まりすっかり満たされた気持ちになる。この旅で比呂人は身体の状態と心の状態が密接に関係しているのを思い知った。
ぼんやりと揺れる炎を見つめている比呂人にグリノルフが声をかけた。
「ヒロト、蜂蜜酒でも飲むか」
「いいの?」
「ああ、ここから先は狩り場になる。瘴気が漂っている湿原であまりいい土地ではない」
「そんなに大変なとこなのか」
「狩りをすることができないから食事も今までのようにはいかないし、行動にも制約が多くなる。これはその前の景気付けのようなものだな」
グリノルフから蜂蜜酒が入った椀を渡される。初めて会ったときも飲ませてもらったな、と思いながら琥珀色の液体に口をつける。
甘い香りが口の中に広がり、胃がかっと熱くなる。蜂蜜酒という名前だが、名前ほど甘くなく飲みやすい。酒に強くはない比呂人はすぐにふわふわと良い心持になる。
向こうの世界では何かを忘れるために無理に飲んでいたが、ここでは特別なときにしか飲んでいない。そのこともこのいい気分と結びついているのだろうか。
比呂人は蜂蜜酒を飲み干し椀をグリノルフに返すと、グリノルフはその椀に蜂蜜酒をなみなみと注ぎ一気に飲み干した。そして椀を大きく振ると地面へと置いた。
「一杯だけでいいのか」
「あとは狩りのあとにとっておくさ」
グリノルフはそう言うと蜂蜜酒をしまい、ごろりと横になった。夜でもなにか作業しているグリノルフにしては珍しい。
「今日はもう休むのか」
「いや、少しだけ休憩する」
グリノルフが大丈夫であろうことは昼間の働き具合を見ていれば十分わかるのだが、念のために聞いてみる。
「体の具合は、本当に大丈夫なのか」
「ああ、問題ない」
「またあんなことには」
「もうないとは思うが」
「そっか……じゃあよかった」
酒のせいか考えなしに言葉が出てくる。しばし押し黙った比呂人は半ば願望が乗った言葉を口にする。
「そうか、あの、あのさ、その、俺の香りを取り込むのって一回だけでいいのか」
グリノルフが驚いたように比呂人を見る。そして力を抜いた笑みをこぼした。
「そうだな、一度では足りないかもしれないな」
めったに見せないグリノルフの笑顔に驚いている比呂人を、抱き寄せた。
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