13 / 39
1
告白
しおりを挟む
比呂人がふと気付いたときには焚き火は消えかかっていた。疲れのためか、いつの間にかうつらうつらしていたらしい。暗闇からはグリノルフの荒い息遣いだけが聞こえてくる。
残り少ない木の枝と落ち葉を火にくべる。火が大きくなりグリノルフの様子がぼんやりと見えるようになる。肩で息をしているし、かなり汗もかいているようだ。
放っておいてくれと言われたが、苦しそうな様子のグリノルフを無視することは比呂人にはできなかった。
せめて汗でも拭こうと焚き火のそばに広げておいた手ぬぐいをとり、グリノルフに近付く。
比呂人が恐る恐る汗をぬぐうと、グリノルフは反発する力もないのか比呂人を一瞥しただけでされるがままになっていた。
「なあ、本当に大丈夫なのかよ。まさかこのまま死……」
「死にはしない」
少しあきれたような声が返ってきて、その調子に比呂人はほっとする。皮肉っぽい物言いができるくらいの元気はあるらしい。
「服、着るか?乾いたみたいだから」
グリノルフが無言で起き上がる。ぐらりと揺れる上体を比呂人が支える。やはり触れる肌は熱い。
「やっぱり熱があるんじゃないか」
「これは……熱ではない」
「いつもそれくらいの体温ってことかよ。短い間だけど一緒に旅してきたのに、俺はグリノルフのこと何にも知らないのな。なんで何も言ってくれないんだよ。心配もするなって言うのかよ」
「お前には……知られたくなかった」
「知られたくなかったって何をだよ」
「前に狛人にお前の香りが作用するという話はしただろう」
グリノルフが上体を立て直す。グリノルフは比呂人から体を離すように座わり直した。比呂人はグリノルフのとった距離が気にならないわけではなかったが、それよりも話を聞くのが先だと思って黙って言葉にうなずいた。
「お前の香りを嗅ぐと、その……」
「なんだよ、そんな言いにくいことなのかよ。別に今更なに言われても驚かねえよ」
「お前の香りを嗅ぐと、欲心する、ということだ」
「よく、しん?」
「……お前の香りは狛人を発情させる力を持っている」
「発情ってつまり、その、やりたいってこと」
「……そうだ」不本意この上ないという顔でグリノルフがしぶしぶうなづく。
「その、こう、おさめる方法はないのか」
「なくはないが……お前の香りを嗅がずにいればそのうちおさまる」
「そのうちってどのくらいだよ」
「5日ほどか」
「長えよ。その間になにかに襲われたらどうすんだよ。グリノルフがそんな調子だと、ふたりとも死んじまうぞ。もっと手っ取り早くおさまる方法はないのか」
「……」グリノルフは苦虫を噛み潰したような顔をして低く唸った。
「あるんだな。言えよ。俺がなんとかできそうなことか?なんか効く薬草とかあるとか?それとも化け物の肝を食べるとかそういう無理なことなのか」
「そうではないが」
「じゃあ言えよ。このままじゃほんとにくたばっちまう」
比呂人にしつこく詰め寄られ、グリノルフはとうとう口を開いた。
「お前の香りを俺の体に取り込めばいい」
「?それってつまり、どうすればいいんだ」
「粘膜と粘膜を接触させる」
「粘膜と粘膜を接触?」
「お前は本当に察しが……、俺とお前が交わるということだ」
「交わるって、つまり、そのセックスするってことか。俺とグリノルフが?」
「……そうだ。嫌なら別に交わらなくても構わない。無理強いはしない」
「でも、やらないとしばらくこのままなんだろ」
「そうだが今が一番ひどい。段々軽くはなる」
「段々軽くなるっていってもしばらくはこのままなんだろ。それにしたいのにできないって、つらいだろ。普通に」
「俺が耐えればすむ話だ」
「グリノルフが我慢すればすむって、それだけの話じゃないだろ。俺はグリノルフが苦しんでるのを放っておくのは嫌だ。見てらんねえよ。そもそも俺が川に落ちたのが悪いんだし」
「落ちたくて落ちたわけではないだろう」
「それはそうだけど」
「お前に責任はない。俺が判断を間違った」
「なんだよ、いつもそうやって俺をのけ者にして。確かにまだ何にもわかんないけど、俺にだって出来ることもあるだろ。頼ってくれとはいわないけど、頼りないかもしんないけど、もっと信じてくれてもいいんじゃないか」
「信じていないわけではない。ただお前の負担にならないようにと」
「グリノルフが気を遣ってくれてるのはわかる。でも負担なんかじゃない。俺はこの世界のことをもっと知りたいと思ってるし、グリノルフのことだって、もっと知りたいと思ってる」
グリノルフは少し困ったような顔をして何も言わずに比呂人を見つめている。
「だから……俺は別にグリノルフだったらかまわない」
言ってしまった後に急に恥ずかしくなって、比呂人は顔を隠すようにグリノルフの胸に頭をもたせかけた。
残り少ない木の枝と落ち葉を火にくべる。火が大きくなりグリノルフの様子がぼんやりと見えるようになる。肩で息をしているし、かなり汗もかいているようだ。
放っておいてくれと言われたが、苦しそうな様子のグリノルフを無視することは比呂人にはできなかった。
せめて汗でも拭こうと焚き火のそばに広げておいた手ぬぐいをとり、グリノルフに近付く。
比呂人が恐る恐る汗をぬぐうと、グリノルフは反発する力もないのか比呂人を一瞥しただけでされるがままになっていた。
「なあ、本当に大丈夫なのかよ。まさかこのまま死……」
「死にはしない」
少しあきれたような声が返ってきて、その調子に比呂人はほっとする。皮肉っぽい物言いができるくらいの元気はあるらしい。
「服、着るか?乾いたみたいだから」
グリノルフが無言で起き上がる。ぐらりと揺れる上体を比呂人が支える。やはり触れる肌は熱い。
「やっぱり熱があるんじゃないか」
「これは……熱ではない」
「いつもそれくらいの体温ってことかよ。短い間だけど一緒に旅してきたのに、俺はグリノルフのこと何にも知らないのな。なんで何も言ってくれないんだよ。心配もするなって言うのかよ」
「お前には……知られたくなかった」
「知られたくなかったって何をだよ」
「前に狛人にお前の香りが作用するという話はしただろう」
グリノルフが上体を立て直す。グリノルフは比呂人から体を離すように座わり直した。比呂人はグリノルフのとった距離が気にならないわけではなかったが、それよりも話を聞くのが先だと思って黙って言葉にうなずいた。
「お前の香りを嗅ぐと、その……」
「なんだよ、そんな言いにくいことなのかよ。別に今更なに言われても驚かねえよ」
「お前の香りを嗅ぐと、欲心する、ということだ」
「よく、しん?」
「……お前の香りは狛人を発情させる力を持っている」
「発情ってつまり、その、やりたいってこと」
「……そうだ」不本意この上ないという顔でグリノルフがしぶしぶうなづく。
「その、こう、おさめる方法はないのか」
「なくはないが……お前の香りを嗅がずにいればそのうちおさまる」
「そのうちってどのくらいだよ」
「5日ほどか」
「長えよ。その間になにかに襲われたらどうすんだよ。グリノルフがそんな調子だと、ふたりとも死んじまうぞ。もっと手っ取り早くおさまる方法はないのか」
「……」グリノルフは苦虫を噛み潰したような顔をして低く唸った。
「あるんだな。言えよ。俺がなんとかできそうなことか?なんか効く薬草とかあるとか?それとも化け物の肝を食べるとかそういう無理なことなのか」
「そうではないが」
「じゃあ言えよ。このままじゃほんとにくたばっちまう」
比呂人にしつこく詰め寄られ、グリノルフはとうとう口を開いた。
「お前の香りを俺の体に取り込めばいい」
「?それってつまり、どうすればいいんだ」
「粘膜と粘膜を接触させる」
「粘膜と粘膜を接触?」
「お前は本当に察しが……、俺とお前が交わるということだ」
「交わるって、つまり、そのセックスするってことか。俺とグリノルフが?」
「……そうだ。嫌なら別に交わらなくても構わない。無理強いはしない」
「でも、やらないとしばらくこのままなんだろ」
「そうだが今が一番ひどい。段々軽くはなる」
「段々軽くなるっていってもしばらくはこのままなんだろ。それにしたいのにできないって、つらいだろ。普通に」
「俺が耐えればすむ話だ」
「グリノルフが我慢すればすむって、それだけの話じゃないだろ。俺はグリノルフが苦しんでるのを放っておくのは嫌だ。見てらんねえよ。そもそも俺が川に落ちたのが悪いんだし」
「落ちたくて落ちたわけではないだろう」
「それはそうだけど」
「お前に責任はない。俺が判断を間違った」
「なんだよ、いつもそうやって俺をのけ者にして。確かにまだ何にもわかんないけど、俺にだって出来ることもあるだろ。頼ってくれとはいわないけど、頼りないかもしんないけど、もっと信じてくれてもいいんじゃないか」
「信じていないわけではない。ただお前の負担にならないようにと」
「グリノルフが気を遣ってくれてるのはわかる。でも負担なんかじゃない。俺はこの世界のことをもっと知りたいと思ってるし、グリノルフのことだって、もっと知りたいと思ってる」
グリノルフは少し困ったような顔をして何も言わずに比呂人を見つめている。
「だから……俺は別にグリノルフだったらかまわない」
言ってしまった後に急に恥ずかしくなって、比呂人は顔を隠すようにグリノルフの胸に頭をもたせかけた。
10
お気に入りに追加
66
あなたにおすすめの小説

獣人の子供が現代社会人の俺の部屋に迷い込んできました。
えっしゃー(エミリオ猫)
BL
突然、ひとり暮らしの俺(会社員)の部屋に、獣人の子供が現れた!
どっから来た?!異世界転移?!仕方ないので面倒を見る、連休中の俺。
そしたら、なぜか俺の事をママだとっ?!
いやいや女じゃないから!え?女って何って、お前、男しか居ない世界の子供なの?!
会社員男性と、異世界獣人のお話。
※6話で完結します。さくっと読めます。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
男子高校生だった俺は異世界で幼児になり 訳あり筋肉ムキムキ集団に保護されました。
カヨワイさつき
ファンタジー
高校3年生の神野千明(かみの ちあき)。
今年のメインイベントは受験、
あとはたのしみにしている北海道への修学旅行。
だがそんな彼は飛行機が苦手だった。
電車バスはもちろん、ひどい乗り物酔いをするのだった。今回も飛行機で乗り物酔いをおこしトイレにこもっていたら、いつのまにか気を失った?そして、ちがう場所にいた?!
あれ?身の危険?!でも、夢の中だよな?
急死に一生?と思ったら、筋肉ムキムキのワイルドなイケメンに拾われたチアキ。
さらに、何かがおかしいと思ったら3歳児になっていた?!
変なレアスキルや神具、
八百万(やおよろず)の神の加護。
レアチート盛りだくさん?!
半ばあたりシリアス
後半ざまぁ。
訳あり幼児と訳あり集団たちとの物語。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
北海道、アイヌ語、かっこ良さげな名前
お腹がすいた時に食べたい食べ物など
思いついた名前とかをもじり、
なんとか、名前決めてます。
***
お名前使用してもいいよ💕っていう
心優しい方、教えて下さい🥺
悪役には使わないようにします、たぶん。
ちょっとオネェだったり、
アレ…だったりする程度です😁
すでに、使用オッケーしてくださった心優しい
皆様ありがとうございます😘
読んでくださる方や応援してくださる全てに
めっちゃ感謝を込めて💕
ありがとうございます💞
もふもふと始めるゴミ拾いの旅〜何故か最強もふもふ達がお世話されに来ちゃいます〜
双葉 鳴|◉〻◉)
ファンタジー
「ゴミしか拾えん役立たずなど我が家にはふさわしくない! 勘当だ!」
授かったスキルがゴミ拾いだったがために、実家から勘当されてしまったルーク。
途方に暮れた時、声をかけてくれたのはひと足先に冒険者になって実家に仕送りしていた長兄アスターだった。
ルークはアスターのパーティで世話になりながら自分のスキルに何ができるか少しづつ理解していく。
駆け出し冒険者として少しづつ認められていくルーク。
しかしクエストの帰り、討伐対象のハンターラビットとボアが縄張り争いをしてる場面に遭遇。
毛色の違うハンターラビットに自分を重ねるルークだったが、兄アスターから引き止められてギルドに報告しに行くのだった。
翌朝死体が運び込まれ、素材が剥ぎ取られるハンターラビット。
使われなくなった肉片をかき集めてお墓を作ると、ルークはハンターラビットの魂を拾ってしまい……変身できるようになってしまった!
一方で死んだハンターラビットの帰りを待つもう一匹のハンターラビットの助けを求める声を聞いてしまったルークは、その子を助け出す為兄の言いつけを破って街から抜け出した。
その先で助け出したはいいものの、すっかり懐かれてしまう。
この日よりルークは人間とモンスターの二足の草鞋を履く生活を送ることになった。
次から次に集まるモンスターは最強種ばかり。
悪の研究所から逃げ出してきたツインヘッドベヒーモスや、捕らえられてきたところを逃げ出してきたシルバーフォックス(のちの九尾の狐)、フェニックスやら可愛い猫ちゃんまで。
ルークは新しい仲間を募り、一緒にお世話するブリーダーズのリーダーとしてお世話道を極める旅に出るのだった!
<第一部:疫病編>
一章【完結】ゴミ拾いと冒険者生活:5/20〜5/24
二章【完結】ゴミ拾いともふもふ生活:5/25〜5/29
三章【完結】ゴミ拾いともふもふ融合:5/29〜5/31
四章【完結】ゴミ拾いと流行り病:6/1〜6/4
五章【完結】ゴミ拾いともふもふファミリー:6/4〜6/8
六章【完結】もふもふファミリーと闘技大会(道中):6/8〜6/11
七章【完結】もふもふファミリーと闘技大会(本編):6/12〜6/18

オッサン、エルフの森の歌姫【ディーバ】になる
クロタ
BL
召喚儀式の失敗で、現代日本から異世界に飛ばされて捨てられたオッサン(39歳)と、彼を拾って過保護に庇護するエルフ(300歳、外見年齢20代)のお話です。

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます
まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。
貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。
そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。
☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。
☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。

異世界で王子様な先輩に溺愛されちゃってます
野良猫のらん
BL
手違いで異世界に召喚されてしまったマコトは、元の世界に戻ることもできず異世界で就職した。
得た職は冒険者ギルドの職員だった。
金髪翠眼でチャラい先輩フェリックスに苦手意識を抱くが、元の世界でマコトを散々に扱ったブラック企業の上司とは違い、彼は優しく接してくれた。
マコトはフェリックスを先輩と呼び慕うようになり、お昼を食べるにも何をするにも一緒に行動するようになった。
夜はオススメの飲食店を紹介してもらって一緒に食べにいき、お祭りにも一緒にいき、秋になったらハイキングを……ってあれ、これデートじゃない!? しかもしかも先輩は、実は王子様で……。
以前投稿した『冒険者ギルドで働いてたら親切な先輩に恋しちゃいました』の長編バージョンです。
愛していた王に捨てられて愛人になった少年は騎士に娶られる
彩月野生
BL
湖に落ちた十六歳の少年文斗は異世界にやって来てしまった。
国王と愛し合うようになった筈なのに、王は突然妃を迎え、文斗は愛人として扱われるようになり、さらには騎士と結婚して子供を産めと強要されてしまう。
王を愛する気持ちを捨てられないまま、文斗は騎士との結婚生活を送るのだが、騎士への感情の変化に戸惑うようになる。
(誤字脱字報告は不要)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる