異世界転移したらフェロモン系男子でした

七嶋璃

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出発

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翌朝、比呂人とグリノルフは夜明け前に出発することになった。
比呂人は半分眠りながら身支度と朝食を済ませると、グリノルフにまとめてもらった荷物を持って玄関へと向かった。
朝早いにも関わらず、玄関にはソフィアとヨンナが待っていた。
「狩りが終わったらまたうちにお寄りなさい」
「どうかご無事で」
見送られて広い玄関を出る。ほんのり辺りが明るくなり始めていて、整えられた植え込みには夜露が光っている。
屋敷の敷地を抜け、あと少しすれば人で溢れかえるだろう、まだ静まり返っている市場を抜ける。
街を抜けて山の麓に着くことろには陽もすっかり昇っていた。
「今から山を越える」
「うー」
グリノルフの言葉に比呂人は、否とも応ともつかないうめき声で答える。
荷物もグリノルフより大分小さいのに、比呂人はすっかり疲れていた。そもそも向こうの世界でも普段から運動する習慣もなかったので歩いて旅をするような体力なんてあるわけがない。
その上これから山を越えるなんて、出来る気がしない。出来る気がしないが、越えなければいけない山だろうことはわかる。
「越えるまでどれくらいかかるんだ」
「そうだな、お前の足だと明日の日暮れ前に着けばいいだろう」
「え、そんなにその間ってもちろん野宿……」
「当然だ」
「だよな」
野宿はするだろうなと思ってはいたが、インドア派の比呂人にとって山で野宿するのはきつい。
「旅の間、全部野宿じゃないよな」
「街に寄れるときは宿に泊まろう。お前に倒れられては困る」
「大事な餌なんだから丁重に扱えよ」
麓の時点ではまだ軽口も叩いていたのだが、勾配がきつくなるにつれて比呂人はしゃべる余裕がなくなってきた。体が重く足が前に出ない。
グリノルフの指示で、シャツとズボンの上に銀色のローブを着ているのだがこれも暑くてたまらない。軽いのだが保温性がある素材のようだ。
ソフィアの屋敷では貫頭衣で過ごしていたグリノルフはシャツとズボンだけだ。
「これ、脱いでいいか。暑いんだけど」
銀色の布をつまんでパタパタと降る。グリノルフはしばらく考えた後に言った。
「休憩できそうな場所があったら休憩しよう」
服を脱いでいいかの答えにはなっていないが、休憩ができるのは単純に嬉しい。
確かにここは木々が鬱蒼と茂った山道で落ち着いて休憩できる場所ではない。どこか休める場所までの辛抱だと重い足を引きずってしばらく歩くと少し開けた場所に出た。
「ここで休憩にしよう」
グリノルフが言い、各々荷物を下ろす。水筒を取り出し水を飲んでいるとグリノルフから釘を刺される。
「飲みすぎるなよ」
うるさいな、と思うけれどもつい飲みすぎていたので慌ててやめる。
「脱いでいいか」
「……まあいいだろう」
「ほんとは脱いでほしくない?」
「この布はお前の香りを遮断してくれる。なるべく身に着けていた方がいい」
「じゃあ着てたほうがいいじゃん」
「そうなのだが、今はお前の香りはそんなに強くない。ソフィアの屋敷で薬湯を飲んでいただろう」
「ああ、あれ、元気になるとかいってすげーまずかったんだけど」
「あれにはお前の香りを抑える効能もある」
「またそうやって俺の了承なしに変なもん飲ませて、ちゃんと説明しろよ。俺だって納得したらやるよ」
「香りも抑えるが滋養強壮というのは本当だし、説明する時間がなかった」
「俺に説明するのが面倒だった、の間違いだろ。ただでさえわからないことだらけに不安なんだ。頼むから説明してくれよ」
「……わかった」
どこまで説明してくれるのかはわからないが、一応言うだけは言っておく。
喉の渇きが癒え、涼しくなり大分快適になったので、そのままごろりと横になる。
「お前ちょっと足を見せてみろ」
グリノルフは言いながら、比呂人がいいという前に靴を脱がせている。
「ちょっとまた勝手に」
比呂人は上体を起こしてグリノルフに抗議する。グリノルフはそれを無視して比呂人の足の裏を観察している。
「お前足は痛くはないか」
「足は別に痛くないけど、もう上がらないな」
「そうか。いや、対策はしておいがほうがいいか」
グリノルフはしばらく考え込んだあと、「すぐ戻るからここにいろ」と言い残しどこかへ行ってしまった。
ひとりで残されると途端に心細くなる。この間の猪狼に襲われた記憶がありありと思い浮かんで居ても立ってもいられなくなる。
下手に動き回るのが一番悪い。今は香りが抑えられていると言っていたが、やはり銀色のローブを着たほうがいいのだろうか。
ぐるぐると考えているうちにグリノルフが帰ってきた。本当にすぐだったことにほっとする。
グリノルフはソフトボール大の実を4つと、深緑の葉を片手一杯抱えていた。
「パムクの葉は肉刺まめを予防してくれる」
そう言うと深緑の葉を比呂人の足の裏にあて、布で縛った。葉がひんやりとして心地よい。
「あとはこれを」と薄い黄緑色で真ん丸な実を2つ、比呂人に手渡した。
「レアの実は水分が多い。渇きをいやしてくれる」
「ありがとう」
気恥ずかしいが礼を言わないほうが落ち着かないので、小さな声で口の中でもごもごと礼を言う。
グリノルフもレアの実を二つ自分の荷物に入れると、比呂人に言った。
「それそろ行くぞ」
比呂人も荷物を背負い立ち上がった。銀色のローブを脱いだので休憩前より動きやすい。
比呂人はグリノルフについて、さらにきつくなった勾配を登り始める。
踏みしめるたびに足に巻いた葉から柑橘のようなさわやかな香りがする。これからの行程を考えるとげんなりするが、この柑橘の香りはいい気分だ。
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